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虹の誓約  作者: mosura
38/44

二分

サボってました。申し訳ないです。

私用のため九月ごろまでは更新頻度が不確定となります。

今後もよろしくお願いします。

 水瀬和也が寝ている病室にいの一番に駆け込んできたのは森谷智花だった。通常通りの授業があるにも関わらず、休んで面会時間が始まる前から並んでいたそう。彼女が和也に抱いている気持ちを考えれば当然と言えるかもしれない。しかしそれが悪かった。この二人が鉢合わせるのはよろしくない。いや、まだ八田やら雫やらが一緒ならどうにかなっていたかもしれないが、こうなってしまってはどうにもならない。抱き着いて離れないこの少女がいる限りは……。

「ち、ちょっとあなた!和君のベッドで……」

「和也、誰あれ?」

「あー……」

「和君は怪我してるんだよ!早くそこからどいて!」

「それはカサハラが治したって」

「え……そうなの……?で、でも…それでも駄目!」

「嫌だ」

「どきなさい!」

 智花が、彼女にしては珍しいほどの音量で少女を怒鳴りつける。和也や周りの病人も驚くほどの迫力だが少女はそれを平静で聞き流し、いまだ和也に抱き着いたまま。少女を引き離そうにも折れた肋骨が痛……まない。笠原先生が治してくれたというのは本当らしい。何本か折れていたように思うがいったいどんな方法を使ったんだ?それにしてもこの少女、異様に力が強くないだろうか?

「イリスは和也が好きなの。だから一緒。和也もイリスが好きだよね?だってさっき一緒にいていいって言ってくれたもん」

「いやー……」

「イリスのこと嫌いなの?」

「そういうわけじゃあ……」

「和君……」

 智花の怒りのゲージが上がっていくのがわかる。彼女は魔術師だ。戦闘能力だけで言えばそこらのチンピラなど比にもならないほど高い。だから本気で怒らせると困る。昔はぺしぺしと叩かれるだけで済んでいたが今はそうはいかない。

「智花、落ち着け。ここは病院だぞ!他の人に迷惑がかかる」

「う……だって……」

 よし。智花は倫理感に弱い。智花にはちょっと悪いが、このまま説得していってしまおう!

「ほら、イリスのことはみんなで決めただろ?彼女とは一緒にいることが多くなるってさ。でも智花それに了承してくれたじゃん。心配かけて、こんな朝早くお見舞いに来てもらって申し訳ないけど、我慢してくれ」

「……ううう」

 智花が反省したような表情でベッド横の椅子に腰かける。そして手提げバッグの中から動物の絵柄の風呂敷で包まれたものを取り出して、テーブルの上に置いた。

「フルーツとか持ってきたからよかったら食べてね」

「お、ありがとな」

 和也が包みからタッパーを取り出し、蓋を開ける。中にはイチゴ、桃、メロン等々の色とりどりの果物が大量に詰めてあった。どれも美味しそうだ。するとそのフルーティーな匂いに釣られたのか、さっきまで和也にしか興味を示さなかったイリスが果物に目を向ける。

「イリスさんもどうぞ!」

 智花から爪楊枝を渡されて少し困惑したような表情を見せるイリス。恐る恐るその爪楊枝を受け取る。

「イリス。彼女は智花だ。俺の……大切な幼馴染だよ」

「ともか?」

 イリスが智花を見る。笠原先生の話によれば、彼女は和也以外の殆どの人間に対して拒絶に近い反応を示してきたとのことだ。彼女の存在が先生の話に出てきた女の子に由来するのであれば無理もない。これから彼女が自分の傍にいるということは智花を含めたチームメンバーや学園の何人かとも頻繁に会うことになるということ。果たして智花にはどんな反応を見せるか……。

「ともか……。ともか!」

 イリスが笑顔で智花の名を呼ぶ。そんな彼女の反応に和也と智花は顔を見合わせて笑った。とりあえず智花にいい反応を示してくれたのは安心だ。和也にとって一番長く共に時間を過ごしてきたのは智花であるし、これからもきっとそうであるから。

