和也チームvs妃チーム
やっと戦闘!待たせてすいません
その音は前衛の二人が衝突した音だった。その二人というのは言わずもがな、緋ノ宮妃と雨堤雫。開始の合図とともに突っ込んできた妃に対して雨堤が応戦した形だ。遅れて、八田が魔術を発動する。
「鳴け……」
八田が小さめの声でそう呟いた後に横笛を吹き始めた。音色が競技場全体に響き渡るがこれと言った変化はみられない。
「教介さん、これは何でしょう?」
妃のチームの小柄な女子生徒、青海奈津美が司徒教介に聞く。すると一人で突っ込んでいった妃を静かに見ている教介が奈津美を見て、眼鏡に手をかけた。
「音響魔術ですね。幻術の類です。今は何も感じませんが音色に魔術が含まれますので時間が経つにつれて五感が狂っていきます。厄介な魔術ですので結界をぶつけて防ぐのが一般的ですが、会長には何もするなと言われていますので……とりあえず私たちだけでも防ぎましょうか」
「おい、教介!本当に何もしない気か?」
話していた二人の後ろにいる八田以上の大柄の男子生徒が不満げにそう聞く。書記の岩田五郎だ。
「五郎、あなたの気持ちはわかりますが一度了承してしまった以上、そこは守りましょう。それに会長は「自分がやばくなったら助けろ」と言っています」
「中級組相手に会長がそんな状況に陥るとでも?」
「どうでしょうか、わかりません。しかし、会長の拳打を綺麗に捌いている女子生徒や幻術を発動した男子生徒のレベルをみる限りでは相当の実力ですよ、彼ら」
教介は冷静に分析し五郎にそう言うと、「不動明王円」と呟く。すると三人の周りを魔力が覆った。教介の結界が「音」に含まれる「魔力だけ」の侵入を防ぐ。ちなみにコート全体も同種の結界で覆われているため観戦者や他コートに影響することはない。
「どちらにしても負傷している私では結界を張るので精一杯です。申し訳ありませんが会長を援護することになったら二人にお願いします」
と教介がそう言い終える直前だった。強大な魔力を帯びた槍が教介目がけて飛んでくる。しかしその槍は教介に当たる前に五郎によって潰された。文字通り槍は二つに折れ、原形をとどめていない。
「あとはそうですね、こちらに飛んでくる攻撃を防ぐのもお願いします」
二人の了承を確認すると教介は再び落ち着いた様子で妃を見る。奈津美と五郎も彼に従って、その場でまるで他チームの試合でも見るようにして目の前の戦闘を見始めた。一方の和也は投げた槍があっさりと防がれてしまったことに何故か少し感動していた。
「いやー、あの攻撃があっさり防がれちゃうか。参ったなー」
そんなことを呟きながら槍を投げた方向を見ている。すると後ろで魔術を発動している八田が大きめの声で言う。
「和也と智花ちゃん、緋ノ宮妃以外は参戦するつもりがなさそうだから、二人で雨堤さんを助けてあげて」
「わかった」
八田に言われた通りに和也と智花が妃に狙いを定める。見れば試合開始直後から始まった雫と妃の戦闘はまだ続いていた。
「ほう、私とここまで打ち合うとは。それにあの後ろの大柄の男なかなか面白い魔術を使う。これは案外、本気を出さなければならないかもしれないな」
妃が嬉しそうに言う。その笑みからは余裕が感じられた。対する雫は表情が険しい。とても攻撃に転じらそうになかった。
「くそ!この女。いったいどんな体の構造をしていたら、ただの拳がこんな威力になるのよ!」
実のところ二人はまだ強化の魔術しか使ってない。強化の魔術は術文がいらないほど基礎的な魔術だ。汎用性は高いが本来なら脅威になるようなものではない。しかし妃の拳は驚くほど強力だった。槍を使ってなお、威力で負けていた。雫はそのスピードには十分対応できていたが威力によって押されている。
「水瀬君、森谷さん。なんでもいいからこの女に攻撃して!」
智花が魔力を放つ。放たれた魔力はあまり強くないが綺麗な軌道を描いて妃に命中した。しかし彼女の体はびくともしない。
「その程度の威力では私を動かすことすらできないぞ?」
妃の目が智花を睨むようにして捉えた。和也は「まずい」と感じ急いで智花の下に向かう。しかし、その前に雫がわずかなスキを利用して攻撃に転じ、大きく円を描くようにして槍で薙ぎ払った。妃はそれを完璧にガードするが二人の間に距離が生まれる。
