懇親会①
和也たちが模擬戦に参加することになった翌日、生徒会長である緋ノ宮妃の提案により模擬戦に参加するメンバーでの懇親会が予定されていた。提案を受けたときの雫の嫌そうな顔はいまでも忘れられないが、自分たちの仲間となる生徒がどういった人達かをしっておくのは大事なことだろう。といっても生徒会チームと音羽チームはある程度顔見知りなので問題となるのはあとの二チームということになる。
「ここでいいのかな?」
四人は事前に集まってから会場に指定されているホールへと向かっていた。会場らしきホールに着いたはいいが扉の前には誰もいない。今、和也たちが目の前にいるホールは学内でも屈指の広さを誇るホールだ。たかだか五チームの懇親会に使うにはあまりに大きい。しかし連絡を何度見返してみても会場はここと記されている。
「まだ準備が終わってないのかな?」
「そうかも。とりあえず入っちゃう?」
「ええ、準備できていない向こうが悪いんだし」
そういって会場の扉に手をかける雫。そのとき後ろから声がかかる。聞き慣れた可愛らしい声だ。
「こんにちは!皆さん」
「こんにちは、音羽ちゃんと……⁉」
いつも通り挨拶をしようとした和也。しかし音羽のチームの中にいる思わぬ人物に驚く。思えば彼女ほどの強者が出場しないなどありえない。勇人のことをできるだけ意識しないようにしてきたためか、同時に彼女の存在も忘れてしまっていた。
「菜ノ原怜さん……」
「久しぶりだな、水瀬和也くん。と言っても最後に会ってからまだ一週間も経っていないわけだが……。それだけあの戦いを昔のように感じるよ」
怜はそう言って悲しそうに和也に笑いかける。彼女はおそらく先の戦いで最も辛い思いをした者だ。チーム全員、いやともに戦った仲間全員を失った。自分の目の前で次々に仲間が死んでいくのを見た。そんな境遇だからこそ彼女がここに立っていることを恐ろしくすら感じる。仲間を、友を、愛した人を失い、それでも戦う彼女に畏怖と敬意を感じた。自分だったら心が潰れてしまっているだろう。
「あ、怜さんは私のチームに補填する形で入っていただきました。私のチームからも当日一人犠牲が出てしまったのです。それとこちらの二人も改めて紹介しますね。和也さんと智花さんは何度も顔を合わせていると思いますが」
音羽が後ろの男女二人を紹介しようとする。と、そのとき会場であるホールの扉が勢いよく開けられた。そして息を切らしながら会計の岩田五郎が姿を現す。その表情には明らかな“疲れ”が見えた。
「会場時間を過ぎてしまってすまない。会長が無駄に装飾やらパフォーマンスやらをセッティングしたがるもので……。とにかく中に入ってくれ。席に着いてもう少しだけ待ってもらって構わないだろうか?」
和也と音羽はそれに首を縦に振って肯定する。それを確認した五郎はドア開いたままの状態にして急いで引っ込んでいった。
「なんというか……生徒会も色々大変なんだな」
八田が目を細めてぼそっと呟く。二つのチームは言われた通り中に入った。装飾やテーブルに置いてある食事はどれも立派で懇親会というよりも富豪のやっているパーティーのような状態だ。そんな雰囲気に少し緊張して待っていると他の二チームも会場にやってくる。ちなみにその二チームは二つとも三年生のチームだ。どちらも非常に優秀なチーム。といっても風切のチームなど当日犠牲になった十数チームに比べるとやや劣るらしい。情報に過ぎないので実際の実力は定かではないがどちらにしても自分たちよりは上に違いないだろう。
「雫ちゃん。これ旨そうじゃない?」
「そうね」
「スゲー量あるし、俺一人でこの皿の食べきっても大丈夫だよね?」
「そうね」
「よし!食うぞ~」
「どうぞ」
雫は八田の言葉に適当に返事をしながらスマホの画面とにらめっこしている。彼女はゲームはやらないので何をそんなに真剣に見ているのか気になった。和也は智花に咎められながらもスマホの画面を横から覗く。
