第63話 お嬢様の意図(2)
そうしている間にも、ヴァレリアお嬢様はますます挑戦的な顔をし、やがて思いつきのように不意に僕に言った。
「ねえわたくし、父から貴方の花嫁になるように言われて育ちましたの。少しでも早くからお近づきになるために、まずはアレックス様の騎士に選ばれるために、一生懸命剣術だって磨きましたのよ。
それなのに、騎士の役目はそこの下男に取られてしまったのよ」
「ああ、そう、それについては悪いと思うけど、でもあの、当時僕にその人事権はなかったんだ。兄さんがお選びになることなので、そこは君の父上も納得していると思うよ」
「じゃあ今からわたくしを選んでくださいませんこと? 側近の騎士、別に一人だけと決まっているわけじゃないでしょう」
「いや、それはその……、カイトはよくやってくれているから。だからちょっと……」
「じゃあこの男をはずして」
「いや、それはできないよ。彼はよく尽くしてくれているんだ。君は彼を馬鹿にしているようだけど、カイトっていうのは意外と……」
「じゃあ花嫁でいいわ。貴方の花嫁。とにかく貴方の側にわたくしを置いて頂戴」
「いや、だから……」
「ねえ、わたくし、悔しいのよっ」
不意に、ヴァレリアお嬢様は焦れた声を出した。
「貴方、最近情婦をこしらえたって言うじゃありませんか」
「情婦? 情婦って……」
「あらそうでしょ。わたくしの言うことに誤りがありまして? 情婦! あの見るからにださい田舎娘って感じの乳姉妹のことよ。
地元の社交界じゃ、誰もがそう思っているのよ。カティス家の当主でさえそう言っていたわ。それなのに、誰があんな芋娘を認めるものですか。売春婦って言わないだけましだと思ってくださらないと」
「……」
僕は別に、このヴァレリアお嬢様と何も関係もなかったし、今後も何か関係を持つつもりもなかった。だいたい僕はタティと結婚するんだから、誰にも非難されるようなことはしていないはずだった。確かにタティは今は愛人かもしれないが、それもきっと少しの間だけのことだからだ。
だけどこのヴァレリアお嬢様が、まるで僕を弾劾するみたいな口調で物を言うので、僕はこんなに攻撃的な女性と接したことだってなかったために驚いてしまっていて、何だか反論することができなかった。
すると彼女はどんどん言いたいことを言い始めた。
「ほんと、これだから男は嫌いなのよね。美形だろうと偉かろうと、人間性の低さに疑いの余地がない。勿論そこの下男は言うまでもないことだけど、お父様といい、伯爵様といい、貴方といい、本当に不潔。本当に最低。野蛮でどうしようもない」
僕は、思い当たる節があるために、何も言えずに下を向いた。
「でも、アレックス様の情婦があの程度のお顔の下級貴族の娘と聞いて納得しましたわ。となればどうせ、わたくしとの初夜のための練習相手なのでしょうから。
所詮、爵位もないような家の娘など、アディンセル家の別荘の女主人にだって、道義的に考えてもなれるはずもないですから、今度のことだけは許してあげます」
「ゆ、許……??」
ヴァレリアお嬢様が言っていることが分からず、僕がいよいよあたふたすると、それまで沈黙を守っていたカイトが、意を決したように顔をあげた。
「お嬢様、父君様のご主君であるアディンセル伯爵の弟のアレックス様にそんな口の聞き方はありません。許してあげるなどと……今すぐ非礼をわびるべきです」
するとヴァレリアお嬢様はそれを一笑に伏した。
「はあ? ちょっとカイト、何を生意気なことを言っているの? おまえも偉くなったものね。
おまえみたいなのがまさかわたくしに対して物を言うなんて……、平民風情が、何か勘違いしているんじゃなくて。
ねえ、おまえ何様? おまえやおまえの親兄弟がどれほど落ちぶれていたか、アレックス様にお聞かせしたら、彼のおまえに対する評価だってさすがに変わるかもしれなくてよ。
少なくとも、これをお父様がお聞きになったらどんなお顔をなさるかしら。下男がわたくしに物を言うなんて。きっと驚いて、おまえの背中を鞭で引っぱたくわね!
そうだわカイト、もしわたくしに言うことを聞かせたいって思うなら、そうしてくださいませんと今後当家で自分の面子が立ちませんから、謝ってくださいお願いします、そう言って靴でも舐めてよ?」
そしてヴァレリアお嬢様が本当にドレスの裾から自分の足を出して見せたので、僕は驚いて彼女を見た。するとお嬢様は少し場所を間違えたといった顔をして、すぐにそれを引っ込めた。
「とにかく、この汚らしい下男が、生意気に人間の言葉をしゃべるんじゃないわよ。
おまえは平民の血のほうが濃いくせにほんと図々しい。最悪よ。男だっていうだけでこんな下品なのが男爵になれるなんて世の中間違ってる。ああ、平民臭くってたまらないわ!
何よその目は……。なんて嫌な目でわたくしを見るの?
もういい加減にして、顔を伏せていて頂戴。おまえの顔を見ていると、わたくし虫唾が走るのよ」