「イリスさん、メロン好きなんだね♪」

 見ればイリスは爪楊枝でメロンだけを刺して、次々と口に運んでいた。「和也、和也」とうるさかった彼女が黙々と食べているということはよほどメロンが気に入ったに違いない。

「和君もイリスさんが食べつくしちゃう前にどうぞ」

 無言でフルーツを食べる三人。和也がテレビをつけるとそこには昨日のニュースがテレビで写し出されていた。テレビでは魔術師が絡んだ“事故”として放映されていたがそれが嘘だということがここにいる三人にはすぐにわかる。

「和君のお父さんは?」

「昨日病院に運ばれた後に来たみたい。今日は仕事があるから来なくていいって言っておいたわ。それに……この話に父さんを巻き込みたくはないから」

「うん」

「とりあえず後で笠原先生が来て話してくれるみたいだから。それまではゆっくりしようぜ。智花は学校いいのか?」

「午後から行こうと思ってたいたんだけど、やっぱりいいかな。和君が心配だし。色々な意味で」

「ははは……」

 今朝、笠原は病室にて「放課後、全員が集まったら説明します。それまでにイリスさんと仲を深めておいて下さい」と言った。この“全員”に和也の父は含まれていないだろう。正体はわからずとも自分を狙ってきたということから目的は簡単に想像がつく。彼女は“依頼されている”と言っていた。誰に?何のために?自分の知識ではまるでわからない。想像はできるがきっとそれは自分が思っているようなものより遥かに複雑で、もっと様々な願望、野望が入り混じった何かなのだろう。そういう物の中心に自分がいるということが最近になってようやくわかってきた。この前まではまるでわからなかった何かが僅かではあるが自分にも見えてきた。これが勇人の見てきた世界なのだろうか?和也は智花とイリスを見る。二人とも思いのほか楽しそうだ。ふと視界の端に何かが映った。見ればそこには日本刀がある。勇人から預かった大事な物。和也は手を伸ばしてそっとその鞘に手を触れた。




 放課後、午後六時頃に集まったのは笠原を含め人。和也のチーム四人とイリス、笠原そして緋ノ宮妃。事態が事態だっただけに妃は呼ばれないと思っていたがそうではないようだ。彼女はイリスの件について了承したとは言い難い。件の作戦のことなども考えれば呼ばないのが妥当だろう。それでもここにいるということは笠原にも考えがあるということだ。

「皆さん、部屋を借りましたのでそちらに移動を」

 病室に戻ってきた笠原の言葉に従って皆が移動する。怪我は治っているが和也は智花とイリスに手伝ってもらいながら立ち上がった。立ってしまえば歩くのは案外苦でもない。むしろ久々に歩くことができて疲れが取れる。そんな和也のもとに歩きながら近寄ってきたのは雫だ。彼女の顔には呆れたような笑みが浮かんでいる。

「あなたが昨夜交戦したのはジェラルド・マレフィウム。騎士団の幹部よ」

 和也の表情が引き締まる。騎士団の幹部と一度交戦した経験から言えることは一つ。和也が生きていたのは殆ど奇跡ということ。彼らと一対一で衝突して、無事でいられる者など、存在しないと言っても過言ではない。

「マレフィウムはフランス出身の幹部。騎士団の幹部にしては珍しく、その国の軍には所属してはいない。でも正面から敵対するとしたらおそらく七人の中でも最悪よ。彼女が率いる「鐘の塔」は“魔女”と自称する不気味な女たちが狂った信仰で魔物も人も殺しまわっているような集団だから」

「へ、へぇー」

 初めて聞く名前だ。フランスと言えば凱旋門とかエッフェル塔とかしか知らない。それでも大事な情報はわかるようになった。まず彼女はフランスの所属らしい。そしてフランス国軍には所属しておらず、ある組織を率いているとのこと。つまり彼女が動くのはフランスが動くこととはまた別。国家に囚われない自由な動きができるという利点の一方で、規模が小さいという欠点もある。雫が最悪と言ったのはおそらく後者を考慮してのことだろう。今回の急襲も国に属していないからこその行動と考えることができる。

