騎士団幹部
「よし!これで私が連れてきた生徒は殆どだ。とりあえず人数を数えろ!」
「「はい」」
緋ノ宮妃の声に青海奈津美と岩田五郎が返事をする。対して普段真っ先に返事をする司徒教介は息を切らして倒れていた。
「大丈夫か、教介!」
「すいません……ちょっと動けそうにないですね」
「そこのおまえたち!教介を救護室まで運んでくれ」
妃がそう指示を出したのは学園に残っていた一般組の魔術師の女子生徒三人。「はいっ!」と慌てて返事をし、教介を持ち上げる。力は弱いが強化の魔術を使えるので三人で軽々と運んでいった。今、妃は学園内にいる。あの後、三人は猛スピードで駆け抜け、わずか三分足らずで教介たちに追いついていた。その後は八田の幻術のおかげもあって魔物には襲われていない。
「さて、どう動くか……」
「あの生徒会長?」
後ろから声がかかる。振り返るとそこには見覚えのある顔が二つあった。ついさきほど見た顔だ。
「おまえは……水瀬和也と森谷智花だったか。八田慎二や雨堤雫と同じチームの」
「はい!そうです」
「あの二人には助けられたぞ。特に八田慎二の幻術はかなりのものだ。あのクラスの幻術使いはそうそういない。二人はどこにいる?」
「あいつらは校舎内にいます」
「そうか。で、おまえの要件はなんだ?」
「あ、はい。その勇人の、黒守勇人のチームメイトについてご存知ないですか?」
「ああ、菜ノ原怜なら教介たちを追いかけるために分かれたときに話したな。一番余裕がありそうだったからその場の指揮を任せてきた」
「それで勇人には……」
「黒守勇人にはこっちに向かうときにあったから言っておいたぞ。今頃は会えているんじゃないか?」
「そうですか!ありがとうございます」
「私も聞きたいことがある。君たちは学園にいたようだが……笠原は見なかったか?」
「笠原って、笠原先生ですか?」
和也と智花が顔を合わせて首を傾げる。
「競技場を出る前は確かにいたんだが……気が付いたらいなくてな。これだけ犠牲が出たのに何をしているのやら……」
妃が不機嫌そうに言う。和也はそれに「あはは」と笑って対応する。と同時に目を丸くした。自分の視線の先に笠原優一がいる。校舎のほうから歩いてこちらに向かっているところだ。相変わらずの黒スーツに眼鏡と白い手袋。その不気味な男に並んで雫も歩いてこちらに向かっている。
「会長……あれ」
「ん?」
妃が振り返る。その赤い瞳が笠原を捉えると彼女の周りの温度が一気に上がった……気がした。とにかく怒っている。和也と智花がたじろいで妃から距離を取るほどに。しかし当の笠原はそんな妃を見ても呑気に手を振っていた。
「笠原、貴様いままでどこにいた!」
「いやー、ごめんなさい。学園の裏に天使が出現しまして、それも〈ケルビム〉です。さすがに放っておくと学園の魔術が突破されかねませんので、先行して戦っていました」
「また天使だと?おい、いったいどうなっている。おまえの遭遇したのを含めて既に三体確認されているぞ!吸血鬼も一体。魔術学園と言え、おかしくはないか?」
妃の質問に多くの生徒が振り返った。誰もが感じていたことなのだろう。魔物の殆どは第三種、狂獣が占めている。それはここにいる学生たちにとって当然の知識だ。もちろん実戦は机に向かって勉強するのとはわけが違う。予想外のことや傾向に沿わないこともあるだろう。それでも……だとしても……。しかし、笠原はそんな生徒たちの疑問をあざ笑うかのように予想外のことを口にした。
「ああ、それですか。それなら当然です。ここには彼らの求めるものがあります。いえ、正確には彼らの主の求めるものでしょうか」
多くの生徒がそのあまりに意外な答えに凍り付いた。それでも妃だけは僅かに驚いたのみで、じっと笠原を睨みつけている。
「ここ?こことはどこだ?」
「ほら、そこに」
笠原の指が……和也を差した。さすがにそれには妃も驚いたようで目を見開いて和也を見ている。当の和也はどういうことか理解できていない。落ち着いた様子で笠原に向き合う。
「俺?でも俺はなにも持っていませんよ?」
「それはあなたが知らないだけです。ほら、初めてお会いした時に言ったでしょう?良いものを持っていると」
「あ、言われたわ」
納得と言った表情でつぶやく和也。智花は祈るように目を瞑って和也の制服の袖を握っている。
「あなたのそれを魔女は欲しがっています。だから魔物たちはあなたを狙ってここに集まってきているんです」
「なるほど。つまり……もしかして俺って危険な存在ってこと?」
和也がそう疑問を口にする。するとそれに頷いて笠原が和也に手を伸ばした。一方、智花は和也の呟きを聞くや、パッと目を開いて和也を後ろに引く。しかし間に合わない。白い不気味な手が和也の胸に触れようとする。
