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旅立ち

魔王退治と言う目標を掲げている以上いつかは旅立たなければならない。

そう考えるとこのタイミングは割り切り易くて良かったのかもしれない。

俺達は、町へ戻るとギルドに一通りの事情を話すと、すぐさまダンジョンに戻り、縛っていた盗賊たちを町まで連行した。それを確認するとライラがギルドに自首をした。


盗賊の仲間としての罪を問われたライラだったが、ギルドが出した刑期は一ヶ月間の無償労働と街からの永久追放だった。

思った以上に軽い刑罰に済んだのは、直接関与がなかったこと。盗賊の捕縛に協力したこと。自首をしたことと、そして彼女がジャックの娘と言うことも関与しているのだろう。

後から話を聞いてみれば当時、ジャックが死亡したのはギルドでも少し問題になっていたようだった。トップクラスの実力を死なせてしまったのはギルドが認めていた事だったが、依頼主が貴族と言うこともあって余り問題視は出来なかったらしい。もしあの一件がなければライラもこの道を進むことはなかった。そう考えると無下にはできなかったのだろう。

スキルを重視するギルドがスキルが低いライラを労働させてるのも少し前進したとも言えるだろう。

本人もこの刑罰を告げられた時は少し嬉しそうだった。

そして俺たちはライラの労働期間が過ぎ次第、すぐに旅立つことに決めた。


……そして今日がその前日である。




「おめでとうございまーす」

ギルド内に小さく響く、明るい声で祝福の言葉を受けると俺は自分のギルドカードに目をやる。


ギルドランク C


「おお……」

上がったランクを見て、思わず声をあげる。

冒険者として活躍し始めて、約半年の月日が流れ、俺は街のトップランクまで上り詰めていた。

もちろん、別にCが世界でトップと言うわけではなく、あくまでこの街内でのトップだ。上にはまだまだ上がある。それでも半年で、ましてやオールGでならば驚くほどの速さだ。

元々オルメニクスを始め、気が付いたら高ランクのクエストをこなしたのが大きかったのだが。


「本当に凄いですね、スキルを抜いても十分早いですよ!」

「いやいや……」

ミレイの称賛の声に照れながら頭をかく。だが、ミレイとのやり取りにふと違和感を抱く。


ーー罵倒がない?


普段なら声をかけられた時点で何か言われるはずだが、今日は一度もない?

本来ならこれが普通なのだが、やはりないのはないで落ち着かない。


「フフフ、その様子なら、どうやら気づいたようですね?今日は何も言われてないことに?」

俺がそわそわしてるのを見て察したのかミレイが何やらドヤ顔で話し始めた。

「実は私、気づいてしまったんです……罵倒をしない方法を……」

「ほう……」

「それはですね……ズバリ!名前呼ばないことと、そして、眼を合わせないことです!」

「なんと!」

心なしか、ミレイの後ろから効果音背景が見えたように思えた。ミレイが眼を閉じながら流暢に解説し始める。

「今まで、何故、罵倒をしていたのか……それは、私の目の前に、罵倒の対象がいたからです!だから私は考えました。目線を合わせないことと、相手の名前を呼ばないことで、相手を意識しなくすれば罵倒しなくて済むと……つまり、今、私はただひとりごとを言ってるに過ぎない!」

「おおおおお!」

何故だかわからんが、勢いでつい拍手を上げてしまった。


「フッ、旅立つ前に間に合ってよかったです。」

ミレイがクールを気取って変なポーズを決めている。

俺もそんなミレイを素直に称賛する。ただ、一言言わせてもらうならば

「受付嬢として、それはどうかと思うがな」

その一言と共にミレイが石になって砕け散る音がした。


――こんなやり取りをするのもこれが最後か……

最後としてはいい落ちで終わったなと思い、その場から離れる。

「あ、あのキドさん!」

後ろを振り向き歩き出そうとした瞬間、後ろからミレイの声が聞こえた。

「あの、結局最後までしっかり対応できなかったですけど……、私、まだまだしっかり練習しますんで、必ず帰ってきてくださいね。」

ミレイが寂しそうにも見える満面の笑みでこちらに笑いかける。


「ああ、今度はイケメンって言わせてやるからな」

自分でも気恥ずかしい捨て台詞を吐いて、その場を後にした。



――さて、次はどこへ行くかな?

