野球って何ですか?
6日目の朝、俺はさっそく言われた女神がいるという洞窟に足を進めていた。
距離は5キロほどと遠くはないが下は雪が積もっているということもあり
進むのには少し時間がかかった。
初めてこの世界に来たときには気づかなかったがこの山には結構な数のモンスターと思われる生き物が生息している。
グリズリーに比べたらかわいいもんだが今の俺は完全に無防備だ。
足を速めながら急いで洞窟へ向かった。
進むこと約1時間、目的の洞窟へとたどり着いた。
「おお……」
中へ入ると思わず息をのみこんだ
洞窟の中は氷でできており地面には透き通るような水の川が流れていて洞窟のわずかな隙間からこぼれる光に反射してキラキラと宝石のように輝いている。
俺は自然の神秘に感動を覚えた。
そのまま道なりに奥に進むと広い部屋に出た。
部屋の先には祭壇と思われる場所がありその上にはかがり火2つとその間に氷でできた女神像が置いてあった
――さすがにこれは人が作ったものだよな
俺は近づくとその女神像をまじまじとのぞき込む
ピカァッ
触れようとしたその瞬間、辺り一面に光が広がった
そのまま光は上空へと舞い上がるとその光の中から美しい女性が下りてきた
背丈まである緋色の髪に全てを映しているような瑠璃色の瞳とエルフのようにとがった耳
白い羽衣をまとい背中に純白の翼をはやした女性はまさに女神としか言いようがなかった
「お待ちしていましたよ木戸翔平……」
その女性の神々しさに思わず息をするのも忘れてしまう
「あなたが……女神様?」
自分でももう感づいているが思わず聞いてしまった。
――……この人がルウ達が言っていた……
「そう……私はこの世界の女神………ドレーヌ」
――名前間違ってんじゃねーか!
予想外の不意打ちに思わず心の中で突っ込みを入れた
「木戸翔平……あなたがここに来るのをお待ちしていましたよ……」
女神が神々しい口調で語りかけてくる。
「あなたが俺をこの世界に連れてきたのですか?」
「はい、あなたをこの世界の勇者に……救世主になってもらうために召喚しました……この世界は今……」
「あっちょっと待って」
「はい?」
罪悪感を感じながらも神々しい女神の言葉を遮る
「その前に聞きたいことがあるんですが……」
「なんでしょう?」
女神は俺の言葉ににっこりとほほ笑む
――ううっなんか言いづらい……
俺はためらいながらもどうしても聞いておきたいことを質問した。
「あなたがここに連れてきたんですよね」
「はい、そうですよ?」
「ならどうして、俺をあんな雪山に召喚したんですか?」
「え?」
「いえ、もし連れてくるならどうしてここではなくあんな雪山なのか、どうして何の説明もしてもらえなかったのかなって……」
ずっと疑問に思っていたことだった。
なぜあんな雪山に何の説明もなく放置されなきゃいけなかったのか、それに何の意味があったのか……
おかげでひどい目にあったこともあり、そこがずっと気になっていた
「……」
女神が沈黙を続けるとゆっくりと口を開いた
「え……ええ……と……それは……その……途中で落としたというかなんというか……」
「え⁉」
とんでもない言葉に思わず聞き返す
「え、あぁ、違います違います……コホンッ木戸翔平、それはあなたにグルド族と交流を持ってもらいたかったからです」
女神は一つ咳ばらいをするとまた神々しい口調に変わった
――今なんかものすごいこと言わなかったか?