「乙女のスマホを勝手に除くなんて失礼ね」
「何見てるの?」
「……初戦の敵の情報」
「あれ?もう決まってるんだっけ?」
「知らなかったの?」
呆れた表情で和也を見る雫だが、そんな彼にもう慣れたのか画面を拡大して、スマホを見せてくれる。そこには“第三十七回国際学生合同演習 日程表”と書かれていた。この国際行事、模擬戦がメインとなっているが演習もしっかり行う。そのため行事全体を通して一週間ほどの長さになっていたはずだ。故に笠原が言っていた作戦もどのタイミングで行われるのか非常に重要なことだ。開会式などでバタバタとする初日とは考えにくいが……。
「初戦はブラジルだね」
一緒にスマホを覗いている智花が呟く。ブラジル……。正直何もわからない。南米のアマゾン川がある国。国土の中央に赤道が走っているため、熱帯気候となっており通年で気温が高い。
「地理の授業でやった知識しかないな」
「私も」
和也と智花は雫を見る。雫はその視線にわずかに顔を赤くしたが二人の求めていることが何かわかったので咳払いをして話始めた。
「ブラジルの魔術はアメリカ由来のものが殆どよ。はっきり言ってしまえばアメリカの劣化版。でも南米特有の良い体格と高い運動神経で近接戦なら高い水準にある。あとは……中米のアステカ神話に由来する呪術を混合させた魔術を使う人もいるわよ。扱いが難しい上に、効果は並の技量じゃ殆ど無いに等しいから使う魔術師はごく一部みたいだけど」
アステカ神話。これまた殆どわからない。ケツァルコアトルとかテスカトリポカとかならゲームで聞いたことがあるがそれが魔術にどんな影響をもたらすのかなどさっぱりわからない。日本で言う陰陽道的な類のものだろうか?どのみちそれから対策を施すなど自分ではできそうになかった。
「安心して。私もさっぱり。というかおそらく今までもそんな調査なんてしないで挑んでいたわけだし、そんな心配するよりも自分たちの実力をあげるのが優先でしょう?」
正論だ。他を考えるよりまず自分を考えよう。昨日笠原先生に言われたように自分たちにはまだ力が足りない。力をつける必要がある。勝てる力とは言わない。せめて死なないだけの力を……。
「お待たせしました。これより選抜チームによる懇親会を始めます」
壇上に立った司徒教介がマイクを手にやや疲れ気味の声でそう言う。そういえば戦いの中の傷や疲労で相当重症と思われていた教介だったが、三日で退院した。本来ならばあと一週間は安静らしいのだが、彼なしの生徒会が不安でしょうがなかったのだろう。
「初めに少しばかり真面目なことを私から述べさせていただきます。で、そのあとは会長からのありがたいお言葉です」
裏方から「楽しみに!」と謎の声が入るが教介は気にしない。彼は全体を一度見回すと少しだけ嬉しそうに笑って再びマイクを顔に近づける。
「色々ありましたが……ここに集っていただけてとても嬉しいです。皆さんも悲しく、苦しい思いをしたのでしょう。それでも前に進むその意志、尊重させていただきます」
教介は再び全体を見渡す。
「正直に申し上げますと……このたびのメンバー、万全とはほど遠いでしょう。いや、満身創痍と言ってもいい。出場を辞退するという選択肢もありました。それでも辞退しなかったのは……あなた方がここにいる理由と同じです。前に進むしかない。戦う必要がある。どんな一歩かもわからない。意味のない前進かもしれない。でも……どうか共に戦ってください」
冷静な彼にしては珍しいほどの演説。短いが確実に和也たちの心を打つ。言い終えた彼は少し恥ずかしそうに微笑んでお辞儀をすると裏に引っ込んでいった。そして入れ替わるように生徒会長、緋ノ宮妃が姿を現す。和也は彼女の瞳を見た。いくつかの戦いを通してわかったことだが彼女の意気はその目に宿るのだ。今は……特別強い何かは感じられない。
