死線
「さすがに予想外だな」
躍動し、魔物を蹴散らしながら妃が呟く。彼女の出す強力な炎が一瞬にして魔物を消し炭にしていく。断末魔に出す声はまるで悲鳴のようだ。しかし彼女に聞こえているのは本当の悲鳴だった。自分の前で、後ろで悲鳴があがる。「助けて」と言う声が聞こえる。それが誰に対して発せられたものかはわからない。おそらく彼女個人に向けられたものではないだろう。それでも妃には、生徒会長たる自分にとってその声は自分に向けられたものとしか思えなかった。
「教介!生徒の退避はどうなった!」
「それが……吸血鬼まで乱入してきまして……もうバラバラの状態です。生徒を先導していた教員も殺されたようで……。もう半分以上の生徒について把握できていない状態で……」
正確な銃撃により次々と魔物を倒していく教介。しかし彼の声はそれとは裏腹に自信なさげだ。それだけ状況は良くなかった。普通の魔物の襲撃、或いは天使などの危険種の襲撃を考慮してなかったわけではない。その場合教員や妃、その他の優秀な生徒が対処するつもりだった。予想外だったのは襲ってきたのが吸血鬼の率いる天使を含めた大規模の“部隊”だったこと。吸血鬼による采配で妃たちの予想とは違う動きを取られ、混乱を招くこととなった。おまけに吸血鬼は混乱を収集できるような生徒をピンポイントで狙い、こちらの立て直しをも阻害したのだ。
「会長!天使〈ヴァ―チュズ〉です!」
妃と教介の前に他の魔物に比べて一際大きい天使が降り立つ。その目らしきものが妃を捉え、不気味に光った。妃はそれを見ると拳に一層の炎を宿す。
「教介、ここは私がやる。おまえは早く退避しろ。もう限界なはずだ」
「……」
「力が残っているうちにできるだけ多くの生徒を引き連れ学園に向かえ。そしてそこで体を休めろ」
「……了解です」
教介は素直に承諾すると天使を背に向けて辺りを見回した。状況を把握する。いま最優先でやるべきことは戦えない生徒の退避。となれば今戦っている生徒は申し訳ないが無視するべきだ。彼らは最悪一人でも退避可能である。一刻も早く生徒を退避させることが彼らを楽にするに違いない。
「ん?あの二人は……」
教介の視線の先には見覚えのある顔が二つ、魔物と奮闘しているのが目に留まる。一人は大柄の男子生徒で、もう一人は小柄な女子生徒。さきほどの模擬戦で戦った二人だ。確か彼は……
「八田さん、雨堤さん!」
大声で二人の名前を呼ぶ。それに気づいた二人は目の前の魔物を片付けると教介の下に走ってきた。
「どうしたのかしら?」
「八田さん、あなたは幻術の魔術を得意としていますよね?」
「おう」
「これから私が生徒をある程度まとめて退避させます。しかしそれでは初めと同じように吸血鬼により妨害されるでしょう」
「俺の幻術で妨害する?」
「そういうことです。あなた達で先行して学園手前までの道路に幻術を張ってください」
「俺の幻術は知覚に働きかけるタイプだから相手に直接働きかけないと意味ないぞ?」
「時間差で発動もできるでしょう?」
「まあ……できるけど」
「簡単で構いません。わずかな時間だけ相手をとどめることのできるものを」
「わかったわ。私と八田くんで幻術を張りながら学園まで行く。向こうには黒守勇人もいるだろうから、協力を仰ぐわね」
「ありがとうございます」
「俺の意志は無視なのね」
そう面倒くさそうに呟く八田だが、その言葉とは裏腹にフルートを構えて幻術を張る準備をする。
「ではお願いします。私の方は準備でき次第出発しますが時間の確約はできません。あなたたちは幻術のほうだけ考えていただければ結構です」
