メイド
短めを二つ更新です
黒守勇人はとある家の前で立ち往生していた。場所はアメリカのカルフォルニア州ロサンゼルスのとある郊外。彼にとっては初めて降り立つ地である。
「本当にこのくそでかい屋敷でいいのか?」
彼が迷っているのも無理はない。政府への報告のため、先に目的地に行っていてほしいと言った、騎士団幹部ゼフィール・エクスフォード。彼に渡されたデータが記す場所は間違いなくこの建物なのだが……大きい。大き過ぎる。そういえば、どっかのドラマやら漫画やらに出てくる超お金持がこんな家に住んでいた。
「騎士団幹部なら当然か?」
勇人は恐る恐るインターホンらしき機械のボタンを押す。もしかしたら押した瞬間にミサイルでも飛んでくるのでは?と思っていたが杞憂だったようだ。優しそうな女性の声が応答する。
「Yes, which one is it?」
「ああ、忘れていた」
勇人はそう呟くと魔術を発動した。それは音声を任意の言語に翻訳する優れた魔術。世界で最も使われていると言っても過言ではないほど。魔術を扱えるものであれば全員、最初の授業でこれを習う。勇人はこの魔術の使用を密かに楽しみにしていたのだが、ここまではゼフィールの用意した車で来たため、現地人と会話の機会がなく、発動を忘れていた。
「あの……どちら様でしょうか?」
「黒守勇人という者です。ゼフィールさんに言われてここまで来ました。事前に連絡はもらっているはずですが……」
「あ、はい。お待ちしておりました。どうぞお入りください」
彼女の言葉とともに、その豪邸が持つ庭へと繋がる扉……ゲートが開いた。ずいぶんと簡単に通してくれるものだ。まあ入れたのはまだくそ長い庭にだけだが。勇人が少ない荷物を持ってその庭へと歩き出そうとする。すると慌てたようにインターホンから声が発せられた。
「い、今から車でお迎えしますのでその場でお待ちください」
「大丈夫、歩いて行きますよ。わざわざ車を出すのも面倒でしょう?」
「五キロほどの道のりになりますが……」
「お迎えよろしくお願いします」
車で迎えてくれたのは二十代前半と思われるメイドだった。清潔感のあるさらさらとした、少し紫がかった髪に、如何にも優しそうな顔が特徴的。メイドと言えば日本ではへんてこな方面で人気のため、こうして仕事に従事している姿は逆に新鮮に感じる。勇人は礼を言って車に乗り込んだ。走行中、車内から広い庭をボーっと眺める。
「緊張なさっていますか?」
勇人は目だけを動かして、そう質問する彼女の表情をバックミラーで確認する。表情に変わったところはない。
「まあ、多少は」
「嘘ですね」
表情に変化はない。人の返答にさらっと「嘘」と返す人間がどれだけいるだろうか?出会い頭ですぐわかっていた。ゼフィールが率いるチームの一員、煉獄の鎖の使い手……。
「緊張はしていますよ。外人の方は皆、大きいので」
「ふふふ」
そのメイドは笑う。勇人はそれを見て、顔をしかめた。こういうタイプの人間が一番苦手だ。その笑顔が何を示すのかまるでわからない。だから対応に困るのだ。何がこの女にとって大事で、そうでないかがわからない。その人間の価値観が測れない。それは咄嗟のときにとても困る。
「黒守勇人さん、あなたのことは存じ上げております。十七という年齢にして、吸血鬼、天使、挙句の果てにセラフィムまで……。素晴らしい功績です」
(ああ、このメイド……)
「おまけに日本独自の魔術や武術に通じているのでしょう?こちらではそういう物は見られません。ぜひ、ご拝見したいものです」
初めて読み取れたその表情。それは恍惚に近いものだろう。これでようやくこの人間の価値観がわかった。戦闘好き。あるいは戦闘狂。勇人は外を見るのを止めて、正面を向く。体感にして三キロほど走っただろうか。早く着いて欲しいものだ。でないと……。
「ねぇ、黒守さん」
