第36話 古き善き保守主義(2)
そしてカイトは周囲に視線を巡らせ、今夜のこの集まりを僕に認めさせようとでもいうのだろう、冗談めかして再び僕に微笑みかけた。
「で、おまえはいつも女がみつからないなんて泣き言を言っているくせに、実際はこういった場に乗じているわけか。どうせお得意のおしゃべりで上手いこと言って、適当な相手と遊んでいるんだろう?
いつもは僕のレベルに合わせて、くだらないことを言っているってだけで」
僕が眉を顰めると、カイトは頭を振った。
「乗じるにも、男の絶対数が多い以上、話術だけじゃ心許ないですよ。俺の場合は身分も借り物だから、引け目があるし……顔だって、ご覧の通りですしね。
それに俺も、女としゃべること自体どうも気後れしちまって……だから口説けないんですよ。すいませんね」
「へえ、日頃あれだけおしゃべりなくせに?」
「ま、そうです。それにどうせ、俺は不細工なご令嬢と結婚しなけりゃいけないんでね。言うなれば首輪をつけられた犬みたいなもので、我ながら惨めなもんですよ」
「ウェブスター男爵の娘は、幾つなんだ?」
単純な好奇心から僕はたずねた。
「アレックス様と同い年かな。うん、確か今年二十歳におなりだったはず」
「なんだ、じゃあもう問題なしに結婚できるじゃないか。僕はまた、君より随分年下なんだろうと思っていたよ。だからまだ結婚できないものとばかり考えていた」
「頭の中はお子様ですよ。お嬢様は男爵様に、甘やかしに甘やかされていますからね」
そう言うカイトの口調や表情が、あまり好意的でないことは僕にもすぐに分かった。
自分を散々殴っていたという男の娘に愛情を持てと言われてもそれは難しいものなのだろうが、カイトの表情は彼らしくなくどこか冷めていて、冷淡ですらあった。
「だからまあ、結婚するのはもっと後になってから……」
「余程不細工なのか?」
僕がたずねると、カイトはまた少し笑った。
「いえ。美人なんじゃないでしょうかね、恐らく一般的には」
「なのに不細工呼ばわりするのは、照れているのか?」
「いえいえ」
「その人と、本当のところ結婚したくないのか?」
「世の中に、結婚したい男なんて果たしてどれだけいますかね?」
「僕はしたい」
たずね返されたので僕が断言すると、カイトは軽く唇を曲げた。
「そいつは、貴方は特殊なんですよ。
それでアレックス様、貴方は本気でタティと結婚するおつもりなんですか?」
「そうだよ」
僕が頷くと、カイトは冷やかしの視線を僕に向けた。
「ああ、ほら貴方、本当はやっぱりタティに関心あるんじゃないですか。関心ないなんて言って、まったく素直じゃないですね。
もしかするとアレックス様は、自分が気に入った女性には、冷たくしてしまうタイプなのかもしれないですね」
「違う。カイト、そういうふうに僕を定義づけするような言い方はすごく不愉快だ。僕は君が思っているような人間じゃない。
それに、これでもタティにはすごく気を遣っているつもりなんだ」
「それは分かりますが、ただ何にしても、あんまり意地は張らないほうがいいと思いますよ。
少なくとも俺が見ている限りでは、あの料理人の一件以来、ほとんど貴方が一方的に彼女に冷たく当たっている感じでしたからねえ。可哀想に、しまいにゃタティだって萎縮しちまうでしょうよ。
いつまでもそんなことをしていたんじゃ、纏まる話も、纏まらなくなっちまう」
カイトに上手く話をはぐらかされたばかりでなく、思いがけずタティのことまで持ち出されて、僕は悔しくなってとうとう歯噛みした。
「何だよっ、分かったようなことを言って、嫌な奴だな。
おまえの言い分じゃ、まるで僕がタティとあの料理人の仲に僻んで、タティに意地悪していたみたいじゃないか。
でも事実はそうじゃないって、おまえだって知っているはずだ。僕はタティと結婚することを兄さんに承諾させた上に、婚約指輪まで用意しているんだから」
「おや、俺はただタティと結婚するおつもりなのかと質問をしただけのことですよ。腹が立つってことは、事実を言い当てられたからだったりしてね」
「引っかけたじゃないか。それに余計なことまで言った」
「ええ、少しね」
「ああっ、なんか普段と態度が違うな。なんか調子が狂うよ。だいたい、おまえの結婚相手の話のはずが、どうして話題がすり替わっているんだ?
この話題、あまり触れて欲しくないってことなのか?」
するとカイトははぐらかすような感じで頷いた。
「ええ、まあできることなら」
「もしかして、他に好きな女がいるとか」
思いつきで適当に言ってみると、カイトの表情が微かに動いたので、僕は心の中でそれが理由かと納得した。
「どんな女だ? 僕が知っている女性なのか?」
カイトの私生活には、僕にしては今夜は珍しく興味が湧いていることもあって、身を乗り出してでも聞きだそうとした。
いつもは聞いていないことまでしゃべりまくる上に、自分の酷い生い立ちすら他人事のように笑って話せるような男が、どうして自分の恋愛話となるとこういう反応になるのか、人間の心理を考察する意味でもこれは非常に興味深いことだったからだ。
そこで僕は、カイトの意中の女や、なぜ彼女のことを隠したがるのかということについて聞き出したいと思い、それを白状させるべく彼に迫ったが、それに割り込むようにカイトの友人らしい人間たちが僕とカイトの前にやって来て次々に僕に挨拶をした。
するとカイトの奴はこれ幸いと彼らを僕に紹介し始め、そのまま僕は連中と社交辞令的な会話を交わすはめになり、カイトの意中の女について追求する機会を失った。
僕は不満だったし、それにカイトが好きな女というのがもしタティだったらと思うと不安で仕方なかったが、それを察したらしいカイトが話の途中で僕にこう耳打ちした。
「誓ってタティじゃないですから、どうぞご安心を」