勇人vs妃
勇人の技ににこだわりました
競技場の中央に位置する第五コート。さきほど和也たちと妃たちによって激しい戦闘を繰り広げられたそのコートは今、試合の最中だというのに静まり返っている。まだ試合は開始から五分弱。にもかかわらず戦闘が行われているような音は一切しない。それほどに試合はすぐ終わった。それほどに黒守勇人のチームは圧倒的だった。その戦いはあまりに早く静かに終わった。見ているものが興奮する隙すら与えないかのように。陣形は渡辺千恵が前衛、黒守勇人と菜ノ原怜が中衛、来栖明が後衛の理想形。開始直後に怜の魔術で一人、その後は勇人、怜、千恵がそれぞれ一人ずつ戦闘不能にして勝負が付いた。
「なんというか……もはやチーム戦ではなく、個人の戦いにおいて各々が圧倒したという感じですね」
「後ろに控えていたチビにいたっては何もしてないぞ」
他の観戦席より高くなっていて、観戦席のでも中でも一際目立つ第五コート近くの観戦席。そこに四人の生徒が座っていた。生徒会長、緋ノ宮妃のチーム。他の場所の席はガラガラにも関わらず、彼女たちの周りはぎっしりと埋まっている。
「私たちも人のこと言えないでしょう」
教介は奈津美と五郎に疲れたようにそう言うと「はぁー」とため息をついて妃を見る。彼女は黙ったまま試合を見つめていて教介に目を合わさない。さきほどの試合以降ずっとこの調子だ。
「教介、開始直後に菜ノ原怜が使った魔術はなんだ?陰陽系の魔術なのはわかるが……見たことないぞ」
「鷺という魔術ですね。彼女はそれを少しアレンジしているようですが。陰陽術の式神の利用が基盤となっています。日本の高位の魔術師は結構愛用していますよ」
「代表的な人ですと道明寺神子なども使っていますよね」
「そうです。さすが奈津美さんですね」
「は、はい。ありがとうございましゅ」
奈津美が顔を赤くして答える。教介はそんな彼女にさらに笑いかけた。すると奈津美は真っ赤になって縮こまってしまう。彼はいつも通りの奈津美の反応にやれやれと笑い、時計を見て再び会長に話しかける。
「会長、そろそろお昼にしません?」
「……」
「時間ある時に食べないとあとで後悔しますよ」
「……」
「五郎さん、お寿司三人前買ってきてください。高いやつです。代金は会長が」
「おい、教介」
「お、やっと反応しましたね。やっぱりお寿司食べたいんですか?五郎さん、やっぱり」
「あの二年生の学生は、黒守勇人は今の試合で魔術を使ったか?」
「彼ですか?」
教介は、コートにいる勇人を見る。何やらチームのメンバーと話しているようだ。それから試合のときの彼を思い出した。
「そういえば……使ってないですね。武器を用いた技術のみで相手を圧倒しました」
「ふむ」
「そう考えるとやはり彼は天才ですよ。相手も二年の上級組のチーム。学園内で見れば強い部類のチームだというのに」
「教介、すまない。何もしなくていいから……とりあえず見ていてくれ」
「え?」
教介が嫌な予感をして振り返るがもう遅い。席から立ち上がっていた妃は目の前にある手すりに足をかけて第五コートに飛び降りた。常人ならそれだけで骨の一つは折りかねないが彼女は余裕を持って綺麗に着地してみせる。
「な、何をしているんだ!緋ノ宮妃!」
それを見ていた周りの生徒がどよめき、第五コートの主審を務めていた教員が大声で注意する。しかし妃はそれには意も介さず目の前にいる目的の生徒に歩み寄った。一方の勇人もそれを感じ取ったのか、怜たちの前に出て彼女と向き合う。
「生徒会長、何の用件でしょうか?一応、模擬戦時間中のコートへの立ち入りは禁止されていたと思いますが」
「黒守勇人、今の試合おまえは魔術を使わなかったそうだな」
「ええ」
「ならば疲れはないか?」
勇人が腰の刀に手をかけて重心を低くする。
「ほう。意図がわかっているならわざわざ回りくどい聞き方をする必要はなかったな。どうだ、私と試合をしてみないか?」
勇人はその言葉を聞き、目を細めて妃を睨むように見た。
「チーム戦か?」
「いや、個人でやろう」
「待て!お前たち、誰がそんな許可をした。いますぐコートから出ろ!」
教員が怒鳴る。しかし、妃はそれを再び無視し、勇人も妃から目を離さない。その様子を不安そうに見ていた怜は勇人の背に手を触れる。
「黒守、行こう。私情はともかく教員の方が認めてくれない。それにこんな戦いには意味がないぞ」
「……」
怜の言葉を聞き、勇人が構えを崩そうとした。そのときコートに向かって一人の男が歩いてくる。勇人はその顔を見て再び構えをとった。一方でコートを担当していた教員がその男に駆け寄る。
「笠原教員、彼らを止めて下さい。勝手な争いは認められません」
「そうですね……」
