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虹の誓約  作者: mosura
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情報収集

雨堤雫は怒っていた。足を組んで不機嫌そうに眉間に皺を寄せて前を見ている。彼女が怒っているのはとても理不尽な理由から。和也の魔術が三日経っても一向に魔力の切り離しができそうにないことや智花が朝のクソ早い時間からクッキーやらサンドイッチを持ってきては練習を妨げてくれること、チーム内での呼び方が「お嬢」になりかけたことにも少しはイライラしていた。しかし彼女はその程度で怒るほど短気ではない。今回彼女を不機嫌にしているのはもっと重要なことに支障が出たからだ。

「なんで……なんで一回戦の相手が緋ノ宮妃のチームなのよ!」

「しょうがないだろ!抽選なんだから。俺に任せるって言ったじゃん?」

「だからってまさか緋ノ宮のチームに当たるとは思わないわよ!チーム全部でいくつあると思っているの?」

騒ぐように雫と八田がそう言い合う。今日は土曜日。予定されていた模擬戦の対戦相手の抽選日だ。この日を境に各チームの練習や模擬戦のムードは本格化するだろう。しかし和也のチームはまさかの抽選結果にやる気を落としていた。

「でもほら、緋ノ宮妃と戦える機会なんてなかなかないんだし、むしろラッキーじゃね?」

「じゃあ、あなたが前衛で後の三人は後衛ね」

「それ死ぬから」

「はぁー」とお互いため息をついてうなだれる。無理もないだろう。千を越えるチームの中から最悪のものを引いてしまったのだから。彼らのチームは全体では強い方だろう。雫や八田は言わずもがな、和也は近接戦闘であればそれなりに強いことがここ三日の練習でわかったし、智花も魔術の扱いには長けている。しかし相手が悪すぎる。緋ノ宮妃のチームは世界でも学生としてならば最強クラスのチームだ。勝ち目は薄い・……というか無。

「で、どうする?対戦相手も決まったんだし、陣形の確認とか対策を練った練習とかするべきだろ」

和也が言い合っている二人に向かって言う。和也の言葉を聞いた二人は意外そうな顔をすると再び顔を見合わせて黙って座った。

「その通り……ね。とりあえず緋ノ宮妃のチームについて情報をそろえましょうか。と言ってもわかることはあまり多くない。こういうときデータベースのアクセス権があると便利なのよね」

雫がそう言いながらスマートフォンを出してスライドしていく。和也は雫の言葉に首を傾げた。

「データベース?どっかで聞いたことあるな」

「データベースってたしか学生の能力がまとめて記載されているところだよ、和君」

智花のその言葉を聞いた和也が「あ!」と声を出す。

「なんか勇人が前に言っていたな。たしかアクセス権がスゲー限られているんだっけ?」

「一万近い生徒を抱える学園でアクセス権を有している生徒は五十人のみ。所持者は全員上級組。黒守勇人のチームにもいるわ。来栖明よ」

「勇人に頼んで見せてもらえないかな?」

雫がスマホから目を離して和也を見る。八田も起動していたゲームを止めて和也のほうを見た。

「それは駄目なのよ、本当は。プライバシーや重大な情報に繋がるからチームのメンバーしか見ることが許されていないの」

「でも権利所持者が見せるのを許可した場合それを防ぐ手段はない。網膜認証も本人のものだけだからな」

「だから許可が得られれば見ることは可能ね」

「つまりだ。黒守に頼んで来栖明が許可すれば俺らも見ることができる」

二人が和也に迫る。

「「よろしく!」」

「わ、わかったよ。連絡する」

和也は鞄からスマートフォンを取り出し、LINEで勇人にその旨を伝える。しばらくアプリを開いたままで待っていたが既読が付かないのでアプリを閉じて、スマホを机の上に置いた。

「しばらくしたら返事がくると思う。それまでほかに話し合うことあるか?」

「相手のことがわからないうちは自分たちのことを考えましょう。森谷さん、前回使ったノートはある?」

智花が三日前に使ったA5サイズのノートを取り出し、雫に手渡す。雫はそれを受け取ると前回記入したページに軽く目を通し、次の見開きのページを開いて机に置いた。

「変更点はあるわ。と言っても戦術の変更は少し。大きなのはもっとこう……気持ちの問題みたいな……」

和也と智花が、よくわからないという顔をする。雫はそれを見ると困ったような顔をして持っているボールペンをいじり始めた。その様子を見た八田は「はは」と笑い、雫の言葉を補う。

