襲撃
ここからがこの話のクライマックスです。緊迫感が出ていると嬉しいかな?
「智花さん、自分でお弁当作っているんですね!私も料理できるようになりたいな~」
「簡単だから音羽ちゃんならすぐできるよ!今度教えてあげる」
「本当ですか?」
学園から徒歩で二十分ほどの住宅街。少し高級そうな一軒家が両脇に並んでいる大きめの通りを三人は歩いている。和也と智花はお弁当を、音羽は兄である勇人から頼まれた物をそれぞれ回収し学園に戻ろうとしているところだ。二人とは行きに出会った音羽だったが彼女の自宅と智花の家が近いため、またそれぞれすぐに済む用事であったため一緒に戻ることにした。
「勇人のやつ、可愛い妹にこんな長い荷物運ばせるなんてひどいよな。ところでそれ、いったい何なの?」
「日本刀です。兄の大事にしている」
「勇人が普段使っているやつとは違うのか?」
「ええ、兄が授業やこの前の実戦演習で用いているものとは違います。もっと……大事なものです」
「でもなんでそれを今?」
和也の質問に音羽が困ったような表情を浮かべる。
「分かりません。模擬戦では用いることはできないですし……。でも兄の声色を聞いたとき持ってきた方がいいかな?と思ったので」
「勇人、なんか調子悪いの?」
「それも分かりません。兄の考えは常に私より先を行っていますから……」
「ああ……それわかる」
音羽の悲しそうな呟きに「同意」という表情で和也と智花が深く相槌を打つ。そんな二人をみて、音羽は表情を一変させた。
「お二人にもそんな感じなんですか?小学生からの仲であるお二人にも?」
「うん……高校に入学してからかな。最近では話す機会もそんなに無いよね?」
「そうだな。この前ファミレスではゆっくり話せたけど、それもかなり久しぶりだしな」
「はぁ……そんなだからモテないんですよね」
呆れたような表情を浮かべる音羽。しかし聞いていた二人は彼女とは真逆の楽しそうな表情になってその言葉に食いつく。
「勇人モテないのか?」
「はい。全然モテませんよ。この前、勝手にLINEの友達欄見たんですけど、なんと女の子はチームの菜ノ原怜さんを除いて誰一人いませんでした」
「でもそれは……」
「智花さん、甘いです。全然良くないですよ。やばいです。たとえば和也さん。LINEの友達に女子何人くらいいます?」
「もう連絡とってないのも含めると……十五人くらい?」
「え!和君そんなにいるの?」
「ほら、見てください。和也さんみたいなタイプは意外とモテるんですよ。そして男子の平均はそれの半分くらいと読んでいます。ちなみに私はクラスの男子の連絡先はコンプリートしています」
「模擬戦でもいっぱい応援している人がいて凄かったもんね」
「ありがとうございます。そ、それは根暗オタク気質の兄と美少女アイドル気質の私とを比べてはいけないのはわかりますよ。でもいくら何でも酷すぎです。コミュ障です」
「まあまあ落ち着いて」
果てしなく出てきそうな勇人への愚痴を和也が落ち着かせて止める。音羽は肩にかけている刀の入った大きなケースをみて再びため息をついた。
「頼りにはなるんですけどね……」
「だな」
「うん」
二人のあまりにもはっきりとした同意に苦笑いで答える音羽。音羽にとってそれはとても嬉しいことだった。この二人はやはり自分の兄を、黒守勇人を好きでいてくれると確信できる。この二人なら兄を殺し合いの連鎖しかない戦場へと進むのを止めてくれると信じられる。そしておそらく勇人自身もそれは知っているのだろう。だからこそわからない。兄はどうして……。
「あ、近所のパン屋のおばさんだ。こんにちは!」
学園まであと五分ほどというところで智花が元気よく挨拶をして駆けていく。彼らの通学路に昔からあるパン屋。そこを経営したいるおばさんが外で店の前を掃除しているのだ。和也と音羽にとっても顔馴染みの人だったので二人は軽く会釈した。相手はにっこりと笑うと会釈してそれに答える。智花はしばらく話すと弁当を入れた大きめの手提げから一つサンドイッチらしきものを取り出して渡した。おばさんが遠慮しながらも嬉しそうに受け取る。すると智花が笑顔を浮かべた。ほほえましい光景だ。音羽はそんな彼女に一層……。
(ゴオォォォ)
「あれ?」
(ゴオォォォォォォ)
「……」
(ドクン!)
