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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第9章 冷酷なる伯爵
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第87話 いじけ虫と梟と現実と(3)

カイトの態度が朗らかすぎて苛つくのは、ずっと前からのことなのだから、今更目くじらを立てるほどのことではないと自分に言い聞かせていた。

マリーシアなんて名前を出せば、僕がすぐに話に乗るとでも思っている辺りがとても気に食わなかった。それに、カイトの境遇を改善するという本題からはいよいよ話をそらされた感はしないでもなかったのだが、一応、僕は黙ってそのまま話題に応じることにした。

それは、カイトに対する好意によってということだった。今では兄弟さえ一人も残っていないカイトに対する同情ということだ。マリーシアのことを、この可愛い名前を、ためらいなく会話にのぼらせるということにさえ飢えているからそれに飛びついたということではなかった。


「やっぱり君も美人だと思ったのか」

「ええ、そりゃ思いましたよ。か弱そうで、おとなしそうで」


カイトはまるで手に負えないいじけ虫の機嫌を取りたいとでもいうように、大袈裟に頷いた。


「……そんな話題を突然振るなんて、まさか君も気に入ったなんて話じゃないだろうね」


僕が警戒して睨むと、カイトは両手を振って全力でそれを否定したのだが、それがますます怪しかった。だって、マリーシアはとっても可愛かったのだ。彼女を好きにならない男なんて、この世に存在するわけがなかったのだ。


「ないです、それは誓ってないですよ」

「なんでそんなことが言えるんだよ。すごい美人だと思ったんだろう?

マリーシアみたいな美人は、地方じゃ滅多にみかけないし……、好きにならないわけがないんだ」

「んー、まあ、確かに美人でしたけども……」


カイトは困ったように頭を掻き、それから一段と愛想よく笑った。


「彼女は俺が相手にするには、ちょっと雰囲気が幼かったかな? それにアレックス様とのほうが、お似合いだと思いましたし」


それは確かにその通りなので、僕は納得した。


「……そう? お似合い?」

「そりゃもう、ばっちり!」

「ふうん…、実はマリーシアに会いたいと思って、何度か王宮に行ったんだ。彼女はきっとフレデリック王子の魔術師だと思っていたから、兄さんについて歩いてたら、そのうち殿下に会えないかと思って」

「えっ、ああ……、そうなのですか」

「うん」

「それで、フレデリック様にはお会いできたんですか?」


僕は何度か小さく首を縦に振りながら言った。


「まあね、でも御姿を見ただけ。王子殿下となると、そうそうこちらがお呼びとめするわけにもいかないから。親しければ別だろうけど、僕はそうじゃないし……、とてもそんなことはできなかった。

それに結局マリーシアには会えなかったんだ。マリーシアはフレデリック様ではなくて、オーウェル公子の魔術師なんだってさ」

「あらら、オーウェル様ですか。そりゃまたえらい展開ですね」

「うん。厄介なことになったと思ったよ。マリーシアがどういう女性か、もうちょっと彼女のことを知りたいと思ってさ、兄さんに探りを入れたらそういうことだった。

僕はオーウェル公子とはまったく交流がない上に、彼は僕のことなんか虫けらとしか思っていないような態度だっただろう。もし僕が彼の魔術師が気になっているなんて知ったら、どんな意地悪をされるか分かったものじゃない」


僕が言うと、カイトも僕に同調する形でオーウェル公子のことをこう評した。


「意地悪どころか、夜会のときも彼は我々のことなんか血祭りにしてやれってなこと言ってましたもんね……、あの目は完全に本気でしたから、あんときゃ俺もどうやって切り抜けるべきか冷や汗を掻いていたもんです。

ですから俺としては、アレックス様があの公子様に迂闊に近づくことに賛成することはできません。

あの方はなんつうか、思想といい、不安定な精神といい、どちらかと言うと悪い意味で独裁者の素質を持っていると思いましたよ。王位継承の上位にフレデリック王子がいてくださってよかったとしか言い様がないような。

もっともこれは、あの若い公子様があのご性格のまま成長してしまったらという前提の話ですけども」

「ああ、独裁者っていうのはぴったりだ」


僕は吐き捨てた。あの夜会の晩、そう言えばオーウェル公子が僕をゴミ扱いしたことを思い出して、何だか胸の中がむかむかしたのだ。


「大きな声では言えないけど、どんなに身分が高くたって、ああいう性悪の人間っていうのは弱い者虐めとかを平気でするから大嫌いだよ。

マリーシアが、酷いことをされていなければいいんだけど……」


僕が呟くと、カイトはそのときの情景を今まさに思い浮かべているような少しの沈黙の後、答えた。


「そこはたぶん、大丈夫かと」

「どうして?」

「思い出してみるに、マリーシアは特別オーウェル様を恐れている様子も、彼から離れた立ち位置を取っているわけでもなく、見たところ身体に瑕もなかったですから。

それに何より公子様は、王子様を見るときは素直な顔になるんです。信頼している親とか、年上の兄弟を見るような感じでしょうかね。あれはかなりフレデリック様を慕っているってことだろうから、彼の想い人なら丁重に扱っているというところなのでは」

「いま思い出したの?」


僕が訊くと、カイトは頷いた。


「得意なんです。場面を映像として憶えておくのが」

「君、ほんとよく見てるな」


僕が感心すると、カイトは笑った。


「それが俺の仕事でもありますからね」

「じゃあ、本当は昔のこともよく憶えているんじゃないのか……?」


でも僕が家族を殺された件を持ち出すと、カイトはおちゃらけて無理やりとぼけた。


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