邂逅
一同は目を丸くしてその話しを聞いていた。特に緋ノ宮妃の表情は驚きと共に険しいものになっていき、最後には無意志に体から魔力が漏れ始めている。笠原の話しが終わると同時に雫が和也達の前に歩み出た。
「なるほどね。今の話で魔術や魔物の起源がわかった。あなたの存在や人間の業もね。でも肝心なことに触れていていない。水瀬君の虹の欠片という物。そしてあなたの目的についてよ」
「ええ、言いましょう。この話には続きがあります。気を失った私が次に目覚めたのは病院でした。まだあまりにも無知だった私は施設に入れられしばらくそこで過ごします。ある日、聞いたこともない言葉をテレビで耳にします。魔女という単語。テレビではそれが魔物の首領だと説明していました。しかしそんなものは私の記憶では存在しません。そして色々と調べた結果、私はその正体を知るのです」
笠原が悲しそうな顔をする。
「魔女というのは確かに存在するようです。今から三十年前の最大決戦、虹の聖戦にて騎士団幹部七人と魔女が合いまみえています。そのときの記録があまりにも明細に残っているためおそらく本当でしょう。騎士団はメンバーの四人を犠牲にするも魔女を敗走にまで追い込んでいます。騎士団幹部が今のように大きな影響力を持ったのはこの時が境です」
和也は今までの情報についてじっくりと考える。笠原の話による魔術の話、魔物の出現の話、そして笠原とイリスという少女の話。どれも驚きだが結局魔女はいて、魔物を従えているとのことだ。では今までと状況はあまり変わらないのでは?
「水瀬くん、あなたの思う通りです。殆どの人間にとってこの話に意味はありません。結局魔物を倒して、魔女を倒すしかないのですから。でもあなたにとっては大きな意味があります。虹の欠片の所持者には」
和也が笠原を見る。和也はこれまで笠原をとても強い存在だと思っていた。しかし今の彼は非常に弱々しい。
「話を続けます。まずその魔女の正体についてです。三十年前の詳細な記録の中でも明確だったのは魔女の容姿です。私はそれを見て思わず天を仰ぎましたよ。全く予想していなかったことではなかったのですがそれでもさすがに……。その容姿はイリスと瓜二つだったのです」
「つまりあなたのお友達が魔女?」
「雨堤さん。それは正解であり、不正解です。確かに容姿は一緒。というかおそらく彼女自身です」
「えーと……」
「しかし心は彼女のものではありません。というより魔女に心はありません。イリスの抜け殻が勝手に動いているというのが正しい表現でしょうか?とにかくあれは彼女であって彼女でないのです。その証拠が後ろにある水晶」
皆が水晶を見る。透明で無色の大きなそれには傷一つない。
「この水晶からはイリスの魔力が膨大に検出されています。そして驚くことに私の問いかけに反応してその魔力が増幅するのです。その後いくつかの研究をした結果、私は確信しました。これはイリスの心の根幹ともいえるものなのでは?と」
妃の表情から先程の険しさが消える。その瞳に映るのは巨大で不気味な輝き。
「そしておそらく虹の欠片とは」
「その子の心の一部?」
「ええ……そうです」
和也の問いに笠原が申し訳なさそうに答える。
「あなたの母親、水瀬薫子はその存在を知っていました。彼女のほどの魔術師が命を落としたのはあなたを目標にした魔物をすべて相手にしなければならなかったからでしょうね」
和也が手に胸を当てる。そしてそっと目を閉じ母親の顔を思い出した。数少ない記憶の中の彼女はいつも笑っていた気がする。そのとき
「待て!」
妃が話に割って入った。和也は驚き、笠原は少しイラついた表情を見せる。
「なんですか?緋ノ宮妃さん。さきほども言ったようにこの案件で事情が変わるのはごく一部の人間。あなたがうるさいので連れてきましたがあなたの疑問にいちいち付き合うつもりはありませんよ」
「まあそう言うな。それにこれは私がどう動くかに大いに影響する。さて今の話、聞いていると信じるにはあまりに不確定要素が多すぎはしないか?貴様の過去や魔物については信じよう。魔女についてもな。しかしその後ろの水晶や虹の欠片が貴様のガールフレンドの心の一部というのは信じられん。そもそも心と体が離れるなどということがあるのか?」
「信じられないならばそれで……」
「私はこれでも名門緋ノ宮の人間だ。虹の欠片の存在は以前から知っていたし、ゼフィールや騎士王がその所持者であることも知っている。しかしそんな話は聞いたこともない。せいぜい保有者が強大な魔力を扱えるという認識だ」
