同じ境遇
商業地区にある、小さな喫茶店。
毎日荒くれもの冒険者で賑わう酒場とは違い、物静かで落ち着いた場所だ。
席はテーブル席が三、四席程度でカウンター席に椅子が十席と少ない仕様になっているため、大人数で騒ぐことはない。
……と言ってもはなからそんな人数が来ることはなく、この店の席がすべて埋まることはまずない。
来る人も老人やのんびりした人が多く、まったりとした雰囲気が漂う。しかしそんな中、俺は一人緊迫した状態で相手を待ち構える。
今から会う相手はギルドを賑わせている、騙しのスペシャリスト、ある時は気弱な女性、またある時は明るい男性を装い、話術で相手を欺き、その隙に盗みを働く。いろんな姿に変えているため、本当の姿は誰も知らない。
まるで、詐欺師と怪盗を合わさったような人物。だからここにきてもそいつが本当に本人なのかも確認する術もない。
はっきり言って情報を重視する俺にとってこれほど厄介な敵はいない、いや、敵かどうかもわからない状況でもある。
店の片隅のテーブル席で俺は、適度の緊迫と、適度の余裕を保つために柄にもなくコーヒーを頼んで待っている。すると時計の針が指定された時間を指した。
俺は後ろを振り向き辺りをキョロキョロと、見回すが周りには怪しい人はいない。
――まだ来てないのか?
俺がもう一度辺りを注意深く見回しているとカランカランと出入り口のドアについている鈴の音が鳴り響く。
音の方を振り向くと上に薄いジャケットのような物を羽織り中には胸元からお腹の上まで隠れた薄い服と、ジーパンのようなラフなズボンを履いた、水色の髪を女性が入ってきた。その顔はペレスに見せてもらった写真の人物と同じ姿で、違うのは肩まで短くなった髪型だった。
「やあやあ、お待たせ~」
青色の瞳をした少女が軽く頭を下げながらを俺の向かい側の席へ座る。
「こんにちは、依頼者のジャックウォーレンです。よろしく!」
身構えてた俺とは正反対の態度で目的の人物を名乗る女性が元気よく挨拶をすると、俺は呆気を取られてた。
彼女の見た目や仕草は元の世界にいるノリの軽い今どきの女子のようでとても、人を騙せるような人物には思えない。これがギルドを騒がせているジャック・ウォーレンの正体なのか?それともこれも作られた姿なのか?
俺は少しの動揺を見せるも、すぐさま落ち着きを取り戻し彼女に問いかける。
「あんたが今ギルドをにぎわせてるジャックウォーレンなのか?」
「そうだよ」
俺の質問に何の躊躇もなく答えると彼女は緊迫している俺とは裏腹に店員に声をかけ、この店のメニューを頼んでいた。
「ジャックってのは姿を変えたりすると聞いているが、今のあんたは仮の姿なのか?」
俺が質問してみると意外な答えが返ってきた。
「いや、姿なんて変えれるわけないじゃん、私、魔法使えないし。」
「え?」
いきなり教えてもらった情報が異なる。
「でも姿を変えて相手を騙すって……」
「ほら、姿を変えるって言っても、いろいろあるじゃん?私の場合はこんな感じかな?」
そういうと彼女は大きく息を吸い、ゆっくり深呼吸をすると、目を閉じる。
そしてゆっくりと瞼を開くと、まるでさっきまでの元気な雰囲気からまるで別人のようにおっとりとした表情を浮かべた。
「こんにちは、キドショウヘイさん……私の名前はライラ・ミルージュと申します。」
彼女がおしとやかな口調で自己紹介をし、まるで聖女のような微笑みを見せる。
――俺は幻覚でも見ているのだろうか。
さっきまでと同じ顔、同じ声の女性のはずなのにまるで別人のように思える。
まるで元気な姉とおしとやかな妹。
いや、そっちの方が似ているのかもしれない、俺が驚きのあまり固まってしまうと
彼女は再び目を閉じ、開くと今度はとんでもない威圧感を出し始める。
「こんにちは、キドショウヘイさん……私の名前はライラ・ミルージュと申します」