「簡単なことだ。俺たちは昨日まで勝ちを取りに行く戦い方を考えきた。でも正直これはキツイ。個人の力にも、チームとしての力にも差がありすぎる」

「諦めるってことか?」

「いいや、もちろん諦めるつもりはない。全力を尽くす。変更するのはその全力の尽くし方だ」

「全力の尽くし方?」

「のんびり頑張るとかかな?和君」

「それ全力って言わなくない?」

「そっか」

智花が恥ずかしそうに下を向く。

「わかりやすく言うとだ、勝つために全力を尽くすんじゃなくて、自分たちとしての全力を尽くそうってこと。模擬戦だから勝ちにこだわりたいところだがそれは二戦目以降に回そう。初戦は俺らのやれることをやる。そうすればチャンスも来るかもしれないからな」

雫と智花が少し笑って頷く。しかし和也だけは以前不思議そうな顔をしていた。

「なんかわからないことでもあるか?」

「なんというか、それ……今更だわ。俺はずっとそんな感じで挑むつもりだった。正直、周りを見ている余裕なんてないからさ」

八田がそれを聞いて笑う。その表情は嬉しそうだ。

「それでいいと思うぞ。上手くいけば生徒会長を孤立させることくらいはできるかもしれない。その時はおまえと雨堤さんで頼むわ」

雫は八田を鋭い目で見る。しばらく見た後、大きくため息をついて和也に視線を移した。

「いいわよ。最悪、緋ノ宮妃は私一人で相手してみせる」

「ほう。あの女を一人で?これはなかなか頼もしいメンバーだな、和也」

不意な雫の後方からの声に一同がそちらを向く。そこには四人の男女がいた。自分たち中級組とは違う制服。彼らを見ると周りの生徒がぼそぼそと何かを呟き始める。

「お、勇人!全然気が付かなかったわ」

「黒守君、こんにちは」

「うっす!」

三人が挨拶する。勇人はそれに手を挙げて答えた。雫だけが険しい顔をして勇人を見ている。

「初めまして、雨堤雫さん。二年上級組の黒守勇人だ」

「初めまして。ところでなんで私の名前を知っているのかしら?水瀬君から聞いたの?」

「いや、君ほどの実力の持ち主ならどのチームに所属しているかの情報くらい出廻るさ。明ならパパッと調べてくれる」

そう言って勇人が明を紹介した。雫が勇人の後ろにいる来栖明を見る。すると視線を感じた明は雫を見るといかにも嫌そうな顔をした。

「おい、勇人。生理的にそいつは苦手そうだ。紹介しないでくれ。というか先に行っていていいか?」

明がそう言ってその場を立ち去ろうとする。

「まあ、待ちなさい。生理的に受け付けないところ悪いんだけど、ちょうど私たちはあなたに用があるの。聞いてくれないかしら」

「ほう」

それを聞いた勇人が明を呼び戻す。明は一瞬嫌そうな顔をしたが素直に戻ってきた。

「頼みとは?おそらく模擬戦についてだろう?なんせ相手は生徒会長だそうじゃないか」

「勇人、LINE見てないか?」

勇人がスマホを取り出し、画面を見る。そこには和也からのもの以外も大量の通知が来ていた。

「む、やばいな。和也に音羽に……。通知って気が付きにくいよな」

勇人が慌ててスマホを操作し返信する。

「で、頼みとはなんなのだ。可能な限り協力しよう」

勇人に代わり隣にいた怜が聞いた。

「さっき勇人が言ったように模擬戦の相手は生徒会長に決まってさ、まあとにかく頑張ろうってなったのはいいんだけど、相手の情報がなくて作戦とか考えられないんだ」

「だからデータベースのアクセス権を持っている明さんに調べてもらったり、見せてもらったりできないかな?と思って黒守君に連絡したんだよね」

和也と智花が怜にそう言う。それを聞いた怜は黙って頷くと和也と智花を交互に見た。

「なるほど。つまり明のアクセス権で敵の情報を調べたいということだな」

「ああ」

「悪いがそれは無理だ。知っての通り、アクセス権はプライバシー的に重大な情報。本来は生徒が見るようなものではない。おまえたちが悪用しないことはわかっているがうかつに公開するようなものはないし、何よりこういう後ろめたいことはしたくない」