 気が付けば小さな会議室のようなところに到着する。皆が順に席に腰を掛けていくので、腰に抱き着いているイリスにも席に着くように言おうとすると……。怯えている。綺麗な青い瞳はずっとある方向を向いている。その視線の先には……。

「イリス、生徒会長がどうかしたか?」

「せいとかいちょう?」

「ああ、あの赤い髪の女性は緋ノ宮妃っていう名前で、俺たちの学園の生徒会長なんだ」

「きさき?」

「そう」

「……きさき、怖い」

 一般的に言えば、確かに彼女は怖い。見た目は凛々しい美人だが、なんか怖い。まあおそらく雰囲気が。

「私がどうかしたか?水瀬和也」

「い、いえ」

 イリスを席につくように促しながら、自らも席につく和也。妃はその間も何かを見定めるような険しい表情で二人を見ている。彼女がイリスを見るのはこれが初めてではない。和也たちが初めてイリスと会ったときもそこにいたから。彼女は経験から言うのであれば、多くに関わるタイプだ。その彼女がイリスについては一切触れない。それは彼女にとってイリスが興味の対象外なのか、はたまた他の何か。とにかくここにいる以上、この案件に関わるということ。頼りになる存在だが、同時に自分では太刀打ちできないほどの戦闘力を持っている。彼女は雫や八田とは異なり笠原先生の計画には賛同しなかった。信頼しきっては……いけないのかもしれない。

「ふむ。私が皆さんの前でこうしてお話するのもなんだか習慣のようになってきましたね。でも今回の内容は今までのものに比べるとかなり急を要するのでしっかり聞いて下さい」

 皆の表情が今までよりも一層険しくなる。和也もこれには嫌な予感がした。笠原先生は並大抵のことなどでは“急を要する”などとは言わない。

「ご存知のとおり、今回水瀬君を襲撃したのは騎士団幹部のジェラルド・マレフィウム。目的は彼の奪取です。理由は不明ですが、水瀬君の話によれば彼女は依頼されているとのこと」

「依頼主はわかっているか?」

 妃が聞く。和也はマレフィウムが言っていた言葉を思い出した。確か少女たちに雇われたとか言っていた気がする。うん?少女たち?

「はい、わかっています。そしてそれが問題なのです。どうやら彼女を雇ったのは件の反乱軍だと思われます。彼女は騎士団幹部ではありますが、正義や秩序とは無縁な行動を平気で取ってきますから。仮にも連合軍と敵対している勢力の依頼を受けるなんて……彼女らしいというか……」

 やれやれと言った表情の笠原。妃や怜もマレフィウムについて知っているのか、同じような表情だ。しかし妃は気が付いたように笠原を見る。

「件の反乱軍とはどういうことだ?反乱軍について話が出ていたということか?」

「ああ……鋭いですね」

 笠原がわざとらしく笑う。この男がこんなミスはしない。おそらくわざとだ。もっともありのままに話すかはわからないが。

「実はですね。予定されている国際模擬戦で反乱軍が攻め込んでくる予兆が見られているのです。彼女らの目的からして水瀬君が狙われる可能性が高いため四人には前もって話しておいたのです。まさか今回のようなことが起こるとは思いませんでしたが……」

 妃は黙ったまま頷く。この二人の問答はいつもこう。信用せず、疑わず。その一言をじっくりと吟味し、各々の脳内でそれらを組み立てていく。だから和也には二人の考えていることがいつもわからなかった。皆がそれぞれ自分と同じような表情で黙っている。

