盲点
山頂の崖からゆっくりと東から朝日が昇り始めるのが見えると俺達は、すぐさまこの場所から出発の準備をし始める。
それぞれが自分たちの装備やアイテムの確認をし、それが終わるとリーダーとして振る舞っているペレスの言葉に従う。
怪我人たちも全員が戦える状態とまではいかないがなんとか動ける状態にまで回復しており山を下りることは出来そうだ。
ペレスは組んでいたパーティーたちを一度解体し、一つにまとめ、戦列を整える。
リッドとドリスを含んだ今戦える剣士九人とモーリアと他の槍使い一人の計十一人を前に七人と馬車の横側に四人置き、後衛に俺とペレスに女性シューターの仲間が一人の三人を配置にし、コールマンを乗せた馬車とレッグを含めた怪我人を囲むように配置した。
ただドリスに関してだけは俺が動きを指示することになっている。
「ドリスは始めは剣を使って前衛で戦ってくれ、後々魔法も使ってもらうからすぐに後退できるようにあまり出すぎないようにしてくれ。」
「わかったわ、でも私、剣が……」
ドリスは普段自分が剣をつけている腰の部分に視線を動かし、剣を所持していないことを悟らせた。
俺は彼女に昨日逃げた山賊が置いて行ったとみられる短剣に輪っかができたロープを縛り渡す。
「この剣……このロープは?」
ちょうど手に取った短剣の取っ手についてるロープの輪っかを触りながら質問する。
「ああ、山賊の落として言った剣にに敵捕縛用のロープを結んでみたんだ。その穴に腕を通しておくと剣を落とさずにすむだろ?」
俺が流暢にロープの説明をするとドリスは無表情のまま、感心していた。
「なるほど……こんな考えがあったとは、盲点だわ。」
――これくらいは思い付いてほしいもんだ
それぞれが準備を整えたところで下りの山道へと足を進める。
広々とした山頂とは違い下りの道は道幅狭くなっている。横に並べる列は五人ほどの幅で右は木が生えた斜面が広がっており左側には岩の壁がそびえている、その岩の壁を上にたどればちょうど山頂の地面にあたる。
まだ進んで間もないため後ろを振り向けば山頂の平面が見える。それぞれが辺りを警戒して進み、俺も後ろ側を確認しながら進んでいる。
すると、先ほど俺達が下りてきた山頂の道からから複数の山賊の姿をした男たちが直径二メートルほどの大きな丸い形をした岩を転がしながら運んでいた。
そして男たちはその大岩を坂の手前で一度止めるとに俺達の歩いてる下り坂になっている道へと押し始める
――やばい、これはまずい⁉
脳裏に浮かび上がったのはテレビや映画で見る洞窟のトラップで岩が転がってくる光景。
山賊たちはこちらを見てニヤッと笑ったと思うとそのまま一気に押し込み岩を坂へ転がした。
転がってきた岩にみんなが気づくと思わず周りから悲鳴が飛び出す。
俺は一秒を争う状況をすぐさま頭をフル回転させ、対応を考える。
――バットで打ち返すには大きすぎる……ならば
俺は袋から赤いシールの少し危険を匂わせるビンを取り出す。
これはこの世界にいるドーピッグという豚の油から作った薬で一時的に力を倍増させる薬、いわゆるドーピングだ。
力は何倍にも膨れ上がるが副作用として暫くは何も持てなくなる。俺はこれを一気に飲み干す。
――オエッ……まずい、気持ち悪い
まるで豚の背油のぬめぬめ感を倍にしたようね粘りになかなか喉が通らない。
俺は吐きそうになるのを堪え、心の中で良薬は口にに苦しという言葉を唱えながら無理やり胃にねじ込んだ。
すべて飲み切ると少しむせながらバットを取り出す。
だがスキルの影響で力は発揮できないこともあり重量タイプとは相性が悪い。
重みがあって力がこちらにかかるものにははじき返すときにどうしても力がかかるため物を打ち返すという行為はできない。
俺は右足を一歩前に出すとそのまま中腰になり異世界性のバットを横にしてバントの構えをする。
バントの構えをしたからと言ってバントをするわけではない。
バットを盾にし岩の勢いを殺すのが目的だ、これは抵抗するときに力は入れるがバットを使うという行為はしていないのでスキルは発動しない。
俺は勢いに乗った岩が転がってくるとバットを盾代わりにして薬で強化した力を精一杯使い岩を押し返す。