「具体的な作戦や各国の戦闘スタイルなどの説明は別の機会を設けて行う。今日は本当にただの懇親会だからな。飲んで、食べて、お互いを多少なりとも知ってくれればいい。しかし一つだけおまえたちに話しておきたいことがある」
瞳にわずかな炎が宿るのを和也は見逃さなかった。皆、その雰囲気の変化に気づいてか表情が引き締まる。……八田を除いて。
「この中の何人かはすでに知っている通り、今、現在進行形で何らかの陰謀が動き始めている。先日の戦いを機に世界のあらゆる軍、機関の動きが活発になった」
それは和也も知っている。雫から戦いの翌日に知らされていた。魔物の襲来頻度の減少以来、積極的な動きをして来なかったいくつもの機関が再び何人ものエージェントをばら撒いたそうだ。それの何人かは日本へも来ているかもしれない。いや、笠原先生はすでに多くのスパイを殺したと言っていた。ならば来ていたのだろう。そしてもうこの世にはいないということ。
「それが正義か悪かは私にもわからない。私は魔女や魔物の事情など知らないからな。しかしだ、私にとって最も許せないことを奴らはした」
妃の瞳の炎が大きくなる。いや、ここまでくると瞳など見ずともその全身から放たれる迫力で彼女の怒りが伝わってきた。
「私が言いたいことはシンプルだ。いいか、気をつけろ!正しいか正しくないかだけで選択するな。やつらの中途半端な正義に付き合って死ぬのは御免だろう?私の予想では今回の国際行事、なんらかの異常事態が発生する。だからどうか気を付けてくれ。おまえたちは必死に相手の学生と戦って、それで喜び悲しむ。それだけでいい。もう……死ぬのは勘弁してくれ……」
そう言って、わずかに顔を歪める彼女。それに雫は目を見開く。正解だ。緋ノ宮妃はやはり恐ろしい。この懇親会、生徒会によるものだが、間違いなく笠原らの盗聴および監視がある。そう、だからこそ彼女はこの場で大きく宣言したのだ。「私は警戒している」と。おまえたちの策略はすでに看破済みで、もし生徒を危険に晒すなら自分は敵になると。
「ふう……。さて、まあ懇親会を始めるか。実際に何か起こるかはわからないし、起こるとしても対策をたてるほどの規模もない。最終的には私たちは模擬戦を勝つことが目的となる。そうだ、経費は教介が持ってくれたから遠慮しなくていいぞ」
「ええ……」
少し重苦しい雰囲気の中、妃により開会の宣言がされた。妃の話を料理とにらめっこして聞いていた八田が凄まじい勢いで肉やら魚やらを口に運ぶ。雫はもうそんな彼には見向きもせずに真っ先に和也と智花を自分のもとに集合させた。
「とりあえず例の作戦については黙っていなさい。緋ノ宮妃が言っていたように下手に関わると危険よ。笠原先生も作戦は自分たちが実行するって言っていたし、模擬戦のほうに頭を持っていきましょう」
和也と智花がそれに頷いて同意する。さきほどの妃の発言にもあったように自分たちでは何かしようにも何もできない。規模が違うのだ。一学園の学生が動いてどうにかなるような規模ではない。
「すいません、水瀬和也さん。お話しよろしいでしょうか?」
話しかけられた和也が声のほうを向く。そこには副会長、司徒教介がいた。いつもと同じ、落ち着いた様子。彼には色々とお世話になっている気がする。和也は頭を下げて丁寧に挨拶をした。
「あなた、自分の体は大丈夫なの?絶対安静のところを飛び出して来たんでしょう?」
「こんにちは、雨堤雫さん。ご心配ありがとうございます。ほぼ回復済みですのでご安心を。むしろ心配してほしいのはお財布のほうでして」
そういえば、この料理は彼によって負担されているそうだ。智花はそれを思い出すとローストビーフを口へと運んでいた手を止める。そんな智花の様子を見た教介はいたずらっぽく表情だけで笑った。
「残高が一億円を切ってしまいました。予定していた武器の購入は見送りましょう。それで皆さんに喜んでいただけるのなら申し分ない」
「本当に金持ちって嫌よね」
「あなたがそれを言いますか?雨堤のご令嬢」