さっきと同じセリフを渋い声で話すと目の前にはまるで屈強な男が座っているように感じている。
声帯を変える人はいると聞くがこれほどまでの迫力を出す人は見たことがない。
そして彼女は三度、目を閉じる、するとさっきまでの重苦しい空気が一気に消えてしまった。
「……とまあ、こんな風に口調を変えて、あとは服装や髪型で見た目を変えるんだぁ」
元気な口調に変わると俺は狐に包まれた気分になった。
「どう?結構すごくない?」
ライラと名乗った女性が自慢げに言う。
はっきり言ってグゥの音が出ないくらい驚いている、一つの事を極めるとここまでできるのかと。
きっとこの世界から見たら俺も同じなんだろうなと思えた。
とりあえず敵かどうか置いといて彼女が噂のジャックウォーレンなのは本当のようだ。
「……とりあえずあんたがジャックってのは信用しよう。本名はライラでいいのか?」
「そうだよ。」
ジャック改め、ライラが軽く頷く。
「で?わざわざ俺を指名しての依頼ってのは何だ?」
「まあ、依頼っていうか、一緒にダンジョンに潜ってほしいんだよ。」
「ダンジョン?ここらへんでダンジョンっていうと、あの北にある洞窟のことか?」
俺はその言葉に首をかしげる。
ダンジョンと言えば、異世界でお馴染みのモンスターの生息している洞窟地帯のことだ。
中は敵も多いがお宝眠っている可能性が高く、冒険者が宝探しに出ることもある。
ただこの町、エポルカの付近にはダンジョンと呼べるところは一つしかなく、そのダンジョンにはAランク級モンスター、ゴーレムという石の巨兵が入り口付近に生息していて、この町の冒険者は誰も近づかない。
これはギルド内では有名な話だ、こいつが知らないわけがない。そんな奴に俺が行ったところで勝てるわけがない。
「そうそこ、そこに眠っているアイテムを回収したいのよ。」
「だがあそこにはゴーレムがいるんだろ?そんなとこに俺が行ったところで――」
「もしそのゴーレムがいないとしたら?」
俺が言葉を最後まで告げる前にしてライラがどや顔で言う。
「……どう言うことだ?」
はっきり言って意味がわからない。
エポルカには戦神と言われるボンズ以外の冒険者はCランク止まりだ。とてもじゃないがゴーレムを倒せるのはボンズ以外にはいない。そのボンズは未だ遠征から帰っていない。なら他に誰がいるんだ?
彼女は辺りに誰もいないのを確認すると前のめりになって小声で話す。
「実はまだ冒険者には内緒らしいんだけど、前に君がオルメニクスを討伐したせいで剣聖に空きができたとかで、ギルド支部の人がゴーレムの討伐依頼を出したらしいよ。」
――剣聖が?
確かにオルメニクスの件で剣聖が動いていたことと、仕事がなくなって、ギルドが困っていたのは知っている。だがこれを信じていいのだろうか?
俺はとりあえずもう少し詳細を知るために話を進める。
「……報酬は?」
「私でどうかな?」
その言葉を聞くと彼女は自らを示すように自分に指を向ける。その仕草に思わずドキッとしてしまう。
「それってどういう……」
「私が君のパーティーに加わるの」
――……そう言うことかよ。
一瞬とはいえ変な想像した自分が恥ずかしくなる。
「ぶっちゃけ言うとね、今回依頼ってのは口実で、私の本来の目的は君たちのパーティーに加わることだったんだ。ダンジョン探索は私の実力を見せるのと、ここを出る前にお宝採集しときたかったから」
「俺達のパーティーに?」
「そ、この町での目的も十分達成できたし、そろそろ盗みから足を洗おうと思ってね。」
そう言うと彼女は俺の飲んでいたコーヒーに手をつけようとするが好みが違うのか一口飲んだあと、苦い顔をして自分のを注文する。
――この町での目的……
ライラがこの町でやったことは主に盗み、と言うことは、欲しいものを盗んだと言うことか?
