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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第7章 誘惑の夜
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第38話 誘惑の夜(2)

そしてエステルは僕の胸にしがみついて、勝手にわあわあ泣き出した。僕は困って、おろおろ取り乱して、それから取り合えず彼女を落ち着かせてあげようと、彼女の頭を撫でてあげた。

勝手なエステルは子供みたいにしばらく泣き続け、僕は周りの連中に、まるで僕が彼女を泣かせているみたいに取られていやしないかということを心配していたが、周囲の視線からもはやそれが逃れようのないことだと知ると、諦めて手の中に残っていた赤い酒を全部煽った。

触れている彼女の金色の髪はとても綺麗で、手触りがよく、僕にシェアを思い起こさせて少し切なかった。

エステルは、僕がエステルのことを好きだったことがあるということを、まったく忘れてしまっているみたいに自分が兄さんのことをどれだけ好きだったかをしゃべり続けた。にもかかわらず、僕はやっぱりエステルに対して怒ることができなかった。

だって、彼女はとても可愛くて、とてもシェアに似ているんだ。

それにエステルの手はびっくりするくらい小さい手で、女の人の手足が男より小さいことは僕だって知っているけど、でも彼女のそれは本当に小さかった。そんな小さな手で、僕の腕やなんかにぎゅっとしているのは、なかなか男として保護欲をくすぐられたりもした。

気がつくと周りの人々は完全にそれまで通りの夜の時間を過ごし始めていて、僕はいつの間にかこの特別な夜の空間になじんでいた。


「あらら、懐かれちゃって。ああ、閣下と終わったんですか。馬鹿らしいほど結末は見えていたとはいえ、そりゃお気の毒にねえ。そのガッツは評価しますよ」


カイトは再び僕の側に来てくだらないことを言い、ついでに僕とエステルの分の食べ物や飲み物を持って来てくれた。

エステルは何人かの友人と一緒にこの集まりに、半ば自棄になって参加していたそうで、タティのことで自棄になりかけていた僕とくしくも同じ心境を味わっていたことを知った。

好きな相手が自分のことをまるで想ってくれない悲劇的な状況について話し合うほど僕はエステルに心を許していなかったが、悲惨な連帯感はひととき僕らを結びつけ、夜半をまわる頃には僕らはいつの間にか楽しくおしゃべりをしていた。

僕は何だか呂律がまわらないくらい酔っ払っていて、しかもここのところないくらいご機嫌だった。

僕らはたぶん流行の服について話をし、僕が繊維の種類について話そうとすると、エステルは僕の口にチョコレートを放り込んで黙らせた。僕にそんな無礼なことをする人間を僕は知らなかったが、彼女の悪戯っぽさはこなれていて、許して貰えることが当然のように媚びた瞬きをして僕を見上げる仕草が可愛かったし、それも何だか楽しかった。

エステルのペースに巻き込まれていることは分かっていたけど、彼女は性格はともかく外見がシェアに似ていて、そんな女性に親しく甘えられるっていうのは、それはなかなか気分がいいことだった。

だから、たぶんその夜の気分は上々だった。






「わたし、貴方の目が好きなの」

「目……?」

「そうよ。誠実そうで、それにとっても優しそうで。

ねえ、なんて綺麗なのかしら。青空。スカイブルー。でも優しそうだけど、ときどきちょっとだけ迫力があって……」

「そう、そうなんだ。僕は昔、完璧な金髪碧眼だったのに、髪の色が途中から……成長途中で綺麗な金髪じゃなくなっちゃったんだよ。そのことを、兄さんがすごくがっかりしてたんだ。ああ、アレックス、何てことだなんて言ってさ」

「貴方のお兄様は貴方に構いすぎね……、男色なんじゃないかって思うくらい」

「甘い言葉……?」


飲み物がずっと酒だったせいか、僕はときどき記憶が途切れてしまっているくらい酔っていた。僕の唇に指先を這わせて、甘い言葉をしきりにねだるエステルに、僕はそんなことを言っていたことを微かに憶えていた。


「ああ、ええと……愛してる。愛してるよ……」

「だめ、そんなんじゃ……。もっとちゃんとおっしゃって、アレックス様……」

「愛してる……」

「だめ……ちゃんと考えて」

「だって……、思いつかないよ。それにあまり頭がまわらない。だって……」


僕はそこが何処であるのかをはっきりと思い出すことができなかったが、薄暗く、埃っぽくて、狭苦しい部屋だった。それで、僕はその部屋の寝台の上でエステルとキスをしていた。キスをしていたから甘い言葉なんか言えるはずがないということを、僕は考えていた。だって唇が塞がっているんだから、おしゃべりなんかできないんだ。


「言ってくれなくちゃいや、でないと……あっ」


ああ、それにそれだけではなくて、僕はエステルと全裸に近い格好で、何だか絡み合っていた。僕は彼女の脚を持ち上げて、何をしているのかは、決まっていたが、僕は一度も経験がなかった割には、上手くできていたと思う。エステルは僕の下で可愛い喘ぎ声を出していたし、僕は征服欲を満たしていた。

ただ、何て言うか、甘い言葉を言えっていうのが、煩かったと思っていた。

集中できなくて、煩いと……。

そんなこと言えるわけない、だって僕はエステルのことを好きなわけじゃないんだから。

確かに前は好きだったと思うけど、今はそれほどでもない。ただ彼女はシェアに似ていて、だから、性行為をさせてくれると言われたら断る理由が……。

え? 僕は本気か?

僕は好きな人にしかそういうことをしたくないと思っていたのに……。

愛してるって言葉だって、好きな人にしか……。


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