司徒家。日本の中でも最も有名であると言っても過言でないお金持ち。長い歴史を持ち、様々な分野にて活躍してきた。中でも財政に関しては司徒家の上をいくものはおらず、実質日本のお金は彼らに管理されていると言ってもいい。
「わが家とはくらべものにならないでしょう?うちみたいな潰れかけとは……」
雫がすこしだけ表情を曇らせる。それを見て教介も雨堤の現状を知っていてか、申し訳なさそうな顔をした。
「すいません、口が滑りました。本題に入りましょう。簡単に言うとあなた方の現状を知りたい」
先日の研究所での一件、緋ノ宮妃はその場にはいたものの、結局笠原への協力は了承しなかった。故に生徒会側もこちらの動きを探りたいのだろう。いくら生徒会のメンバーが強力な力を持っていても所詮は学生だ。情報戦においては全くと言っていいほど相手にならない。
「それはこちらへの「探り」と受け取っていいのかしら?」
鋭い目つきで聞き返す雫。しかしそんな彼女の質問にも教介は笑顔で答える。
「ええ、そういうことになります。答えられる範囲であれば何か教えてください」
「そういうことなら、残念ながらないわね。教えるメリットがないもの」
「いえ、メリットはありますよ」
教介のその答えに雫は意外そうな顔をする。メリットは彼女の言う通り、ほぼない。故にこの状況で自信を持って利点があると言える教介には少しだけ驚く。
「メリット?なにかしら?」
「簡単です。君たちがどうしようもないほど深い沼にはまったときに助け出せます。あなた方も薄々気が付いているとは思いますが、この戦い下手をすれば取返しのつかないところまで到達する。そのときどうします?死にますか?でもその罪、死で贖えますか?」
教介が真面目な表情に変わって問いかけた。それは全員への問いかけ。雫にだけではない。和也にだけではない。きっとこの案件に関わろうとするすべての者への問いかけ。 笠原によれば魔物は空から、あたかも天罰のようにやって来たと言う。反乱軍が言うには魔物は神の使いだと言う。これは禁忌の領域に至る話かもしれない。
「たとえそうであっても歩みは止めない。その道は黒守が私たちに示してくれたものだからな」
凛とした美しく、勇ましい声が教介の後ろから発せられる。黒く、長い髪が以前にも増して鋭くなった気がした。
「あなたにその迫力で背後に立たれると死すら想像しますよ。危うく銃を抜くところでした。勘弁してくださいね?菜乃原さん」
そういって教介は左手に握ったままのショットガンのトリガーから手を放した。和也や雫ですら身構えてしまったのだ。無理もないだろう。
「すまないな。私たちにも無関係ではなさそうだったもので」
怜の後ろには音羽の姿が見られた。その表情は怜と同じく険しいものだ。
「いえ、あなたが言うことは最も。ここで歩みを止めれば、それこそ先日のような事態になりかねない。だからこうして探っているのです」
教介はニコっと笑って和也を見る。明らかに「何か教えろ」という笑顔。和也はそれに困ったような表情で笑うしかない。教介もそんな和也の表情を見て察したのか諦めて、深く息をつく。
「しょうがないですね。この辺にしておきましょうか……。最後に一つだけ教えてください。あなたたちはこの模擬戦、しっかりと参加なされますよね?」
和也は雫の前に出るとまっすぐに教介の目を見て、頷く。それに再びニコッと笑った教介は足早に舞台裏へと去っていった。
「水瀬君もまだまだね」
雫が肘で和也をつつきながら呆れたようにそう呟く。
「何が?」
「あいつ、最初から、最後の質問の答えだけ聞き出すつもりだったのよ。だから最後だけあなたに聞いたでしょう?」
「あ……」
「まあいいわよ。それで私たちになんか支障が出るわけではないしね。それよりもう一人、いや二人、あなたと話したいお客さんがいるみたいよ」
雫はそう言うと険しい表情で和也を見ている怜と音羽を指さした。