「で、どうするのよ。わざわざ集めた以上、何らかのアクションを起こすということでしょう?」

 沈黙を破ったのは雫だ。これもお決まりの展開な気がする。

「水瀬君の警護を増やすとか、模擬戦での警戒を強めるとか、その程度ならわざわざ集める必要はない。緋ノ宮妃まで呼んでこんな場を設けたのだから何かするのよね?」

 笠原はそれを聞くと立ち上がり真剣な面持ちで和也を見る。そして少しだけ悲しそうな表情になって、全員に問いかけるように話し始めた。

「ここにいる皆さんは水瀬君のためにならあらゆる困難に恐れずに挑みますか?地獄のような戦場に飛び込めますか?その命を張って戦えますか?私がここに今日集めたのはそれにイエスと言うであろう者たち。アルフレッドを前に引かなかった馬鹿者です」

 その場にいた全員の表情が強ばり、そして緊張に満ちる。和也でも笠原が言わんとすることはすぐに理解できた。これから死を覚悟して挑まなければいけない戦いがあるということ。あのアルフレッドと戦ったときと同じような過酷な戦いであるということ。そして自分はやはりその中心にいるということ。和也は全員の表情を見渡した。それぞれが険しい顔をしている。イリスだけは何のことだかわからないといった表情だが。

「やるしかないよね……」

智花の小さな呟きがそっと耳を掠めた。少しだけ表情を緩めて、もう一度全員を見渡す。そこでようやく気が付いた。彼らの表情が厳しさを示し、不安を示し、恐怖を示している。……がそこに拒絶がないことに。見れば、智花はお気に入りのコン吉さんを少し強めに抱きしめている。ちょっと前の和也であれば絶対に彼女の参加には反対しただろう。でも、もうしない。いや、できない。ここにいるのは魔術師だ。しかもあの死線を潜り抜けた者たち。どうみたって関わりたくないような案件に協力してくれると言った。その一歩はとうにラインを超えている。今更、逃げることなどありえない。

「ふむ。やっぱり馬鹿ですよ、あなたたち。まあこんな世界では少し馬鹿くらいのほうがいいのかもしれませんが……。では、肝心の作戦……みたいな物を説明します」

 そう言うと笠原が持っている薄型の端末を机の中央に上向きに置いた。そして机の上に3d映像が次々と映し出されていく。机の中央、一番目立つ位置には何やら見慣れない大きな建物が映し出されていた。錆びた鉄や剥げかけのペンキが不気味さを煽るそれは倉庫のように見える。映像で見ただけでもあまり良い印象は受けない。

「さて、まず現状をお伝えしましょう。驚かないでくださいよ?」

 笠原がニヤリと笑う。嫌な予感がする。しかも圧倒的に水瀬和也という一人物にとって……。

「実は水瀬君、あなたは既に囚われていると言っても過言ではない状態です。正確には化け物にマーキングされている状態ですが」

「はぁ……」

 思わず素っ頓狂な返事をしてしまう和也。はっきり言って意味がわからない。自分は確かにここにいるし、囚われてなどいないのだから。しかしそんな自分に対して、智花とイリス以外は冷静な顔で納得といった様子。久しぶりに魔術とか学力とかとは違った差を感じた。それにしても八田までその落ち着いた表情は気に食わない。

「まあ、ジェラルド・マレフィウムが依頼を受けておきながら、手ぶらで逃走はあり得ないとは思ったわよ。話を聞いた限りだと水瀬君とマレフィウムは三分近く一対一で対峙していたらしいじゃない?はっきり言って連れていかれていないのが奇跡ね」

「なあ、雫。よくわからないんだけど……。これって……ヤバい感じか?」

不安そうな表情で自分にそう聞く水瀬和也。そのあまりに能天気な質問に思わず笑らってしまいそうになる。しかしとても笑っていられる状態でないことは明白。真剣な表情で和也と智花を見て、それから笠原の方を見る。彼は目が合うと優しい表情で小さく頷いた。

「水瀬君、あなたはジェラルド・マレフィウムと対峙した。そのとき彼女に刻まれたの。獲物としての刻印をね。それはとても強力なオリジナルの魔術。彼女が“魔女”と言われ、騎士団の幹部に至ったその最たる理由の一つ。「薔薇の刻印」。これがある限りマレフィウムは何時如何なる時でもあなたの前に転移できる」

