特訓
「うーん……なんだ、これ?」
和也を見ながら素っ頓狂な声を上げているのは八田。八田から五メートルほど離れたところには汗をかきながら必死の顔をしている和也がいる。場所は練習場の広場。模擬戦のために多くのチームが使っていて混んでいたがたまたま勇人達が場所を譲ってくれたためすぐに練習に取り掛かることができた。時刻は六時三十分。かれこれ、三時間は魔術の練習をしていることになる
「どうしても切り離せないか。みんな具現化させた魔力を体から分離させる感覚って言っているけど……それどういう感覚だ?」
和也は少し落ち込みながらそう言うと不思議そうな顔で自分のことを見ている友達に向かって手でバツマークを作る。
「やっぱり切り離せない。分離の感覚って言われてもわからないんだけどー」
「ちょっと、智花ちゃん」
八田が和也を見ながら、智花を手招きして呼ぶ。智花はそれに不思議そうな顔をして応じた。
「智花ちゃん。和也の魔術を見てどう思う?」
「特別変なところはないかなー。でも……和君じゃなくて魔力そのものに少し違和感があるかも。どこがどういう風に変かはわからないけどね」
笑顔で軽くそう言う智花。だがそれを聞いた八田は一層難しい顔をする。
「魔力そのものに……か。これは困ったな」
八田が和也の方に歩いていく。
「なんかわかったか?俺自身はなんの原因もわからないわ」
「おまえ全身で魔力を具現化できるんだよな?ちょっとやってみてくれ」
「……わかった」
少し不思議そうな顔をしながらも了承する和也。八田が離れたことを確認すると全身に力を入れ始める。五秒ほどすると和也の体が魔力で覆われ始めた。それから膨張し続けやがて和也を中心に球形に魔力が具現化する
「はい…。で、どういうことですか?八田先生」
和也が聞く。かなりの魔力を放出しているがその表情には余裕が見られた。
「今、おまえの魔力は球形に整っている。それはお前が意識してやっているのか?」
「いや、ただ魔力を放出しているって感じ。形は初めからこれだったから特に考えたこともない」
「なるほど。ちょっと俺がやってみるから見てみてくれ。あ、具現化はやめていいぞ」
「自分のと比較したいからこのままでいいや」
八田は表情を変えずに和也をみると、先程と同様に魔力を具現化させていく。和也より過程がスムーズだ。
「よし、これで完了。どうだ?形が全然違うだろ」
和也がじっと八田を見る。確かに形状が違った。球形で安定している和也とは違い、八田の周りの魔力は蝋燭の炎のようにゆらゆらと揺れて不安定だ。ときどき八田の体から一番遠いところの具現化した魔力が勝手に切り離されていく。
「どっちがいいの?」
「安定させるのは具現化で最重要項目。つまり、おまえのやつは完璧」
何も考えずにやっていた和也にとっては驚きだ。自分がどうして安定させることができているのかわからない。
「安定してないと俺みたいに魔力にムラができる。だから……ほら、今みたいに意識が回っていないところの魔力は勝手に離れていってしまう」
自分から切り離された魔力を指さして八田が言う。切り離された魔力はユラユラと揺れてすぐに消えてしまった。
「球形は超理想的。全身をムラなく覆うことができるうえに魔力の消費も少なくて済むからからな。世界的に有名な魔術師もこれを攻撃や防御に生かすことは多い
「じゃあ俺すごいのか?」
和也が良く分かってない様子で言う。八田は依然として難しい顔をしていた。
「それを意図してやっているなら凄いと思う。しかし自然体がそれだと……困ることが多い。例えば今回みたいに役割を決めるときは候補が狭くなったりとかだ。おそらくおまえの魔力には何らかの異常がある。魔力の量が多く、安定性が頗る高いが、それゆえ切り離せない。異常な安定性が魔力を体から離そうとしないんだ」
「魔力の切り離しが上手くできないのは俺の魔力のせいってことか?」
八田の長々とした説明を理解しきれていない和也が簡潔に聞く。八田はそれに無言で頷いた。
「智花もそう思うか?」
和也が確認のため智花にも聞く。智花は可愛らしく首を傾げて和也を見た。
「なんかね。和君の魔力は体の内側に向かって力を受けているイメージかな……和君が必死に魔力を具現化させて切り離そうとしても魔力の向きは体の中心に向いている気がするの」
魔力が内側に引き寄せられるイメージ。正直和也には二人の言っていることはよくわからなかった。ずっと同じ感覚なのだ。中学二年生で魔術師になる決心をしてからずっと魔力を扱う時の感覚に変化はない。しかし自分の魔力は異常らしい。他者と同じように魔力を扱うのは難しいという。
「そうか……どうするかね」
別段感情の籠っていない口調でそうつぶやく和也。一方の智花と八田は心配そうにその様子を見ている。
「なあ和也。誰か魔力について言われたことないか?例えば笠原先生とかさ」
「うーん……ないかな。あ!でも笠原先生に「あなたはとてもいいものを持っていますね」って言われたことはあるな。でもこれって良い物っていうわけでもなさそうだしな」
「黒守はどうだ?」
「特に言われたことはない」
「じゃあ緋ノ宮妃は?」
「生徒会長?俺あの人と話したことすらないぞ」
「……」
八田が神妙な顔つきで和也をじっとと見た
