それぞれの思惑
両者は赤に染まる空の下でも尚、その構えを崩していなかった。しかし観戦席の生徒が騒ぎ始めたことに気付くと目を合わせ、全く同じタイミングで双方が武器を、刀と拳を収める。そして緋ノ宮妃は空を見上げると己の拳を見て不思議そうに首をかしげた。
「おい、黒守。私には空が赤く見えるのだが……何かの見間違いか?」
その質問に勇人は心底嫌そうな顔をする。只でさえ良くない状況なのに妃の、まるで楽しみが増えたかのようなその質問にイライラした。
「俺にもそう見えます。つまりあなたの目に問題があるのではなく、空に問題があるということ。異常事態発生ですね。そうだな?笠原優一」
勇人が言い終わると同時に二人は、無線機で誰かと連絡を取っている男、笠原優一を見た。笠原は視線に気付き二人に向かって陽気に手を振るとまた無線で何かを話し始める。三十秒ほど話したところで無線をしまって勇人に向き直った。
「はい、その通りです。現在東京全域で赤い空が観測されています。そして第三種の魔物も多数の地域で人を襲っていますね。あと数分で学園近辺にも現れるころでしょう」
「ほう」
妃が目を鋭くする。
「では早く動かねばなるまい。じきにここも襲われるということだろう?それにも関わらず何故貴様らは何の指示も出さん」
「申し訳ありません。これでも我々も混乱しておりまして。とにかく全生徒を学園まで送りましょう。緋ノ宮さん手伝って頂けますか?」
「構わんが……他の教員どもはどうした」
「それが全国の有力な魔術師に召集がかかっていまして……・・・・ここに残っている魔術師の教員は私を含めた数人です。おまけに戦闘能力の高い方となると……」
「は!普段偉そうなくせに使えん奴らだな。仕方ない、私が退路を確保する。貴様は生徒を全員速やかに退避できる状態にしろ」
そう言うと妃が観戦席で指示を待っていた教介たちを手招きする。それを受けて三人は観戦席から飛び降り瞬時に妃に駆け付けた。十秒ほど話した後にすぐさま二手に分かれて移動を始める。その迅速さは勇人から見ても異様なほどだ。緋ノ宮妃という個が目立ちがちだがこれをみればチームワークという観点でも圧倒的であることがわかる。
「黒守くん、あなたにも手伝って頂けると助かるのですが……」
「ああ」
妃の背中を眺めていた勇人。笠原のその言葉を待っていたかのように振り返り、右目で笠原を捉える。
「だが質問に答えてからだ」
「質問……ですか。ええ構いませんよ。ただし時間がないので手っ取り早く」
「簡単な質問だ。今起きている現象、次元の歪みから魔物が現れたという認識で間違いないか?」
笠原が一瞬答えに詰まる……が観念したようにため息をつく。そして笑った。
「いかにも。今まで私にきた情報では①次元の歪みが発生、②そこから出てきた魔物たちが次々と人を襲っている、③第一種や第二種、つまり危険種も確認されているという感じです。赤い空を考慮すれば吸血鬼や天使の出現は当然でしょう。むしろ魔女本体や原初龍が出てこないことを祈ります」
「次元の歪みの発生地点は?」
「東京スカイツリーの頂上、634メートル上空からいまも大量の魔物が湧いています。既に航空部隊が迎撃を開始していますが効いているのかどうかわかりません」
「そうか。聞いた限りではどう見ても最悪の状況だ。国軍や国連軍はどうするか把握しているのか?というか我々学生についての連絡はきているのか?」
「申し訳ないですがわかりかねます。いかんせん私も下端でして……少なくとも国軍の魔術師部隊はすぐにでも動きだすと思いますが……生徒の保護についてもできるだけ安全な場所に避難させる。場合によっては防衛をする程度です」
「……」
はっきりとしない笠原の回答に勇人が不安を募らせる。状況はどう考えてもよくない。直接的な危機に瀕しているわけではないがこの空がこれから起こることを容易に想像させる。あの時と同じだ。自分の人生が変わった日。いや変わることが運命づけられた日。刀を振るい始めた日……。ふと駆け寄ってくる人影が目に入る。怜だ。後ろには明と千恵の姿もある。
