日本の剣
道明寺神子が登場!です
「神子さま、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま」
優しそうな顔をした七十歳ほどの男性が、車から出てきたこれまた七十歳ほどの女性を深いお辞儀で迎える。その女性は自分のお屋敷ほどもある大きな家を見まわすと持っていた杖を突きながらゆっくりと歩き始める。
「改めて見ると大きい家ですね。こんな婆には勿体ないですよ」
「世界に並ぶ者のない最強の七人。その一角であるあなたが住むには狭すぎると思いますが……」
「また、心にもないことを。どうせ、部屋の一つでもよこせ!とでも思っているのでしょう?」
「バレましたか」
「ほほほ」と二人の老人が笑った。女性はドアの前まで来ると「道明寺」と書かれた立派な立札に触れ、老爺によって開かれたドアから自宅に入る。道明寺神子。それが彼女の、日本最強と言われる魔術師の名前だ。二人は玄関で靴を脱ぐと先程と同じ、ゆっくりとしたペースで長い廊下を歩いて行く。
「神子さま。この後はどうなされます?」
「そうですね……のんびり温泉にでも浸かりたいところですが一つ早めに確認しておきたいことがあるので、まずはそれからですね」
「それは一昨日、手紙で連絡された?」
「ええ、その件です。何かわかりましたか?」
老爺の目がさきほどの優しそうなものから一変し、鋭くなる。それを見た神子の表情からも笑顔が消えた。
「どうやら吸血鬼の出現は事実のようです。国防省に問い合わせたところあっさり肯定されましたので」
「しかし海外には、少なくとも我々「騎士団」の耳には届いていませんよ。隠す必要がないのであれば早急に国家単位で話し合うべきなのですがね」
「此度の政府の対応は理解に苦しみます。隠すわけでもなく、かといって公開するわけでもない。意図が見えません」
「……」
廊下の一番奥まで来ると二人は何も言わずに別れる。神子は大きなテーブルに腰かけ、老爺はキッチンに向かった。彼は慣れた手つきで茶を入れ始める。
「久しぶりにあなたのお茶を飲めます。海外では紅茶ばかりでしたので嬉しいですね~」
「それは恐縮でございます。……どうぞ、お召し上がりください」
老爺はお茶を神子の前に置く。神子はそのお茶を二、三秒見つめ、そっと息を吹きかけて一口啜った。
「はぁ……。水瀬薫子、彼女が生きていたなら私はこのお茶を今日までに何度も飲むことができていたでしょうに」
「それはそれで飽きてしまわれるでしょう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながらお茶菓子をテーブルに置く老爺。
「それに次世代の力もどうやら侮れそうにありませんよ。先の件で吸血鬼を討ったのは学生のチームだそうです」
「緋ノ宮さんではなくて?」
「ええ、確か……黒守勇人さんという東京の魔術学園の二年生です。緋ノ宮妃さんも戦闘には参加したみたいですが記録ですと彼の討伐になっています」
「黒守勇人さん。知りませんね。まあ、今からその記録や吸血鬼との戦闘に参加した者を調べていくつもりなので彼についても色々わかるでしょう」
「東京の緋ノ宮、大阪の神崎、そして今回の学生さん。国内だけでも未来の強者は多いですよ。まあ、あなたを越える者はそうそう現れるとは思いませんが。おっと、おしゃべりが過ぎましたな。資料を持ってきますのでお待ちください」
老爺が笑いながらゆっくりとリビングを出ていく。神子はその後ろ姿を見送りながら一口お茶を啜り、さらに正面を向いてもう一度啜る。
「ふふ、相変わらずマイペースな人ね」
そう嬉しそうに呟くと持っていたお茶を置いて、ごつごつとしている自分の手の平を見る。窓からはいくつもの高層ビルの中で独特の雰囲気を放っている魔術学園の屋根が見えた。
太陽の光が地面を照りつける。まだ春の半ばだというのにその光は真夏のもののように感じられた。光の上をいくつもの人影が一つ、また一つと通り過ぎていく。一人の女子生徒がそんな太陽のエネルギーに呼応するかのような元気な声でチームメイトに話しかけていた。
「コン吉さんはね、私が時間をかけて各部にゆっくりと魔力を注ぎながら作ったの。だから体の各所に魔力が貯蓄されているんだ」
森谷智花が自分の鞄に付いた大きめのストラップ型の縫いぐるみ、コン吉さんを手に嬉しそうにそう言う。一方で先程から彼女の縫いぐるみに関する話を聞かされている小柄の女子生徒、雨堤雫は苦笑いで浅めの相槌を打つ。彼女たちが歩いているのは学園の敷地内の大きな通り。両サイドには巨木が何本と乱立しており、小さな森のようになっている。学生たちはこの森により公共の道路などからは隔たれていた。この道の先にあるのは学園が所有するスタジアム並の大きさを持つコート。二時間後には模擬戦が開催される場所だ。その形状から学生たちからは「競技場」と呼ばれている。
「そ、そう……。そういえばその縫いぐるみ、戦闘にも役立つと言っていたわね。どのようにして使うのかしら?」
