日常②
担任の教師により上級組の実戦演習の場であった高尾に出現したこと、それにより上級組に数名の負傷者および一名の死者が出たことが告げられる。その担任の教師があまりにも淡々とことを告げるため忘れそうになるが死者が出たのだ。まだ成人すらしていない自分と同じ学園の生徒が一人死んだのだ。和也はそれをとても悲しいと思った。怖いと思った。この学園で死者が出るのは珍しいことではない。毎年一人や二人、訓練中や実戦演習中の事故で亡くなる者もいる。それでも日本の魔術学園が出す死者の数は他国のそれと比べるとはるかに少ないらしい。それが普通になってしまった。五十年ほど前の魔女の出現によりすべての歯車はその動きを変化させたのだ。かみ合ってはいるがその動きは今までよりもはるかに大雑把になったように思う。
「なあ、和也」
話を終えた担任の教師が教室を出ていくとすぐに八田が和也に話しかけた。
「この後どうする?」
「どうするって?」
「なんだ?聞いてなかったのか?何か高尾のほうの対応が忙しいらしくてさ。今日は午後の授業はなしだって」
「全然聞いてなかったわ」
良くない癖だ。和也は時々深く考え事をするとその考え事に長い時間を費やしてしまう。高校生になって意識的に注意はしているものの気が付いたら予想以上の時間が経過しているなんてこともしばしばだ。
「智花、今日は部活あるのか?」
和也が隣の席の智花に話しかけた。
「うん。今日でコン花ちゃん完成させる予定なの」
「コン花ちゃん?」
聞いたことのない名前に和也が首を傾げる。
「うん!コン吉さんのガールフレンド。これでコン吉さんも一人じゃないね」
そう言って智花は自分の鞄に付いている彼女の一番お気に入りの縫いぐるみ、コン吉さんを撫でた。
「じゃあ和君。部活行くね?」
智花が楽しそうに教室を出ていく。そんな彼女の後姿を二人は手を軽く振って見送った。その後も和也と八田はしばらく雑談する。そうして一時間ほど経過すると二人以外の生徒は教室からいなくなっていた。
「さて、俺らも帰るか。帰っても特別やることはないけどな」
笑顔でそう言う八田。和也はそんな八田を真面目な顔で見る。
「なあ、八田。おまえ勇人と戦ったことあるか?」
「勇人?黒守勇人か?」
和也の質問に意外そうな顔をする八田。「戦ったことがあるか?」という質問自体少し違和感がある。おまけに自分にとって友達同士の者が戦ったことがあるかを聞くのは意図が見えにくい。
「ないぞ。中級組の俺らじゃ生徒同士が戦うような授業はまだだし、機会があるとすれば自主練習で戦いを申し込むことぐらいだが……戦いたくないからな。」
「じゃあ、そうだな……勇人はお前から見てどれくらい強い?おまえだって中級組では最高クラスの実力なんだろ?」
八田は難しい顔をして黙り込む。それからいつになく真剣な顔で和也を見た。
「和也、おまえが気になっていることは何となくわかる。今日の連絡には正直俺も驚いたよ。学生に吸血鬼の討伐記録が付いた前例は過去をさかのぼっても数えられるほどしかいない」
ゆっくり落ち着いて話す八田。そんな八田の話に和也も落ち着いて耳を傾けている。
「しかしな、おまえがあいつの背中を追うのは良くない。いや、おまえだけじゃない。俺も智花ちゃんも学園のほとんどの生徒にとってあの二人は目標にするべき者ではない。少なくとも今は」
勇人ともう一人。容易に想像できる。おそらくこの学園で最も名前の知れている人物。生徒会長、緋ノ宮妃。かつて龍を封じたという伝説を持つ一族の長女。輝かしい功績を収めてきた東京の魔術学園の生徒会長の中でも歴代最高の力を持つと言われる女子生徒。学園で一番強いのが誰か?と聞かれれば十人が十人彼女の名前を挙げるだろう。そして勇人の実力はそんな彼女と並べられるということだ。
「やっぱり全然ちがうのか……」
和也はわかってはいたものの少し落ち込む。しかし八田はそんな和也を見ると困ったような顔して首を横に振った。
「うーん……俺が言ってるのはたぶんおまえが思っているのとは少し違うものだよ。」
「魔術とか戦闘力の差じゃないのか?」
「いや、そりゃあ差はあるよ」
「だよねー」
和也が机の上に顎をつけて手を伸ばす。八田は和也の一連の動きを見て「ははは」と笑った。それからスマホを取り出してゲームを始める。最近流行っているレインボーバースだ。
「なんか今日の和也は元気がないな。いつもならすぐに「頑張るぞ!」って感じじゃん?」
「確かに……どうしてだろう?」
「直すいい方法教えてやろうか?」
「マジで?」