俺が少し探るような目で見ていると女神は話題をそらすかのように話し始めた。
「とっとにかく、今この世界は魔王の脅威にさらされています。
木戸翔平、私はあなたには魔王を倒してこの世界を救ってもらいたいのです。」
――……
女神の様子が少しおかしいと思いながらもとりあえず話を進めていく
「で?なんで俺なんですか?」
俺はさっきより少し強気な感じで聞いた
「わざわざ俺じゃなくても他にいっぱいいるでしょうに」
これも大きな疑問の一つだ、高い戦闘力が欲しいなら軍人でも呼べばいいし
異世界のことに詳しい相手ならゲーマーでも呼べばいい、よくある漫画などでは大抵呼ばれるのは異世界に詳しいゲーマーとかだ。
なぜ異世界と全く接点のない野球が特化した俺なのかが謎だった、異世界系のアニメは友達との交流の関係で見たことあるがそこまで詳しくない。
秘めたる力がある~とかいう設定がないのは前の一件で確認済みだ。むしろ才能はここでは皆無、
今回のはなんとか撃退できたがあんなもんこの先通用することはまずないだろう。
俺は真剣な眼差しで女神を見つめるとその問いに女神は答える。
「それはあなたが元の世界で何度も救世主となっていたからです」
「はい?」
俺は思わず聞き直すが、女神はそのまま話し続ける
「あなたが元のいた世界で自国存亡の危機的な状況を何度も救ってきたのは知っています。その力をこの世界でも……」
「そんな覚えは全くないです」
「え?」
俺の言葉に女神の顔がゆがむ
「え?だって何度も日本のピンチを救ったとかなんとか……」
「ないです、そもそも日本がピンチになったことがないです」
「え……あれ?……」
女神から神々しさがなくなっていく
――この女神はいったい何を言ってるんだ?
俺は少しでも思い当たる節を探す……そしてふと一つの記憶を思い出した
それは野球の世界大会でのこと、野手として選ばれた俺は大会でチームがピンチになるたびに
ホームランを打ち勝利に貢献していた、そのことをマスコミに日本の救世主として取りあげられていたことだ
――……それか
それなら合点が付く
俺は戸惑っている女神に話しかける
「一つ思い当たる節があります」
「え?本当ですか?」
女神は両手の指を合わせ嬉しそうにこちらを微笑む、もはやその姿はただの女の子だ
「確かに国を救いましたよ、野球でですけど……」
「え?野球?野球って何ですか?」
女神が顔をしかめながら聞き返す。
「俺の世界にある競技のことです」
「競技って?コロシアムでやる?」
「まあそれに似たタイプのやつですが、そんな殺伐とした奴じゃないです。実際は娯楽の延長線ですよ」
「???」
女神の頭に?が浮かんでるように見える
俺は少しイラつきながらも簡単に答える
「簡単に言えば各国代表のの力自慢みたいなもんですよ、それで負けそうになったのを俺が活躍して勝ったってことです」
「つまり?」
「俺は別に日本の存亡の危機を救ったわけではありません」
「…………ええええええええ⁉」
女神はやっと理解し仰天する。
「えっちょっと待って……そんなことって……」
女神は何もない場所から小さな手帳のようなものを取り出すと慌てて見直し始める
――ふう……結局とんだ勘違いで呼び出されたのかよ
俺は頭を抑えながら溜息を吐く
――全くとんだドジっ子だな
俺はここで理解する。
ドッジーナとは間違えでなくきっとドジっこの女神に昔のグルド族の人達がつけたあだ名なんだと
「まあいいや、勘違いってわかったならもういいだろ?俺を元の世界に返してくれ」
やっと元の生活に戻れる、そう思った俺は安堵し。た
「……戻せません」
「え?」
女神から告げられた言葉に思わず聞き返す。
「あの……そのですね……実は木戸さんってステータスが凄く高かったんですよね……
で、ステータスの高い人を呼び出すのって非常に力を消費するんですよ……」
「……」
「で……その……元の世界に返すほどの力は……もう残ってないというかなんというか……」
「……」
「えと……つまり……元の世界には戻せません……」
「………………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」
予想外の言葉に言葉が荒れる
「じゃあなにか?もう俺は戻れないのかよ⁉」
「いえ、力さえあれば戻せるんです!ただその力を魔王の力の影響で弱まっていて」
「つまり……魔王を倒さないと帰れないと……」
「はい……私もその予定で力を使っちゃいました」
――詰んだ……
全てのスキルFの俺が魔王を倒すなんてできない……完全に詰んだ……
俺はそのまま膝をつきうなだれた……。




