第66話 魅力(2)
「僕も君みたいに魔法を習いたかったな」
それから僕は、自分がルイーズと対等の大人であり、しかも大人の男であるということを彼女に分からせるべく、少し澄まして話をした。
頭の中では少なからず兄さんを意識して、彼の仕草なんかを真似てみたりするのは、別に彼女の気を引きたいからじゃない。とにかく僕が尊敬に値する男であることを、この際ルイーズに理解させる必要があったからだ。
「そうすれば、きっと今頃はいろいろできたんだろう。書物に埋もれて人生を過ごすことにこれまでよりもずっと意義を見出せそうだし、実際に魔法で遠地へ飛んでいくとか、そういうのはすごくいいよ。特権的で」
僕が言うと、ルイーズはふと眉を寄せて、文句でも言うように僕を見上げた。その様がとても可愛らしく、僕はすぐに釘づけになった。
僕はルイーズが気に入らないはずなのに、どうしてか彼女に目がいってしまうのが、自分でもよく分からなかった。
「私もそれを薦めたんですのよ、とても一生懸命にね。今の時代、魔法を使えて損になるようなことはないし、この限られた人間しか手にすることのできない魔法を行使するという特技は、魔力というものを持って生まれた者だけに与えられる言わば神からの恩寵でもあるはずだって、それに……、ところがギルバート様が駄目だって」
「どうして駄目だっておっしゃったんだろう? 自分が扱えないから嫉妬したのかな」
僕が言うと、ルイーズは吹き出し、それから頷いた。
「確かにそういうお気持ちも無きにしも非ずかも。彼、とっても負けず嫌いだから。
でもギルバート様はたとえ内心で何を感じていようと、嫉妬なんて浅ましい感情だけで大事な物事を判断される方じゃないから、理由はもっと別のことよ。
アディンセル家の嫡男じゃない貴方が優秀な魔法使いともなれば、きっと幼いうちから出仕させられてしまう可能性があったからじゃないかしら。もっと偉い人の魔術師になってお仕えするために。
でも彼は、どうしてもアレックス様を手放したくなかったのよ。
貴方が大きくなったので、彼も素直な性格ではないから、昔のような猫可愛がりとはいかなくなっているけれど……、気持ちは今も変わらないわ。貴方をいつでも目の届くところに置いておきたいと思っていらっしゃるの。そしていつも手や口を出したいのよ。貴方の生活や、人生そのものに。それでアレックス様に煩がられても構わないと思っていらっしゃるわ」
「兄さんは、確かにどうしようもなく煩いと思うよ」
僕が何となく気取ったふうに言うと、ルイーズは屈託なく微笑んだ。
「愛すればこそよ」
それがとても可愛くて、僕はもっとルイーズと話をしたいと思った。
彼女は昔から僕に取り入ろうとして来なかったから、僕は随分ルイーズのことを得体の知れない女だと思っていたけど、よく見てみると、それにこうして話していると、彼女はとっても可愛かったのだ。
勿論、同い年のタティの可愛さとはまた違っているのだけど、僕はシェアのこともあって、女性が年上だろうと別にどうでもよかったし、このときはもっとルイーズと親しくなりたいと思っていた。
さっきカイトも言っていた通り、他の女性と会話をすることは、決して悪いことじゃなかったのだ。それにルイーズは会話にユーモアがあって面白かったし、彼女と話していると、何故だか自分がとても立派な男になったような気持ちになった。
こうやって僕に年上ぶっている女の人が、もし僕のことを好きになったら、甘えてくれるんだろうかと思うとわくわくした。
彼女が兄さんの女性だったらどうしようかと思うと気分が暗くなるほどだったが、でも兄さんはルイーズを差し置いて他の女性とデートに行ってしまうということは、はじめから恋人ではないかもしれないし、少なくともずっと優先順位の低い女には違いなかった。
「ところでルイーズ、僕の魔力についてどう思う?」
僕はふと、前から疑問に思っていたことをルイーズにたずねた。
「どうって?」
「つまり、誰から貰ったものなんだろうね。父上も兄さんも魔力はないし、母上に魔力があった話も聞かない。
でも魔力って確か、遺伝性が強いよね。突発的に出ることもあるけど大抵は血によって伝わるものだ。だから、僕は自分は先祖返りかなと思ったりもしてたんだけど、君は何か知らない?」
僕はとにかく、自分とルイーズの間だけに何か共通の話題を持つことができれば、ルイーズが僕に失礼であるとか、生意気であるというこうした悪い行き違いが改善されて、仲よくなれるんじゃないかと思い、魔法の話をしようとしていたのだ。
ところがルイーズは、少し酒を飲みすぎたのか、立ち眩みがしたようだった。
彼女は具合が悪そうに手の甲を額に乗せて、ふらふらっとして僕の横にいたカイトにしなだれかかった。そのままカイトの肩に頭をもたせかけ、ルイーズの綺麗な横顔をカイトが覗き込んでいたが、二人のそうした姿は何となく似あっていた。それで僕は最初少し彼女のことを心配に思ったのだが、倒れかかるのがまたしてもすぐ目の前でおしゃべりをしていた相手である僕ではなく、少し離れたところにいるカイトであったことが僕は内心でかなり面白くなく、はっきり言えばこの態度にはむかっとした。
「私、酔っちゃったかしら?」
「またまた、いきなり何です。ざるのくせに」
そうは言っていても、カイトが満更じゃなさそうなのは分かっていた。
ルイーズは悪戯っぽく舌を出して、それから僕の質問はほったらかしでそのまままたカイトを構おうとしたようだったが、僕が怒りの咳払いをしてやるとしぶしぶこう答えた。
「……ギルバート様の祖母に当たるお妃様が、魔力を持っていらしたって記録があったと思うけど……どうかしら。何せ先の伯爵様自体が、ギルバート様の祖父であっておかしくないお年でいらしたでしょう。だからお祖母様となると随分前のことになるから、私にはよく分からないわ」
「……、ところでルイーズ、今のものすごくわざとらしくなかった? 思いっきり僕を避けなかった? 僕に触りたくないってこと?」
「親に魔力があっても必ず子供に遺伝するわけじゃないし、魔力持ちの方って、世の中に本当に少ないから、いずれにしてもアレックス様は運がいいわよ」
「ルイーズ……、おまえはそんなに僕のことが嫌いなのか?」