「そうか……」

残念そうな顔をする和也と智花。その表情を見た怜は「悪いな」と小さく呟く。一方で怜が断ったのを確認するように聞いていた雫は、返信を終えホッとしている勇人を見て話し始めた。

「しょうがないわね。もしかしたらとも思っていたけれど、真面目なあなた達なら断ると思っていたわ」

「別に俺はいいと思うんだけど……あ、はいはい。冗談です。ごめんなさい菜ノ原さん」

勇人の呟きに反応して怜が睨む。雫はその様子を一瞥し再び話し始めた。

「データベースはもういいわ。じゃあ、あなた達の知っていることで緋ノ宮妃のチームに関する情報はないかしら?特にあなた、来栖君」

一同の視線が明に集まる。明は再びいやそうな顔をした後、面倒くさそうに頭を掻いて近くの椅子に腰をかけた。

「まあ、黙っていてもいずれわかることだからな。どういう意図かわからないが緋ノ宮妃のチームは当日の陣形を公開している。ほら、このサイトだ」

和也のチームの四人が見える位置に、明によって開かれたサイトが画面に映し出されたタブレット端末が置かれる。四人はそれをのぞき込むようにして見た。雫はサイトのURLを智花のノートにメモしている。

「えっとー、前衛一の……後衛三?はあ?緋ノ宮妃って馬鹿なのか?」

今まで黙っていた八田が大きな声で明に聞く。無理もないだろう。画面に表示されていた陣形はそれだけありえないものであった。前衛に一人、後衛に三人を配置する陣形。魔術師がこの陣形を使うことは非常に稀であり、普通の魔術師であれば生涯に使う機会はまず訪れない。

「強力な個体、例えば天使〈セラフィム〉や吸血鬼と相対したときの陣形ね。緋ノ宮妃という超強力な前衛がいることを考えれば全く理に適ってないともいえない。とは言っても魔術師同士の戦いである模擬戦においては非効率的過ぎる。正直あてにできないわね」

「普通は情報戦の一環と考えるだろうな。陣形はともかくそれを公開する意味はまるでないのだから。でも、だ。緋ノ宮妃ならそうとは限らない」

「何か別の意図があるってことか?」

八田、雫、明の三人が真剣な顔で話し合う。双方のチームのメンバーもその話に聞き入っていた。

「あくまで俺の予想だが、二つの可能性を考えている。一つはこれが緋ノ宮妃のメッセージ的なもので、「陣形を教えてやるからしっかり対策してから挑め」という意味で公開している可能性。これは戦闘馬鹿で有名なあの女ならやりかねない。」

「そうだとしたら、なめられたものね」

「もう一つ、これはもし合っていればかなり有益なことだ」

明の声が小さくなり、八田と雫の顔もより真剣になる。

「俺の知っている限り、この前の高尾での吸血鬼との戦闘に参加したのは緋ノ宮妃チーム、黒守勇人チーム、村津章吾チームに三人の教員。このうち村津章吾チームに所属する二年の男子生徒が一人死亡している」

「やっぱり本当に人が死んでいるのか。それも俺らと同い年の生徒が……」

明の言葉を聞き、和也は再びその事実を思い出す。勇人が吸血鬼を倒したことや模擬戦の開催などで忘れられがちだが、本来一番気に留めておかなければならないことだろう。やはり魔術師というのは常に死を意識しなければならないのだ。

「この男子生徒の死は学園の皆に知らされている。一方で俺が調べた情報だとこの前の一連の戦闘中に負傷者、それも現地で治癒担当の教員が応急処置をした後に魔術専門病院で治療を受けていることから、重症を負った者が居ることが分かった」

「その負傷者が緋ノ宮妃のチームにいるということね」

「まあな。で、その負傷者というのが」

「司徒教介だろ?」

明が言う前にそう答える八田。明は一瞬顔を歪めて八田を見たが、すぐに表情を戻す。

「正解だ。何故知っている」

「そりゃ、この前の集会での副会長の様子を見ていたらわかるだろ。いつもに比べて動きにキレがなかった。普段は会長の動きにぴったり合わせているあの人が遅れているような場面もあったからな」