「了解。行きましょう、八田君」
「わかったよ」
八田と雨堤が走り出す。この混戦状態を抜けるのに苦労するかと思ったが生徒会の二人、岩田五郎と青海奈津美が援護してくれたので思いのほか簡単に抜けることができた。しばらく走って魔物が見えなくなったところで一旦休憩を兼ねて立ち止まった。
「ここから幻術を張りましょう」
「なあ、雨堤ちゃん」
「あ?」
「雨堤さん……」
「何?」
「いや、何となく名前を呼んでみた」
「気持悪いからやめて」
「はぁ、やっぱり本当の戦いは怖いわ」
「……」
「死ぬかと思った」
「そう。まあ……たいしたものよ、あなた。中級組だから本格的な魔物との戦闘も初めてだろうに」
「まじ?」
「ええ、戦っている生徒は殆どが上級組の上位層。中級組のあなたがその中で戦っているのは……カッコ良かったわよ」
「恋しちゃった?」
「あ?」
「すみません。でもそれ言ったら雨堤さんもじゃん?」
「まあ、私は訳ありだから……」
二人が沈黙する。
「なあ、雨堤さん」
「何?」
「吸血鬼が」
「わかってる」
声をさきほどよりも潜めて話す二人。理由は彼らの後方五十メートルほどの木の上。他の魔物とは明らかに姿や動きが違う魔物、吸血鬼がこちらの様子をじっと見ている。おそらく魔物を率いていた個体と同じだ。
「襲って来るか?」
「それならとうに殺られているわよ。おそらく私たちの動きを監視しているのでしょう。何か厄介な動きをしないかどうかね」
「つまり?」
「幻術は発動したら襲ってくるわね」
「ええぇ……」
八田の顔が引きつる。
「どうする?」
「魔術を発動しながら全力疾走」
「それ最後の手段じゃない?」
「他になんかあるの?」
「雨堤さんが囮になるのは?」
「……それも考えたけど駄目ね。私じゃあ、すぐに殺されて囮として役に立たないもの。だから二人で全力疾走しながら八田君が幻術、私が吸血鬼の牽制が一番よ」
「雨堤さんが躍り出せばそれに見とれて」
「死ぬ?」
「そうだな。それがいい!それで行こう!とりあえずあの吸血鬼対象に幻術かけるわ」
「わかった。「せーの」で行くわよ。ところで今更なんだけど、幻術って走りながらかけられるものなの?」
「おう!簡単なやつなら余裕だ」
「そう、じゃあ問題ないわね。吸血鬼に対する幻術もオーケー?」
「オーケー」
「それじゃあ」
「「せーの」」
「ゴォォ」
男は耳障りなジェットエンジンの音に顔を歪めながら目を瞑っている。やはり軍用の輸送機は乗り心地が良くない。急ぎ出なければ旅客機を手配したのだが……。
「チャン将軍、空港まであと一時間ほどです」
操縦席の方から眼鏡をかけた真面目そうな女性の声が響く。チャン・ウーはそれを聞くと目をゆっくりと開いて窓から空を見た。何も見えない。いや、正確には見慣れた青と白が目に入った。空と雲、彼はこれらが好きだ。そこに意志はなく、感情もなく、しかしてその存在は偉大なり。己が目指す武の畢竟。そういうものを目指して積んだ鍛錬も遠い昔のように思える。今、必要なのはただひたすらの力なのだから。
「二時間ほど前にアメリカの監視衛星が捉えた情報だと東京スカイツリー上空に大規模な次元の歪みが発生したようです。それ以降は“天上の悪魔”によって衛星は機能していません」
「衛星が機能していなくとも各国の探査機が捜査を終えているだろう。そちらの情報は?」
「それが……」
チャンのその質問を聞いた女性は困った顔をする。
「エリア内に入った探査機が帰還していなくて……少なくとも我が国の政府は情報を得られていません」