「八田?なんか大丈夫か?俺のことなら気にしなくていいぞ」
和也がさきほどからいつもと様子の違う八田を心配する。すると八田は一瞬間を置いたがいつもの微妙にむかつく笑顔で和也の方を向く。
「いや、なんでもない。なんかおまえに良い魔術の使い方無いか考えていたけど、それは和也が自分で考えることだ。それとデメリットっぽい雰囲気だけど違うからな。球形の魔力の具現化は学生の最難関の一つだ。この学園で完璧にこなすのは副会長くらいだろ。生徒会長や黒守もできるだろうけど苦戦するらしいぜ」
黒守という言葉に和也が反応する。
「マジで?そう言われると一層やる気出るわ」
「じゃあ和君は自分に合った魔術の使い方を覚えていくのが大事だね。それの練習をしようー」
智花が嬉しそうに言って手を握る。
「あなたに合った魔術の使い方は近接戦闘と併用するスタイルよ。水瀬君」
急に三人の背後から鋭い声がかかった。今日はもう顔を合わせないと思っていただけに三人とも驚く。
「雨堤さん……今日は帰ったんじゃないの?」
「用事が無くなったわ。そのまま帰ってもよかったんだけど、出ていくときのあなたの魔術があまりにもお粗末だったから不安で戻ってきたのよ」
「ツンデレか?」
八田が笑ってからかう。雨堤はそれに笑顔で返した。
「そうかもしれないわね。まあ、あなたには百パーセント「ツン」で、森谷さんには百パーセント「デレ」で相対してツンデレかしら」
「それなんか違う……」
和也と雫が「ははは」と笑う。そして和也が雫を真剣な顔で見た。雫もそれを見ていつもの鋭い表情に戻る。
「俺が近接戦闘に向いているっていうのは本当か?」
「ええ。あなたは大量の魔力を持ち、それの安定した具現化が無条件にできる。手や足、武器に魔力を帯びながら最前線で戦うことを考えればあなたは非常に適しているわ。それに魔力を切り離せないということはつまり遠距離の魔術による攻撃ができないということ。だから近接戦闘しかできないとも言えるわね」
「じゃあ……前衛か?」
「そういうこと。一般的に前衛二人は好まれないだけでチームによって良し悪しは変わるわ。水瀬君が近接戦闘特化型ならこれが妥当だと思う。異論あるかしら」
雫が三人を順に見る。皆、賛成という表情だ。
「で、水瀬君。何か格闘技の経験はある?」
「小中は空手をやっていた。高校入ってからは触れても無いからかなり鈍っていると思うけど」
「和君、全国大会に出てたんだよ。一緒に習っていた黒守君より強かったもんね」
まるで自分のことのように自慢する智花。和也はなんだか恥ずかしくなる。
「ちょうどいいわ。明日から私と前衛の立ち回りや近接戦闘の基本について特訓しましょう」
「わかった」
和也が意気揚々と返事をする。
「じゃあとりあえず授業の一時間前にここに集合してちょうだい」
「え?」
和也の声が曇る。雫はその反応を待っていたかのように意地悪い顔をした。
「え?じゃないわよ。あなたこのままだと一番足引っ張るんだから、頑張ってちょうだい」
「はい」
ため息をつきながら返事をする和也。八田が気の毒そうにその様子を見る。
「あの、雨堤さん。私も参加していいかな。中衛も近接戦闘に関する知識は必要でしょ?」
「ええ、もちろんいいわよ。ほら、水瀬君も森谷さんを見習いなさい」
「頑張ります」
和也がそう返事をすると智花が彼に近づいていく。それから和也の耳に顔を近づけた。
「お弁当作ってきてあげるから頑張ろう」
「おう、ありがとうな」
和也が笑顔になる。それから大きく伸びをした。
「よし、頑張るか。じゃあ、とりあえず今日は解散にしよう」
「はぁ?」
雫が手を開く。すると袖口からサバイバルナイフが滑らかに落ちてきて綺麗に手に収まった。そしてそのナイフを和也に向ける。
「わざわざ戻ってきてあげたのにもう終わりにするとか冗談でしょ?あと三十分はやるわよ。とりあえずあなたの力を見るために……私と勝負!」
雫が右足を大きく一歩踏み出す。と同時に踏み出した足で踏みこんで和也に急接近した。
「安心しなさい。ナイフは学園の貸出したもの。当たっても死にはしないわ」
「まじで?」
和也は体と頭をわずかに動かし、ナイフの突きを避ける。雫の動きは見えていた。おそらく魔術を使っていない。それで今のスピードなら使用したときはとんでもなく早いのだろう。雫が続けざまに左足を軸にした回し蹴りを放つ。和也はそれを右手の二の腕で受けた。体が少し左に動く。
「やるじゃない!魔術はポンコツだけど体術はそこそこね」
「ポンコツ言うな」
言葉と同時に和也が左手で拳打を放つ。雫はそれを左手で受け流し、大きく後ろに跳ねた。智花はその様子を困って見ていたが和也の顔を見て安心した表情になる。笑顔だ。県大会で勇人に勝った時の笑顔。
「和也なかなかやるな」
「和君、頑張って」
智花と八田が和也を応援する。雫はそんな二人を横目でチラッと見た後、ナイフをクルッと手で回し姿勢を低くする。
「もう少しスピード上げるわよ。今日は体術のみ、明日から魔術を組み合わせていくわ」
「おう!」
威勢の良い声が響く。彼の視線の先には人が殆ど残っていない広い練習場に二つの影が動きまわっていた。二人ともなかなかいい動きだ。これなら問題ないだろう。一瞬笑みを浮かべ、その影は校舎の中に消えていった。




