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虹の誓約  作者: mosura
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懸念

競技場は噂に違わぬ大きさだった。周りにはスタジアムの観客席のようなものがあり、五千人以上の生徒がコートの中に収まった。ここなら模擬戦も何試合か同時に行えるだろう。その広い競技場の中央に生徒が整列している。彼らの視線の先にはこの暑い中一切の乱れなくタイトスーツを着た三十くらいの男、笠原優一がいた。

「はいはい、皆さん。それでは模擬戦を開始する前に最終確認をさせて頂きます。といっても殆どのことは事前に端末に送らせて頂いたものに書いてある通りです。対戦相手も把握済みでしょう」

そう言ってニヤッとする笠原。その笑顔はこれから起こる「何か」に期待しているようだ。

「あとは武器についてですが、基本的に申請していたもの以外は使えません。それから直接の殺傷能力があるものは学園側で貸出するものを使用して下さい。貸出は10番ゲートの近くのカウンターにて行っています。」

そして少し間をあける。全体を一望して再び不気味な笑みを浮かべ切り出す。

「最後にですが……もし何らかの緊急事態が発生した場合、皆さんは学園に戻るようにして下さい。あそこには高度な魔術結界があるので安心です。まあ、そんなものを使う機会は永遠に訪れませんよ。説明は以上です。それでは模擬戦頑張ってくださいね」

説明が終わると生徒は自分のチームのメンバーに会うために解散し始める。何人かの女子が笠原のもとに「きゃっきゃ」と喚きながら向かうが教頭が「先生にお話がある」ということで追い払っていた。そんな中で広いコートの真ん中に、一人難しい顔して立ち尽くす男子生徒がいる。黒守勇人だ。左の腰に日本刀、右の腰には呪符の束がセットされている。いつもより少し装備が多い。

「さて、どうするかな」

勇人はそうつぶやくと制服のポケットからスマートフォンを取り出し、スムーズに操作して電話帳を開く。「黒守音羽(妹)」と書いてある欄に来ると電話番号をタップし、続いて「通話」をタップした。呼び出し音が五回鳴った後、相手が出る。

「もしもし?」

「音羽か?俺だ、勇人だ。」

「あ!はい、兄さん。何か御用でしょうか?」

「おまえ、今日の試合の時間帯はいつだ?」

「ええと……ちょっと待ってください。」

ペラペラと紙をめくる音が聞こえる。メモ帳をめくる音だろう。目的のページを見つけたのか「あ!」という声がする。

「午前中の第一試合と午後の第七試合ですね。ずいぶん時間が空いていて、友達にケーキバイキングに行こうと誘われたんですけど、私ケーキバイキングなんて行ったらその後の試合まともにできません」

可愛らしくそう言う音羽。ちなみに第一試合はこの後すぐの10時40分からで第七試合は16時45分からだ。

「なぜケーキ食べたら試合ができなくなる?」

「決まっているじゃないですか!制限時間いっぱいを利用してすべてのケーキを食べつくすんですから」

「よし……つまり暇ってことでいいんだな?」

「ケーキ食べたいんですよ~」

「実は空いている時間に家に帰って取ってきてほしい物がある」

「け~き~」

「わかった、わかった!ケーキは今日の帰りに買って帰る!」

「何を取ってくればいいんでしょう?兄さん!」

急にキリッとした声に変わる音羽。勇人はそんな妹の表情を電話越しに想像して思わず笑顔になる。

「……「からくれない」を頼む」

「え?」

音羽がそう声を漏らし、黙り込む。

「大丈夫か?」

「はい……構いません。しかし、それはどういう……」

彼女の声のトーンが先ほどよりも低くなる。電話越しにでも彼女の緊張が伝わってきた。そんな彼女を気遣ってか、勇人は明るめの声で返す。

「たいしたことじゃあない。ただ少し気になることがあるだけだ。おまえは気にせず模擬戦に集中しろ。」

「そうですか……」

「……」

勇人は通話中のまま、スマホを右耳から遠ざけると左手で腰の刀に触れた。それからそっと刀を撫でると再びスマホを右耳に添える。

「音羽には前にも言ったな。「からくれない」を使うのは今の生活が、関係が崩れるときだ。俺はそれを知った上で受け取った」

「はい」

音羽が重く返事をする。

「いつかはやってきてしまう未来を恐れながらも、それでも俺は受け取った。ならばその使命は果たそう。しかし、だ」

勇人の声が力強く音羽の耳に響く。

「俺では及ばないかもしれない。吸血鬼を倒した程度で得意気になっている未熟な子供だ。もしかしたら俺は重荷を手放してしまうかもしれない。だから、その時は……」

勇人が声を詰まらせる。お互いに声を発することができない。しかし、五秒ほど経ったところで音羽が明るい声で沈黙を破った。

「わかりました!私は兄さんの妹ですよ!任せて下さい。だから、ケーキ忘れないでくださいね」

「……ああ、わかった」

返事を聞いた音羽は「それでは試合の準備がありますので」と言って、電話を切った。

勇人は通話を終えたスマートフォンを眺める。それから大きく空を仰いだ。雲ひとつない広大な空だ。降水確率三十パーセントを疑いたくなる。

「おや、二年の黒守勇人君ではないですか。こんなところでどうしました?もうそろそろ出場者以外のコートへの立ち入りが制限されるのでチームのところにでも行った方がいいですよ」

