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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第8章 運命の少女
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第70話 運命の少女(1)

そして僕たちは急遽王城内をロビンを探して歩くことになった。

僕につき従っているべき魔術師のロビンと、どれくらい前からはぐれていたのかについて、思い出すことができないくらい僕はまったくそのことに気がつかないでこの夜を過ごしていた。

夜会の会場内を、そろそろ酔いどれ始めた貴族たちの衣装の隙間を縫い歩きながら、僕らはロビンを探してまわった。

彼女は魔法を使って僕の身を護るべき立場の人間でありながら、普段からタティ並に危なっかしい感じがしていたのだが、それが、こちらが気にしてやらなければならないほどだったことを思うと、僕はこの人事を少し不満に思っていた。

これがタティであったなら笑って許せただろうということを思うと、彼女を叱ることについては躊躇う気持ちが生じないわけではないのだが、妻と部下とでは扱いに違いがあって当然なのだし、これはやはり、後で少し厳しく言ってやらなければならないだろう。

僕らはそのまま広間をくまなく歩きまわったが、ロビンの姿はどうにも見当たらず、そのまま夜会会場の外の廊下に出た。

王城の廊下はそれ自体が素晴らしい部屋の一部であるように何処も一様に絢爛豪華、壁には絵画や金細工の薔薇の燭台、建国譚の壁紙と、足下は深紅の上等な絨毯、そして直立する衛兵や行き交う召使いの衣装にさえ上品な薔薇柄があしらわれてあった。

廊下に飾られた白薔薇のリースを囲んだり、金縁の手すりに何となく寄りかかったりしながら、広間からあふれ出た貴族たちがそこでも輪を作っておしゃべりの花を咲かせている姿があった。しかし夜が更け始めていたせいなんだろう、そこでは恋人らしい二人が人目を憚らずに何やら親密な様子で寄り添いあっていたりする姿なんかも、割と目についた。

それで僕とカイトはなかなか気まずい思いをしながらその集団の中にロビンの姿を探したのだが見当たらず、あんまりカップルの側にいるっていうのもいたたまれない気持ちがするので、ひとまずは人気のない廊下の十字路の向こうのほうに避難してから、これからどうすべきかを話し合おうとしていた。

国中の役目のない貴族が集う今夜、王城の警備は何にもまして万全だとは思うが、時刻はもう夜中だった。女性を騙して、さもなければ力ずくで何処かへ連れて行こうなんてことは、少し世慣れた人間にとっては、何とも容易いことだろう。

先日兄さんが話してくださった、ギース公の乱交会場の話が頭を過ぎり、僕はよからぬことを考えてため息を吐いた。


「参りましたね」


少し足早に廊下を進みながら、カイトは言った。


「思い出してみると、ウィシャート公爵様と話したときにはもういなかったですよ。と言うのは、あの公爵様ってのもなかなか女に執着のあるお方のようで、男の従者には見向きもしませんが女は必ずチェックしますからね。ジェシカ様ルイーズ様のことは、今夜もばっちり観てらした。

ロビンちゃんはかなり正統派の美少女だと思うから、あの場にいればまず無視されるってことはなかったと思われます」

「そうなのか……、君はよく見てるもんだな」

「いえいえ。としますと、それより前に……ということになりますね。たぶん、アレックス様がお知り合いの方々とご挨拶をなさっていた頃にはもういなかったかもしれない。はぐれたのは会場に入って割とすぐだったんじゃないでしょうか、そんときゃ特に、貴方も俺も場に馴染もうと必死だったから。俺がもう少し気をつけていればよかったんですが」

「いや、君のせいじゃないよ。魔術師が主人の側を勝手に離れるっていうことは、考えられないことなんだからね」

「どうします、ここは衛兵に探させたほうがいいでしょうかね」

「大事にしたらこのことが人に知られてしまうけど……、まったく王城で迷子なんて。彼女はアディンセル家の名前に傷をつけたいのか。

兄さんによればロビンは身元もしっかりしているそうだし、一生懸命にやってはいるんだろうけど、悪いが部下としてはあまり優秀じゃないみたいだ。

僕に何の断りもなしに勝手にいなくなるなんて、さすがに良識を疑わなくちゃならないよ」


僕は少々うんざりして頭を振った。


「ま、我々も彼女をずっとほったらかしにしていたってのもありますよな。あんまり相手にされないんで、むくれちまったのかもね」

「だって、何を話したらいいのか分からなかったんだ」


僕が言うと、カイトも気まずそうにしてそれに同意した。


「それは俺も右に同じです。なんつうか、彼女はあまり冗談好きな性格でもなさそうだし、あんまり人を寄せつけないって言ったらいいのか、とにかく普段からして周りの人間と打ち解けようとするところがなかったんですよね。まあ、そこら辺はアレックス様の女版とでも言いますか。

