懇親会②
「あの……何か御用でしょうか?」
和也が弱々しい声で怜と音羽に尋ねる。音羽はまだしも、怜と正面きって話す機会はなかった気がする。いつも勇人を挟んでいたから気が付かなかったが彼女の雰囲気は初めて会った頃の雫によく似ていた。おまけに雫と違って身長が高く、腰に携えた日本刀が目立って威厳が感じられる。和也によっては一番苦手な部類の人間かもしれない。
「そう身構えないでいい。私たちは別に探りを入れにきたわけではない」
険しい表情から一変、やさしそうに微笑んでそう言う怜。それを見て和也は少し安心する。内容はなんだろうか?ただの挨拶……というわけではあるまい。こんな状況でも口をもぐもぐさせている八田が羨ましかった。ちなみに彼はさきほどから一応は話を聞いている。
「簡単に言うと私たちのこれからの行動について宣言させてもらう」
和也はその一言に顔を歪めた。そんなことをわざわざ自分に報告しに来る理由は一つしかない。そしてそれは和也にとって最も嫌なことの一つだ。
「“俺を守る”なんて言ったら怒りますよ」
「「……」」
「あなたなら、いや、あなただからこそわかるでしょう?それは良くない。勇人と同じ過ちを犯すのは……やめてくれ。次は耐えられない……」
和也の言葉に全員の表情が曇る。きっと皆が同じくらい辛い思いをして、それでもここに立っている。だからこそ和也は自分に賭けることはやめて欲しかった。平等に戦って、そして結果を得たかった。しかし怜はそんな和也にさきほどより険しい表情となる。
「ではこういう言い方ならどうだ?“黒守の、仲間の敵をとる”私個人であれば、おまえのことなど実質どうでもいい。この案件、水瀬和也を追うのが最も効率がいいからな。私が考えるこの戦いの結末に、おまえの生死は関係しない!」
「それは聞き捨てなりません」
音羽が怒鳴った。
「私のチームにいる限り、あなたには和也さんの防衛を一つの役目としていただきます」
「学内行事やチームによる戦闘では君の指示には従おう。しかし私個人の行動を制約される筋合いはない。悪いがおまえとはこの男に対する価値観が違う」
「人を価値などという言葉に当てはめるのですか?」
「悪いが優先順位はつけさせてもらう」
「この女!」
音羽が銃に、怜が刀に手をかける。それに和也たちは反応できない。学園内でトップクラスの戦闘力を持つ二人の動きには着いていけない。
きっと、多くの心がわずかだが歪んでしまったのだろう。皆、上辺はいつもと同じように生活を送っている。今までと変わらず笑って、泣いて、怒って……。そうやって生きている。それでもその心には間違いなく何かが生まれたのだ。だから皆変わっていく。和也は考え方が少し現実的になった。智花は少し笑わなくなった。音羽は少し孤独になった。怜は少し鋭くなった。その変化がプラスかマイナスかはわからないが、それでも変わっていく。きっと自分が今、ここにいるのはこういうときのためなのではないだろうか?皆が笑えなくなったときに笑うためにいるのではないだろうか?だから笑おう。自分の笑顔で彼らの笑顔を守ろう。ああ……でも笑顔だけも困るな……。たまには戦闘面でもね。
「「なっ!」」
二人の女子の驚きの声が会場全体に響き渡る。彼女らの手からはそれぞれの武器が抜け落ち、床に転がった。しかし彼女たち以外の生徒に目立った動きは見られない。二人が、それもほぼ同じタイミングで武器を落とすことなどあるだろうか?
