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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第7章 誘惑の夜
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第45話 大好きだよ

すべての業務を放り出し、僕はそのまま走って私室に戻った。その途中の廊下でカイトとすれ違ったが、僕は背中のほうで何か言っているカイトのことを、振り向かなかった。そんな余裕などなかったからだ。部下は黙って僕の恋の成就を祈るべきだった。

部屋に戻ると、タティはリビングの暖炉の前で編み物をしていたが、僕の帰室に気がつくと慌てた様子でそれを中断し、急いで僕を出迎えた。


「お…、お帰りなさいませ、お早かったのですね」


タティは作り笑顔を浮かべていたが、相変わらずおどおどして、それに近頃はそこにまるで僕の顔色を窺っているみたいな態度が加わっていた。

タティがよくおどおどしているのは昔からのことだったが、少なくとも僕を恐がるなんてことはなかったのに、今は作り笑顔が張りついていて痛々しかった。朝のやり取りが、僕にしてみれば只の喧嘩のようなつもりだったにしても、タティは余程恐ろしい思いをしたのかもしれないと僕は思った。

考えてみれば、僕だって兄さんが怒り出しても耐えられるようになる前は、やっぱり叱られた後には兄さんの顔色をどうしたって窺っていたものなんだ。それはどちらに非があるかとかいうことではなくて、立場や体力が絶対敵わない相手が機嫌を悪くしていれば、弱いほうの人間がやはり気を遣わざるを得ず、またどんなに恐ろしいかということに通じている。

そしてタティが僕を恐がっているという事実は、その何たるかを理解できるだけに、僕を激しく落ち込ませた。


「うん、いや、まだ途中だから……、また執務室に戻るんだ」


僕はタティを恐がらせないように、できるだけ優しい声と態度でそう言った。


「そうですか……、お仕事、大変なんですものね……」

「うん、そうなんだ」


僕が頷くと、タティは消沈した様子でこう呟いた。


「……ロビンさんって、可愛い方ですよね。

彼女、アレックス様の新しい魔術師なんでしょう? わたしが役立たずだから……」

「ロビン? ああ、兄さんの領地は広いし拠点が多いからどうしても、ほら別の州なんかに行くときはどうしても魔法で移動の必要があって、それで……」

「美人だわ」


タティが何を言いたいのか分からなかったが、僕はもう喧嘩をしたくなかったし、取り敢えず逆らってはいけないと思い、彼女の意見に同意した。


「そう言われればそうかな?」

「……、わたし、何にも取り柄がないわ。本当に……」


するとタティはますます悲しげな様子で睫毛を伏せてしまった。

それでまたしても泣かれるんじゃないかと思い、僕は慌ててこう言った。


「どうして僕は別に……、ああ、タティ、僕はそんなどうでもいい話をしに来たんじゃないんだ。僕は君に取り柄がないなんて思ったこともない。

それにロビンが美人だろうと僕はそんなことは気にしてないよ。と言うか僕は彼女が美人かどうかなんて考えてなかった。つまりカイトとおんなじさ。僕はカイトの外見なんか気にしないだろう?」

「……」

「そんなことより、僕は君に大事な用があって来たんだ。だから、ちょっといいかな」


僕の問いかけに、タティは頷いた。

その両手がやっぱり胸の前にあるのが気になったが、これは僕を警戒しているわけではなく、単にタティの癖なんだろうと思い込むことにした。


「あの、あのね、これは僕の本心なので、是非君に信じて欲しいんだけど……」


僕は、ほとんど竦んでいるようにも見える彼女に無理やり目線をあわせて、勢いのままにこう言った。


「タティ、僕は君のことを愛している」

「えっ、ア、アレックス様」


タティはまた困っているような表情をしようとしたが、話の途中で拒否されるのだけは嫌なので、僕はタティがそれ以上口を挿む間を与えずにたたみかけた。


「世界でいちばんタティを愛してるんだ。

僕はタティを妾にしておくのが可哀想だから結婚するんじゃなくて、結婚したいから結婚するんだ。結婚したいと思うのは、愛してるから!」


するとタティは、しばらく僕の目を見つめたまま、やがてまた目の端からぽろぽろ大粒の涙をこぼし始めた。

僕は、また彼女を泣かせたことに動揺し、ジェシカの解説が壊滅的に間違っていたんじゃないかということを疑い始めたが、タティは僕をみつめて、それまでとは見違えるような顔をして、涙に潤んだ瞳で僕にこう言った。


「ほ、本当に……?」


頼りない声で、僕にたずねた。


「わたしを……?」


僕は急いで何度も頷いた。


「うん、そうだよ。君を」

「夢じゃなくて……?」


僕はタティに、できるだけ優しい声と態度で今度こそはっきり伝えた。


「ごめんタティ、僕、大事なことを言うのを忘れてたんだ。忘れていたと言うか、僕の気持ちはちゃんと君に伝わっているものだとばかり思い込んでいたんだ。

何て言うか、とにかく僕は、タティのことが大好きなんだよ。タティが大好きなんだ。だから君に結婚して欲しいって……言ったんだよ。決して同情とか、ボランティア精神なんかじゃなくて、君のことが大好きだからなんだ」

「アレックス様……、本当に? 本当に?」

「うん、本当に」

「わたし、わたしも貴方が大好き。大好き……」

「本当かい?

じゃ、じゃあ……タティ、僕のお嫁さんになってくれる?」


好きだけど結婚はできない、なんてひどい返事が返ってきやしないかと思って、僕がおずおず問いかけると、タティは頬を染めて頷いた。


「はい、わたしで、こんなわたしなんかでよかったら……」


それで僕は一気に気持ちが高まって、手放しにこう叫んだ。


「君じゃなくちゃ駄目だよ。僕はタティがいいんだから!

ね、キスしてもいい? 僕、君とキスしたい」

「アレックス様……」


涙をこぼしながら僕を見上げ、僕を信頼して頷くタティは最高に可愛かった。

僕はその最高に素晴らしいムードのまま、彼女を抱き寄せて彼女にキスした。タティは少し震えていて、たったキスをするなんていう程度のことを不安がっている様子だった。それなのに僕を頼りにして、僕を受け入れてくれているのがとても健気で愛しかった。


「タティ、大好きだよ」


キスを終え、恥らってうつむこうとするタティの顔を覗き込み、僕はそのままもう一度彼女にキスをした。


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