岩の勢いに少しよろめきながらもなんとか踏ん張ると、上半身を左方向に捻りそのまま岩を林側へ転がしていた。
まさか岩を防がれると思っていなかったのか山頂の所から少しどよめきが聞こえたと思うと山頂にいる山賊たちが壁方面に手で合図のような動作を行う。
俺達は思わずふと上を見上げると岩壁の上から複数の人影が両手いっぱいで抱えている岩を落とし始めた。
「まずい、皆!駆け抜けろ!」
ペレスの言葉で周りが急いで下り坂を走り出す、しかしまだ怪我が治っていない怪我人たちは上手く走れず上から降りかかる岩に襲われる。
――完全にやられた。
奴らは元々俺達のいた山頂の近くに潜んでいてこちらが山を下るのを見計らっていたのだ。
「うわ!」
足を負傷していたレッグが慌てて走ろうとし足を踏み外し転倒する。
「レッグ!」
「駄目だ!立ち止まるな!」
「クソッ」
先頭を走っていたリッドが思わず立ち止まろうとするが味方の言葉にかじかみながらそのまま走り続ける。
転倒した勢いで怪我が悪化し立ち上がれなくなったレッグが頭を腕で隠し、縮こまる。
――クソッなんとかしないと
最後尾を走っている俺がそのまま抱えることも考えたがさっきの薬の副作用で力が発揮できずにいる。
俺は走りながら何か使えるものはないかと必死で袋の中をあさるが時すでに遅く、レッグ目がけて岩が落とされた。
「うわぁああ」
落とされた瞬間思わず目を背けてしまう。
そして恐る恐る眼を開くと岩が落とされた場所には小さな体を震わせながら涙をためているレッグと
背中に岩が落下し、右肩と額の傷から流血しているモーリアの姿があった。
「モーリア……」
自分の代わりに岩を受け血を流したモーリアを見てレッグがためていた涙を地面へ落とす。
「大丈夫だ……大した怪我じゃない」
そういうとモーリアは痛みを必死でこらえながら泣いているレッグに小さく笑って見せる
「モーリア、クソッ!」
俺達は岩を落としてくる敵がいないところまで走るとすぐさま反転し後衛のメンバーで上にいる敵に攻撃を仕掛ける。
幾度かのこちらの攻撃が敵に当たると岩を落としていた敵が行動を止め後ろの方へと撤退していった。
その動きを確認するとすぐさま岩で怪我を負った者たちの所へ駆け寄り、俺達はすぐさまモーリアの所へ向かった。
右足を怪我をしているレッグをキッドが、右肩がボロボロのモーリアを俺がそれぞれ肩を貸す。
「モーリア、大丈夫か⁉」
「ああ、騒ぐほどじゃない」
モーリアは笑って強がるが痛みが増しているのか体から大量の汗が出始める。
生死にかかわるほどの怪我ではないものの右肩の骨は砕けていて大きく腫れ上がっており、戦闘はしばらく無理だろう。
だがこの怪我は防御力が平均よりも高いモーリアだからこそこの程度で済んだのだろう……
もしこれが他のメンバーなら死んでた可能性だってある。
この敵の攻撃により俺達は死人こそ出さなかったが更に戦力が減り残りの人数は俺達とドリスを含めて十人まで数を減らした。
俺達は坂道を進むと一度平面の地面が広がる場所に出る、幸い近くに滝がありそこで水を汲めるので一度怪我人の手当てをする。
「来るならここか……」
俺達は怪我人と依頼主のコールマンを近くの岩陰に待機させると動けるメンバーで迎撃態勢を整える。
前衛メンバーは前にいたため被害はあまり受けなかったが後衛は元々少ないうえ、もう俺とペレスのみで残りは剣士七人と槍使いが一人だ。
俺達が武器を構え待機していると山賊の頭と思われる男と残りの山賊たちが集まり始める。
「ひいふうみい……残り十人と言ったところか、そっちのねぇちゃんの魔法も役に立たなさそうだしこりゃ万策尽きたな」
上半身裸の男が目を瞑りクククと余裕の笑みを見せる。
――残りの人数はこちらが十人……向こうはおよそ三十……
圧倒的な数に味方も少し焦っている。カギを握るのはドリスの魔法、それも中級じゃなく前日見せた上級魔法だ。
一応対策は考えてあるが今回は魔法を唱えてる隙が無い、まずは攻撃して敵をかき乱す。
俺はドリスに目で合図を送るとそれに気づくとドリスが無言で頷く。
「さあ、お前らやっちまえ!」
山賊の頭が言葉と共に剣を前に突き付けるとそれが合図となり山賊たちが一斉に襲い掛かる。
こちらも剣士たちが迎え撃つがその中でドリスが真っ先に前へ出る