音羽が目を見開く。心臓が激しく鼓動していることがわかる。耳鳴りがし、視界が歪む。この感覚を彼女は知らない。何かが迫るようなこの恐ろしい痛みを知らない。思わず目を瞑ってしまいそうになる。しかしそれでも彼女は前を見た。彼女の両太もものホルスターにある二丁のリボルバー式銃スワロウ、スワロウツヴァイを握って。
「はぁはぁ」
呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が早くなっていく。その異変に気が付いた和也が心配そうに近づいて、話しかけてくるが気を回すことができない。パン屋のおばさんと話を終え智花が振り返った。智花と目が合う。智花が心配そうな顔して一歩踏み出す。その瞬間だった。
「ドン!」
音羽の右手によって拳銃が素早く引き抜かれそのまま引き金が引かれた。その銃口は智花に向いている。ように見えた。銃弾は智花のこめかみ付近をギリギリで通り抜ける。和也も智花も驚きのあまり声を発することができない。
「グルァァァァァ」
奇妙な叫び声が響き渡った。その声により硬直から解けた和也が急いで智花に駆け寄る。その間に智花の後ろに信じられない光景が広がっているのを目にするが気にしない。
「和君?」
「和也さん!走ってください。離脱します」
音羽が双銃を連射しながら叫んだ。和也は智花を強く抱き抱えると音羽のいる方向に全速力で走り始める。足が震えるが構わずにそれでも何とか走る。
「きゃ!グホッ……オオ……」
智花の耳に一瞬、おばさんの悲鳴が聞こえる……がすぐに消えてしまった。何があったかわからない智花は、和也の肩の上から後ろの様子を覗く。するとすぐに“彼女らしきもの”を確認することができた。それを彼女と認識できるのはさきほどまでその場所で話していた智花くらいだろう。頭と右腕がなくドス黒い赤を吹き出しているそれの個人を特定することは不可能だ。
「和君……」
「音羽ちゃん!行こう!」
「和君!」
「わかりました。先行してください。着いていきます」
「和君!」
「智花、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ?パン屋のおばさんが……その奥にいた人も……」
「大丈夫だ。今は目を閉じて俺にしがみ付いていればいい」
智花がギュッと和也にしがみつく。音羽は目の前に魔物がいなくなったことを確認すると銃をおろし、走って二人に追いつく。
「音羽ちゃん……何体いた?」
「第三種の魔物、狂獣が四体。内二体は仕留め、あとの二体は別方向へ移動しました。吸血鬼以外の魔物に後退はありませんから別の目標がいたのでしょう」
「というか何だよ、あれ!勇人たちは授業でもあんなのと戦っているのか?」
「あれは最前線に投入される生の魔物です。管理されている高尾のものとは違います」
「なんでここにそんなのがいるんだよ!ここは日本だぞ!世界でも最も……」
「静かに!」
音羽が音をたてずに立ち止まる。和也もそれに習い立ち止まった。音羽の視線の先を追うとそこには二体、さきほどよりわずかに小さい狂獣がうろついている。
「そこの家の庭にひとまず隠れましょう」
音羽の提案で大きめの家の庭に転がり込み身を潜めた。幸い家主は留守のようだ。あるいはもうこの世にはいないか。走った距離は僅かだというのに凄まじい疲労感が和也を覆う。
「智花さん、大丈夫ですか?」
「うん……。私も魔術師だから」
「それにしてもなんだよ、これ。空も、ほら」
三人が空を見上げる。赤い。まるでさきほど見た血しぶきのように黒くて赤い。智花が顔を歪める。
「赤い空。一説によると魔女が誕生した時の空だそうです。過去の例を見てもこの空が観測された地域は膨大な損害を被っていることが多い。これは本格的にまずそうですね」
三人が沈黙する。現状がマズイことは空など見なくても十分に理解できた。魔術師でもない一般人が住宅街で急に魔物に襲われて死んだのだ。紛れもない異常事態。今も人が襲われているだろう。そう考えていた矢先、一帯にサイレンが鳴り出しスピーカーで音声が流れ始めた。