勇人はゆっくりと頭を戻し、声の方向を見る。そこには相変わらず胡散臭い笑いを浮かべた教員が立っていた。笠原が言った通り広いコートの中央に二人だけが残っている。

「わかりました。ありがとうございます。」

「そうそう。先日の高尾の訓練では大活躍だったそうですね。私も現地であなたの活躍を見たかったです」

「現地には教員の方や生徒会長のチームもいましたから。私が運よく仕留めただけですよ」

「ああ、緋ノ宮妃さんですね。彼女もとても強いです。多くの方が彼女には期待しています」

笑みを浮かべる笠原。一方の勇人も愛想のいい笑みを浮かべながら笠原のことを見ている。

「ですが私は彼女よりあなたに期待していますよ。あなたには緋ノ宮妃にはない物がありますからね」

「彼女にないもの……か。ところで先生は、試合中はどちらに?」

「私は各試合の見回をします。たまにテンション上がっちゃって、勝負が付いた後でも攻撃して相手を半殺しにする生徒が出てくるんですよ。私はそんな生徒を止めに入らなければならないので」

「ははは」と笑う笠原。

「おっと、そんなことを言っていたら十時を過ぎていますね。そろそろ第一試合の準備があるので私はこれで失礼します」

わざとらしく左腕の時計を見ながら、教員待機場所に去っていく笠原。勇人はそれを「お疲れ様です」と言って見送る。そしてもう一度空を、まるで虹でもかかりそうな空を見上げる。

「全く、ふざけた教員だ。この空みたいに……な」

勇人は書く装備を一通り触れて、制服を整えるとチームが待つ観戦席へと向かった。






雨堤雫は長い列の前の方に並んでいた。武器貸出の列だ。競技場に着き次第、三人と別れ武器の貸し出しに来ている。その列の先には様々な種類の武器が見えた。剣、刀、槍、銃などオーソドックスなものから鎌やクナイなど需要が限られたものまで揃っている。そのすべての武器は学園側が貸し出している特別製だ。各武器に相手に重症を負わせないための高度な魔術がかけられていて、例えば剣であれば刃の部分に魔術がかけられており、ダメージは与えるが切り裂きはしない。

「さて、どれにしましょうか」

順番が回ってきた雫がそうつぶやく。彼女は一通り見まわしてから貸出係りの眼鏡をかけてボーッとした男子生徒に手招きをした。

「ちょっとあなた、貸出している中で一番大きい武器はどれかしら?」

そう聞かれた男子生徒はゆっくりと雫を見た後、少し考えて「あ~」と言い、奥にゆっくりと消えていく。雫がそのノロノロした動作に怪訝な顔をしながら待っていると男子生徒が今度は「おっとっと~」などと言いながら巨大な鉄の塊を運んできた。五十キロはあるのではないかとおもわれる鉄槌。彼はそれを「よいしょ!」と言って床に置き雫を見る。

「これなんか如何でしょう?」

「結構よ!というかよく運んできたわね……」

呆れた顔で即答する雫。断られた彼は「そうですか~」と少しがっかりして言い。再び奥に引っ込む。そうして今度彼が持ってきたのは槍だった。長さは三メートル弱、重さが十キロほどの長槍だ。彼女が持つにはあまりにも大きいように感じられる。

「どうでしょう?」

「うーん……。持ってみてもいいかしら?」

「どうぞ」

男子生徒が雫に手渡す。雫はそれを受け取ると何回か手を上下して重さを確かめ、槍を持ち直してグルンと何度か回した。並んでいた生徒が彼女から距離を置く。回し終えた雫は満足そうな顔をしていた。

「うん。これでいいわね。それじゃあこの槍を二本貨してちょうだい」

「ええ!二本ですか?それは少し重いとおもいますけど……」

「ええ、そうね。まあ、あなたが持ってきたそこの鉄塊の方が遥かに重いと思うわよ」

無事に?武器を借り終えた雫。彼女はその体には大きすぎる槍を二本抱えながら和也達の下へ戻ろうとする。本来なら魔術を使い、腕を強化して槍を持つのだが、この後戦闘が控えているので最低限の強化で運んだ。そのため重い。時々バランスを崩して他生徒にぶつかりそうになる。

「手伝おうか?」

雫に声がかかる。声だけで誰なのかわかった彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をして振り向く。彼女の予想通りの男がいた。黒守勇人。菜ノ原怜も一緒だ。