「……。」

 知らない。ジェラルド・マレフィウムという人物がそんな能力を持っているなど聞いたことがない。いや、そもそもそんな魔術の存在は聞いたことがなかった。今の説明だけで和也にも十分にわかるほど強力な魔術だ。なぜならそれが空間の跳躍を可能とするものだから。それは不可能とされてきた。魔術も所詮科学だ。できないことはできない。とんでもなく早く動くものはある。不可視の状態で移動し、まるで瞬間移動したかのように見せる魔術もある。でも何も無い所に何かが生まれるなど有り得ない。それは神の所業だ。そしてそんな神秘にも近い魔術が今、自分にかけられているという。マレフィウムはいつでも自分の前に現れ、殺すことができるという。しかしそうなると当然ある疑問が生まれた。

「どうして俺はまだ無事なんだ?」

「その疑問は至極全うでしょう?いつでもできることを何故やらないのか?どうして放置しているのか?何かやらない、あるいはできない理由があるのか?そうやって疑問をもつことはとても大事です。少しは成長しましたね」

 笠原がゆっくりと机の上の端末に手を触れる。するとさきほどの建物が拡大され、細かい窓や扉の配置などが映し出された。小さな文字の英語で何やら様々に書かれているものの、どういう情報が記されているかは全くわからない。そんな中でも地図の所々に記されているDangerと赤い文字は印象的だ。

「簡潔に言いますと彼女は魔術を失敗しました」

「ほう?あの魔女が?」

 笠原の言葉にすぐさま妃が反応する。妃がわざわざ声に上げるくらいだ。失敗など有り得ないのだろう。

「少し言葉間違えましたね。正確には妨害が入ったと言うべきでしょう。彼女の発動した魔術が僅かながら破壊されていました。それは昔取られた彼女の魔力パターンと比較すればわかります」

「虹の欠片が影響していると見ていいのか?」

「我々もそれを真っ先に考慮しました。しかし水瀬君が虹の欠片所有者であることは既知の情報であったわけでしょう?それを彼女が見こせなかったとは考えにくいのです。それと……破壊のされ方が少し独特でして……通常、魔術というのは霧散するように崩れていくのです。しかし、これはまるで何か鋭い刃物で切り落とされたかのように魔術の経路が閉ざされています」

「だが、それをあの魔女は再び繋ごうとしているというわけだな。だから時間がない。こうしている間にもマレフィウムは魔術の再構築を終えるかもしれない。そうなれば今度こそ水瀬和也を連れ去られてしまう。おまえたちにとっては大層不都合だろう。そしてここの地図に映し出されているのは間違いなく中東の紛争地帯の武器庫だ。つまり要件はこうだな。「依頼主の反乱軍に殴り込みにいくから手伝え」と」

 笠原が妃を睨む……がそれだけ。彼女の推測を肯定するかのように机の中央に映し出された建物を指さす。おそらく妃の“読み”は殆ど正解なのだろう。本来であればもう手遅れの状態だったはず。せっかく生まれた余裕を悠長に身構えるなど有り得ない。先手を打っていくべきだ。

「緋ノ宮妃さんの言う通りで概ね合っています。詳細を話していきましょう。実行する作戦について話していきます。ここからは正式な軍事内容なので気を引き締めてくださいよ?」

 その言葉とともに部屋に魔術が発動する。内部のあらゆる情報の露呈を防ぐための魔術。以前、笠原が使ったものよりも強力だ。魔術の性質もわずかに異なることから別の魔術師によるものかもしれない。