「うん!説明は難しいけど……簡単に言うとね、私たちを守ってくれるの。魔術とかの攻撃を弾いてくれるんだよ」
「ふーん、自動で魔術障壁を張ったりするのかしら。まあ初戦は防衛が多くなるでしょうから披露する機会もあるでしょう。その時まで楽しみにしているわ」
雫は縫いぐるみを使用した戦闘と聞いたとき真っ先に「騎士団」の幹部の一人が使う屍を利用した傀儡を思い出していた。もしかしたら彼女の縫いぐるみもその類の魔術が組み込まれているのかもしれない。そんなことを考えていると後方からやかましい声が聞こえてくる。
「いや、だからな。俺にも音羽ちゃん紹介してくれよ」
「嫌だよ!友達の妹を勝手に紹介するとか完全に変質者じゃないか。せめて勇人本人に頼んでくれ」
「あいつにだけは無理……。お!智花ちゃんに雫ちゃん。わりぃー、待たせたな」
「わりぃー、じゃないわよ!こういう日に限って忘れ物とかしないでくれる?」
「いやー、俺これ無いと本気出せないからな」
「はぁ、まあいいわ。水瀬君も大丈夫ね?」
「ああ、悪い。大丈夫だ」
いつもと集合時間を勘違いして登校してきた和也と忘れ物をしたらしい八田が同時に歩いていた二人に合流する。雫は模擬戦当日にも関わらず、いつもと同じ様子の二人をやや呆れたようなそれでいて安心したように確認すると「ふぅー」と一息付く。
「お、雫ちゃんどうしたの?何か疲れてない?」
「大丈夫よ。というか、その呼び方次したら死んでね?」
雫が八田に冷たくそう言い放つ。八田はそれを聞いて「えー」と言いながらニヤニヤ笑った。
「さて、全員そろったことだしこの後の予定をもう一度皆で確認しましょうか。競技場までいったら九時半からコートで開会式みたいなものがあるらしいからコート上に全員集合」
「開会式みたいなもの?」
和也が雫のよくわからない言い方に対して疑問を口にする。
「あ、それは私も一昨日送られてきたメールを見て変な書き方と思ったかな。模擬戦の前に三十分くらい時間を取ってあるんだけど、予定には「はじまり、はじまり」ってかいてあるんだよね」
和也の疑問に智花が答える。雫も同じ感想を抱いていたようだ。
「なんか物語でも始まるみたいだ」
「始まるのは緋ノ宮妃のストレス発散みたいなもんなのにな!」
和也と八田が「はは」と笑う。
「全く、このメールの文考えた奴誰かしらね。まあ、何にしても九時半にコートに集合と書いてあるし集まれば大丈夫でしょう」
一同が頷く。
「で、十時四十分から第一グループの試合が始まる。私たちは第二グループだから一回戦は十一時四十分からよ。入場が始まる二十分前までに各自準備をして入場ゲートに集まって。ちなみに私は武器の貸出があるから着くのは十分前くらいになると思う」
「和也、武器貸出は?」
「ないな。智花は?」
「私もないよ」
「あら、みんな無いのね。どっかで暇でも潰していてちょうだい」
和也と智花がどうするか話していると、八田が試合をみないかと誘ってきたので、三人は間の時間を試合観戦で潰すことにした。ちなみに競技場にはスタジアム同様観戦用の席が設けられているので学内のものであれば自由に試合を見ることができる。
「あとは……そうね……。みんな昨日確認したことを試合前にもう一度チェックして。特に陣形と試合開始直後の動き、それから自分がするべきこと。特に水瀬君、あなたの役割は一番重要よ。しっかりしてね」
「わかった」
和也が力強く言い、智花と八田が頷く。ふと、前を見ると大きく視界が開けた。既に千を越える学生や教員、その他関係者が競技場に集まっている。和也や智花にとって実際にくるのは初めてで、二人はその大きさに驚いていた。
「凄いな……。そういえば智花、俺たちが来る前に雨堤さんとは何話していたんだ?」
隣で一緒に驚いている智花に和也が聞く。すると智花はとても嬉しそうな顔をした。
「それがね!コン吉さんについてお話ししていたの」
「コン吉さんっていつも鞄に付けているその縫いぐるみだよな?雨堤さんも縫いぐるみ好きなのか?」
「違うわよ!」
和也達の前にいた雫が急に振り返り、コン吉さんを指さしながら聞いた和也に向かって怒鳴るように否定する。
「私はただ森谷さんの戦闘スタイルを知りたかっただけ。縫いぐるみなんてこれっぽっちも……」
と勢いよく切り出した雫だが、途中から智花が悲しそうな顔をしていることに気が付く。まるでコン吉さんのように真ん丸とした智花の目が彼女を見た。
「もしかして雨堤さん……コン吉さんのこと嫌い?」
「そ、そんなことないわよ!コン吉さんは好きよ!ただ話の趣旨が……
慌てて弁解する雫。するとそんな彼女を見た三人が「あははは」ととても可笑しそうに笑いだす。悲しそうだった智花まで笑顔だ。
「ごめん、ごめん、雨堤さん。気にしてないから大丈夫だよ!」
一瞬きょとんとする雫だが、すぐにからかわれたことを理解し顔を赤くする。全くこの三人組には困ったものだ。彼女は未だに爆笑している八田を睨み「ふんっ!」と言って再び歩き出した。そんな彼女を見て三人は再び笑う。そして彼女の背中に続いて再び歩き出した。競技場へ……。