魔術という体系が確立されてから五十年、様々な魔術が編み出されてきた。中には生命に直接作用できるほどの魔術すら存在する。しかしいまだに全く足を踏み入れることのできない領域があった。それは精神について。生物的な命や身体機能についてはかなりのところまで来ている。それでも人が持つ特有の心に関する分野は科学の面でも魔術の面でも謎が多い。できてせいぜい相手の認識をごまかし、勘違いさせる程度。それは心へ直接干渉しているのではなく、人間の五感に干渉して間接的に心に触れているだけ。だから妃には到底そんな話は信じられない。ましてや決まった形を持つわけではない心を分割するなどというのは想像を遥かに超えている。
「しっかり答えろ。別に私は貴様を信じていないのではない。私もまだまだ無知だからな。もしかしたらそういう魔術があるのかもしれん。とにかくそこを理論づけろ」
「あなたは信じないですよ。これは神秘の領域です。現実主義のあなたには……」
「それでいい。あとは自身で判断する」
少しの間が空く。笠原はその間じっくりと考えているようだった。彼の真剣な表情が場に緊張感をもたらす。
「わかりました。別に隠すことでもないので。これは魔術といえばいいのかわかりません。人類が未踏の何かです。彼女は神との間にある契約をしました。我々はそれを虹の契約と呼んでいます。契約の内容はわかりません。色々な憶測が裏で飛び交っています。しかし確かなのはその契約の代償が心の分裂だったということです」
「ほう……。その契約をどこで知ったのだ?」
「本当はこっちのほうが言うとヤバイのですが……秘密にしておいてくださいよ?騎士団幹部の一人、インドの預言者アラ・カルナが五十年前の出来事をそれより以前から予言していたのです。予言をみたときは驚きましたね。内容は文句の付けようのないほど酷似していて私らしき人物すらいました。その予言の中に虹の契約という単語が出てきています。そして神と契約を交わすとも」
「……そうか」
妃が目を閉じる。彼女の考えはシンプルだが、その規模が一般的とは程遠いので多くの者には理解できない。だからここにいる者は全員、彼女の考えを見抜くことはできないだろう。それからしばらく経っても彼女は何も言わなかった。ただ目を瞑ってじっとしている。
「本題に戻りましょう。私の目的についてまだ話していませんでしたね。別におどろくようなことではないです。もちろんイリスを蘇らせるなんてことは微塵も考えていません。私の目的は彼女を、プルウィウス・イーリスを殺すことです」
「いや、それって世界共通の目標だろ?今更すぎないか?というかそれなら騎士団と対立する意味もないし」
八田が突っ込みをいれるように言った。確かにその通り。魔女の討滅は人類全員の目標といっても過言ではない。しかし笠原はそれに首を横に振って否定する。
「それは魔女でしょ?私がやりたいのはイリスを殺すこと。つまり欠片をすべて魔女に戻してその状態で殺すのです。そうすれば契約は解かれ、彼女は自由となることができます」
「欠片を返すと言ったわね。仮に返す方法があって、かつ実際に殺すこともできるとする。その場合、欠片を返した水瀬君はどうなるの?」
「心配にはおよびません。今のような膨大な魔力は扱えなくなりますがそれだけです。他の機能に影響が出ることはないですし、普通に生きていけます。あなたにとってもそれが一番でしょう?」
「確かに俺もそっちのほうが助かるわ」
和也が肯定する。それに笠原は優しく微笑んで答えた。
「できれば最後に虹を見せてあげたい。今の彼女は赤い空しか見ることができないから……これで私の話すことは全てです」
悲しそうな笠原を見て、智花も悲しい顔をする。和也は智花の肩をそっと抱いた。二人の目が合う。お互いの意志を確認するようにも見つめ合い、同時に軽く頷いた。そして和也は雫と八田を手招きで呼び寄せる。二人とも何となく話すことがわかったらしく、しょうもなさそうに笑って近づいてきた。
「俺と智花は笠原先生の計画に着いて行こうと思う。でも二人は……」
その和也の言葉を聞いて八田と雫は顔を合わせる。そして大笑いした。「ははは」と雫が珍しいくらいの笑い声をあげている。
「な、なに?」
和也は何か変なことを行ってしまったのかと大慌てだ。そんな和也を見て、二人はさらに笑う。笑い声が響き渡る。しばらくして笑いの収まった雫が咳払いして真剣な表情に戻り、