今日のうちに、世話になった人へのあいさつ廻りをしておかないといけない。ペレス達とは夜、宿で会う予定だから置いといて、次はどこへ向かおう。

とりあえず、時間はあるから思いついた場所へ行こう。そう呟くと次は、小さな合成屋に向かった。



住宅街に紛れて建っている合成屋は誰かに教えてもらわないとまず気づかないであろう。

俺はもう慣れたように店に入り、本を読んでいる頑固そうな老人の元へ行く。

近づくと老人は鋭い目つきで無言のままにらんでくる。

初めてくる人ならわからないかもしれないが、決して怒っているわけではないのだ。


「別にギャグとかはいらねーから」

「そうか……なかなか思いつかなくてな」

ネタが思い浮かばなくて言葉を詰まらせる老人、ラルク・トーレスに今日来た意図を伝えた。



「そうか……旅立つのか……」

そう聞いたラルクがゆっくりと立ち上がるとそのまま店の奥へと入って行き、しばらくすると大きな袋を抱えて戻ってきた。中にはグリズリーの爪で作った大量のボールが詰め込まれていた。


「これって……」

「グルドの主人が余ったからと言って、定期的にグリズリーの爪を持って来とったよ。……お前んとこの店ではそんなに熊料理が出るのかね?」

ラルクが老眼鏡を軽く持ち上げほくそ笑む。

もちろん、熊料理なんて頻繁には出ない。基本あそこの店のメインはウサギの肉だ。

それが何を意味するかは考えなくても分かる。


「わしが合成したものだ、孫の物とは出来が違うぞ?」

「これで合計いくらぐらいだ?」

財布を取り出し値段を聞いたがラルクは目を瞑り、小さく首を振る。

「いや、金は要らんよ、今までこんな不愛想な爺に構ってくれてたんだ。これはその例として受け取ってくれ。」

――ったくこの町の人たちは……

「まあ、代わりと言っては何だが少し頼まれてくれんかね?」

そういうとラルクはポケットから手帳を取り出すと、俺に渡した。

「この町からそう遠くはない場所に魔法都市オーレがある、旅立つならいずれはたどり着く場所じゃ。今そこで勉強しているアルクリーネにこれを届けてほしいんじゃ」

俺は承諾し、それを受け取ると老人は静かにほほ笑んだ。


「孫がいなくなった後でもこんな不愛想な老人の相手を何度もしてくれてたことに感謝しておる、

老い先短い爺じゃが、もしなにか力になれそうなときは、はいつでも頼ってくれ」

その言葉を聞き頷くと俺はラルクに深く頭を下げた。




挨拶廻りも終わるころには気が付けば夕暮れを過ぎていた。

寄り道もしていたとはいえ、旅立ちの挨拶がここまでかかるのははっきり言って異常だろう……

でもどの人も挨拶をかかせない人たちばかりだ。

無能な俺がここまで生きてこられたのはこれだけの人に支えられてきたからだということがよくわかる。


――さて、そろそろ帰るかな……

俺は半年間歩いた街並みを踏みしめると第二の我が家のグルド亭へと向かった。

宿の近くまで行くと、目の前に少しふらつきながら歩いている見覚えのある後ろ姿が見えた。


「よっライラ、お疲れ。その様子だとまた大変な仕事だったんだな。」

俺の声に反応し、振り向いたライラ、そして俺の顔を無言で見つめて疲れた声で言い放つ

「……ブッサ」

――ピキッ

俺の心の中で何かが割れる音がした。


「お前いきなりなんてこと言うんだ!」

「ちょっとやめてよ、疲れてるときにそんな顔近づけないでよ!」

「おま、今まで普通に接してたじゃねーか!」

「あんなの演技よ、演技」

「だったらそのまま続けろよー!」

夕暮れの街並みに俺の言葉がこだまする……。



「で、どうだった?この一か月間のギルドの仕事は?」

「もうめっちゃこき使われた、町の外の近辺調査に、情報収集。この一か月間でそこら中走り回ったわ。」

ライラが疲れた声で愚痴をこぼす。だが話しているときは少し楽しそうに見えた。



宿のドアの前に立つと中から騒がしい声が聞こえてくる。


「おや、なんだか騒がしいね?」

――今日は客入りが多いのか?

