武聖
蠢く無数の眼、鎌の手には首のない大熊の体、そしてその肉をミキサーのように切り刻みながら食す口、
その姿は俺が異世界に来て初めて見るモンスターらしきモンスターの姿で、それを見た俺は初めて捕食される側の立場を感じてしまった。
そして蠢く眼の一つと俺の眼が合う。
「ハッ⁉」
俺はその瞬間唐突な危機感に覆われ、すぐさま横に飛び込んだ。
その瞬間俺のいた場所に大鎌が襲い掛かり地面に大きな穴をあけた。
――やばい、今回ばかりは本当にヤバい
俺の体が大量の冷や汗を流し全力で危険を知らせている。
今までの敵とは訳が違う。初めてグリズリーと戦った時は周りに戦っている人もおり俺もその姿を見て
感化され戦えた。
だが今回はそんなレベルじゃない、仮にそんな人はいたとしてもぐちゃぐちゃにされるイメージしか沸いてこない。
とにかく今は逃げないと、俺は全力で反対方向に逃げようとしていた。
しかし横には震えに足を取られていて一歩も動けないでいる状態のアルがいた。
「アル!」
「体が……うごか……」
俺の声にも反応せず、アルは大粒の涙をためずっとその場に立ちすくんでいる。
そして骨まで食い尽くして手に空きができた怪物の4つの鎌は、今度はアルに向けられた
「クソッ!」
俺はとっさにアルの腕を引っ張るとその場から離れるため全速力で駆け抜けた。
走りながら後ろを振り向くと後ろからは6本の昆虫のような足が大きな音を立て追いかけてくる。
――早く森から脱出しないと……
しかし今進んでる方向は逆方向だ。
俺は袋から閃光弾を手にするとオルメニクスの眼をめがけて投げ込んだ。
カッ
閃光弾は破裂するとともに辺り一面をまぶしい光で覆い尽くした。無数の眼の前で光を見てしまった敵は追いかけていた6本の足を少し鈍らせ、その隙を見て俺たちは木林の中に身を隠した。
オルメニクスは眼がまだ見えていなさそうだが触角で音をたどり探しているように思えた。
怪物の足音が少しずつ近くまで近づいてくる。
「……」
「……」
二人でひたすら息を殺す……
そしてオルメニクスの足が俺たちの目の前付近まで来る。
――頼む!ばれないでくれ!
ギュッと目を瞑りばれないことをひたすら祈る。
…………
……目の前まで来ていた足が通り過ぎ足音が少しずつ遠のいていく……
「…………プハッ」
敵が遠ざかるのを確認すると俺たちは止めていた息を一気に吐き出しそのままその場に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……助かった……のですか?」
「はぁ……はぁ……今は……なんとかな……」
息切れしながら口にしたその言葉にお互い顔を見合わす……そして安心したのかアルは大粒の涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、本当に助かりました。」
泣きじゃくりながら俺の手を握りひたすら頭を下げるアルを見て思わずクスリと笑った。
「まだ、無事と決まったわけじゃないぞ家に着くまでが冒険だ」
「グスッ……そうですね、では帰りは慎重に帰りましょう」
アルが涙をふきながらそう言うと、俺たちは周囲を警戒しながらゆっくりと入ってきた森の入口へと歩いて行った。
「しかし、今回は本当に死ぬかと思った」
辺りを見回しながら俺はふとつぶやいた
「はい……私もミンチを覚悟しました……」
「で?あれ討伐するのか?」
皮肉を交えてアルに言う
「するわけないじゃないですか!そんな馬鹿なことを考えてたやついるならぜひ顔が見たいもんですね!」
そういった本人にチョップをかます。アルは痛がりながらも小さく微笑んで見せた。
――だいぶ、お互い落ち着いてきたな。
二人とも本来の調子を取り戻したことで少し余裕ができ始めていた。
「それにしても、近くの森にあんな奴がいたんじゃおちおちと外にも出られないんじゃないか?」
この森は町の南にあり、さらに南へ行くとグルドナ、そこから西に行くと別の町があるのでこの森の近くを通る人は多い。
「そうですね、確かにここ最近に現れたオルメニクスは問題視されています。ただ、うちの町のギルドにあれを討伐できる人はボンズさんしかいません、しかしボンズさんは昨日から遠征任務でしばらく町を離れているみたいです」
――昨日か……
そう、昨日はちょうど
俺がギルドでウイグルと戦っていた時だ
あの時、俺はウイグルの取り巻き二人に絡まれていた時ボンズに助けてもらった。
どうやらボンズはあの時町を出る途中、たまたま通りかかったらしい。
「……じゃあ、しばらくはこいつを放置か……」
俺が嫌な顔をしながら呟くとアルがその言葉に対し切りだしてきた。
「いえ、もうギルドは討伐のための助っ人要請を出したみたいです。なんでも武聖に頼んだとか」
「武聖?」
初めて聞く言葉に思わず反応する、その反応を見たアルが察するとわかりやすく説明してくれる。
「ああ、そういえばキドさん知りませんでしたね武聖について。武聖ってゆうのは5大戦闘スキル、剣、打撃、魔法、弓、槍をそれぞれ極めた人に贈られる称号です。
剣を極めた剣聖カーライル、打撃を極めた打聖ケルビム、魔法を極めた魔聖、リリイ、弓を極めた弓聖イリーナ、槍を極めた槍聖グルド、この5人が現在この世界でそれぞれのスキルの最強と言われています。そしてその一人がオルメニクス討伐の討伐を任されたとか……」
「へえ……」
話を聞いて武聖に興味がわく。やはり頂点と言われている人たちの実力を見てみたい。男としてそう思わずにはいられなかった。
「ぜひ、会ってみたいな」
「そうですね、町に来た際には見に行ってみるのもいいですね、ただその際は顔は隠しておいた方がいいですよ?思わず攻撃されるかもしれないので」
アルに茶化されながら俺たちはゆっくりと森の入り口へと向かっていく。
このときは、まだ気づいていなかった。危機がまだ去っていないことに……