「ご、ごめんなさい。あまりにも予想とおりの言葉が来たから。で、肝心のどうするか何だけど……私もこれに乗るわ。色々勉強になりそうだもの。将来会社を継ぐ立場としてはこの機会、逃す手はないわ。あなたはどうする?八田くん」
そう聞かれた八田はにっこりと笑って和也と智花の間に割って入ると二人と肩を組んだ。八田が大きいので智花と上手く組めていない。
「俺らは友達だから協力し合うんだぜ!」
「おい、二人とも本当にいいのか?危険だぞ?」
和也が焦って二人に詰め寄る。しかし二人は笑顔のままそれに応えた。
「どちらにしろ、あなたのチームにいる限り危険なのだし、だったら指針はリーダーに合わせるわよ。あ、チーム解散とかはなしよ。私……案外気に入っているんだから」
「俺もそう!だいたい和也と智花ちゃん二人だけはさすがに危なっかしいぞ」
和也は少し泣きそうになる。正直、和也は今回のことに大きな負い目を感じていた。魔物の狙いは自分だった。つまり自分以外の人たちは撒き込んだ形になってしまっていたことになる。多くの死者が出て、多くの涙が流れて、でも自分はなにもできなくて。そんな申し訳なさが胸を押しつぶそうになっていた。でも、だからこそ、協力してくれる仲間がいることに嬉しくなる。和也が涙を堪えて必死に絞り出した言葉
「ありがとう」
雫はそれを聞いて照れくさそうに笑う。
「いいのよ。皆それぞれのやるべきことを成しているだけ。私達は魔術師だから。いつだって自分の道は自分で決めている。まあ八田くんみたいな単純な理由はどうかと思うけどね」
「おーい……。あ!さては雨堤さん友情っていう言葉知らないな?友達いないからしょうがないねー」
「あなたのその腐った心も飛び散った方がいいんじゃない?」
いつものように言い合う二人。その二人の間に珍しく智花が入っていく。
「八田くん、駄目だよ」
「ご、ごめんなさい」
「雫ちゃんも!」
「し、しずくちゃん?」
智花の呼び名に不意を突かれた雫が素っ頓狂な声をあげる。
「うん!そう呼んでいいかな?」
智花に両手を握られ、大きな可愛らしい目で見られる雫。顔を赤くして無言で首をぶんぶんと縦に振った。そして和也を見る。
「あ、あなたも……雫でいいわよ」
「わかった。これからもよろしく、雫」
「ええ」
「じゃあ俺も俺も」
「貴方はそもそも名前を呼ばないで」
「えー」
四人が笑い合う。こんなことばかりしていた模擬戦の前が遠い昔のように感じられる。もう笑い合うこともできないかもしれないと覚悟していたがこの四人であれば……。ふと和也はさきほどからずっと立ったままの妃を見た。難しい顔をして水晶を見ている。和也には彼女が何を考えているのかはわからない。でもその横顔は少し辛そうな表情のように思えた。
「大丈夫ですか?」
「ん?大丈夫だが?」
「そうですか……。生徒会長はどうします?」
「少し様子を見る。とりあえず教介の回復も待ちたい」
「そうですよね……」
「まあ、でも」
妃が和也の方を向く。和也はそれに緊張して、肩を上げて背筋を伸ばした。それを見て妃は「フッ」と笑う。
「おまえたちが学園の生徒であることに変わりはない。ならばおまえたちには協力しよう。いつでも言ってくれ」
和也は「ありがとうございます」と言うと水晶を見た。和也がもう一度水晶に近づいていく。そして水晶のすぐ横に立つ笠原に告げる。
「俺は、水瀬和也チームは先生に協力します」
「わかりました。では我々は国家の威信をかけてあなた方を守りましょう。言い忘れていましたがこの作戦は国軍のバックアップがあります。日本にいる限りは安全だと思ってくださいね?」
和也は頷くと水晶に手を伸ばした。綺麗で不思議な輝きを放つ水晶。和也が水晶に手を触れる。その瞬間、水晶の光が急激に増幅し始めた。空間すべてを埋め尽くすほどの光がその場にいた全員を呑み込む。やがて光は小さくなっていき、人ひとり分ほどの大きさになって浮遊した。それは和也の目の前まで来ると光を徐々に失って……。
「え?」
和也が声を上げ、その場にいた全員が目を丸くする。あの笠原まで心底驚いた表情。まばゆい光が消え、皆の目に入った者。それは和也に抱き着いている全裸の少女。透き通るような銀の髪と青い空のような瞳を持つ、見た目が十四歳くらいの少女だ。彼女は嬉しそうに和也と目を合わせその小さくて綺麗な唇を動かした。
「初めまして、水瀬和也さん。私の名前はイリスです。これからよろしくお願いします!」
第一部終わりとなります。二部も順次更新していくので今後もよろしくお願いします。