「森谷さん、ありがとう!わずかな隙を作れれば十分よ。ナウマク・サマンダ・ボダナン……」
妃から距離をとった雫は智花に礼を言うと槍を両手で挟むようにして何やら術文のようなものを唱え始める。和也と智花にはそれが何かわからなかった。しかし、妃は聞くやいなや自分の拳に魔力を溜め、先程より多く魔力を帯びたその拳を構える。
「釈天の真言か。そんなものを使えるなら早く使え。私の前で出し惜しみは許さんぞ?」
「うるさいわね!いつ使おうと私の勝手でしょ!だいたい使おうとしたらあなたが突っ込んできたんじゃない」
「ああ……そうだな。じゃあ……もう準備はいいか?」
「ええ、来なさい」
雫が手招きで挑発すると妃が笑って、再び突っ込んできた。試合開始時よりもスピードが上がっている。しかし、それは雫も同様だ。真言を利用した魔術によって体全体が強化され、パワーもスピードも格段に上がっている。
「ふん!」
雫は妃の強烈な拳を槍で受け流すとそのまま槍を一回転させ遠心力を利用して攻撃に転じる。一方の妃は向かって来る槍を躱すのではなく二の腕で弾くようにガードした。本来なら腕が折れてもおかしくない威力だが彼女の腕は鋼鉄のように揺るがない。戦況は硬直する。和也と智花は何とか雫に加勢しようとするが並でないスピードと高度なテクニックが入り乱れる戦闘に立ち入ることができずにいた。
「さて、どうする?このまま打ち合うだけでは魔力の多い私の勝ちだが?」
「どうしましょうか?」
雫は妃の拳を槍で受け止めるとその推力を利用して後ろに飛び跳ね、またしても距離を空けた。妃はその雫の行動に首を傾げるが次の瞬間には再び攻撃を始める。そんな二人の攻防が続き、雫の同じ行動が五回目になると妃はわずかにいらだちを示す。
「どうだ?飛び跳ねているうちに何か打開策は見つかったか?距離を空けたときの仲間の援護を頼りにしているわけではあるまい」
妃の言う通り、二人の距離が空くたびに智花が魔力を放って攻撃をしていた。しかし、妃にあっさりと防がれてしまい、戦況を変化させることなど到底できない。
「あっても言わないわよ。さあ、来なさい。それとも案外あなたもばてているの?」
雫の再びの挑発を聞いた妃の拳にさらに魔力が蓄積し、彼女の両手が赤く光り始める。通常、魔力は青白い透明な物だが彼女のそれは激しい赤の輝きを放っていた。
「先程とはまた一味違うぞ。受けて見せろ」
妃が地面を蹴る。すると妃が消えた……ように見えた。気が付けば雫に急接近している。雫はまだ槍を構えていない。このままでは雫はもろに攻撃をくらうことになるだろう。雫が構え終わる前に妃が拳打を打ち抜く。
「雨堤さん!」
和也が叫ぶ。その瞬間、激しい音と共に地面が衝撃によって揺れた。殆どの者が決着したと考えただろう。会場が一瞬静まり返る。しかし砂煙の中から見えたのはさきほどの妃の拳とはまた別の光だった。
「馬鹿な!音響魔術は私の魔力で打ち消していた。距離感に狂いはないはずだ」
「そう、でも今は目の前に集中した方がいいわよ」
雫が手に持つ、青白く帯電した槍を振りかざす。妃はその攻撃に遅れて対応し、何とか両腕でガードするが大きく後方に飛ばされてしまった。雫の槍が先よりさらに威力を増しているのだ。
「真言の加護を利用して槍にさらに力を付与させたか。中級組では到底扱えないレベルの魔術なのだが……。それはともかく、今問題なのは私にかかっている幻術だな」
妃が自分の体を見回す。彼女に何が起きたか、それはおそらく目の前で見ていた者にしかわからないだろう。先の一撃、彼女の拳は雫には届かず一メートルほど手前の地面を抉っていた。そしてその原因は八田の幻術により彼女の距離感が狂ったから。しかし試合直後に発動されたフルートによる音響魔術の魔力は発動直後から妃自身によって防がれている。
「別の、視覚に直接影響するタイプの幻術と考えるのが妥当か。もう少し解析したいところだが……そんな猶予はなさそうだ」
「今度はこっちから行くわよ。覚悟しなさい」
またしても二人による打ち合いが始まる。威力、技術、スピードそのすべてが互角だ。しかし妃の顔が歪む。彼女の拳は時々大幅に狙いを誤り、空を切った。そして雫はその隙を見逃さない。徐々に雫が妃を押していく。
(勝機!)