「それではまず作戦の“成功条件”を示します」

 中央の立体映像の建物の上に大きな文字が出現する。それは不思議なことにどの角度から見ても正面にはっきりと見えるようになっているようだ。

ミッション成功条件:反乱軍首領 マキナ・フローレンの捕縛または殺害

 ミッション失敗条件:敵首領の逃亡または戦力の七割以上の消耗でかつミッション成功が不可能だと思われた場合または水瀬和也の死亡


 失敗条件になにやら不穏なものがあるが見なかったことにしよう。成功の条件は非常にシンプルだ。要は大将首を取ればいい。もちろん簡単ではないが……。この反乱軍はニュースでも取り上げられるほどの大きな戦力を持っている。アジア圏内の多くの魔術師がメンバーにいるらしく、正規の国軍の魔術師が力量で負けることもあるらしい。そしてその中でも特に首領であるマキナという少女は高い戦闘能力を持った魔術師で、笠原の話によれば虹の欠片の所持者でもあるという。

「我々が任されているのはマキナ・フローレンの殺害のみ。先行して戦いは起こっていますので敵の目を逃れつつ、あるいは敵を倒しつつ将を討ちます」

「我々?それに私は含まれるのか?」

 妃がやや嫌味ったらしく聞く。

「選んでいただいて構いませんよ。ここに呼んでいる以上、参加資格はあります。しかしあなたには直接には関係ないこと。無理に危険を侵す必要はないでしょう?」

 妃が黙り込む。吟味しているのだろう。あらゆるリスクと自分の役目とそして自分の意志と……。彼女の答えを待って皆が黙っている中、八田が申し訳なさそうに手を挙げた。そのあいかわらずのヘラヘラ顔はあまりにも緊張感に欠けているが、それでも少しだけ空気が軽くなったように感じる。

「なんでしょう?」

「あの……今更で申し訳ないんですが……。俺らってその作戦に参加する意味あります?ここにいるメンバーはそれなりに優秀だと思いますが、それでも経験の浅いガキです。戦場にいきなり飛び込むのはかなりリスクが高いですし、友軍の足もひっぱり兼ねません。どうみたって、厳重警戒で待機が妥当じゃないですかね?実際、模擬戦での話では俺たちは待機だったわけでしょう?」

 八田の質問を聞いた笠原は「ああ!」と口にする。智花はその八田の意見に大賛成なようでいままで消極的だったにも関わらず、大きく首を振って同意を示していた。

「それは説明しないといけませんね。理由は大きく二つあります。まず一つ目の理由は水瀬君が虹の欠片所持者だということ。以前にも話したように欠片所有者同士はその存在を近くに感じると何らかの共鳴を起こします。今回の最たる目的が首領の殺害ですから、その居場所をできるだけ早く特定するには水瀬君がキーとなってきます」

 当然、首領のような人間が居場所をずっと固定させているわけがない。暗殺やピンポイントをターゲットにしたミサイル、魔術などの攻撃から逃れるために常に潜伏場所を変更しているはずだ。故に和也がいるかいないかでは発見までに大きな時間的差が生じる。

「二つ目は作戦に参加してもらった方がかえって安全と思われるからです。本作戦実行にあたり、私も含めた多くの人員が向こうに赴きます。つまり今まで細々とスパイを追い払っていた優秀な人員がいなくなるということです。あとはどうなるかわかりますよね?もちろん本作戦に参加する日本の戦力は全体の二割にも満たないので、代わりがいないこともないのですが……。信用出来る者となるとちょっと……」

 その場にいた和也と妃以外が「うーん……」と唸る。難しい。今から向かおうとしているのは本当の戦場だ。毎日のように人が死んでいて、それを悲しむ余裕も生まれない。そんな地獄のような場所だ。多くの人が言う。最終的に恐れるべきは“人”であると。魔物の脅威があっって尚、地獄が人と人の争う場であるならばその言葉は正しいのだろう。

「でも……」

 和也は笠原の過去を聞いて以来、あることに感づいていた。それはおそらく魔物とはこの戦いの一ピースでしかないということ。もし人間がこのまま優勢を強めていって魔物を駆逐したとしても、それでめでたしめでたしとは絶対にならない。魔女を倒してもどうか……。何かもっと根本的な敵がいるようなきがしてならないのだ。この一手はその敵にどんな影響を与えるだろうか?いずれにしても今回の件に関してはどうするかすぐに決まった。