「帰還していない?」
「はい。ここでも外部からの電波遮断によって連絡が取れず、探査機がどうなったのかは不明です。しかし時間から考えて……」
「撃墜か」
「はい」
女性が淡々と肯定した。チャンは再び窓の外を見ると大きくため息をつく。外部からの干渉が難しい以上、内部からの発信が最も簡単で正確だ。しかし中国政府に情報が行きわたっていないということは日本から情報は発信されていないということである。少なくとも中国には。米国や欧州に対してはわからないが、わざわざこちらに教えないということはそれらの国からの情報漏れも期待しない方がいい。まあいつものことだ。どちらも怖いのは魔女ではなく、隣国ということだろう。
「あの婆は好きじゃないんだがな」
チャンはそう言うとスマートフォンに似た小型の機器を取り出して、液晶部分が上を向くように膝に置いた。彼はしばらくその状態で待っているが、機器を見て次第に険しい表情になっていく。
(道明寺が返答なしか……となると既に日本は堕ちたか?あるいはあの婆も政府の意向に従っているか……)
「迂闊に参戦するのは下策か。青の欠片は押さえたいが……じきにゼフィールや騎士王も動く。パイロット!行先変更だ。母国に一度帰還する」
「イェッ、サー」
パイロットの機械的な返事と共に機体の速度が上がり、エンジン音はさらにやかましくなる。そしてチャン・ウーは再び顔を歪めた。
「白の向こうには何があるの?」
「白の向こうには虹があるんだ」
「虹?」
「そう、虹」
「虹ってなぁに?」
「虹は……白ではないもの」
「え?あなたも虹?」
「はは、面白いことを言うね。僕は虹じゃあないよ」
「じゃあ、あなたはなぁに?」
「僕は黒だよ」
「黒?」
「うん」
「黒ってなぁに?」
「はは、それはね……」
炎が渦巻き、赤く光る粉塵が降り注ぐ。司徒教介が生徒を再度まとめて戦線離脱してからわずか五分足らず、学生たちを恐怖に陥れた唸りと叫び、血で染まった爪と牙、不気味な光を放つ羽はすべて灰と化した。戦闘に参加し、勇敢に戦って生き残った生徒たちが戦闘を終えて思ったことは一つ“これが緋ノ宮妃か”ということのみ。優越感も、安堵も、悲しみもすべて彼女に、荒ぶる炎に呑み込まれてしまった。
「奈津美!」
「は、はい」
ぴょこん!と青海奈津美が妃の前に出てくる。その表情はいつも通り自身無さげだが驚いた表情で妃を見ている周りの生徒から比べれば普通だろう。奈津美が呼ばれたのに反応したのか、近くで助けた生徒を抱えていた岩田五郎もその生徒を抱えたまま妃に近づく。
「教介を追うぞ。燃やした中に吸血鬼はいなかった。となれば教介たちを追っている確率が高い」
「わ、わかりました!こ、ここの生徒はどうしますか?怪我している人が多く、一緒ではとても追いつくのは……」
「菜ノ原怜」
妃は奈津美のその質問を予期していたかのように刀の血を拭き取っている怜を
見る。怜もまたわかっていたかのように妃の方を向いた。
「ここは私達と三年の先輩方で収拾します。気にせずにどうぞ」
「理解が早くて助かる。行くぞ」
妃が銃弾のようなスピードで勢いよく飛び出し、それに奈津美が続く。五郎も抱えていた生徒を友人に任せて後に続いた。怜はその後ろ姿を眺めながら鞘に刃を納める。
「……負傷者の軽い治療と生存者を探してください。動ける方は組、学年に関係なく協力お願いします!」