それで、暇さえあればアレックス様をじっと見ているしで、俺としても日頃からどう扱ったらいいやらというのが本当のところでした。

でもま、女ってのはそもそもあまり社会的な動物じゃないですからね。今回のことはしょうがないですよ。ましてや彼女は若いんだし。きっとその辺にいると思いますよ」

「ロビンは幾つなんだっけ。年下っていうのは分かるんだけど」

「十八って聞いてますよ」


それで、思わず僕はにやりとした。


「それは若いね。まだ子供だ」


するとカイトは僕の言った言葉にどういうわけか少し笑ったのだが、たぶん、僕の言うことが正論だとでも思ったのだろう。

そして僕らは二人して広間の入り口に詰めている衛兵に、この事情の説明をするために来た道を引き返そうとしたのだが、ふとカイトが、衛兵に言うよりもルイーズに言ったほうが手っ取り早いんじゃないかと提案した。


「ああ、そうだよ。それがいい」


僕はそれに賛同した。


「自分が魔法を使えるわけじゃないから、なかなか思いつかないんだよね。魔法って感覚がさ。遠くが見えるとかそういうの。でも言われてみればそうだよ。迷子を捜すには千里眼がうってつけだ」


それで僕は、すべてのことがすっかり解決した気持ちになって安心した。


「どういう感じなんでしょうかね。何でも見渡せるって」

「さあね、何でも見えるって言っても、意識を集中しないといけないはずだから、常に全方位何処でもってわけにはいかないと思うよ。

ルイーズは、所領の要所に常時意識を置いているらしいんだけど、それってすごいことなんだ。普通は一度に一ヶ所とか二ヶ所なんだって」

「へえ、何だか分かりませんがそりゃすごい。公爵様に言われても、閣下が手放さないわけですね」

「うん。でもトバイア様が連れていた魔術師は、僕が見てもルイーズより実力が上だったよ。あの背の高い痩せた魔術師。名前はなんて言ったっけな。とにかく、だからトバイア様にしてみれば、無理やり兄さんから取り上げるほどでもなかったんだろう」

「ときに、服の中も見えるんですかね」


僕は頷いた。


「そうらしいよ。タティが言ってた。コルセットの中も見えるんだって。タティは僕の魔術師になる予定だったから、ある時点まではその訓練をしていたから、確かだよ。……と言うかカイト、今の質問の意図を聞いていいかい」

「分かってるくせに」


カイトはほとんど真顔で言った。


「お嬢様の裸を見たいの?」


僕は少し意地悪を言ってやった。

それでカイトはなかなかジレンマに陥ったようだった。


「ふん、否定しないってことは、ヴァレリアは好きじゃないけどちゃっかり裸は見たいのか。まあ確かに、彼女はなかなかいい身体つきをしていたと思うけど、君もとんだスケベ男だな。好きでもない女の裸を見たいとは、それとも裸を見たいと思う程度には好きなのか知らないが、どっちにしても僕には理解に苦しむね」

「何をおっしゃいますか、アレックス様だって似たようなものでしょう。さっきだって、ルイーズ様の胸を見てらしたくせに。まったく、純情可憐なアレックス様は、もう完全に過去のものなんですね」

「ルイーズは胸と唇がいいんだ」


僕はカイトの皮肉をものともせずに答えた。


「うなじもいいですよ」


するとカイトも言った。


「首が細くて。そそる」

「ふうん、なかなか通だね。でも君、自分の女じゃないんだから、あんまりルイーズのことそういう目で見るのは感心しないな」

「アレックス様……、そりゃ勿論、ご自分に対しておっしゃったんでしょうな」

「いや……、僕はいいんだ。僕は別にいやらしい目で見てるわけじゃないからね」

「んじゃ、どんな目で胸やら唇やらを凝視してらしたんです?」

「えっ? そ、そりゃあ、それは……よく分からないけど。でも、君が思ってるようなことじゃないよ。これは確かだ。だいたいルイーズは日頃自分で露出してるんだから、やっぱりちょっとは見られたいと思ってるんだよ。だから見てもいいんだ」

「じゃあ俺も見てもいいですね」

「いや、それは違うと思うよ」

「アレックス様……」


そこへ、何やら画材を抱えた痩せた男が急に走り込んで来て、彼は十字路のちょうど真ん中でカイトと衝突して絵の具だの筆だのを廊下にぶちまけた。せっかく愉快な話をしているところに何なんだと僕は腹を立てたが、カイトはもっとだっただろう。


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