「!」
笠原の手は和也に触れる前に横から伸びた腕によって制止された。とても小さくて細い腕。綺麗で色白の、戦いとは無縁なのではないかと思うような腕。
「どうしました?雨堤雫さん?」
「いえ……特に……何でもないわ」
雫が自信無さげに腕を離す。笠原は掴まれた腕を引き、手をひらひらと振って不気味な笑みを浮かべた。
「とりあえず次に来る障害を排除しましょうか。安全第一ですから」
「待て!詳しく教えろ。水瀬和也には何がある。魔女が欲しい物と言ったな。まさか虹の欠片か?しかしあれは……」
「あとでしっかりと話します。それより今は戦闘の準備を。緋ノ宮妃さん、水瀬和也くん、森谷智花さん、雨堤雫さん。助けて下さい。敵は天使以上に厄介ですからね。ほら、来た。おまけに二人だ」
笠原の言葉と共に上空からうなるような音が聞こえ始めた。やがてその音は徐々に大きくなり遂に和也たちの上空に達する。ヘリコプターだ。風が巻き起こり、校庭の砂が舞い上がる。
「同時か……いち早く出たつもりだったのだが……あの若造もやりおるわ」
その言葉と共に一人の男が地上に降り立つ。顔に深い傷のある五十代前半の男。身長はさほどでかくないが右目の眼帯と存在しない左手がその恐ろしさを際立たせている。軍服の上から着たコートがはためくその姿はまさしく軍人だ。
「若造よ……出てこい。隠れる必要はない」
軍服の男の一言と共に、今度は校庭の中心が白く光り始めた。そこにいた生徒は必死の形相で校舎に駆け込んでいく。光が柱上になり収束し始めるとそこから人間らしきものが現れた。白の甲冑に白のツーハンデッドソード、白の大きな盾を持った、所謂騎士のような格好。素顔は甲冑で見えないが金髪ということはわかる。それはゆっくりと軍服の男に近づき、和也たちを見た。それに対し、軍服の男が突っかかるように話しかける。
「挨拶もなしか?」
「見るも無残な体で、お勤めご苦労です」
「ほう?喧嘩を売っているのか?」
「どうでもいいですね。それより目標の確認を。№6の抹殺と青の欠片の回収。以上で結構ですか?」
聞かれた軍服の男は「フンッ」と鼻を鳴らし、和也たちのほうを向く。
「いいだろう。欠片は貴様の手柄でかまわん。そこの男を始末できればな。足を引っ張るな、騎士王よ」
軍服の男が銃を取り出し、騎士が剣を構える。それだけで和也は震えあがった。彼らからは紛れもない、圧倒的な存在の気配を感じる。どれだけ強力な魔物からも感じられない迫力がその場にいた四人の生徒を襲った。そこに笠原優一が、四人を守るように一歩踏み出す。そしてずっと着けていた手袋を取り始めた。
「皆さん、覚悟を。あれが世界に名だたる最強の一角。元帥ギオル・ベルトと騎士王アルフレッド・スティンガーです。でも大丈夫。あなた達は皆が逃げてしまった今でもここに立っているのだから」
笠原の腕が赤黒く光始める。和也は周りを見渡した。さきほどまでいた生徒は誰一人いない。もうこの五人だけになってしまった。そこでようやく気付く。現状の自分の存在に。そして和也は……胸に手を当て、目の前の敵を見据えた。
「大江山の主よ!」
笠原が赤黒く光る靄のような物を手に纏いそう叫ぶ。するとそれは手から分離していき次第に形を成していった。鬼だ。人の三倍ほどの巨躯を持ち、頭に二本の角が生えた鬼。黒の靄は以前かかったままで顔は見えないが、それが強大な力を持っていることは嫌でも伝わってくる。それは周囲を見回すと嬉しそうに笑って笠原に話しかけた。
「ハハハ、久しぶりに召喚したかと思えば……目の前にはわが敵が二人に青の欠片。宴の始まりということか。ならば酒だ。酒はあるかね?」
「黙れよ、怠惰な鬼が。おまえがやることは一つだ。ギオル・ベルトを殺せ、即座に」
「ワカッタ、ワカッタ。酒は止めておこう。死亡フラグだからね。そして目の前の男も殺す。とりあえず呪おうか」
そう言って鬼が口から黒い息を吐き出す。それは笠原に相対していた男、ギオル・ベルトにゆっくりと向かった。
「舐めているのか?」
ギオル・ベルトが銃口を迫る黒の呪いに向ける。そして引き金を引いた。銃弾はまっすぐに呪いに向かい……すり抜ける。そして鬼に当たった。
「死ね、弾けろ」
ギオル・ベルトが呟く。すると鬼の体が四方八方に弾けた。とても銃弾による一撃とは思えない。勝負は決したように見える。ギオル・ベルトが今度は笠原に銃口を向けた。
「ハハハ、呪ったのは僕だよ」
その不気味な笑いと共にゆっくりと近づいていた呪いが瞬時に鬼の形を成す。そしてギオル・ベルトに高速で接近し、口を大きく開いて呑もうとした。
