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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第8章 運命の少女
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第61話 筆頭公爵(2)

「副伯……ですか?」


僕が恐る恐る伺うと、公爵様は機嫌よく頷いた。


「正式な伯爵の後継者ということだ。ギルバートには子供を持つつもりがないのか、これは彼の問題なので私には何とも言えないが。

その際には、私からもおまえに何か贈り物をしよう。だから、精進しなさい」

「は、はい。有難きお言葉を頂戴致し、感激にございます」


僕がどうにかそう答えると、公爵様は親しげに笑った。


「うむ。ふふふ、それにしてもこれは、おまえの弟とはとても思えぬなギルバートよ。何ともうぶで奥ゆかしい。まるで仔犬のようではないか。

我が息子にも、これくらいの可愛げがあればいいのだがね」

「公子様は閣下に劣らぬ利発な方。今は少しばかり照れていらっしゃるのでしょう」


兄さんが言うと、公爵様の後ろにいるオーウェル公子は鼻を鳴らして兄さんを睨み、それを嘲笑した。

兄さんに対してまさかそんな態度を取れるその度胸と立場を羨ましくも思ったが、僕にできることは只黙って控えているのみだった。

兄さんの側にはいつの間にかジェシカとルイーズがいるように、僕の後ろにはカイトとロビンがいるはずだが、僕はカイトが、まさかこの場でおちゃらけはしないかということを、彼としても当然きちんと分かっているとは思うけれども、内心で少々気を揉んでいた。

いささか高圧的な口調で、公子は言った。


「アディンセル伯は顔に似合わず世辞のお得意な方らしい。一介の地方領主が、どんな汚い手を使って父上に取り入ったのやら。

悪質極まりない我が父に取り入るなど、ギルバート、おまえも余程骨が折れたろうにな。果たしてこの野心家の伯爵は、何が狙いなのか」


それに対して、兄さんは悲しげに胸を押さえて即座にこう応えた。

兄さんは誰が見ても美しい顔をしているので、どんな表情であれよく似合うのだが、その表情が本当に胸を痛めているふうで、僕は彼の身内であるのにも係わらず思わず視線をとめてしまうほどだった。


「なんと……、それはあまりに惨い申され様ではございませんか。私はいつでも公子様をお慕いし、ご聡明な貴方様にお近づきになりたいと日々願っているのですが」


情感のこもった言葉遣いも、普段の横柄な兄さんをよく知る僕としては何やら聞き慣れないものではあるが、実に感動的だった。


「……、白々しいことを。おまえがそんな殊勝なことを考えるわけがない」


しかし公子が少し戸惑った末にそう呟くと、兄さんはにやりと笑ってそれが嘘であることを認めた。


「おや? 貴方様も少しは美辞麗句をご理解できるお年になられましたか。それは結構。ご成長のほど、お喜び申し上げますよ」


それで公子は悔しそうにして兄さんを再び睨みつけたが、それはたぶん、若い彼が兄さんの演技を半分信じかけてしまったせいなんだろう。


「俺が公爵になれば、おまえなどすぐに左遷してやる」


憤慨する公子の言葉を公爵が引き取り、肩を聳やかしてこう言った。


「このような場で済まぬなギルバート。まったく、オーウェルめは権力を笠に着て礼節を欠いた態度は、いずれ己の為にならんということが未だに分からんらしい。これは果たして誰に似たものか、生意気でならんよまったく。

幼い頃には散々ギルバートに世話になっておきながら、何という口をきくのか」

「構いません」


兄さんはまるで普段とは別人であるかのように、公爵に対し愛想よく微笑んだ。これは昔兄さんが僕に対しても見せていた、完璧な人格者の微笑み方だと僕は思った。

兄さんと公子が、僕が思っていたよりもずっと親しげな様子であることが少し気になったが、そんな気持ちを正直に顔に出すほどには僕は子供ではないので知らん顔をしていた。

公爵は兄さんに言った。


「だがアレックスには、是非とも我が息子の友人になって貰いたいと考えているのだ。二人は年頃が近いし、貴公が私のためによく働いてくれているように、彼にもゆくゆくはこの聞き分けの悪い息子に仕えて貰えたらと考えている。

筆頭公爵家の跡継ぎにして、王位継承権第三位を所持しているという思い上がりがあるためなのだろうな。誰にもこのような態度だから、なかなか手を焼くだろうとは思うのだが……、どうだろうか」


そしてウィシャート公は僕に視線を向けた。僕にこの依頼に対する拒否権はなく、僕はただ、深々と頭を下げてそれを受け入れた。公爵は頷いた。


「それにしても……」


それから公爵様はふと視線を巡らせ、兄さんの後方に控えているルイーズに視線をとめた。

ルイーズは偉大な相手に驚くこともなければ恐縮するでもなく、いつものようにしなを作って公爵に微笑みかけた。すると公爵のほうも、それに頷いてルイーズに微笑みかけた。ルイーズが兄さんの魔術師である以上当然なのだが、二人は旧知の間柄であるようだった。


「相変わらず、彼女は美しいものだね。実に魅力的だ。

この場にあふれる良家の姫君方に、まったく見劣りがしないどころか、それにも優る美しさなのだから素晴らしい。

私はこのルイーズを私の傍らに欲しかったが、ギルバートに断られてしまったことがあるのだ」


公爵様は僕に語りかけてくださっているようだったので、僕は慌てて相槌を打った。


「彼女はとても才能があるからね。だから、私の魔術師にしようかと思ったのだが……ギルバートに断られてしまった。仕方がないので、今では諦めているけれどもね」

「そうでしたか」

「ああ、私は美しい女というものに目がなくてね……、女性とはいずれも美しいのだが。しかし特に造作の整った女というのは、まさに芸術だ。神々がこの世界にもたらした至高の芸術品。もはや感動的でさえある。

だから彼女らはいつでも私の胸を熱くするのだよ。まるで恋のようにね」

「仰せの通りです」


兄さんは清々しく公爵に同意した。


「女とは、いいものだね」


そして公爵様と兄さんは微笑みあった。


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