「黒守!今、妹さんから連絡があったぞ!なんでも学園外にいて魔物に襲われたらしい。おまえの友人二人も一緒らしいから助けて学園助けてほしいとのことだ」
戦闘のため彼女に預けていた携帯を受け取りながら勇人は顔をしかめる。それからやや焦った様子で怜を見た。
「くそ……今どこにいると言っていた?」
「学園から五分ほどのところらしい。パン屋の近くと言っていた」
「わかった」
勇人が駆け出す。しかし何かに気付いたように足を止めた。そして振り返り、自分のチームメイトを見る。
「おまえたちは……」
「いいから。気にせずに行ってこい」
明が勇人の言葉を遮って言う。怜も千恵もその言葉に同意するように頷いた。勇人は申し訳なさそうに笑い、「すまない」と一言いうと再び競技場の外に向かって走り出す。
「笠原先生、さきほど生徒たちに教員の方から学園に移動するという指示がありました。この状況を見れば最適だと思います。教員の人数が少ないようですが何か手伝うことはありますか?」
勇人を見送った怜が気持ちを切り替えるように聞いた。笠原は怜を見て意外そうな顔をすると不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど。黒守勇人は保険すら準備済みということですか」
「保険?」
「なんでもありません。それより学園までの移動についてですね。学園への退路の安全は緋ノ宮妃さんのチームが行っています。貴方たちには他の有力なチームに声をかけて退却時の防衛をしていただきたいです」
「わかりました。時間は?」
「我々は十分で生徒の列形成を完了して移動を開始する予定です。観戦に来ている一般組の学生、中級組、上級組の順に移動します」
「では五分で配置を完了します」
怜が笠原から離れ明と千恵のもとに向かう。
「黒守がいないから私が指揮を執る。いいか?」
「うん!怜ちゃんならオーケー」
すんなり承諾する千恵。しかし明はすこし不機嫌そうな顔で怜を見る。
「駄目か?」
「いや、怜さんが指揮を執るのは一向にかまわない。しかし笠原の意向に従うのは納得いかないぞ。これは勇人が以前から危惧していた状況だ。それはつまり勇人が警戒していた笠原にも警戒しなくてはいけないということ。ここでやつの指示通りに動くのは思うツボじゃないか?」
怜は明の意見を頷きながら聞く。おそらくその通りだ。勇人ならそうするに違いない。そもそもこんなタイミングで模擬戦が開かれていることがおかしいのだ。そしてその模擬戦の主催者は紛れもなく笠原優一である。
「確かにそうだな……。しかし私たちが今やるべきことはこの場を切り抜けることだ。ならば笠原教員の言ったことは現状で最適だろう。それに彼の動向を監視できる」
「……わかったよ。じゃあとりあえず良さげなチームの協力を仰ぐか!模擬戦を見ていた感じ勇人の友達のチームはありだろ。あの二人から誘おう。それから三年の上級組か?」
明がパソコンでデータを集め始める。ディスプレイにはそれ以外にも多くの情報が表示されていた。その情報量の多さと更新されるのスピードからわずかに目に入った情報だけでも状況の緊迫感が伝わってくる。
「明はデータを集めていてくれ。呼びかけは私と千恵でやる。もし連絡があればスマホで頼む」
「ああ……今はスマホ駄目だ。さっきの電話以降膨大な通信が飛び交っている。みんなが異変に気付いて連絡を取り始めたんだろう。しょうがないからこれ使ってくれ」
そう言って明が取り出したのは無線機。一体こんなものを何故持っているのかは置いておく。それを受け取った怜と千恵は使い方を軽く教わると向かう先を決めた。
「八分後に再びここで集合だ」
三人が同時に頷くと怜と千恵が走り始めた。明もパソコンでデータを収集しながら観戦席まで戻る。
「さて、私も動きますか」
そんな三人の様子を見ていた笠原はポツリと呟くとスーツを正し、他の教員の指示によって集まり始めている生徒の方へ歩いて行く。
「始まるよ、イリス」




