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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第8章 運命の少女
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第46話 誕生日の贈り物

冬の妖精が歌う吹雪の歌の旋律を知る術がないとしても、空から舞い降りる白い来訪者を視覚することはできるものだ。

居城より望む東部の山々には、もう随分雪がかかっていた。一年の最終月を迎え、華やいだ庭園の煉瓦道も、ほの白く染められる季節が訪れていた。

日毎に空気は冴え渡り、吐く息は太陽のもとでさえ白く凍えた。美しい昼は遠慮がちな乙女のような慎み深さを一層増して、午後にひとときオレンジ色に花開いた後、すぐに長い夜に空の覇権を譲り渡していた。

ローブフレッドは内陸に位置しているが、東側の山脈が西風を塞き止め平野部にも毎年確実に降雪する。もう少しもすると生まれながらの征服者である兄さんが、愛用の猟銃を手に取り巻きを引き連れ、嬉々として処女雪を分け入って行く姿が見られることになるだろう。

そして僕はつい先日、とうとう二十歳の誕生日を迎えていた。

しかしひとつ誕生日を経たからといって、日常が何か変わるわけでもなかった。友人でなくともほんのささやかに僕に対して好意的であるか、さもなければ下心や野心のある人物なら、さっそくカードや贈り物を届けて来た。ジェシカは今年も気の利いた贈り物をくれたし、カイトは少し値の張る酒を僕の部屋まで持ってきた。彼は実家からまったく仕送りを貰っていないはずだから、僕は申し訳ない気持ちがしたが、好意は素直に受け取るべきなのでそうした。


「アレックス様にしてみれば、安物でしょうけど。我が主へ祝福を込めて」


置物にして飾っても構わない綺麗な琥珀色のボトルを、包装もなくそのまま持って来たカイトは、それを僕に手渡して恭しい一礼をした。ラベルを見ると、それなりに名のある銘柄の上等の酒だった。僕が酒に酔った挙句にエステルと寝てしまったことを悔やんでいたら、練習すれば強くなるかもしれないという話になっていたのだ。

でも僕は、酒に強くなるべく鍛えるよりは、この際飲酒から遠ざかる決心を固めつつあった。もともと酒に対して執着はないほうだし、僕としては成人男性の嗜みとして、大人の演出のための小道具として酒を飲むということをしていたわけだが、自分がともすれば意志薄弱な醜態を晒してしまう人間であることが分かった以上、ここは手を切ることが肝要だろう。

とは言えカイトの気持ちは有難かったので、僕はお礼を言った。


「どうもありがとう。嬉しいよ」

「他の方からは、何か貰いましたか?」


カイトの問いかけに、僕は頷いた。


「うん、ジェシカからは何冊か本を貰った。あの、例の北東の新興国の資料をね」

「ああ、クーデターで国王の首を挿げ替えたとかいう」

「うん。地理的には隣接しているわけでもないし、敵対的な歴史があるわけでもないけど興味があってさ」

「そんなもんに興味を持つってのが、俺にはいまいち分からないところですよ。はっきり言って俺は、自国の政情さえ理解しているとは言えないから」

「本当に? それは困るよ。男なら、政治に興味がなくても把握はしておくようにしないとね。自分の国と、周辺諸国の動向くらいは」

「またこれ閣下と同じことを言ってからに。上流社会の人間と交際していくには教養が不可欠だなんて言われて、これでも結構詰め込んだんですが……、この上まだ勉強しなくちゃならないなんてことは、俺にとっちゃ、まったく頭の痛いことですよ」

「それについては諦めるんだね。君は僕の側近として、もうこういう世界の住人になっているんだから。だから、あの宿舎住まいもいい加減にしないとね。兄さんの話じゃ、君に贅沢をさせるなと父君から未だに苦情が来るそうだ。デイビッドも本当に君が憎いんだろうか。それとも、こんな生活には飽き飽きかい?」


僕が言うと、カイトは大袈裟にかぶりを振った。


「とんでもない。俺は男爵様のところで過ごしたあの惨めったらしい人生に戻るくらいなら、何でもしますよ」

「頼もしいね」

「ところで閣下は何をくれたんですか? 誕生日に。

あの方が大事なアレックス様に何を贈ったのか、すごく興味あるなあ」

「現金だよ」


僕は答えた。


「そりゃまたワイルドなことで」


身も蓋もない僕の返答に、カイトは理解を示すように何度か頷いた。

僕はそれを認めた。


「兄さんは、男には適当なんだ。この時期はデートも立て込んでいるみたいだしね。

でも誕生日の贈り物とは違うけど、気が向いたときに剣なんかをくれるときもあるよ。武器の収集は、兄さんのご趣味のひとつだから。

腕が二流なんだから、せめていいものを身につけておけなんて言わなくてもいい嫌味を言うけどね。でも僕は滅多に使うことがないから、もう何本もたまってる。よければ君に好きなのを分けてあげるよ」

「えっ、本当ですか?」


カイトが嬉しそうな顔をしたので、僕は満足して頷いた。


「剣のほうでも、使い手の物になったほうが嬉しいだろう。君は十五歳で騎士の叙勲を受けるような使い手だからね……、十五歳なんて、まだ身体も出来上がってないのに、その時点で兄さんが認めるというのは、相当ということだ」


そして僕はカイトを自分の部屋に招き入れ、剣を保管してある書斎に連れて行った。その途中で、カイトは僕にタティからは何を貰ったのかを質問したが、僕は気がつかなかったふりをした。


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