怜が大きいな声で指示を出す。彼女にしては珍しいほどの大声だ。彼女の声が届いたのか妃の戦闘を見て上の空だった生徒たちが徐々に動き始める。それを確認した怜は次に全体を見渡した。殆どの生徒が手足に軽い傷を負っている。血を流し、痛みで唸り声を上げる生徒もいた。そして……そして学園で何度か見かけた生徒の頭が転がっている。魔術師である彼女はこういう未来を覚悟してきた。しかし学生で覚悟まで決まっているものは多くはない。それは怜ほどの学生でも例外ではない。彼女は思わず吐きそうになる。
「怜さん!ちょっと来てくれ」
怜に悲しむ余裕さえ与えないかのように明が慌てた様子で怜を呼んだ。怜は吐き出しそうになっていた感情を抑え、明のいる方向を見る。そして息を呑んだ。彼女の目が捉えたのは足を手で抑えてうずくまっている千恵の姿だった。遠目からでもわかるほどの傷を足に負っている。怜が急いで千恵に駆け寄る。自分の体が震えているのがわかった。
「千恵……」
「ごめん怜ちゃん……ちょっとミスちゃった」
怜は痛みに顔を歪ませながらそう言う彼女を、同じように顔を歪ませて見る。右足が潰れていた。殆ど原形をとどめていない。魔術や最新の医療を以てしても完治は不可能なレベルの傷。
「はは、これは結構痛いなー」
「明、とりあえず止血したい。ある程度の治癒魔術は使えるか?」
「できるけどなぁ……俺程度の魔術じゃあかなり時間かかるよ。ここは安全地帯というわけじゃあないだろ?他に治癒専門の三年の方がいいと思う」
「わかった。探してみよう。明は千恵に付きつつ、魔術で周囲を探索していてくれ」
「よし!そっちは俺の専門だ」
明は、八田や司徒教介が陣を展開するときと同じように地面に手を当て、次に右手を右耳に当てて魔術を唱える。ずいぶん長い。それだけ強力な魔術を展開している。
「散れ、虚の鼠」
明のその声と共に地面の空気が歪み、すぐに元に戻る。
「十分だろう。では千恵を頼む」
怜は魔術の発動を見て満足気に笑い、他のリーダー格の三年生が集まっているところに向かう。今、この場を仕切っているのは怜と三年の風切という男子生徒だ。上級組で高い実力を持つが同時に学園にわずかに存在する不良グループのリーダーであり、多くの生徒からは嫌厭されている。怜はそんな彼にまるで臆することなく話しかけた。
「風切さん」
風切は怜に呼びかけられると彼女の方にその鋭い目を向ける。彼女を見ると面倒くさそうなため息をして向き合った。
「ああ……何だ?」
「治癒魔術専門の生徒を存じないでしょうか?私の仲間が一人重症を負ってしまいまして」
「いることはいるが他にも負傷者は大勢いる。おまえのお仲間にすぐには回らねーな」
「そうですか……ではあなたがご存知の方を一人教えて下さい。どのくらいでお願いしていただけるか聞いてみますので」
「治癒の腕がどんなもんかは知らねーが……」俺のチームに一人いる。あそこにいるから聞いてみろ」
そう言って風切が指を差す。その方向には金髪で大人びた雰囲気の女子生徒がいる。彼女は頭を怪我したらしい生徒の治療をしていた。
「わかりました!ありがとうございます」
怜が風切にお辞儀して、その女子生徒に向かって歩いて行こうとすると
「おい!」
風切に呼び止められる。
「おまえ、見ない顔だな。さっきも指示を出していたが……三年か?」
「私は二年生です。二年の菜ノ原怜」
「菜ノ原?ああ……黒守のチームのかよ」
「ええ、黒守をご存知で?」
「あ?当たり前だろ。俺はこの学園で緋ノ宮妃と司徒教介を除けば負けたことはなかったんだがな、ちょっと前の合同演習のときに……あー、もうこの話は止めだ。早く行け。仲間が負傷してんだろ」
「ありがとうございます」