雫は再び、難しい言葉をブツブツと呟き始める。すると槍にまとう光がさらに強くなっていき、槍の鉄の部分を覆って一本の光の棒になった。
「八田君!」
雫が八田の名前を叫ぶと彼は待っていたかのようにフルートを吹くのを止め、そのフルートを剣のように左から右に真横に振った。何も起こらない、雫と八田にとっては。和也は、智花は、妃は、教介は、観戦者はこの時初めて気づく。五十センチほどの近距離で打ち合っていたはずの二人の間に一メートル以上距離があることに。
「なるほど、どおりで当たらんわけだ」
妃の感心したような言葉の間に雫は一歩、二歩とバックステップし、さらに距離をあけた。二人の間は五メートルほど。このときを待っていたかのように雫の目が見開き、目の前にいる妃を捉える。
「真言開放!疑似槍よ、貫きたまえ」
雫が叫ぶようにそう言うと槍に青い電気が纏う。その輝く槍を見て、観戦者たちがどよめいた。妃を写していたカメラが雫に移る。さらにフルートの演奏を止めていた八田が今度は魔術を発動した。強化系の魔術。もちろん強化対象は雫が持つ槍だ。
「緋ノ宮妃、受けてみろ!」
雫が槍を大きく振りかぶって……投げた。槍はまっすぐ、凄まじいスピードで妃に向かい彼女を貫かんとする。一方の妃は雫の術の発動から投擲までを黙って見ていたが槍が目前に迫るとその槍に向かって右手の拳を突き出した。
「緋よ!」
妃のその叫びと共に彼女の拳の先に球形の火が生まれる。その火は小さい。迫る雷槍を止めるにはあまりにも弱いように思われた。しかし槍が火に触れるとその頼りない火は彼女の拳を中心に回り始め、徐々にその大きさを増していく。気が付けばその直径は人三倍ほどになっていた。その強力な炎が槍を受け止める。その熱気に再びどよめく観戦者。一方の槍も簡単には止まらない。疑似的にとはいえ真言により、かの必勝の槍となった一撃はそう簡単には止めることはできない。
「魔術と体術の技量や幻術を使っての攪乱、またそのコンビネーション、見事だった。しかしパワーが足りんな。どれだけ策を練ったところでパワーに押しとおされてはそれまで。そして貴様らが将来戦うことになるのはそういう相手だ。悪いが今回は私もそうさせてもらう!」
妃の言葉が終わると同時に炎がさらに大きさを増していく。それはもう家一軒くらいであれば軽く燃やせてしまうほどの大きさだった。その圧倒的な威力に槍に纏う雷が削れていってしまう。ふと、拳に魔力を集めている妃の目に雫の表情が写った。その顔には……笑顔だ。妃は八田を見るが彼はフルートを吹いてはおらず、魔術も発動していない。
「だそうよ、水瀬君。あとは頼んだわ。本当にパワー不足か彼を見てから判断しなさい、緋ノ宮妃」
雫が言い終わるやいなや、和也が彼女の後ろから出てきて妃の炎といまだに競り合っている槍を掴む。体に少し電流が流れるが気にしない。槍をしっかり握りしめるとがむしゃらに魔力を流し込んだ。炎に焼かれていた槍の雷が甦ると同時に炎と同様に何倍にも膨れ上がっていき、二つの魔術が釣り合う。炎と雷が削り合いながらその威力を、大きさを増していく。
「ハッ」
叫びながら絶大な魔力を注ぎ込んでいる和也の姿を見て、妃が嬉しそうに笑う。そして妃も自分の拳にさらなる魔力を注いだ。あまりに膨大な魔力のぶつかり合いに何人かの教員や生徒が慌てた様子を見せる。そうして二つの魔力の衝突によって生じた光が術者を、コートを、競技場を覆った。