「……」
「いきなりお願いして申し訳ないのですけど……」
「くそ!」
車がひっくり返ると同時に二つの影が飛び出して距離を取る。勇人の着地とほぼ同時に数本の鎖が彼を襲った。勇人はそれらを全て、左手に持っている呪符で防ぐ。鎖は呪符の中に吸い込まれると途中で止まり、かっちりと固定されて動かなくなった。
「呪符!それはアメリカにはないです。素晴らしい……」
呪符に固定されていた鎖が切断される。そして彼女は新たな鎖をスカートの裏から出現させた。どこにそんな量の鎖が収納されていたのか。再び先と同じようにそれらを放って攻撃してくる。
「一、二、三……」
同様に呪符で防ごうとする勇人。しかし数が間に合わない。さきほどの三倍はある。だから方針を変えよう。勇人は一枚の呪符を宙に漂わせるとそれを日本刀へと変化させた。緋ノ宮妃と戦ったときに使用したものと同様の魔術。一枚に魔力を集中させたため、その質は以前よりも高い。その刀で以て全ての鎖を叩き落とす。
「これはどうでしょう?」
本数は同じ。しかし明らかな変化点がある。それに勇人はすぐに気が付いた。煉獄の鎖の本体。あらゆる罪すら灰にする灼熱の世界において尚、天国を繋ぎ止める神の鎖が一本混ざっている。おそらくこの刀では耐久できない。
「ならば強化するまでだ」
呪符で刀身を滑るようにして撫でる。するとその刀身は禍々しい紫色の光を帯びた。疑似的な神剣。その刀で鎖を瞬く間に叩き落していく。そして件の一本と衝突すると魔力を放出しながら刀は壊れた。一方、鎖は地面に突き刺さっている。
「今のでうちの子たちは限界です。それをあっさり……よかった」
鎖を引っ込めながら彼女はそう呟いた。勇人はそう言う彼女に少しだけ面食う。それはその表情が優しいものだったから。何かを愛し、保護する温かい笑みだったから。戦闘狂という評価は間違っていたかもしれない。
「ありがとうございます。これはちょっとした腕試しでした。あなたの実力を測りたかったのです」
「そうですか……」
「でも殺れたら殺るつもりでした♪」
「死ね」
「ふふふ」
勇人は彼女の笑顔をじっと見つめる。やはりわからない。まあ危ない奴という認識は当たりだったが……。
「そういえばその刀は抜いていただけませんでしたね」
彼女の指が差しているのは勇人の腰に帯刀されているもの。彼女ほどの者であれば、それが並の物ではないことが容易にわかる。勇人は存在を確かめるようにそっと刀を撫でた。そして真剣なまなざしで返答する。
「迂闊に抜くようなものではないですから」
「それは失礼しました」
彼女はあっさりと返事をする。そして一歩後退し、スカートの裾を上げて綺麗にお辞儀をした。まさしくメイドといった綺麗な動作。
「ようこそ、私たちの家へ。自己紹介が遅れました。リーゼ・シュタインと申します。これからどうぞよろしくお願いしますね。では、いい加減お屋敷の方に参りましょう」
リーゼはそう言うと軽やかに歩き出す。彼女の垣間見える無邪気さは二人の歳を逆転さえたように感じられた。そうして彼女が十歩ほど歩いたところで、振り返り、その感情の読めない笑顔を勇人に向ける。
「そういえば車壊れちゃいました。どうしましょうか?ちなみにあと二キロ弱あります」
「歩きますよ。そのくらい」
「おんぶしてあげてもいいですよ?」
「後ろから刺しますよ?」
「ええー、日本の方はメイドさんにちやほやされるのが夢なんじゃないですか?こんなに可愛いメイドさんが誘っていますのに~」
「あなた本当に騎士団の中隊長ですか?」
「ふふふ」
勇人は先に見える大きな屋敷に向かって歩き出す。そして空を見上げた。アメリカの空は日本より少しだけ広く、そしてその青色が薄い気がする。ここに来て最初に出会ったのがこの変人メイド。勇人は少しだけ顔を顰める。そしてリーゼは彼のその表情を見て、綺麗に笑う。




