第34話 将来的な展望として
やがて騎士たちによる挨拶の列が下火になった頃、カイトは少し側を離れたかと思うと、飲み物を持って僕の側にやって来た。
僕は同性の挙動なんかを逐一観察する趣味などないのだが、近くのバーから飲み物を持って近寄って来るカイトというのは、彼は僕とは違ってきちんと欠かさず騎士としての務めを果たしているのだから当然の話ではあるのだが、均整の取れた身体や手足には筋肉がつき、僕よりずっと頼りになりそうな感じがした。
僕の父上が大柄な老紳士だったことに加えて、実際に兄さんもがたいがいいものだから、いずれ自分も彼のように広い背中やしなる肉体、つまり理想的な男らしい男になれるだろうと高をくくっているのだが、僕はもうじき二十歳になるという割には、どうも未だ少年じみた体格をしている気がする。まるで兄さんのそれが日々の鍛錬の賜物であることを、僕に言いたいみたいに。
「まま、おひとつどうぞ。……ん、俺の腕に何かついてますか?」
飲み物を僕に手渡そうとするカイトの腕の辺りを僕がひたすら凝視していたのは、それほど僕らの筋力に違いなどないはずだと、せめて信じようとしていたところだったからだ。
痩せっぽちなどという形容からはまさか程遠いはずだが、しかし少なくとも僕の身体は手練の騎士連中がそうであるような、がっしりとして、目に見えて筋肉が隆起している身体ではない。
つまりもし僕の現状を肯定的に表現するとすれば、いずれ確実に男らしく力強い肉体になることを、潜在的に秘めている状態ということなのだ。だから僕は断じてひ弱ではないし、頼りないわけでもない。今だって十分に男らしいということになるだろう。
「あ、いや……。
ねえカイト、君は武芸の訓練をだいたい何日おきくらいにやってるんだ?」
「何日おきって、それは毎日ですよ」
「ああ、そう……あ、でも僕の執務の日は? 君も一日執務室にいるじゃないか」
「夜やってます」
「知ってたさ」
僕はばつが悪いのを知られたくないので、間髪入れずに両手を広げてみせた。
何しろ執務は僕が主体であることと比較して、カイトのやっていることは所詮手伝いみたいなものなんだから、疲労度というものが違うわけだ。
「僕は寝る前に経済書を読んでいるよ。兄さんのお古や……それに最新のやつをね。これは何?」
僕は急いで話題を変えるために、さもカイトの手の中のグラスに興味があるようなふりをした。
「酒ですよ。蒸留酒です」
カイトは答えた。
確かに、差し出されたグラスの中には透明な液体とミントの葉が入っていた。
「少し辛口かも。アレックス様、大丈夫ですかね」
「莫迦にするな」
カイトがこれ以上僕を気弱な少年扱いするといけないので、僕はそれをひったくると強気に口に流し込んだ。不純物の味と香りが鼻と喉を通り、安い酒であることはすぐに分かったが、そのとき僕の心は強く逞しい男そのものだったので、そんなことに構ってみせるよりはそのまま一気に飲み干して、そのことを彼にも証明する必要があった。
「おお、いけますね」
カイトは僕の気持ちを知らずか、素直な調子で喝采した。
「当然だよ。僕は大人の男だからね。それに騎士なんだ。今はちょっと……休業してるだけのことで」
僕が言うと、カイトは次にはやや含みのある笑いを浮かべた。
「ああ、なるほど。ここへいらして、若い騎士連中をご覧になって、さっそく触発されたってわけですか」
「ち、違う。何だよ、偉そうに。分かったようなことを言うな」
「そりゃすみません、お気に障りましたようで。
でも、確かに貴方はその気になればかなりいい線いくと思うんですよ。背丈があるし、腕も長い。それに閣下を見る限りでは、貴方も体質的に筋肉がつきやすいかもしれないですしね。古くからの騎士家系なんですから、素質は充分ってわけです」
「う、うん。そうなんだ」
カイトはなかなかいいことを言うと思い、僕は頷いた。
それから僕らは並んで椅子に腰かけ、取り留めのない話をした。カイトが話すのは相変わらずの幾つかのゴシップ、最近ジェシカにつき纏っている男がいるらしいとか、家令が銀食器の数が足りないと騒いでいたエピソードのこととか、秘書官のロビンの話。それから酒の種類、今年の国内産のワインの出来、いま飲んでいる蒸留酒の原材料である穀物の相場のこと。だいたいはカイトが話題を提供していた。
カイトはエステルがうんざりしていたような僕の話を、タティほど楽しそうでも喜んでもくれないが一応は聞く耳を持ってくれるほうだ。でも、どちらかと言えば彼は自分がしゃべりたい人間であるようだった。
その点、僕は聞き役でも別に構わないし、そっちのほうが次に何を話すべきかいろいろ考えなくていいので、そのほうが楽だったのでそうしていた。