第42話 君を支配したいんだ(3)
僕はテーブルの空いている椅子にタティを座るように促した。タティは黙ってそれに従い、僕に向き直った。僕は彼女がどうも不満そうな様子であることは気がかりだったが、でもタティと久しぶりにまともに会話ができていることだし、彼女は僕のことが好きだということが分かった以上、もうこれ以上馬鹿げた距離を取っている理由もないことだし、ここは機会を逃してはいけないと思ったので、思い切ることにした。
「あのね、あの……つまり、僕と結婚して欲しいんだ」
「……え?」
タティは少しの間、僕の言葉を理解できないような表情をしていたが、やがてそれが分かったのだろう。遠慮がちに僕を見た。
「で、で、でも……、そんな」
「本当だよ、僕のお嫁さんになって欲しい」
「でも、伯爵様は……」
「兄さんのことなら心配ない。ちゃんと話はつけたんだ。兄さんは条件つきで、僕らの結婚を認めてくださったよ」
「条件……?」
「うん、男子をあげること」
僕がそう言うと、タティは頭上から湯気をあげるんじゃないかというほど真っ赤になって、視線を彷徨わせた。
確かに自分でも、朝っぱらからなんて会話をしているんだと思わないではなかったので、僕も少し恥ずかしくなって鼻を触った。
でもこれはアディンセル伯爵家にとってとても大事な話なので、取り敢えず僕は続けた。
「タティも知っていると思うけど、我が国は男子じゃないと家系を継いで行く資格がない。だから、兄さんもこの点だけは譲れないとおっしゃっていた。
これは本当は兄さんがご結婚されていれば、もう少し気楽にもできる話なんだけど、どういうわけか彼はそれを嫌がっているみたいなんだ。結婚することを。事情は分からないんだけど……、たぶん、過去に何か痛い目にあっているんだろうと思う。
だからタティがね、その……僕の赤ちゃんを生んで、その子が男の子だった時点で、兄さんは君を我がアディンセル伯爵家の一員として迎えるという、そういう話なんだ。
タティをお妾のままにしておくなんて嫌だから、僕はこれでも……君のために頑張ったんだよ。
だからそのことを、タティに分かって貰えると嬉しいんだけど……」
僕はそう言って、少し身を屈めてタティの顔を窺ってみた。
ところが彼女はうつむいているばかりでにこりとも笑おうとはしなかった。それどころか、僕と目さえ合わせようとはしなかった。
せっかく勇気を出してプロポーズしたにも係わらず、彼女がちっとも嬉しそうじゃないことが、僕は悲しかった。
タティはさっき寝ている僕に、僕のことを好きだなんて言っていたが、こうなると、あれはパーシーの次にという但し書きが入っているものだったのかもしれない。少なくとも、やっぱり彼女は心のどこかであのさえない男のことを想っているのかもしれないと思うとつらかった。
だけど僕はタティを愛しているし、兄さんにもタティと結婚させて欲しいと頼んだ手前、死んだ人間なんかに遠慮をして、身を引くような真似はしたくなかった。
でもタティのこの反応は、男としてはやはりプライドを傷つけられるものだった。
「まあ、これは決定事項だから」
タティがおどおどするばかりで、いつまでもこの結婚を嫌がっているみたいな態度なので、そのうち僕の心には再びタティに対する不満、僕の誠意を分からないで、パーシーのために泣いていたことに対する怒りが湧き上がりつつあった。
「……タティが戸惑う気持ちは、僕も分かっているつもりだよ。貴賤婚とまではいかないけど、君が僕の妻になることを問題視する人間もいるにはいると思う。
それに男子をあげなければ結婚させないなんていうのは、まさに貴賤婚に対するやり方だし、君としてもこの先面白くないこととか、悩みとかも出てくるだろう。だからよく考えて、後からこの件についての、君の考えを聞かせて。
でも僕が君と結婚することは、もう決めたことだから、それはいいよね?」
「アレックス様……、どうして……? どうしてなのっ……?」
「何がだい?」
タティは、目に涙を浮かべて僕のことを見ていた。
彼女がいったい何が不満なのかが分からない僕は、いい加減混乱して、誰かに助けを求めたかった。
「どうして……」
だけどタティが、涙をこぼすほど僕を嫌がるから、僕は結局また声を大きくしてしまった。
「ああもう……、そっちこそ、どうしてそうなんだ」
僕は苛立って、とうとうタティを叱責した。
「タティ、考えてご覧よ、君は少しおかしくないか。君は僕のことが好きだって言っておきながら、なんでそこで泣くんだよ。
君がお妾が嫌だって言うから、僕は兄さんと交渉して、結婚の許可まで頂いたのにどうしてなんだ?
ねえ、わけが分からないよ、僕はいつでも君のためを想って動いているのに、どうして君はそうやって僕の気持ちを踏み躙ることばかりするんだ……。
……そんなにパーシーが好きだったのか?
僕と結婚するのを泣くほど嫌がるくらい、彼を愛していたってことなのか!?」
「そんなっ、違います、どうしてそこでコリンさんが出てくるんですか……?」
「だからコリンさんって、それは何なんだよっ…!
僕はこのことがとても引っかかっていて、彼は僕をすごく不快にさせるんだ。名前を口にするだけでも吐き気がするし、もう存在していたことさえ忘れてしまいたいほどにね。
それなのに、君はまったく僕のことを分かってないよ。
タティ、もうはっきりさせよう。本当のところ、彼は君の何なんだ? 恋人だったってことなのか!?」
「コリンさんはただのお友だちですっ」
「只の友だちのために、あんな、あんな夜まであんな場所で泣いていたりしないものだろう!?」
「普通のことよっ」
「普通なもんかっ」
「お友だちが死んだのを悲しんでいて何が悪いんですか?」
「悪いよ! まるで兄さんのなさったことへの当てつけみたいだし、それは同時に僕に対する侮辱ということにもなるんだ。少なくとも僕はこのことをそう捉えている。酷い話だ。僕に対してあんまり思いやりがないよ。だから奴のことはもう忘れて欲しい」
「どうして……、そんなことをおっしゃるなんて、まるでアレックス様じゃないみたい。
アレックス様、彼はね、とっても優しくて楽しい人だったのよ」
「ああ、もう煩い……。そんなつまらない話を聞かされるほうの身になってよ。
タティ、僕は君がそんなに分からず屋とは知らなかったよ」
「アレックス様、本当よ。わたし、彼のことが大好きだったわ」
「だから煩いと言っているんだ」
「アレックス様、わたし」
「それは僕よりもってことなのかっ!?」
その僕の言葉と同時に、タティはうつむいてまた本格的に泣きべそをかきはじめた。
「いいえ……、いいえ、わたしは貴方のほうが大好きだわ……」




