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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第8章 運命の少女
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第69話 複雑なる男心

分かっていたこととはいえ、ルイーズが結局は僕をまったく男として見ていないという現実というのは、僕の気持ちを傷つけるには十分だった。

ルイーズが僕のことよりも、他の名前も分からないような男たちのほうをずっと優先したことを、まったく面白くないと感じているということは、僕はルイーズに対して、もしかするとあわよくばなんて気持ちがあったということなのだろうか?

でもそんなことをまさかカイトにも、誰にも言い出せるはずはなく、僕は単純にルイーズの素行が許せないという態度をもって、会場の別の片隅でしばらくの間憤慨し続けていた。


「ルイーズの奴、本当にはしたないよ。日頃から娼婦みたいな格好して、おまけに男好きだなんて最悪だ。とにかく彼女には、恥じらいってものがないんだ。僕は、ああいう女は好きになれないね。年下だと思ってこっちを小莫迦にしている態度も苛々する」

「そうですか? そんなに小莫迦にゃしていないと思いますけどね」

「年上ぶってる」

「いいじゃないですか、年上ぶったって。だって彼女、閣下と同い年なんでしょ。さすがに貴方を同輩とは思えないんですよ。

年上ぶる女を可愛いと思えるくらいになってこそ、大人の男ってものなんじゃないですか。アレックス様、大人の男になりたいんでしょう」

「そうだよ」

「だったら、そんなことで腹を立てたってしょうがないですよ。もっとでっかく構えていないとね」


時刻はとうに遅く、カイトがそんな話よりも、もっと明確に愉快な気持ちになれる、女性についての話や、彼女たちの素肌の話なんかをしたがっていることは感じていたが、僕は譲らなかった。


「おまえは今朝、ルイーズに誘われていたくせに、あっさり鞍替えされて悔しくないのか?」


僕が言うと、カイトは唇を曲げた。


「あんなの、最初から本気じゃないですよ。彼女は単にどぎついことを言いたくなる種類の人間なんじゃないですか?」

「本気じゃないって、どうして分かるんだよ」

「どうしてって、説明は難しいけど……、とにかく今朝のことなら、単にからかっただけだと思いますよ。

俺が思うに、基本的に自分を捨て切れてないお嬢さんでしょう、あの人は。さっきジェシカ様をお嬢様なんて言っていましたが、俺に言わせりゃ彼女だって十分そうですよ。

まあ、閣下の魔術師ともなればいろいろ難しい場面を目にしてはいるんでしょうけどもね。

だから本当に俺の相手をしようなんてつもりははなからないんです。ありゃ俺が話に乗らないってことを見越して、言っただけ」

「なんでそんなことが分かるんだ? ルイーズと親しくもないくせに。

僕にはそんなの、全然分からないよ」

「分からなくていいんですよ」

「何だよ、おまえまで僕を莫迦にするのか?」


僕が言うと、カイトはやれやれといったような反応をしたが、すぐに真面目に返答をくれた。


「んー、つまり演技してるんですよ。彼女は自分を偽ってる。ジェシカ様も言っていたじゃないですか、本当は髪の色が金髪なのに染めているとか何とか。世の中に、ブロンド女ほど需要の高い人種もないでしょうにね。

本当に見たままの人物なら、彼女は今頃自分が金髪美女だってことを最大限に利用しているところでしょう」

「つまりおまえは、ルイーズが本当はあんなじゃないって言いたいのか?」

「たぶんね」

「真面目なのか?」


カイトは笑った。


「真面目って……、んー、まあ、考え方はかなり堅いでしょうね。だからさっきの男たちのことも、たぶんすぐに追い払うんじゃないかな。あれはまあ……」


カイトはそう言って僕を見て、曖昧に何度か頷いた。


「じゃあ、なんでわざわざあんなにしてるんだろう?

