戦神ボンズ
何故だろう?ルビ打ちができない
試合開始の合図とともに広場中に響いた歓声はわずか数分もたたないうちに静寂へと変わっていった。
周りのギャラリーは未だ何が起きたか理解できていないらしい。ただ茫然と口を開けて立っている。
やったことはいたって単純だ。
相手にコショウをの入ったボールを投げつけ、怯んだ隙に棍棒で相手の顔を殴る。
それだけの話だ。だがそれだけが周りには信じられない出来事だったのだあろう。
俺もこの単純な作業をするためだけに多大な時間を費やしてきた。
集落にいた間、俺はずっと毎日情報収集などの合間を縫って、マジックリングを使った箒と棍棒を入れ替える練習をしてきた。
もし少しでも箒と棍棒を変えるタイミングが早いとスキルの影響で勢いは一気に衰えていき、威力は減ってしまう。
逆に遅ければ相手を箒で殴ってしまうことになりダメージは与えられない。
俺は毎日ずっと絶好のタイミングで替えられるよう、素振りを朝と夜に1000回ずつやってきた。
おかげで最高のタイミングで殴ることができた。まあこれにはこいつの圧倒的油断があってこそだけどな。
当の本人は眼を白目にして倒れている。
ワァー!
ほんの一瞬の静寂が終ると再び歓声が響き渡る。
「すげえな、ウイグルを倒しやがった!」
「あいつスキルGのわりにめちゃめちゃ素早いじゃねーか」
「ていうかほんとにオールGなの?棍棒使ってたようにみえたけど?」
「俺剣スキルがFで1度剣を使ったことあるんだけど、あれとてもじゃねーが使えるもんじゃねーぜ?どうなってんだ?」
それぞれが戦いの感想を口にしている、しかしこの勝負の結果に納得していない者もいるようだ。
「ふざけるな!」
怒りの声とともに人ごみから出てきたのはホスト風の長髪をした目つきの悪い青髪の男と、少し短髪の髪の赤いガタイの大きな男だ。それはギルドでウイグルと一緒にいたパーティーのやつらだった。
「こんな不意打ちで勝ったようなものが認められるか!」
「そうだ!完全に卑怯じゃねーか!」
二人の言葉に少し周りがざわつく
「何言ってんの?そんなのあんたらのお連れが当てろとか言って余裕ぶっこいてたからでしょ?
それで負けたら文句言うとかマジでダサすぎ……」
人ごみの中から飛び出た言葉に思わず相手をにらむが、言葉を発した人物の姿は人ごみに隠れて見当たらない。多分女性のものだろう。今の一言で二人の言葉に少し耳を傾けそうになっていた人は再び離れていった。
「うっうるせー!とにかく、俺たちは認めねえ。今度は俺たちが相手だ!」
そのままの勢いで二人が勝負を仕掛けてくる。
一応この展開も予想はしていた。
だが今回は向こうも油断をしていないので、作戦が成功する確率は低くく、さらに予定ではそれなりにアイテムも使うので勝負は極力避けたかった。
向こうが赤い髪の男がハンマーのような武器と青色の髪の方が槍の武器を取り出す。
――ちっ仕方ない
俺は覚悟を決め、対策として用意していたアイテムを取り出す……がその勝負は突如聞こえてきた威厳ある声で遮られる。
「その辺にしておいたらどうだ?」
人ごみを割って現れたのは白髪白髭の一人の老将だった。年齢は50~60代に見えるもののその体の筋肉は全くもって衰えておらず顔の頬にある大きな傷がその男のくぐってきた修羅場を物語っていた。
「あ、あんたは……」
「ボンズ……」
さっきまで勢いづいていた二人が一気に縮こまっている。
――ボンズ
もちろん知っている。いや、この男をこの町で知らないものはいないだろう。
戦神ボンズ
かつてはある王国の将軍にまで上り詰め魔王軍と最前線で戦っていた男だ。
国が魔王軍に敗れ滅んだあとは。この魔王とはほど離れた町でギルドで最低限の資金を稼ぎながらひっそりと暮らしている。