怜は少しだけ彼の黒守との話が気になったが千恵のことを考えてその場を後にする。小走りで風切の指さした女子生徒の下へ向かいながら空を見上げた。不気味な空だ。血のような赤色。地獄というものを実際に見たことはないが人間が思い描く地獄はまさしくこんな空をしている。
「そういえば黒守はよく不安そうな顔をして空を見ていたな。あいつのことだ。この事態も想定していたのかもしれない」
怜にとって黒守勇人という存在はあまりに特別だ。中学まで彼女におよぶ者は誰もいなかった。誰よりも賢く、誰よりも強い。そんな人生を歩んできたから信じられなかったのだろう。学園の入学試験の成績通知、意気揚々と開けた紙に記してあったのは2という文字だった。そして入学式。代表生徒の挨拶を経て黒守勇人という名前を知る。その日、彼女は彼と再戦を決めた。入試という他の評価による勝負ではなく、魔術師としての勝負。あとは知っての通りだ。自慢の剣術と体術、オリジナルの魔術、必死に勉強した戦法。すべてにおいて負けた。二人の戦闘スタイルは似通っていたが個々のレベルでは完敗だ。初めて悔しさで死にそうになった。そして……怜が最も鮮明に覚えているのは、項垂れている彼女に黒守が言った言葉。
「貴方はこの学年で俺の次に強い。剣術、魔術、戦術、どれをとっても俺に匹敵するものだ。凄いな!そういえば俺達上級組は一年生の段階でチームを組まないとならないらしいんだが良かったら組んでくれないか?出しゃばったらぼっちになってしまってね」
そう言った彼の顔は笑っていた。何故笑っていたのか未だにわからない。いきなり決闘を申し込んだ女のどこにその笑顔を向ける余地があったのだろうか。彼女がこの時思ったことは一つ。彼と同じチームにいれば彼から技術を盗めるのではないかという私利私欲。そうして彼女は黒守とチームを組むことになった。
「あれから黒守が明を、私が千恵を誘って今のチームとなったのだな。そういえばクラスで声をかけてきたのは千恵だった気がする。テンションの高さに戸惑ったのを覚えているぞ」
怜はそう言いながら「ふふふ」と笑う。と同時に千恵の怪我を思い出し意識を慌てて目の前に向ける。風切の言っていた治癒魔術の得意な女子生徒が一生懸命に治療している。かなり高度な魔術だ。彼女であれば千恵の傷も相当に癒えるだろう。怜が一歩踏み出して彼女に話しかける。
「すいません、実は私の仲間に負傷してしまった生徒がいまして……その方の治療が終わったら見てもらえないでしょうか?」
怜に話しかけられた女子生徒はゆっくりと怜を見ると優しそうな笑顔になる。
「彼に聞いてきたのですね。わかりました。もう一人生徒が待機していますのでその後でもよろしいでしょうか?すぐに終わります」
「大丈夫です。お願いします」
怜はほっと胸を撫で下ろす。リーダーがリーダーなだけに素直に応じてくれるか心配だったのだ。彼女の不安とは裏腹にかなりいい人そうだ。治療の目途がたったので、今度は皆でどう行動するかを決めなければならない。怜が再び、風切の方を向く。
「私はもう一度、風切さんと話してきます。治療が終わり次第教えてください」
「……」
「そういえばあなたの名前を聞いていませんでした。私の名前は菜ノ原怜。あなたは……」
そう言って振り返った怜の顔に赤黒い液体が飛び散る。液体によって歪んだ視界のなか目を凝らすと治療をしていた女子生徒がいた。相変わらず優しい顔をしてこちらを見ている。そして徐々に顔を歪ませながら震える唇を開いた。
「に……げ……て」
「!」