「目的ってのは目当ての物を盗んだってことか?」
「盗み?いんや」
真剣な態度で質問した俺に対してライラが軽い感じで否定した。
「私の目的はちょっとした仕返しだったのよ」
「仕返し?」
そう言うとライラはポケットを漁り出すと中からスキルカードとステータスカードを取りだし俺に見せた。
――これは……
ライラから見せてもらったカードを見て思わず言葉を詰まらせた。
スキルは剣スキルと弓スキルがEでそれ以外はF
ステータスの方は素早さだけがずば抜けているがそれ以外は一般の数値よりもかなり低かった。
「君も知っての通りギルドはスキルを重視しているの、お陰で数値の低い私は冒険者にはなれなかった。だから見返してやろうと、私なりにギルドに実力を示したのよ。お金を盗んだのは生活苦のためとちょっとした仕返し。それでもう十分名も売ったし必要性がなくなったから、盗人から足を洗おうとしてるわけ。」
確かにライラの言っていることが俺にはよくわかる。ギルド内でのスキル優遇は割と大きい、実績がないのにもかかわらずスキルの高さでギルドランクが高い者も多いしスキルを見ただけで相手にされない者たちも多い、だがそれならばもう一つ気がかりなものがある。
「なら最近のクエストの偽情報や、俺の時にした、山賊に情報を流したのは何故だ?」
はっきり言ってこれは命に関わることでもある、理由次第ではこいつを衛兵に突き出す必要もある。
俺が問いただすとライラは指を二本立て、ピースのような形を作り説明を始めた。
「理由は二つある、それはギルドの人たちに情報の重要性伝えたかった事、ギルドの人たち、主に冒険者は力を慢心し、情報に関しての関心が薄すぎる。だから情報一つでどれだけ悲惨な目に合うかを伝えたかった、あともう一つは、冒険者たちの技量の見定めかな?確かに私はクエストランクを操作して高ランクのモンスターと戦わせたりしたけどあのモンスターたちには決定的な弱点があるモンスターたちばかりでそこを狙えば簡単に倒せてやり方次第ではクエストランクの敵よりも簡単に倒せたはずだよ。」
「じゃあ、あの盗賊たちも……」
「そ、あの人たちには魔法使いはいないからって言っておいて防具はすべて外させたの。もちろんドリスちゃんの存在は伏せておいてね、ただ、あそこまで山賊たちが強いのは予想外だったかな?いや、冒険者が油断しすぎだったんだろうね、まあ、もしあのまま全滅しそうだったら私も手助けはするつもりだったよ」
……言葉が浮かばない
彼女がやってきたことはすべて危険な事だったのに、まるで彼女が正しいように思えてくる、きっとこれが彼女の話術なんだろう。
「で、俺達は見事技量にはまったと」
「そ、はっきり言って予想以上だったよ、私が入りたいパーティーはいかに私をうまく扱えるか、私の得意分野は主に情報操作、相手から情報を聞き出したり、騙して嘘の情報を流したりできる。これがどれだけ重要かを知っている人と組みたかったから。どう、これで私と組みたくなったでしょ?」
確かにこの子がパーティーに加わればかなり心強い、もしこれから魔王退治で旅に出ることになるなら絶対人間関係でも問題は出てくるだろう。もし彼女がいればそれらがだいぶ楽になるはずだ。
だが信じていいのか?
「俺の事はどこまで知っているんだ?」
「ん~異世界から来たって事と、魔王討伐を目指してるってことと、私の写真を嘗め回すようにみていたとこかな。」
―― 一体どこでそれほどの情報を……そして最悪の現場を見られてしまっている。
俺は最後の一文を聞かなかったことにして頭を悩ます、本来ならすぐにでもクエストを受けたいがこいつは言葉で惑わす女だ、どんなに筋の通った話でもいまいち信用しきれない。
俺はしばらくの間沈黙し長考して答えをだした。
「……悪いがこの話は受けられない。」
やはり俺にとって情報は大きい、だからこそこの嘘だらけの少女を手元には置いておけなかった。もしこいつがまた騙せばドリスまで危険な目に合う。
「そっか……」
彼女が残念そうに表情を浮かべる。
「まあいいよいいよ、自業自得だしね、それに情報を重視してるからこそだからね。」
彼女は笑って見せるが前に見せた表情とは違い明らかに作っているのがわかる笑顔だった。
もしかしたら彼女は本当にパーティーに入りたかっただけかもしれない、同じようにスキルで不遇されていた同じ境遇の俺に唯一心を開こうとしてくれたのかもしれない。それでも、少しでも疑いの可能性があるなら俺はうなずくことはできな――
「あーあ、格好いい人と一緒に旅をしたかったなぁー」
「格好いいだと⁉」
「え⁉」
その言葉と共に思わず立ち上がる。
「いま、格好いいと言ったのか⁉」
「え、え~と、うん」
この世界で言われた初めての言葉に思わず感動する。この世界に来てからもうすぐ四か月……
女性から罵倒しか言われなかったのに対しはじめて褒められる。
「これはいけるかも……」
俺の反応にしばらく戸惑っていたライラだったが、何かを思いついた表情を浮かべる。
「キドって格好いいよねー、イケメンっていうのかな~なんか王子様みたいだよねー」
流れるような褒め言葉に滝のような涙が流れる
「……私王子様みたいなキドと冒険したいな~」
気が付いたら見事に言いくるめられていた。
ジャック・ウォーレン……恐るべし。