「安心してください。行きますよ、先生」

 すべて自分の弱さが原因で起こったこと。軍隊が派遣されるということは多くの人が自分のために命を懸けて戦ってくれるということだ。それなのに自分だけ隠れているわけにはいかないだろう。笠原はその言葉を聞いてほっとしたように笑う。雫も八田もいつもと同じ、呆れたような笑みを作った。智花だけは心配そうな表情で和也をみるが反対はしない。あとは……。

「ふむ……」

妃はトントンと二回机を指で叩く。そして窓を見た。この病院の上に一羽の鳥がとまってこちらを見ている。黒い艶のある美しい鳥。この部屋の周りには強力な魔術が存在していて視認すらできないはずだが、それでもその鳥ははっきりとこちらを見ていた。

「今回は不参加だ」

 彼女にしては小さめの声でそう言った。間が生じる。和也にとってそれは少し意外だった。彼女の性格なら当然参加するものと思っていたから。もっとも普通に考えれば、参加しないのがあまりにも妥当。彼女にとって参加する利益は殆どない。

「ではここからは席を外していただけますか?」

「ああ」

 笠原の要求に素直に了承する妃。彼女は立ち上がるとそのままゆっくり部屋から出ていく。そして、そんな妃を見届けるかのように黒い鳥もまた青空へと飛んで行った。




一台の車が、妃が病院を出るのと同時に彼女の前に止まった。それは何の変哲もない一般的な水色のワゴン車。その車を一瞥すると、足早に向かい、何の躊躇いもなく助手席に乗り込む。彼女は車の運転席と後部座席を一通り見まわして、呆れたようにため息をついた。

「はぁ…。よくもまあこんなにぞろぞろと……」

「はは」

 妃のちょうど後ろの位置に座る眼鏡の青年、司徒教介がニヤニヤと彼女を見ている。彼にしては珍しいほどの笑み。その表情の理由に大方、検討が付いている妃は苦虫を嚙潰したような顔のまま、運転席の男に車を出すように指示を送った。

「で、一応意向を聞いておこうか」

 妃が聞いたのは二列ある後部座席の後列に座っている二人。最近、何かと関わる頻度が増している気がする。黒守音羽と菜ノ原怜。

(改めて考えると、共に黒守勇人に大きく関わっていた人間か……)

「あなたの推測通りで間違いありません。これから起こることに関わらせていただきます。たとえどんな過酷なものであったとしても」

 相変わらずの美しくて鋭い声。怜ははっきりと自分の意志を示すように言う。音羽も妃の目をしっかりと見て、それに続いて頷いた。妃はそれを確認すると続いて前列の後部座席に座る自分のチームの三人を見て、同様に確認する。

「本当ならおまえたちは強制連行なんだが……今回ばかりは選択してくれ。ちなみに向かう先は本物の戦場だ。単純な生存確率は先の魔物の襲撃より高いかもしれんぞ?」

妃がからかうように言う。そんな“いつも通り”の彼女に三人は笑った。結局この三人も相当の変人なのだ。戦場に着いてこいなんて言われて、笑っていられる程度にはもう戦ってきている。そういうレベルの者たち。もとよりこの生徒会は例年とは一線を画す。教介はおろか五郎や奈津美も生徒会長になり得るレベルの魔術師だ。だから彼らに与えられた使命は大きい。緋ノ宮妃が彼らに求めたものはあまりに高い。それでも彼らは着いていく。各々の志もまた“妃”と相違ないほどに無謀なのだから。

「では参加者が決まったところで“私たち”の作戦を話そうか。その前に航空機に向かうとしよう。話を聞いた限りでは時間に猶予はない。笠原たちもすぐに実行に移すだろうからな」

「航空機なんてどうやって調達するんですか?」

 音羽がきょとんとした表情で聞く。それに奈津美が小さい声で「ふふっ」と笑った。そして振り向いて、自慢げに胸を張って……。

「教介しゃんの自家用でしゅ!」


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