「都民の皆様にお伝えします。ただいま東京全域が魔物に襲撃されました。次に挙げる避難場所が近い方は周囲を警戒してそちらへ、避難所が近くにない方は屋内に身を潜めて音をできるだけたてないようにしてください。訓練ではありません。皆さまどうか冷静に対応お願いします。避難場所は新宿区……」
「お母さん……」
放送を聞き、智花が不安そうにつぶやく。一方の音羽はスマートフォンで誰かと連絡を取っていた。和也はその冷静な様子に感心してしまう。
「音羽ちゃん、この後どうする?」
「そうですね。それを決めるのが最優先です」
「今の放送を聞いた感じだと学園が避難場所になっているな。学園には開会式で笠原先生が言っていたように強力な結界や反撃のための魔術がいくつも重ねてあるし、先生たちや生徒会長、勇人みたいな強い魔術師がいるから一番安全だと思う」
「賛成です。ここから五分ほどで着きますし道に迷うこともない。兄さんも迎えに来てくれると思います」
音羽がそう言って電話をかける。
「智花、今日おばさんとおじさんはどうしている?」
「今日はお父さんのお手伝いで一緒に出掛けているの。場所は……わからないけど」
「おじさんが付いているなら安心だな」
「和君のお父さんは?」
「普通に出勤したから都内にはいる。心配だけど今の俺は助けられるような状況じゃないから、とりあえず学園に向かおう」
音羽が電話を終え、和也の意見に賛同して立ち上がる。
「行く前に一つ注意してほしいことがあります。いいですか?」
「うん」
「お二人は優しいでしょうから襲われている人や助けを求める人がいれば手を差し出したくなるでしょう」
銃に弾を装填しながら話す音羽。一発、二発と確実に二つのリボルバーに装填していく。右の黒鉄、左の白銀の銃がそれぞれ鈍い光沢を放っていた。
「程無くして一帯はパニックに陥ります。和也さんや智花さんがあれほど衝撃的なことが起きて冷静でいられるのは魔術師だからです。何度も映像を見せられ、何度もいずれ訪れる戦いを想定してきた魔術師だからこそ。一般人では……」
「きゃぁぁぁ」
悲鳴が聞こえた。音羽が言うように一般の人々が現状に気付き始めている。
「言いたいことは一つ。今は自分の身を最優先にして下さい。助けを求められるでしょう。目の前で人が死ぬかもしれません。でも今はとにかく学園へ」
神妙な面持ちで聞いていた和也と智花だが、音羽が最後に「お願いします」と弱々しく言ったのを聞いて了承する。
「それでは行きましょう。ルートは頭に入れました。学園までノンストップで突破します。道中、魔物と出くわすかもしれませんが極力戦闘せずに振り切ってください」
音羽が銃を構え魔術を発動する。両手両足に強化の魔術、そして銃になんらかの魔術がかけられた。和也と智花も彼女に習って強化の魔術を使う。
「一番後ろは俺が付くから智花は音羽ちゃんと俺の間で進むんだ」
「うん」
音羽が塀から外の様子を見る。魔物は……いない。しかし遠くないところで悲鳴かどうかもわからない音が聞こえていた。喧噪が近づいていることが嫌でもわかる。音羽が銃を構えて道路に転がるように出た。
「クリアです。さあ」
「行こう、智花」
智花が進もうと一歩踏み出した。しかし力が入らず、ふらついてしまう。まともに一歩も進むことができない。智花が泣きそうな顔になる。
「和君……」
「焦らなくていいぞ」
「智花さん、魔術を上手く使って下さい。筋肉の硬直を補ってくれます」
和也が近づいて智花を支える。彼女は音羽の言葉に従い足全体を補強するように魔力で強化した。すると安定して立つことができ、やがて硬直も治まっていつも通りに歩くことができるようになる。智花は二回ジャンプして一息つくとつま先でトントンと地面を叩き走ることができそうか確認した。
「うん!もう大丈夫」
安堵して呟いた智花は音羽に向かって手で丸マークを作って、見せる。
「では」
音羽が走り始める。それに智花、和也の順で続いた。空が赤く、黒く蠢く。日も雲もなくあるのはただその色だけ。生き物のように大きくうなっては世界のあまねく全てを飲み込むのではないか。そんな恐怖を見る者に植え付ける空。その空に虹は……。