年老いた今でも実力はこの町一番でギルドランクはこの町で唯一のAランクに達している。
もし俺を絡んできた男がこの人ならなすすべはなかっただろう……
全く……なんでボンズって名前はあっちの世界でもこっちの世界でも化け物なんだろう……。
「今回の敗因はそこで伸びている男の完全な怠慢が生んだ結果だ」
「いや、でも……」
「これが殺し合いならとっくに死んでいる」
ボンズの凄みある声に二人は言葉をなくす。そしてボンズはその鋭い眼光でこちらに向けた。
「若いの?名前は何という?」
「あ、き、木戸翔平です。」
その鋭い目つきに思わず目をそらしそうになる
「今回のマジックリングを使いこなしと、相手の油断までもを見据えた戦い、見事であった。」
やはりこの人は俺の作戦見抜いていた。そして褒めてもらえたことに少しほおが緩む。
「しかし、お前がこれから冒険者として戦っていく敵もお前を知らない……だが相手はこいつと違って全力で挑んでくるだろう。自分の命を守るためにな……こんな作戦が通用がするのは人間だけだ、覚えておくといい……」
そう言葉を残すとボンズはこの場を後にした……
――カッケェェ!
初めて出会う異世界の戦士に思わず心の中で叫ぶ。
決闘が終わり人波が落ち着いてきた今でも胸の興奮は収まらなかった。
それは初めてプロ野球界のレジェンドと呼ばれる人たちと会話したときと同じ気持ちだった。
あの時は俺も早くプロの舞台に立ちたい、そう思っていたのと一緒で今は早く冒険したいという気持ちでいっぱいだった。
ただ今日はもう夕方、泊まる予定の宿屋を探しているところだ。
場所は広場から西にある商業エリアの中にある小さな宿屋だ
名前はグルド亭
名前の通りグルド族の夫婦がやっている宿屋だ。俺はグルド族の族長であるオッズの口添えもあり、格安で泊まれるのでその宿をしばらくの間滞在の拠点にしようと考えていた。
少し足早になりながら歩を進めていく。
すると目の前に目的の宿屋が見えてきた。
――グルド亭……ここだな
表札を確認するとそのまま中へ入っていった。
ドアを開けるとカランカランとドアについてる鈴の音がなり辺りには10席ほどあるテーブル席が並んでいた。どうやら1階は食事処になっていて宿屋は2階になるらしい。
俺は早速宿のすぐ入り口にあるカウンターへと向かった。
「いらっしゃい、食事かい?それとも宿かい?」
顎鬚を首が隠れるくらいまで生やした少しコワモテのおじさんが営業スマイルいっぱいで迎え入れる。
頭にはコック帽をかぶっているので下の料理屋のコックもこなしているのだろう。
「あ、宿を借りたいんですけど」
「宿ね、お兄さん……なかなかブサイクだね。同じブサイクよしみでサービスしとくよ」
このオッサンはほんとに店員なのかと思うほどの発言に思わず顔をしかめそうになったが、サービスすると言ったのでここは堪えて笑顔で対応した。
やはり同性には顔が悪い方が受けがいいのだろうか?。
「おや?あんたかい!オッズが言ってた勇者様ってのは?」
後ろから聞こえてきた女性の言葉に思わず振り向く……が
その声の主は俺から少し離れたテーブル席にいる顔だちの良くない人、つまり純粋にブサイクな人に話しかけていた。
――間違えてる……
俺はテーブルに着いてそのままキョトンとしている客を無視してそのまましゃべり続けている三角巾をかぶった少しふくよかな体型の女性の方へと向かっていった。
チョンチョン
俺は女性の背中をつつく
「ん?」
女性は振り向き俺に気づくと俺の顔とテーブルの男の顔をじっくりと見比べた後、ようやく状況を悟り口を開いた。
「なるほど……あんただったか……」
そういうと彼女はポンと手をたたいて納得していた。
――しかし俺は納得できない……