ドリスが小刻みに走ると短剣をを手に持ち山賊たちをまるでアクションゲームのように一人一人一瞬で倒していく
「な、なんだこいつ⁉」
「上級魔法だけじゃなくて剣も使えるのか⁉」
――やはり強い
少し間の抜けたところはあるがやはりスキルが高ランクなだけあって実力はある。
敵がドリスに圧倒されていると同じように俺もドリスに釘付けになっていた。
俺だけじゃない他の前衛のメンバーもその姿に感化され士気を上げていく。
作戦の第一段階は上々だ、あとはどのタイミングで魔法を唱えさせるかだ。
俺も少しずつ力が戻りつつある。
「チッ、そこの女は盾兵3人で抑えろ!」
男の言葉に木の盾を持った兵がドリスの前に立ちふさがるがドリスは剣を目の前に持っていき目を瞑りながら呪文を唱え始める、すると剣の周りを小さな光に包まれるとそのまま小剣は炎に包み込まれ両手剣のような形に姿を変えた。
その剣を盾兵三人に当たるよう横一線で奮うと敵の持ってる木の盾が一瞬で燃え尽きてしまいそのまま切りつけられる。
「クソッこいつ魔法剣まで……」
余裕を見せていた男から徐々に苛立ちを見せているのがのがうかがえる。
そして今度は自らがドリスに戦いを挑む。
――少し出すぎている、一旦後退させるか?いや、その必要はないか?
ドリスの活躍により敵を十人ほど削れて押せ押せムードの状況だ、後退させて魔法を使わせる予定だったが少しためらいが出る
――このまま戦わせるか?
――ドリスの剣にはロープが巻き付けてある。剣を落とすことはないしこのまま戦わせるのも面白……
俺が作戦を考え直そうとしていた時ふとドリスの腕に目が行く、それはドリスの腕に通っているはずの剣についてる輪っかがドリスの手元から垂れているのだ
――輪っか通し忘れてんじゃねーか!
ドリスはそれに全く気付いてないまま山賊の頭と激しい攻防を広げている。このままではまずい、そう思ったのもつかの間
「あっ……」
ドリスの剣がすっぽぬけて回転しながら敵の額にコンっと激突する。
当たったのは取っ手の部分だったみたいで山賊は額ををさすりながらふらついている
「ドリス後退だ!」
その隙を見て俺はドリスを呼び戻した。
「……ロープを通すの忘れてしまった」
「見てたらわかる……」
ドリスが少ししょぼんとしている。
「……まあいい、とりあえず魔法を唱えてくれるか?」
「いいわ、中級魔法でいいのね?」
ドリスの確認に俺は少し周りの戦況を見て考える。まだ数では少し不利だが勢いはこちらが勝っている
「いいや、上級魔法を使ってくれ」
俺からの回答に少し驚きを見せるが信用してくれているのかそのまま強くうなずくと呪文を唱え始める
「大地で眠る炎の王よ我は天からの使いなり……」
昨日と同じ呪文に敵味方から少しざわめきが聞こえる
「上級魔法だ……」
「なあに、どうせ当たりやしないさ」
敵は最早こっちの魔法に関心はなくなっている。だがそれは好都合だ。
「また魔法か?無駄なことを……もう恐れるに立たず、唱えている間に真っ二つにしてやる」
山賊の親玉がドリスに向かって突っ込んでくる。
「いかん、まずい」
無駄だと思うから放っておいてくれるかと思ったが考えが甘かったようだ。
「誰か、奴の足止めを!」
「よし、任された!」
その言葉と共にペレスが敵に威嚇の弓を放つ、しかし相手は軽々とそれを避ける
「フン、シューターなんかにかまっている暇はない。ちゃっちゃと片付けてやる」
「そんなに簡単に勝てるとでも?」
互いのリーダーが少しの間合いから対立しあう。
「遠くからチマチマ攻撃してくる弓使いがこの距離で勝負になるとでも?」
男が自信満々に言うとペレスはやれやれ、とあきれたような態度をとる。
「わかってないなぁ……俺達はあの距離から攻撃してるんだぜ……この距離で勝てないわけないだろ!」
そういうとすぐさまペレスは男に対して弓を弾く、男はすぐに避けるがかわし切れなく頬に傷がつきそこから血がスゥ~と垂れてくる。
「ぶっ殺してやる!」
傷をつけられ逆上してくる敵の攻撃に対してペレスは華麗にかわしていく
「この野郎……ちょこまかと……」
全く当たらない攻撃に男は苛立ちを増せていく。