「スマホ貸してみ」
和也が八田にスマホを渡す。スマホを受け取った八田は慣れた手つきで何か操作をし、一分もしないでスマホを和也に返した。和也が返されたスマホを見る。LINEのアプリを開いていた。トークの相手は「黒守勇人」となっている。そしてそのトーク欄には……
「今日夕飯食べに行こうぜ!校門に七時に集合。遅れたら驕りだから」
「まさか吸血鬼が出現するとは……さすがに今回は驚いたぞ!」
「……」
「……」
「ん?どうした?二人とも元気がないな」
「「はぁ……」」
緊急事態のため早めに実戦訓練を終えた上級組の生徒たちは電車に乗って学園あるいはそれぞれの自宅に帰っていた。一方で直接吸血鬼と戦闘をした緋ノ宮妃と黒守勇人のチームは調査のための細かい事情聴取に付き合わされていたので帰るのが他の生徒たちよりも遅くなってしまっていたのだ。外は日が落ちかけてもうすぐ夜を迎えようとしている。
「吸血鬼か……また戦う機会もあるだろう」
先程から疲れた生徒会のメンバー二人、五郎と奈津美をよそに高揚を抑えられないでいる妃が言う。
「会長……今回は死者も出てしまったんです。もう少し落ち着きましょう……」
「そ、そうでしゅよ!それに教介さんも怪我をしてしまったじゃないでしゅか!」
疲れ切ってしまっているせいか二人の声には覇気が感じられない。それもそうだ。吸血鬼と戦うというのは単に強敵と戦うというだけの話ではない。その戦いには命がかかる。現に今回もその命が一つ失われた。精神的に未熟な学生が命を懸けた戦いをするというのはそれだけで相当の負担がかかるものだ。
「ん?……それもそうだな。よし!今度会ったときは亡くなった二人の敵として私達でボコボコニしてやろう!」
「教介さんはまだ死んでないのですが……」
「はっはっは」と笑う妃。二人はそれに対して何とも言えない表情になる。歯止め役の教介がいない以外はいつもの構図だ。しかし妃は外を見つめ急に真面目な顔になる。
「なあ、二人とも」
「なんですか?」と聞く奈津美。見れば妃の先程の自信満々の顔が嘘のように悲しそうな顔になっていた。
「死者が出たのは私のせいか?教介が怪我をしたのは私が無力だからか?」
「それは」
「私はこの学園の生徒会長だ。七人しかいない騎士団の幹部を有する日本の中で、最も優秀な人材が集うこの東京の学園の生徒会長だ。それが意味することは何だ?」
「「……」」
「私はすべてを守らなければならない。それは比喩でも驕りでもなく今の自分の立場を考えた上でのことだ。そのためには……」
五郎と奈津美は途中から聞くのが辛くなっていた。思わず二人とも妃から目をそらしてしまう。
「そのためには私は常に最強である必要がある。その相手が例え吸血鬼や天使、魔女であってもだ!」
言い切ると彼女は、ガラガラの席に気持ちを落ち着けるように腰かける。それから「ふぅー」と長く息を吐いて再び立ち上がった。
「二人とも今日は家に帰って休め。明日からは通常の事務と今回の事件関連で忙しくなるぞ」
すると奈津美がすこし遠慮気味に手を小さく挙げる。
「どうした奈津美?」
「あ、あの……会長は今回の事件どう思います?」
「ふむ。逆にお前はどう思う?奈津美」
すると奈津美は「コホン!」と可愛らしく咳払いして、背筋を伸ばした。
「正直、高尾に吸血鬼がいて、私たちに遭遇するまで国も学園も気付かなかったなんてありえません。高尾はご存知の通り日本の中では珍しい「野生の魔物」が残存する地域です。国が訓練や研究のためにわざと残している形ですが代わりにその警備は厳重そのものです。ましてや学生が訓練に使うとなればなおさら……。もし本当に気付くことができなかったのだとしたらそれが何よりの重大事件だといえます」
先程までとは打って変わって饒舌な奈津美。彼女はこういう分析の時にとても頼りになる。
「ふふ。その言い方だと、「わざと見逃した」とでも言いたげだな。政府に喧嘩を売るとは大した度胸だ」
「ええ!い、い、いえ!そ、そういうわけでは……」
「安心しろ。私も同じ考えだ」
驚いたように妃を見る五郎と奈津美。彼女がこのように言うというのは奈津美が分析するのとはわけが違う。学園は、少なくとも生徒会は今後国に警戒しながら動くことになるだろう。
「二人とも」
妃が戦闘前に見せる真面目な顔で二人を見つめる。
「何か大きな変化が起こる気がする。その時は我々生徒会が学園の生徒たちを何としても守り抜かなければならない。おまえたちは頼りにしているぞ」
「「はい!」」