時間としてはいつもよりも込み合うのが早い時間だがそんな日があってもおかしくはないだろう。

――最後の手伝いとしてはやりがいがありそうだ。

俺は気合を入れドアを開けた、だがそこで目にしたのは意外な光景だった。

机のあちこちに並ぶ様々な料理、それはこの店の料理だけでなく、冒険者達がキャンプで作る簡単な料理からてのこんだ料理まである。


そして店のあちこちから聞こえてくる聞き覚えのある声。


「ほら、この料理あっちのテーブルに持っていって。」

「これ、もうちょっと火通した方がいいんじゃねーか?」

「駄目-!!ドリスに小麦粉を持たせないで!!」

店の中でせっせと料理の準備する顔なじみ達、俺がこの半年間で出会った冒険者たちだ。

ある時は助っ人そして一緒にパーティーを組み、ある時は酒場で一緒に騒いでバカをやっていた者……そんな皆が集まって騒ぎながら店の手伝いをしている。

「……どういうことだ?」

「なんだかすごいね」

忙しく動き回っていた皆が俺とライラの存在に気づく。


「あ、もう主役の登場だぞ」

「バカ、帰ってくるの早過ぎ!」

「ちょっとは空気を読めよ」

迎えられているのかそうでもないのか、店の中に飛び交う楽しそうな声。

そしてそこにペレスが近づいてきた


「よ、もうあいさつ回りは済んだのか?」

「ああ、それよりペレス、これってどういうことだよ?」

「それはこっちのセリフだぜ」

話に割り込むようにペレスの後ろから複数の声が来る


「そうよ、どうして私たちを呼ばなかったのよ!」

「いや、んなこと言ったて……」

冒険者が町を旅立つのは珍しい事なんかじゃない。だから旅立ちでこんな席を設けることなんていちいちしていられない。せいぜい数人と騒ぐ程度だ。


「お前はとことんバカだなぁ……今更お前が常識にとらわれるのかよ」

「そうそう、オールGの状態ででCランクまで行ったお前がよ。」

「そもそも普通はここまで冒険者が仲良くなるわけねえんだよ」

それぞれが笑いながら声をかける。その光景こそが、非常識なことに気づいていなかった。

本来冒険者たちはライバル関係にある。数人同士が仲良くなることはあっても皆がみんな仲良くすることはなかったのだ。


「もうこの町に常識なんてねえんだよ、どっかの誰かさんが常識を覆したからな。」

ペレスが腕を肩の後ろに回し俺の肩をポンと叩いた。

――またかよ

眼頭が熱くなり、出そうになる涙を必死でこらえる、自分でもこんなに泣き虫だとは思いもしなかった。

初めて泣いたのもこの場所だった。だが今回は理由が違う前はここの夫婦の温かさに涙をおとした。

だが今回は、温かさの他に、こんなにも自分を思ってくれていた事に気づかなかった自分への怒りもあった。

涙が出そうになるのが収まるまで待つと、俺は半年間手伝ってきたベテランの技を見せようと料理運びを手伝い、そのままみんなと騒ぎ始めた。

酔っ払いいがみ合いをする奴、酒の飲み比べをする奴、ただそこには


「さっさと魔王倒して格好いいという元の姿を見せてくれよ」

「ああ、変わりすぎて気づか中もな」

俺達は拳と拳を軽くぶつけるとそのまま朝まで飲み明かした。



翌朝

「忘れ物とかないよな?」

俺の質問にドリスに一瞬、間があいたあと軽く頷いた。

「なあに、忘れたらまた暇な時に取りに来ればいいさ。」

「ハハハ、掃除中にもし忘れ物が見つかったら好きにしてください。」

「なんで、掃除をしなきゃならないんだい?」

「え?だって、掃除しないとあの部屋使えないし」

「何言ってんだい、家族の部屋を貸すほど部屋の数は少なくないよ。」

「部屋はずっとそのままにしとくからまた戻っておいで」

――……たく、このお人よし夫婦め

俺は一度気を付けをすると夫婦に深く頭を下げた、それを見たドリスも見よう見まねでお辞儀をする。

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

ライラの言葉に頷くと俺達は、この世界の家族に……この世界の故郷に大きく手を振りながら門を出る。


「さてここからがスタートだな。」

「そうね……でもここからどこへ向かうの?」

「そうだな、とりあえずまずは、魔法都市でも目指すかな、爺さん御頼み事もあるしそれに、あそこなら何か見つかりそうだし」

「魔法都市オーレね。オーレはカラマの町を出て南に突き進んだところにあるよ。」

「よし!まずはそこへ向かうか!」


こうして俺達は魔王退治への第一歩を踏み出した。









ここで2章が終わりです。

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