「お、どうかしたのか?」
唖然としている和也たちのもとにいまだにテーブルで料理をがっついていた八田が、料理が山盛りに盛られた皿を持ってやって来る。そして床に落ちている武器をチラッと見るとわざとらしい仕草をしながら、大きな声を上げた。
「な、なにやってんだ!」
「うるさいわね。あなたは大人しくあっちでご飯食べてなさい」
大げさなリアクションで騒ぎ立てる八田を、呆れたような表情で見る雫。しかし八田はそんな雫に目も止めず、ズカズカと歩いて行き、怜と音羽の間に割って入った。大きな体が壁のように二人に立ち塞がる。
「喧嘩はよくないぞ。同じチームメイトなら尚更な」
「……」
「……」
「……」
沈黙する三人。八田と怜の目が合う。彼女の視線は警戒や敵意に近しい、迫力のあるもの。そんな彼女の視線を真っ向から受けて、なお怯まない八田。それだけで場が一層の緊迫に包まれる。そんな二人に対して音羽は申し訳なさそうな顔で銃をホルダーにしまうと深く頭を下げた。
「ごめんなさい……カッとなってしまって……。怜さん、せっかくチームに入ってくれたのに……。本当にごめんなさい」
「……」
怜は八田から目線を逸らして、フッと息を吐くと床に落ちた自らの刀を拾い上げ、その刀身を見つめる。そして軽く刀身を撫でるとゆっくりと鞘に収めた。
「すまない。模擬戦ではよろしく頼む……。君もな」
そう言って、怜は踵を返すとそそくさと会場から出て行ってしまった。最後の言葉は誰に向けられたものだろうか?できればここにいる全員に向けられた言葉だと嬉しい。どちらにしても和也はここで知ってしまった。彼女のほど身近な人物さえ、自分の存在を利用とする者の一人なのだ。きっと今も多くの人が、多くの目的で自分を利用しようとしているのだろう。
「音羽ちゃん、大丈夫?」
智花が落ち込んだ様子の音羽の肩に手を置く。音羽はその手をゆっくりと取ると嬉しそうに笑って見せた。
「大丈夫です。彼女と根本的な目的が違うのは知っていました。それは向こうも同じ。きっとそれをわかってくれた上で、私たちに手を貸してくれているのです。だから兄さんに対する価値観も、和也さんに対する価値観も違って当然なのです。それをわかっていながら最初に銃を抜いた私が悪いです」
音羽が和也を見る。
「本来の私の要件を忘れてしまうところでした。私の言いたいことは簡単です。私はこれから兄がやり遂げられなかったことをやっていきます」
「それは……」
「ええ、和也さんはそれを嫌がるでしょう。でも……申し訳ないですが私は止まりません。私にも皆さんと同じように目的がありますから。それと私は和也さんたちの目的にも協力しましょう」
音羽が勇人の意志を引き継ぐというのであれば、彼女の行動はきっと自分を守ることだろう。それは和也にとっては避けたいことだ。怜の目的は勇人の敵をとることだという。それが具体的に何をどうすることなのかはわからないがきっと自分たちに深く関わることになるに違いない。
「それでは私もこれで失礼します。チームである以上、怜さんも放ってはおけませんし、模擬戦に関する情報も集めたいので。お互い頑張りましょうね、和也さん!」
音羽がスマホを手にチームメイトの元へと去っていく。和也はその後ろ姿を見ながら、考えを巡らせた。彼女たちは自分が言っても、いや誰に何を言われたとしても方針を変えることはないだろう。しかし和也にとってはこれ以上多くの人を“虹の欠片”をめぐる争いに巻き込みたくはない。どうしたものだろうか……。
「なあ、八田……。俺、どうすればいいかな?」
和也は、お皿に乗った肉を食べている八田に自嘲気味に聞いた。八田は和也の声色から何かを察したのか皿をテーブルの上に置き、和也に向き直る。
「おまえの言わんとすることはわかるよ。だがな、そんな贅沢な悩みは許されない」
和也はその言葉に息を呑む。もしかしたらこれは八田の言うように贅沢な悩みなのかもしれない。多くの仲間が共に戦ってくれる。その目的に多少の違いはあれど、皆一生懸命に考えて、弱い自分を守ってくれている。
「そうだな……。おまえの言うとおりだ」
「ああ……。だが敢えて選ぶなら、俺なら音羽ちゃんだ」
「……え?」
「やっぱりあの無邪気さが残る可愛さは譲れない」
「何、言ってるんだ?」
「くそぉぉぉ、周りが可愛い娘だらけでどのルート選べばいいかわからないなんて贅沢だー」
「……」
ポンッと肩に手が乗る。振り返るとそこには雫がいて、優しそうな目でこちらを見ていた。優しそうなのだが……なんだろうかこの違和感は……。
「馬鹿は放っておいて、料理を頂きましょう?せっかくのご馳走がそこの馬鹿によって消費されちゃうわよ」
「そうだな。少しは俺たちも他のチームと親交を深めておいたほうがいいだろうし」
和也たち三人は料理の置いてある別のテーブルへと移動する。八田を置いて。八田はそんな三人を笑って見送ると再びお皿の上の料理を食べ始めた。




