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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第9章 冷酷なる伯爵
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第97話 決断

カイトとエステルが、新聞社に話を売るとエステルが言い出したことについて、いっそう激しく言い合いをしていた。

カイトは相変わらずエステルの言い分を全否定し、エステルは新聞社の話を盾に意地でも自分の要求を押し通すべく食い下がっていた。でもすぐに交渉の体はなさなくなってしまった。カイトは一方的に強弁を続けていたし、エステルは外聞もなく泣き喚いていたからだ。

そしてとにかくいま僕にできることは、冷静になることだった。

もしかすると冷静になれてはいなかったかもしれないが、僕は動かない頭を動かし、彼らの怒鳴りあいに急かされた感を否定はしないが、自分の良心と信念に基づいて性急に結論を出した。

本当はエステルのお腹に子供がいると聞いたそのときに、たとえかけらでも良識や良心を備え持っている男であれば、僕はすぐにこの決断を自分の人生に下さなくてはならなかったのだ。

まだ自分を納得させることはできなかったが、もうこうするより他に、僕には自分にできることを思いつかなかった。


「新聞社に話を持って行かれては困る……、アディンセル家を中傷するような記事を、彼らは書けないと思うけど……、でも知り合いに記者がいると言うなら、そんなことをすると言うなら、僕は領内の地方紙の全部に圧力をかけないといけない……」


僕は言った。


「でも僕の力が及ぶのは、やっぱりせいぜい所領内の新聞社だけだ。だから他の地域や、中央の新聞社に話を持って行かれては僕ではどうすることもできなくなる。政治的影響力を持たない僕では対処ができなくなる。兄さんに言って、手をまわして貰わなくては……、でもこんなことを兄さんにお願いするなんて……。こんなことで兄さんの、アディンセル家の名前に傷をつけるような真似はできない……。

だから、妊娠しているって言うなら、僕はエステルを妻に迎えようと思う……」

「アレックス様!? そりゃ正気ですか、こんな、誰の子供か分かりゃしないものを!」


カイトは弾かれたように叫び、僕を考え直させようと思ったようだったが、僕は応じなかった。


「エステル、君がとんでもない女の人だってことはよく分かったよ、それに僕は正直に言って君のことを愛していないんだ。悪いけど、身体の関係を持っておきながらこんなことを言うのは残酷だって知っているけど、僕はこれからも君のことを愛せそうにはない……。

だからこれはお互いの利害関係の一致の上で成り立つ契約婚のようなものだということを分かって欲しい。愛によってじゃないということは、ちゃんと弁えていて欲しい。

この結婚による僕の目的は子供の保護この一点のみだから、君と夫婦のような生活を送りたいとも思わない。でも子供の養育や君の今後の生活については、僕が一生面倒をみようと思う……」

「アレックス様、待ってください、そんな全面的に応じる必要が何処にあるって言うんです。吹っかけられているだけってことがお分かりになりませんか」

「カイト、僕はずっと父上や母上がいなくて寂しかったんだよ。親がいてくれるっていうことが、どれほど有難いことか、これでもね、これまで何度も思い知る場面に直面して来たんだ。

君の人生とは比較にならないほど生温い環境であったかもしれない、年の離れた兄さんがほぼ保護者としての役割を補完してくれていたし、兄さんで至らないところは兄さんの周りの人間が助けてくれた。僕には乳母も、タティもいた。だから僕は何不自由なく育つことができた。十分な教育、安全、裕福さ、でも、でも感情的には、どうにも解決のならない寂しさがあった……そしてそれと同じ思いを、我が子にさせるべきでないというのが、子供の頃から僕が考えていた家庭像のひとつなんだ。だから……」

「だからってそりゃあまりに短絡的な」


カイトの言葉を、僕は声を大きくして遮った。


「これはそういう次元の問題じゃないんだ、僕がエステルを突き放すかどうかで、赤ん坊の人生が大きく変わってしまうんだよ!

アディンセル伯爵家の一員として育つか、それとも父親のいない私生児となるか!

この国では父親のいない子供がどんな扱いを受けるか、僕は知っているつもりなんだ。結婚を経ずに生まれた子供っていうのはね、まずまともな人間として扱われないんだよ。だから、この責任は大き過ぎるんだ。僕はこれを見過ごすことはできない。

それに幸い、タティにはまだ赤ん坊は授かっていないんだ。でもエステルはそうじゃない。これから生まれて来る、一人の人間の未来がかかっているんだよっ!」

「落ち着いてくださいアレックス様、いいですか、俺はさっきから、貴方の子供かどうか分からないって言っているんですよ。

うん、どうやら話が噛み合っていないらしい。だから少し冷静になりましょう。

いいですか、俺が言っているのは貴方がおっしゃっている以前の問題についてで、まずこの女の言うことは信用するに値するかどうか分からないと言っているんです。私見では、信用できないと思っている。何故なら、いいですか、そもそも彼女は閣下目当てで貴方に近づいてきて、貴方を踏み台にして閣下の関心を得たっていう無茶な前科がある女だからですよ。失恋で真っ暗になってる貴方を尻目に、城内で平然と閣下といちゃつける女だからなんです。それをする閣下もどうかと思いますが、女も女だ。

妊娠したって泣いてるのが只の善良な女なら俺もここまで何か言いやしませんけど、これは絶対性質が悪すぎます。だから今は深呼吸をして、それから」

「でも赤ん坊がいるんだよっ! 僕はエステルと寝て、エステルに赤ん坊がいるんだっ! 僕に赤ん坊を捨てろって言うのかっ!?」


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