「シューターが近距離なら勝てないと思った?逆だよ、遠距離から動く敵を狙って攻撃してんだ、この距離の動きを見切れないわけがないだろ?」
ペレスは相手の怒りまじりの攻撃を余裕を見せてかわしていく
普段はほとんど指示を出していて前線に立たないからわからなかったがやはりペレスも強い
そしてその間ドリスは呪文を唱え終わろうとしている。
――そろそろだな。
俺は今度は青いシールの瓶を取り出す、先ほど飲んだ薬の素早さ版だ。
「あふれる炎は岩をも焼き尽くし大地をも焦がす……その姿、魔獣となりて現わさん」
「イフリート」
「ドリス!そのまま上方向を狙え!」
いきなりの命令に驚いた顔をするがドリスは指示通り上へと指をさした
――これで上方向には向かわないはずだ。
ドリスの魔法は狙ったところには高確率で進まない、ならばそれを利用して俺は上への道をふさいだ
呼ばれて出てきた炎の魔獣は体を俺達がいる南西へとむける
――こっちか
俺はそれを見て南西に猛ダッシュする。ドーピングで強化された足はまるで重さがないような感覚で
俺はその足で走ると余裕をもって先回りできた
まるで虎のような形をした炎の魔獣イフリートが唸り声をあげこちらへと突進してくる。
そして俺は箒を手に取る。
――打ち返す場所は戦場の中心となっているセンターライン
俺はそこに飛ぶタイミングを見計らっておなじみの動作で箒をバットへと変えスイングする
このバットには魔法をはじき返すバリアが合成されている
イフリートとバットが交錯するとまるで何か見えない壁にに当たったような形でイフリートが逆方向へと飛んでいく。
跳ね返った魔獣の形をした炎はその反動で形を崩しそのまま火の粉のような形で戦場の中心へと落下していく
ゴオオオオオオオオ!
地面に着いた炎はまるで油が引いてあったかのように周りの地面全体に激しく燃え上がった。
その光景はまさに火の海のような状態で範囲はとてつもなく広く山賊たちは逃げるすべも場所もなくそのまま倒れていく。
「バカな……こんなことが……」
周りの敵が倒れていく中、敵のトップに立つ男は最後までもがきそして、最後まで苦痛を味わいその場で倒れていった。
その光景を見てリーダーのペレスが皆に勝鬨の声をあげる
その声を聞いてか岩陰で隠れていた怪我人たちが顔を出し始めた
「やっやった……」
俺はドーピングの副作用により足が動かなくなるとそのまま大の字になって地面に倒れこむ
「お疲れさま」
上を見上げるとドリスが戦いで少し汚れている綺麗な紫色の髪をかき分けて俺の顔を覗くように見ている。
「ああ、ドリスもお疲れ」
「見事だわ、まさか魔法を跳ね返すとはね……あれはどうなってるの?」
彼女に質問されると俺は手に持っていたバットを彼女に渡す。
「これは俺の友人に作ってもらったバリアの魔法で合成された特殊な武器なんだ」
「なるほど……そんな武器があるなんて……盲点だわ」
――もはや口癖になってる
俺はドリスのお約束に言葉を聞くと視線を辺りの転がった山賊たちに向けた
――これ……死んでんだよな
皆の身体からでる黒い煙と動かない姿を見て自分は生き残るためとはいえたくさんの人を殺したことを実感する
「……どうしたの?ショウヘイ?」
少し思いつめた顔をしていたのか俺の表情を見てドリスが問う
「いや……俺はこいつらを殺したんだな……って」
「おそらくだけど……死んではいないわよ?」
「へ?」
ドリスの言葉に思わず目を細める
試しに近くにいた仲間に敵の生存を確認してもらったら重症ではあるがかろうじて生きていると言われた。
「え?なんで?だってあんな攻撃くらったら……」
ドリスの放った魔法は呪文を唱えているだけでも威力がわかるくらい強力だ。あれを受けて生きているなんてありえない。
俺がいまだに信じられないという顔をしているとドリスが俺のバットを持って指をさす
「これ……バリアの魔法は受けた魔法を4分の1の力にして返すのよ、知らなかった?」
――初耳だぞ⁉
知らされていなかった情報に少しアルに恨みを覚えた。そして俺の表情を見たドリスが知らなかった事を察すると小さくつぶやいた。
「そう……知らなかったの……つまり盲点、だったってわけね」
その言葉と共にドリスは出会ってから初めて笑顔を見せてくれた