怜が瞬時に抜刀し、大きく二度バックステップをする。二度目のバックステップの後、怜の足が地面に付いた瞬間、女子生徒の体が破裂し、四肢が、血が飛び散った。そしてその肉片の隙間から二発の魔力の斬撃が怜に迫る。怜はそれをまるで慌てることなく手に持った刀で綺麗に防いでみせた。敵の姿は……確認できない。周囲の木に紛れている。わずか二秒足らずの出来事、並の者なら何もできずに死んでいただろう。いち早く異変に気付いた風切が叫んだ。
「敵だ!全員戦闘態勢!」
その声と共に生徒たちが武器を取り、魔術を発動する。殆どの者が上級組の三年生。戦いを一度経たこともあり、動きに迷いがない。
「菜ノ原!敵は……真理亜……くそぉ」
風切が足元に散らばったチームメイトの顔の一部らしきものを見て唸る。そして彼の武器であるメリケンサックに魔力を込めた。一方、多くの生徒が敵を探して辺りを見回し、配置を整えている中、怜はずっと一点に視線を注いでいた。
「……黒鷺」
怜の呟きと同時に周りに黒鳥が生まれる。しかしそれは怜の周りを漂うだけ。彼女の合図を待っている。そして続けざまに
「臨・兵・闘・者・か」
「ヤルナ、ニンゲン」
人間以外の者から発せられた低い声と共に怜の見ていた木陰から人の形をした物が高速で飛び出す。
「……吸血鬼」
怜と吸血鬼が数撃打ち合う。あらかじめ魔術で強化しておかなければとても対応できるスピードではなかった。一方の吸血鬼は魔術を発動していない。
「二度目とは言え、やはり強いな」
徐々に怜が押されはじめるが、そこで吸血鬼に複数の魔術が襲う。他の生徒が放ったものだ。数発が命中し、動きが鈍くなる。
「いくら吸血鬼と言え、この人数なら問題ない。行くぞ!」
怜と入れ替わるように風切と他二名が吸血鬼に向かった。三人とも近接戦闘において学園のトップクラスの実力者。援護があれば吸血鬼とも十分に戦える。しかし怜は吸血鬼の口が何かを呟いているのを見て顔色を変えた。
「な、吸血鬼の爪だ!止まれ!」
「オソイ、オソイ」
吸血鬼がニヤッと笑う、と同時に周囲に複数の斬撃が生じた。風切の左右にいた二人の体が真二つに割れる。風切も各所に斬撃を受けるが驚異的な戦闘勘によって致命傷を避けてそのまま吸血鬼に突っ込んだ。
「死ね、吸血鬼……」
風切の渾身の一撃が吸血鬼に迫る。しかし吸血鬼はニヤニヤしたまま風切を見ると一言。
「シヌノハオマエダ」
風切の拳を容易に避け、左手で風切の胸を貫いた。風切の口から血が溢れ出す。
「ぐはぁ……くそ」
風切が倒れる。その戦闘、いや殺戮の一部始終を見ていたすべての生徒が凍り付いた。その様子を見て吸血鬼は余裕の表情を浮かべる。
「ミナゴロシダ」
「あ、ああああ」
一人の生徒が叫び、一目散に逃げだした。それに続くように一人また一人と逃亡を始める。せっかく作った陣形はごちゃごちゃとなり、それぞれの生徒が孤立する。まさしく吸血鬼の思惑通りだった。
「ハハハ、ニンゲンハバカダナ。ソノママジンケイヲイジシテイレバ、カテタモノヲ。マアイイ。シネ」
吸血鬼が高速に動き、バラバラに動く生徒を次々切り裂いていく。そのたびに悲鳴が生まれ、血が舞った。これがこの魔物が吸血鬼と言われる由縁。吸血鬼との戦闘を生き延びた戦士の話によれば、牙を生やした人型の魔物が血の中を舞っていたそうだ。そして……吸血鬼が一人の女子生徒の前に至った。
「ナンダ?マタオマエカ」
「ああ」
「ワザワザシニニキタカ。オマエナラヒトリデニゲラレルダロウニ。ホントニニンゲンハオロカダ」
「ここで止めさせてもらう。ここより先は譲れない」
「ハハハ、ウシロノニンゲンカ」
「この刀は我が家、菜ノ原家に伝わる宝刀だ。行くぞ……神薙の枝!」