返事を聞いた妃は再び電車の窓越しに外を見る。空には夕焼けが見えた。赤い、赤い夕焼けだ。普段は綺麗に見える夕焼けだが彼女にとってその赤すぎる夕焼けは不気味に感じられた。
一方、緋ノ宮妃たちが乗っている先頭車両とは正反対の最後尾の車両では二人の男女が乗っている。男の方は疲れたように姿勢を崩して座っていが女性の方はガラガラの車両にも関わらず律儀にその男の隣に並んで座り、背筋を伸ばしていた。
「なあ怜。こんなに空いているんだから、もっと間をあけてリラックスして座ったらどうだ?おまえだって今回の戦闘は疲れただろう?」
少し呆れたようにそう言ったのは黒守勇人だ。真っ黒の髪の毛に、真っ黒の瞳、そして腰に真っ黒の鞘の日本刀をぶら下げている。平均よりもやや長身の男子生徒。高等部二年生で和也、智花とは小さいころからの幼馴染だ。学生にしてすでに優秀な魔術師であり、上級組のトップ層に位置する。
「何を言っている。如何なるときであろうと公共施設でのマナーは厳守だ!電車内で席を詰めて座るのは基本だぞ」
そうキリッとした声で言った女性は菜ノ原怜。ロングの黒髪に真面目そうな顔をした女子生徒。腰には同じく日本刀が差してある。勇人と同じクラスに属する上級組の二年生で、同様に優秀な魔術の使い手であり上級組の二年では勇人に次ぐ実力の持ち主である。
「だからといって……あんまりくっつかれると恥ずかしいんだが」
「なっ!」
それを聞いた怜は顔を真っ赤にする。それから黙って腰を少し上げ、勇人と席を空けた。
「別にそういうつもりでは……というか、お前はそんないやらしいことを考えていたのか!こんないやらしい奴に先程命を救われたと思うと自分に腹が立ってきた」
不機嫌そうに横を向いてしまう。
「いやらしいって……」
勇人が若干困った、それでいて少し嬉しそうな顔で怜を見る。今でこそこんなもんだが、入学当初の彼女はいつもなにかを背負っているような、周囲を警戒しているようなそんな雰囲気を漂わせていた。特に入学時の試験で二位であった怜は一位の勇人に明らかな敵対心を抱いて、入学式当日の放課後には決闘を挑んできたほど。
「まあそれがきっかけでチームを組むことになったわけだが……」
「なにか言ったか?」
怜が不思議そうに聞く。
「なんでもないよ。それより今のうちに体を休めておけ。明日も学校はあるしな。それに……」
「ああ、黒守。言い忘れていたことがあった。」
疲れているからか少し弱々しい声でそういう怜。勇人は「ん?」と怜を見る。すると怜も勇人を見ていた。
「今日はありがとう。おまえがいなければ死んでいた。やはりお前は強いな」
「なんだ?おまえが素直に礼を言うと怖いぞ。……まあ、あれだ。俺たちはチームだ。だから俺はお前たちを全力で守る。おまえたちも全力で俺を守ってくれ」
「ふふ」
怜が嬉しそうに笑い、それから目を閉じる。一分ほど経つと「すーすー」と可愛らしい寝息が聞こえてきた。勇人しかいないとはいえ彼女が人前で寝てしまうのは珍しい。それだけ疲れていたのだろう。新宿まであと一時間弱ある。「ゆっくり寝かせてあげよう」そう思った勇人は怜から目をはなし、外を見る。時刻は六時過ぎ。外には綺麗な真っ赤な夕焼けが見えた。
「吸血鬼が出現……か。おまけに次元の歪み。そろそろだな」
勇人は顔を強ばらせる。それから腰にぶら下がっている日本刀をギュッと掴む。
「まだそうと決まっているわけではない。それに……今更なにを恐れることがある?三年間、ずっとそういう時が来ることを想定して生きてきた。いつ起こっても構わないように……」
勇人は窓から目を離す。そして制服の内ポケットからスマートフォンを取り出し、Twitterを起動した。タイムラインを見る。いつもと変わらない平和な内容の呟きばかりだ。ちなみに勇人は和也に誘われてTwitterを始めたのだが、初端の呟きで和也と八田に大爆笑されてしまいそれ以来呟いていない。
「はぁー。少し疲れたな。俺も少し体を休めておくか」
勇人は目を閉じる。すると自分がいま最も思い出したくない言葉が脳裏に浮かぶ。
「君に託そう」
そう言われたのはいつだっただろうか。遠い昔であり、最近な気もする。遅かれ早かれ来てしまう戦いのためにこれまで彼なりに最大限の努力をしてきた。それでも彼の不安が消えたことはない。今も思わず震えてしまいそうになる。ふと、肩に重みを感じる。右目のみを開けてみると怜の頭が勇人の肩に乗っていた。それを見た勇人は少しの笑みを浮かべて再び目を閉じる。予想以上に疲れていたせいか今度はその意識はすぐに落ちていった。