「はぁ……大した観察眼だね」

明が嫌味っぽく言う。ふと、彼の視線が勇人を捉えた。勇人は彼らが話し合っているのを嬉しそうに見ている。

「で、まあ司徒教介が負傷しているのはわかったわ。彼は確か中衛主体のオールラウンダー。本来ならば彼が中衛を務めるはずだった。つまり彼が負傷しているからこんなふざけた陣形を取っているということね」

「そういうことだ。以上二つの可能性を述べたところで俺が最終的に言いたいことは何かというと、緋ノ宮妃チームが公表されている陣形以外をとる確率は低いということ。好きに対策するなり、諦めるなりすればいい。言っちゃ悪いがどちらにしてもおまえらじゃああれには勝てないよ」

明は不愛想にそう言うと椅子から立ち上がり、チームメイトの方へ戻る。

「おい、勇人。気が付いていたなら言ってくれ。それに怜さんも。みんな知らないものかと思って、危うく自慢げに語り始めるところだった」

勇人が「はは」と笑い、怜も勇人の隣で遠慮気味に笑う。

「まあ、いいじゃないか。俺も確証があったわけじゃないから調べておいてくれて助かるよ。それにうちのチームにもどうやら知らなかった者がいるみたいだぞ」

勇人の視線が先から何も話していない千恵に移る。と同時にその場にいた全員の視線も彼女を捉えた。急に皆の視線を受けて困惑し、少し怒ったような顔をしながら明を見る。

「し、知ってたし!」

「あ、そう」

「知ってたから」

「わかった」

「死ね、キモオタ。眼鏡」

「あ?」

明と千恵が口喧嘩を始まった。勇人はその様子をいつも通りという表情で笑いながら和也と智花に近づく。

「今、明が言った情報を基になんとか頑張ってくれ。最近、魔術も練習をしているみたいだし、期待している」

「お、なんで知ってるの?」

「先週コートを譲ったのは俺だろう?」

「あ、そっか」

「上達しているか?」

「……まあ、それなりに。それより勇人の方は大丈夫そうか?」

「くじ運は良くてね。怜が見事に強敵と当ててくれた。勝つけどな」

和也の耳に「勝つ」という単語が強調されて響き渡る。自分たちは勝つことができるだろうか?おそらく無理だろう。役立ちそうな情報はいくつか聞いたがそれでも緋ノ宮妃という存在が大きすぎた。和也は勝ち負けにはこだわらないつもりでいた。しかし、勇人の前ではそれを意識してしまう。

「あの、黒守君」

和也が声を聞いて右隣を見ると智花がいた。いつになく真剣な表情だ。和也の隣にピッタリくっついて勇人を見る。

「和君も、私達も勝つから。だから、その……見ててね」

智花の言葉に不思議そうな表情を浮かべる勇人。和也も驚いていた。しかし、勇人は和也を見ると笑う。まるで嬉しいことがあったかのような笑顔だ。

「それじゃあ、俺たちは行く。練習もあるからな。ほら、行くぞ。明、千恵。」

勇人はそう言うと怜に向かって食堂の出口を指さす。それを見た怜が先から喧嘩を続けている二人をなだめに入ると、二人とも喧嘩を止めておとなしくなった。そうして勇人のチームは食堂を出ていく。雫はその様子を見届けると振り返って、三人の存在を確認するようにそれぞれを見た。

「さて、私達も早いとこ練習でもはじめましょうか。ぐだぐだと考えてどうにかなるような力の差でもないわ。でもその前に陣形について、来栖明からの情報と色々考えた結果、この前の状態から変化させたいと思うの」

「待ってくれ。何で変えるんだ?前も言ったが、俺らの目標はベストを尽くすことだろう?そして今の陣形は俺が前衛なことを除けばベストだ。だったら今のままでも良くないか?」

雫を見据えて力強くそう言う和也。雫はそんな和也に笑みを浮かべて答える。

「私を試しているのかしら?水瀬君。今のあなたが一番望んでいることなのだけど……。まあ、いいわ。決まっているじゃない。勝つためよ。勝負にそれ以外の理由がいる?」

雫の返答を聞き、智花が笑顔になる。そして返答後、数秒ほど下を向いていた和也も雫に向かって「わかった」と返事をした。八田は……特に意見はなさそうだ。

「じゃあ言うわよ。あまり大きな声で言えないからしっかり聞いてちょうだい。生徒会長の、緋ノ宮妃のチームに「勝つ」ための陣形は……」


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