笠原がその場にいる全員を見る。それからニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。何を考えているのかわからないその笑み。怜には勇人の警戒が強くなるのがわかる。
「二人の戦闘を認めましょう」
妃が笑い、勇人が一層目を細める。
「な、どうしてです?」
「まあ大丈夫ですから。ここは私に任せて、あなたは休憩でもしていてください」
笠原にそう言われながら背を押された教員は、腑に落ちない様子を浮かべながらもコートから出ていく。その背中を見届けた笠原は振り返って勇人と妃を見た。
「さて、緋ノ宮妃さん。貴方は黒守勇人くんと戦いたいということでよろしいですね?それも一対一で」
「そうだ」
「では簡単です。私はその戦いを認めますから、彼に了承していただけたなら始めて構いません。周りも大いに盛り上がるでしょう」
怜が周りを見ると観戦席にいるほとんどの生徒が、他のコートで行われている試合そっちのけで自分たちを見ていることに気が付く。注目度が非常に高かかった勇人のチームの第一試合はあまりにも面白味のない、あっさりしたものに終わった。少しがっかりした者もいるのかもしれない。故にその勇人が学園最強の妃と戦うとなれば最大の盛り上がりを見せるだろう。
「勇人、どうする?」
明が聞く。勇人は怜をチラッと見た後、目を瞑り黙ったまま上を向いた。皆が彼に視線を注ぐ。三十秒ほどそうしていた勇人は目を開けると怜を見た。
「観戦席に戻っていてくれ」
「……」
妃、笠原の二人が嬉しそうに笑う。対して怜は不安そうな目で勇人を見た。
「大丈夫だよ。二戦目の前に少し肩慣らしするだけだ」
「行こう、怜さん」
明が怜にそう言い、三人がコートから出ていく。勇人はそれを見届けて妃に向き直った。観戦席の生徒がその様子を見て騒ぎ出す。
「審判は私が務めます。ルールは通常の試合と同じです。どちらかが降参するか、戦闘不能あるいは審判がそう判断した場合に勝負が付きます」
「問題ない。早く始めよう!次の試合時間まで延長するわけにはいかないからな」
「黒守くんも大丈夫ですか?」
「はい……」
二人が並ぶのを確認すると笠原が魔術を発動した。コート周りにさきほどまでよりも強固な魔術が展開される。さらに二人の間に合図前の戦闘を防ぐための魔術が張られた。勇人が鞘から刀を抜き、妃が笑って拳を構える。
「では始めます。お互い頑張って下さい。おもしろい試合を期待していますよ」
その笠原の言葉と共に二人の境界の魔術が解かれ、試合が始まった。
「和也たちまだ戻ってこねーか。あいつらがいないうちに大変なことになっているんだが……」
観戦席で、今にも戦闘を始めそうな黒守勇人と緋ノ宮妃の二人を見ながら八田がそうぼやく。意外なことに二人は笠原の開始の合図後すぐには戦闘に入らなかった。お互いに構えを取りながらも何やら話しているように見える。
「にしても……黒守もよくこんな試合受けたな。緋ノ宮妃と一対一とか俺なら始まった瞬間に降参だわ」
「何それ,雑魚」
急な隣からの返答。八田が振り向くと雫が座って試合を見ている。
「いつからそこにいた?」
「ちょうど今よ。用事が終わったわ」
「そうか……思ったより早く終わった?」
「ええ、でも水瀬君たちまだ戻ってきていないみたいね」
「そうなんだよ。腹減った」
「まあ、このいかにもヤバそうな試合でも見て暇つぶしましょう」
その二人が視線を送る第五コート。戦闘開始の合図があったにもかかわらず、両者とも魔術を発動せず互いに見合っている。周りもその状況を理解できず、ただ黙って見ているしかない。一分ほどその状態が続いたのち妃がようやく口を開いた。
「そういえばさきほどの一回戦で当たった水瀬和也はおまえの友人だそうだな。なかなか楽しませてもらったぞ」
「……」
「そんなことよりおまえの魔術が気になる。おまえもメインは陰陽系だろう?早く攻めてこい」
「……」
妃が挑発気味に話かけるが勇人は黙ったまま刀を構え妃から目を離さない。妃はそんな勇人の様子に首を傾げる。
「では、こちらから行くぞ!」
妃が拳に足に魔力を込める。すると彼女の拳と足を炎が覆った。和也たちとの試合とは初めから纏う魔力の迫力が違う。妃がそのまま一歩踏み出した、そのときだった。勇人が流れるようなモーションで左太もものあたりのケースから呪符を三枚取り出す。
「黒狼招来。汝の牙を以て障害を除け。急急如律令!」
勇人がそう叫ぶとともに呪符を投げる。呪符が二人の間に落ち、魔術が発動する。黒い何かが蠢いたのち徐々に形を成した。そして黒い狼らしき獣が三体現れ高速で妃に向かい牙をむく。それを見た妃は踏み出した足を横にして受けの姿勢をとり、魔術を発動した。