「結構よ。このくらい自分で持てるわ。それとも……何か御用かしら?」

「いや……特に用はないな」

「そう。それじゃ失礼するわ」

そう言って雫がバランスを崩しながら立ち去ろうとする。勇人は怜と顔を合わせ、軽く笑って肩を軽くすくめた。

「実は用って程のものではないが……緋ノ宮妃のチームの追加の情報を手に入れたからな。君に伝えておこうと思ってね」

勇人は雫が持つ槍を一本、後ろから支えるようにして持ち、再び声をかけた

「……ありがとう。でも、どうして私に教えるの?水瀬君でも、森谷さんでも、二人が心配なら八田君にでも連絡して教えればいいじゃない」

「確かに、本当は和也に伝えるのが一番楽なんだがあいつらはまだそこら辺よくわかってないからな。昨日も「本当に武器いらないかな?」って聞いてきた。で、八田でもいいわけだが……前に会った時の雰囲気から君がリーダーのように感じたからな」

「そう……。わかったわ。で、その情報って?」

怜が勇人の横に並び、険しい顔で雫を見る。

「先日あなたにも話した司徒教介の怪我についてだ」

「ええ……」

「……。報告書等には結局軽傷としか書かれていなかったが治療を行った病院の方のデータを明が調べた。運ばれた治療室や使われた器具、最高クラスの解呪の使用者が同伴したことから「吸血鬼の爪」によるものの可能性が高い」

「「吸血鬼の爪」?本気で言っているの?」

先程とは一転して驚いた様子の雫。「吸血鬼の爪」とは未だ吸血鬼にのみ利用が確認されている強力な魔術だ。発動時には人間には聞き取るのが不可能な音波を発し、周囲三メートルに無数の斬撃を生み出す。おまけにその斬撃にはさらに魔術が施されており、かすっただけでも人間なら一時間ほどで死に至らしめる。普段から高度な魔術を駆使する吸血鬼だが、この魔術は別格だ。その証拠に人間はこの魔術を解明できていない。時には魔女の真術すら解明してみせた有数の魔術機関が未だ解明できていないのだ。

「その場にいた俺たちも「吸血鬼の爪」が発動されたことは知っている。一人犠牲者が出たのもそれが原因だ」

「彼、よく生きていたわね……」

「司徒教介自身は魔術の発動には早めに気付けたからな。幸いにもかすっただけで済んだのだろう。現地には医療担当の教員もいたから魔術も早い段階で解除することができていた。だが……」

「まだ後遺症は残っている?」

「そんな生優しいものじゃない。本来なら魔術の使用を控えるようなレベルだ。彼が力を出せないのは間違いない。そう考えれば件のふざけたフォーメーションにも納得いく」

「なるほどね。司徒教介が戦闘に参加できないからあのフォーメーションは必然的。これで実質二つのアドバンテージを得たということになる。でも……」

雫が勇人をじっと見る。何を考えているか探っているかのようだ。しかしそれでも勇人は笑みを崩さない。雨堤は「はぁ~」とため息をつく。

「わかったわ。ありがとう。それじゃあ行くわね」

淡々と告げて雫は二人に背を向ける。気が付けば入場ゲートの近くまで来ていた。

「ああ、頑張ってくれ。あと最後に一つ、お願いがある。模擬戦のためとはいえ折角二人とチームになったんだ。これからも面倒見てやってくれないか?君みたいなしっかり者がいてくれると安心だ」

「八田君は?」

「ああ……そうだな。じゃあ、あいつも頼む」

「酷いわね……」

雫は八田のヘラヘラした顔を思い浮かべる。なんだか彼が気の毒に思えてきた。

「考えておくわ。水瀬君はだらしないし、森谷さんは時々私をからかうし、八田君は下品でふざけているし……ろくなチームじゃないわ。でも私はあの雰囲気は嫌いじゃない」

雫は下を向きながらそう言うと

「あなたも水瀬君と森谷さんをもう少し気にかけなさいよ。あなたなら守れるかもしれないのだから……」

勇人がその言葉にビクッと反応する。しかし、雫は彼のその反応を気にせず、勇人達の前から早歩きで立ち去って行った。雫が見えなくなったのをしっかりと確認した怜は勇人を心配そうな目で見る。

「大丈夫か?」

そう聞かれた勇人は何事もなかったかのように怜を見て、不思議そうな顔をする。

「ああ、大丈夫だよ」

「……」

怜はなおも心配そうに勇人を見る。それから彼に一歩二歩と近づいた。綺麗な黒色の長い髪が風で靡いて勇人の頬に触れる。

「もうすぐおまえの友達の試合が始まるぞ。見るだろう?明と千恵に先に席を取っておくように言っておいた」

「そうか、じゃあ戻るとするか」

勇人が観戦席と逆方向に歩き出す。

「黒守、席は向こうだぞ」

「さっき見かけた売店に寄っていこう。二人に何か差し入れでもしないと文句言われかねないからな」

「私もプリンでも買うとするか」

「怜は本当にプリン大好きだな」

「う、うるさい!」

人が少なくなったゲート前の大きな道を二人が歩いて行く。時刻は十時二十分。いよいよ模擬戦の第一試合が、戦いが始まる。


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