例えば……ルイーズは金髪フェチの兄さんに迫られたら嫌だから、身を窶しているとか」


僕の半信半疑の言葉に、カイトは頷いた。


「まあ、なんであんな格好しているかって考えたら、たぶんそんなところでしょうね。身を守ってるんじゃないかと思いますよ。閣下はそういう人ではないと俺は信じたいところなのですが、でも確かに、金髪女と見ればあの方の見境のないことも確かだ。となりゃ、あの美人が金髪なら、三秒でベッドルーム行きでしょうからねえ。

いつも身近にいるんじゃ、やっぱりあれの頻度も高くなって、そうなりゃぽんぽん子供もできちまうかも」


そしてカイトはおもむろに身体の重心を倒し、まるで妊娠している女性が自分のお腹を撫でるような、ある意味生々しい手つきをしてみせた。そのおかげで僕は無駄な想像力を掻き立てられ、げんなりして頭を振った。


「……確かに、迫られたら断れない相手が身近にいるっていうのは、それは女性としては耐えられない状況だろうな。ルイーズは兄さんの魔術師だから、兄さんが嫌だからと言って、他の人間のようには役目を離れるわけにもいかない。

だからわざと兄さんが嫌いな女みたいに振る舞って、兄さんを拒否しているのか……。

カイトは、人のことよく見てるんだな」


僕の言葉に、カイトは笑った。


「まあ、ご存知の通りの境遇でしたから、俺は否が応でも人の顔色を見なければならなかったってことも大きいかも。でも事情が明確でない以上、推測が当たってるかどうかは保障できませんけど」

「まったくルイーズの奴、兄さんのスケベが嫌で困っているなら、僕に相談すればいいのに……」

「そらま、その…、貴方は閣下のご身内ですからね。遠慮なさったんでしょ」

「じゃあ兄さんのことはどう思う? ルイーズによると、兄さんは初恋の女を忘れられないでいるらしいんだ」

「まあ、誰にでもあるんじゃないですか、そういうこと」

「君にはあるのか?」


僕がたずねると、カイトは両手を広げてまた笑った。


「どうでしょう?」

「また自分のことははぐらかすんだな」

「ま、人に歴史ありですよ」

「偉そうに。君は僕と大して年が変わらないじゃないか。たった十年前を思い出しても、僕らは子供なのに。語る歴史なんかあるって言えるのか?」

「そら、そう言われちまえばそうですけどもね。それでも、子供なりに苦労はあるもんでしょ」


カイトに言われ、僕は頷いた。


「まあね」

「ところで前から思っていたんですが、これは閣下とルイーズ様の話とは別の話としても、年頃の主人と従者がいつも一緒にいたりすれば、やっぱりお互い妙な感情が出てきたりするものなんですかね。貴方とタティみたいに」

「さあね、君が何を言いたいのかは知らないが、その辺はよく分からない。結局は、人によるんじゃないか」

「アレックス様はロビンちゃんのこと、どう思います? ここだけの話、彼女、なかなか可愛いと思うんですけど」

「それは……、可愛いかもしれないけど。どうかな、つまり、僕はロビンのことはまだよく知らないんだ。お互いまだ何も……そのうち打ち解けられればいいと思ってるよ」


僕は後ろのロビンを気にしつつ、カイトのゴシップ好きにうんざりして言った。


「そりゃ、貴方から話しかけられるのを待っているんですよ。俺の見立てでは、ロビンちゃんってこっそり貴方に気がありそうな気がするんですよね。

アレックス様のこと、ときどき恋する瞳でじっと見てたりするんですよ。ああ、いいなあ」

「カイト……」


僕は再び頭を振った。


「何です?」

「君が常に誰かとコミュニケーションを図ることが大好きなのはよく知っているし、そうせずにはいられないことも分かってる。僕もそれに助けられることはある。だから君の無駄話には僕としてもなるべくつきあうようにしているけど、でも本人がすぐ後ろにいるのに君はどうしてそうデリカシーがないんだ。すべての人間が、君のように大雑把だとでも思っているのか?」

「いや、後ろにゃ誰もいませんよ?

いやだなアレックス様、まさか幾ら俺だって、本人がいたらこんなこと言いませんって」

「えっ、いない!?」


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