「愚かな鬼だな」
呆れたように言うギオル・ベルト。彼はその場を動こうとも、攻撃を防ごうともしない。そのまま鬼の口がパクッと彼を覆う。
「あ」
素っ頓狂な声を上げた次の瞬間、鬼の口の中が大爆発した。鬼の頭らしき部分が吹き飛ぶ。頭部を失った巨躯はそのままゆっくりと横に倒れた。
「伝承通り頭を取ってやったぞ。まあ、肝心の頭は消し飛んだが」
倒れた鬼の影から無傷のギオル・ベルトが現れる。強大な力を有した鬼を意図も簡単に倒してしまった。笠原を悲しそうな表情で見据える。
「どうした№6。貴様が三十年間を懸けて得た力はこんな鬼か?それで復讐をすると?笑わせるな」
「黙れ!」
笠原が三本のナイフを取り出し、投げつける。とても速い。並の魔術師では反応すらできないだろう。しかしギオル・ベルトはそれを手にした銃で撃ち落した。
「影よ」
笠原がそう叫ぶと撃ち落されたナイフから黒い何かが伸びる。そしてギオル・ベルトを捉えると形状を針のように変え、迫った。
「影の魔術か。そういうのを待っていた」
ギオル・ベルトが迫る三本の影を一つ一つ、余裕をもって躱していく。しかしそれらは躱したそばから彼を捉え直し、襲った。それでもギオル・ベルトは悠々と銃でその影を撃ち抜く。すると影はバラバラと分解し、水のように地面に落ちて消えていった。
「魔術破壊の銃弾……健在ですね」
笠原は彼の持つ、明らかに普通ではない銃を見て嫌味っぽく言う。魔術破壊の銃弾。その特殊な形状の銃から発射される銃弾は魔術を問答無用に破壊することで有名だ。形状は似ているが普通とは明らかに違うのがその銃の所々に骨とそれに付随した筋肉らしきものがあること。発砲するときに見せる筋肉のような物の動く様は銃そのものが生きているかのようである。
「私の本領がそれだけではないことを貴様も知っているはずだ。悪いが……使わせてもらうぞ」
ギオル・ベルトが右目を覆う眼帯を取る。そこには目があった。鈍い金属光沢を放つそれは綺麗というよりも不気味。感情が見えない。
「反応してみろ」
そう言った刹那、笠原の視界からギオル・ベルトの姿が消える。そして三十発はあろうかという銃弾が笠原を囲うように迫った。それでも笠原は対応する。瞬時にナイフを投げて銃弾を撃ち落していく。しかし数が足りない。処理しきれていない銃弾が迫る。ナイフに仕込まれた魔術も銃弾により無効化され、防御魔術で防ごうにも銃弾により魔術が消されてしまうため防御できない。
「くそ!」
腹部に二発、手に一発の銃弾が命中する。思わず痛みに顔を歪めた。それでも笠原はギオル・ベルトの次の攻撃に向けてナイフを構え、その動きを捉えようとする。あまりにも早いが学園の加護もあってどうにか動きは見えた。後手に回れば不利と考えた笠原はナイフに魔術を込めると今度はそれを投げずに手に持ったまま、別に魔術を唱える。
「イリスの結界よ」
笠原の発動した魔術により二人を取り囲むように魔力障壁が生まれた。それは模擬戦のときにコートを覆っていたものに似ている。しかしその障壁は虹のような不思議な色合いをしていた。ギオル・ベルトは確かめるように障壁に銃弾を撃ち込む。弾は障壁に当たって弾かれ地面に転がった。魔術破壊の弾が効かない。
「……まあいい。近接戦にしようということだろう?」
ギオル・ベルトが銃を撃ちながら笠原に急接近する。笠原もナイフを投げて銃弾を撃ち落しながら接近した。互いが近接戦の間合いに入ると笠原が手に持った、魔術を帯びたナイフで、ギオル・ベルトに攻撃する。ギオル・ベルトはそれらを躱しながら銃を撃とうとするが笠原の素早い攻撃がギリギリでそれを許さない。近接戦を得意とすること、近接武器を持っていること、相手の片手がないことにより徐々に笠原が押していく。そしてナイフがギオル・ベルトの頬をわずかにかすり魔術が発動した。黒い影がギオル・ベルトの顔を這い、体を破壊していく。
「う、ああぁ」
「近接戦闘に応じたことがあなたの敗因です。死になさい!」
悲痛の叫びをあげるギオル・ベルトに向かって笠原がナイフを振りかざす。ナイフがギオル・ベルトの首を切断した。
「という幻覚をみたか?」
笠原の後方からギオル・ベルトが嬉しそうな声が聞こえる。そして手に持った銃が後頭部に突き付けられた。笠原は驚いて目を見開く。その笠原の反応にさらに嬉しそうな顔になるギオル・ベルト。
「敵の得意分野で戦う馬鹿がどこにいる。そんなだから貴様はいつも失う側なのだ」
「いつの間に……」
「幻術か?教える義理などない。時間の無駄だ。死ね!」
そう言ってギオル・ベルトは迷いなく引き金を引いた。




