第51話 蜜月(2)
「じゃあ、兄さんの周りの連中が、僕らのことに……あんまり賛成じゃない感じなことは、平気?」
「皆さんに認めて頂けるように、アレックス様のお傍にいても恥ずかしくない女性になれるように、至らないかもしれないけれど、わたし、頑張ります」
「じゃあ、実は兄さんが男子を生むことを僕らに催促してるって聞いても平気?
正直言って、僕は相当怖いよ。いや怖くはないけど気分が悪い。これから何度も呼びつけられて、そのことを嫌味混じりに言われるんだろうなって思っただけで具合が悪くなりそうなんだ。まるで子供を作る行為自体を兄さんに監視されているような気がしてさ」
僕が言うと、タティは頬を赤くしてこう呟いた。
「へいきです……わたし、少しでも早くアレックス様の赤ちゃんを生めるように、頑張ります」
「う、うん……頑張るの?」
「それに監視と言うなら、わたしたちのことはルイーズ様がたぶん見ていらっしゃるわ。
ルイーズ様は千里眼っていう、すごく高度な魔法を扱えるんですもの。あれを使うと、何でも見えてしまうんですって。とっても特別な魔法よ。見ようと思えば、遠くの場所からコルセットの中まで何でも見えちゃうから」
「……ああ、そうだった」
それで僕は苦々しい思いで呟いた。
それから先日暖炉の前で話をしたとき、僕とタティの関係がこの何ヶ月もまったく進展がなかったということを、どうも兄さんがご存知ないようだったことを思い出して不思議に思った。兄さんともあろう方が僕の即席の言い訳を信じていたし、納得もしていたからだ。ルイーズが気を利かせて兄さんには言わないでくれたのか、何なのかは分からなかったが。
「タティ、ねえ、僕のことが好き?」
「アレックス様……、はい、大好きです」
「僕もだよ」
僕はタティの前髪を撫でて、それから彼女のおでこにキスした。
その間タティは途方に暮れたような、嬉しいような、恥ずかしいような顔をして僕を見ていた。
近頃のタティは僕の要望通り普段から髪をおろしているけど、眼鏡をしていないときの彼女の愛らしさと言ったら言葉で言い表せないほどだった。勿論、眼鏡をしていても可愛いとは思うけど、僕は眼鏡をはずしているときのほうが断然お気に入りだった。
それにそのときは薄い寝巻きだけで、あんまりこんなことを考えていることを女性に悟られるわけにはいかないので僕は知らん顔をしていたが、豊満な胸や腰の線なんかに目がいって仕方がないような格好だった。
それに何と言ってもタティの身体の感触の素晴らしいことといったらなかった。しかも僕の頭の中がこんなにいやらしいってことを、もう僕たちは何度もそういうことをしているというのに、彼女はまだ分かっていないみたいな清純さを保っていた。
そしてタティの左手の薬指には、僕があげたあの婚約指輪が嵌めてあって、彼女はその指輪をとても気に入ってくれているようだった。
最初はタティは、傷つけたりなくしたりすると嫌だからと言って、指輪を引き出しの中にしまい込もうとしていたようだけど、僕が身につけているように頼んだんだ。彼女は僕のものだって、他の誰の目にも分かるようにしておきたかったから。
「やっと二十歳になったのはいいけど、あと半年したらまた君が年上になっちゃうんだよね」
僕とタティはベッドの中で、うんと顔を近づけたまま話をした。うんと顔を近づけていると、眼鏡がなくてもタティは僕の顔が見えるみたいだから、そうしてあげると安心するみたいだった。
「ええ」
「僕のほうが先に生まれていたらよかったのにな。身体だって僕のほうが大きいんだし、そのほうがいいのに。でないと、何だかいつまでも弟みたいで格好悪いったら」
僕が言うと、タティはくすくすと小さく笑った。
「それは仕方がないです。わたしのほうが先じゃないと」
タティは瑠璃色の大きな瞳で、今も優しく僕のことを見ていた。
「どうして?」
彼女の髪を耳にかけてあげながら僕がたずねると、タティは答えた。
「だって、わたしのほうが先に生まれていないと、わたしの母はアレックス様にすぐにお乳をあげることができませんもの。乳母ができないわ。
アレックス様のときは本当に急遽……、あの、本当はもっといいお家の方を用意しておくはずだったと思うんです。わたしの母は本当は只の繋ぎのようなもので、アディンセル家は立派なお家なので、ルイーズ様のところみたいに、でも……、とにかくもうすぐ赤ん坊を生みそうな魔術師や、赤ん坊を生んだばかりの魔術師が他にみつからなくて、それで……」
「でも僕はコンチータでよかったよ。そのおかげでタティに会えたんだからね」
「アレックス様……」
「コンチータには随分よくして貰ったと思ってるんだ。謙虚すぎて、あんまり母親代わりとはいかなかったけど、二人がいてくれたおかげで僕は家族というものを理解することができた。
これがもし兄さんと二人だけで暮らしていたとしたら、僕は今頃きっとものすごく荒んでいたと思う。彼は何て言うか、いろいろな意味で大雑把だからね。
だからタティがいつも傍にいてくれてすごく……感謝してる。細やかな心配りとか、そういうことに僕はいつも助けられていたと思うんだ。だから」
タティが今にも涙をこぼしそうな顔で僕を見ていることに気がついて、僕は少し笑ってみせた。
「これからは、僕が君を守ってあげるからね。僕たちのこと、誰にも反対なんかさせない」
「はい…。嬉しいです、アレックス様」
「うん」
そして僕らは横になったまま、お互いにしばらくみつめあった。
タティはまさに、白馬の王子様でも見ているような夢見る顔で僕のことを見ているので、僕はいつもこういうことをなかなか言い出しづらかったのだが、やがて再びタティにのしかかった。
「……ところでタティ」
「はい?」
「……、僕、あの……、つまり、したいんだけど……いいかな?」