「穿ちの緋よ!」
周囲に炎の球が複数生まれ、それらが迫る黒狼に向かって放たれた。ぶつかると爆発が発生し、両魔術が消滅する。その爆発の中を黒狼一体と妃の炎球二つが互いの魔術をすり抜け両者に向かった。
「ふん!」
妃が黒狼を拳で粉砕する。妃の拳が地面を抉ると火柱が上がった。勇人の放った魔術はかなり強力なものだが黒狼は彼女の拳であっさりと消滅する。
「はっ!」
勇人が刀で炎球を切る。本来は切れるようなものではないが刀に付与されている魔術と卓越した技量により炎球は綺麗な円の断面を見せて消える。両者、魔術への対応が終わると再び向き合った。そして先と同様に妃が口を開く。
「なかなか……だ。しかし私に届くには足りない。私に届きたければそれの十倍はもってこい」
「……」
勇人が再び札を取る。今度は一枚、それを先と同じように構えると目を瞑った。
「迦具土之命よ。夜芸早の 十拳剣」
言い終わると同時に目を開き、呪符を上に投げた。投げられた呪符は勇人の目の前をひらひらと力なく舞う。そして呪符が勇人の胸の高さまでくると、それを刀で横に一閃し、二つに切った。
「此れ神剣となり」
勇人の持つ刀が、学園が貸し出す刀が紫色の禍々しい魔力を帯びる。それを見た妃は目を見開いて大きく後ろの跳ね後退した。
「それは……本物か?」
「……」
「しかし名刀や名剣、聖剣、魔剣の類に本来の格を戻すことはあるが……たかだか学園の貸し出し物にそれをすることは……!」
鋭い魔力の斬撃が妃に向かう。彼女はそれをステップでかろうじて躱した。
「緋ノ宮妃、戦闘中にペラペラしゃべるな。負けるぞ?」
勇人の言葉に、妃が面を食らったような顔になる。それから構えを斜め下に構え、自分のことなどまるで恐れることなく攻撃の隙を伺う勇人を見て笑った。
「……面白い」
そうポツリと呟くと妃が全身に力を込める。彼女の周りの温度が急激に上っていく。魔力を全身から具現化させ、それをそのまま魔術として顕現させたのだ。「ゴオォォ」という音を立てながら炎が渦となって妃を包む。その炎は観戦席まで届かんとするほどに強大だ。
「ふむ、コートに貼ってある魔術結界に弾かれるな。まあいいか」
妃が手を組んで勇人を見る。そして顎をわずかに勇人の方に動かした。すると妃の周りの炎がその形状を変えていく。龍のように長細くなった何本もの炎が勇人を取り囲むようにして襲った。しかし勇人は顔色を変えずに手に持つ刀ですべて切り裂いていく。襲い掛かる炎龍の中央に真っすぐな切込みが生じ、魔力に転じて霧散する。
「まだまだ」
今度は妃が手を上げて周囲の炎を一か所に集める。妃の頭上に集まり、やがてそこで巨大で綺麗な球形となる。それは和也の試合や先程の攻撃に使った炎より鮮やかで大きい。
「しっかり防いでくれよ。でないとコートが消し飛ぶ」
そう言って手を振り下ろす妃。彼女の頭上の炎もその動きに合わせるかのようにゆっくりと斜めに落ちていき、勇人に迫る。勇人はそれを見ると刀を両手で構えじっくりと魔力を刀に込めた。刀が帯びる紫色の魔力が強くなる。
「絶て!」
叫びと共に縦横に一度ずつ振られた刀は炎に向かって魔力の斬撃を十の字を描いて放つ。炎と斬撃が触れると少しの間互いに拮抗するが斬撃が炎を四つに切り裂いた。
「神剣よ。数多の伝承を示せ」
今度は勇人が先に動く。刀を妃に向けるように構えてそう唱えると腰の呪符が十枚、独りでにケースから離れ宙に浮かび、勇人の周りをゆらゆらと回った。
「十転!」
その言葉と共に周りの呪符が刀に姿を変える。刀それぞれが勇人の持つ刀が纏う魔力と同じものを帯びていた。
「ゆけ」
勇人が妃の方に持っている刀を振りかざすと周りの十本の刀が妃に刃を向け放たれた。炎が妃を守るように刀を包むがその刀は止まらない。妃は迫る刀を確認し、おのれの拳を見て一歩踏み出す。彼女は一本目、二本目を同時に右手で破壊、三本目を左手で破壊し、その重心の傾きを利用して右足で回し蹴りをし、三本同時に破壊した。あとから迫る残る四本を確認すると勇人に向かって高速で突っ込む。炎を纏った状態で高速に動くそれは隕石のようで刀が当たるが弾け飛んでしまった。それを見た勇人はさきほどと同じように魔力を込めて刀を構える。
「ドンッ!」
勇人が振り下ろした刀と突っ込んできた妃の拳がぶつかり地面が振動する。そのまま両者は二、三発打ち合い、共に一歩後退した。
「ははは」
妃が笑う。彼女の拳の炎がさらに赤みを、熱さを増す。勇人が表情を変えずに刀を握り占める。その刀にさらなる魔力が注がれ紫色の魔力の黒が深くなった。そうして両者が再び打ち合わんと一歩踏み出した時。晴天の青い空が……薄暗い赤に色を変える。




