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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第5章 アレックスと夢見るタティ
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第9話 不機嫌なアレックス

それから僕とタティは城内のできるだけ目立たないルートを通って、一階厨房まで足を運んだ。近年料理長に就任したというパーシーに葡萄狩りの交渉をすると、鼻の頭が真っ赤になるくらい日焼けをした、さえない風貌の彼は少々申し訳なさそうな顔でこう答えた。


「それが、アレックス様。せっかくのお申し出なのですが、葡萄のほうはどの種類もまだ実が硬く、とても食して頂けるような状態ではないんですよ」

「そうか、残念」

「他に、何か収穫できる果物はありますか?」


そうタティがたずねると、この二十代半ばの料理長がやけに嬉しげに彼女に微笑みかけたので、僕は何だかそれが少し面白くなく感じたけど黙っていた。


「ええ、それでしたらブルーベリーがたくさん実っておりますよ」


さえない料理長はそう言うと、まったく基本が身についていない、見よう見まねであることが丸分かりの不恰好な会釈でタティにそう答えた。

作法も分からないのにわざわざ女性の気を引こうとして馬鹿を晒す男っていうのが世の中には存在しているが、そういう無様なのを目にする度に、何も苦手なことをして気取らなくてもいいのにと僕は思う。

何しろ、パーシーみたいなのにはそんなのちっとも似合わないんだから。

……勿論親切心から、黙っていたけど。


「ブルーベリーですって、アレックス様。どうしましょう、行ってみましょうか?」


タティは僕を見上げて僕にその意向をたずねた。

タティの関心の中心には常に僕がいることが誇らしく思え、僕はちょっとパーシーに視線をやってからタティに答えた。当主の弟である僕に対し、パーシーが何か言い返してくるわけではなかったが、彼が明らかに悔しそうな素振りを覗かせたので、僕は少しいい気分になった。


「ううん、ブルーベリーかあ。ジャムにできるかな」

「まあ、それは美味しそうですねアレックス様。とっても素敵な考えです」

「うん、えへへ。まあね」

「ああ、ええとアレックス様」


そこへ、どういうつもりなのかまたパーシーが口を挿んできた。

このパーシーというのはその田舎臭い外見に似合わずどうもでしゃばりな男のようで、まるでそうするのが当然であるように堂々と話に割って入ってくるのが僕は何とも気に入らなかった。

僕はタティと話しているのであって、こんな奴と会話をしている覚えはないというのにまったく邪魔な男だった。


「アレックス様、ジャムにして頂くのも結構なんですが、ブルーベリーは摘みたてをそのまま食べて頂いても美味しいんですよ。

何と申しましても、俺が丹精込めて育てたのです。

最初は木が上手く育たず、収穫の時期になっても実がならないという事態に見舞われたこともございましたが、今年はようやく思うような収穫を望めるようになりました」

「ああ、そうなんだ。その…、頑張ったね」

「はい! ですからどうぞ、是非、その場でとりたてを味わってみてください」


自信満々にそう言い、パーシーはいそいそと近くの棚からかごを取り出してタティに手渡した。そのときの彼の、またしてもタティに対するにやけ顔が僕はものすごく気に入らなかった。さっきから、この男はいったいどういうつもりなんだろう?

タティは誰にでも親切だから、君にもついでに親切にしているだけで、何も気があるわけじゃないんだということを言いたい衝動にかられたが、何で僕がそんなことを思うのかが分からなくなって頭を掻いた。

タティはあんまり美人なほうではないから、僕以上に異性に縁がないような感じだと思っていたけど、実は彼女って、結構もてるんだろうか……?

言われてみれば、声だって話し方だってとっても可愛いし、気立てだっていいし、何より一緒にいるととっても温かい気持ちになる。タティは誰よりも純情な女性だと思うけど、金髪でも美女でもないから、変態の兄さんがまず相手にしないだろうと思って僕もあんまりタティのことを心配していなかった。

でもよく考えてみたら、兄さん以外の常識的な男たちは、年頃の彼女のことをばっちり恋愛対象として見ているのだ。

でも、タティはこれでも貴族のお嬢さんなんだ。

伯爵の弟である僕の乳母を任せられていた女性の娘なんだから、平民のパーシーなんかきっと問題にもしないに違いないさ……。

ところが厨房から出て一階廊下を歩きながら、何となくパーシーに嫌な印象を抱いた僕の気分を察したのか、タティがつまらないことを言い出した。彼女としては執り成したつもりなんだろうが、僕にあの男への賞賛に同意しろなんてまったく無神経にもほどがあって、僕はますます憮然とした。


「アレックス様、料理長さんってとっても明るくて、積極的な感じがして、素敵な方だと思いません?」

「……そう? 別に大したことないと思うよ」






それから僕とタティはブルーベリーとトマトを摘みに、城の裏手の料理長の畑まで向かうことにした。

城の裏扉を出て、花壇や水路や乙女像のオブジェの広場を抜け、今は城の敷地の端のほうにあるという目的地までの低木に飾られた道を歩いている。

その道すがら、僕は自分が何だか面白くない気分であることをタティに分からせたくて、不機嫌な調子でこう呟いた。


「ねえタティ。僕、無意味に自信満々な男って嫌いだな。

それは兄さんにも言えることだけど、兄さんは大人だからまだいいさ。でもあのパーシー、奴は僕と幾つも変わらないのに生意気だよ」


するとタティは心底意外そうな顔をして僕を見上げた。


「あら、さっきから何だか口数が少ないと思っていたら、そんなことを考えていらしたのですか?」

「先代の料理長のほうが、僕は好きだったな。

彼はどうしてあの若さで厨房を任されているんだろう。あの人、先代の息子じゃないよね。誰か、兄さんに顔の利く人が身内にいるのかな」


僕は自分でも、すごく嫌なことを言っている自覚はあった。

だけど、これはたぶんこういうことだと思うんだ。自分の姉妹に変な男が目をつけていたら、普通の男なら、誰だって嫌な気分になるものだろう。世の中には、娘の恋人にけちをつける父親や兄が後を絶たないって言うけど、たぶんこれはそれと同じことで、決して悪意から言っているんじゃないんだ。僕はタティが心配なだけなんだ。

だけどタティは僕の言い分を随分不思議そうな顔で聞いていて、次には特に気を悪くした様子もなく、いつものおっとりした様子でこう答えた。


「先代の料理長さんは、アレックス様のお母上様と同じ病でお亡くなりになったでしょう?

肺の病は、この地方にときどき流行するものなので、珍しくはないものだけど先代の料理長さんは伯爵様や、幼いアレックス様にうつしはしなかったかということをずっと気にしていたそうです。

だから、コリンさんはそういうことが二度とないように、自分で畑を耕すところから徹底して、伯爵様やアレックス様の健康管理に生命を賭けているんですって。先代の料理長さんの甥御さんなんですよ。後を継ぐはずだった先代の料理長さんの息子さんは、後を追うように肺病で亡くなってしまったので、まだ少し若いけどみんなが推薦したんですって」

「……」


ああ、僕は、自分にがっかりして言葉も出なかったよ。


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