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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第299話 蒼月の亡侯爵(7)

「それならそれは破棄しろ。どうせろくな女じゃないんだろう」


だがロベルト侯はいなすように僕を見る。


「貴方のシエラの将来に対するご心配は分かります。アディンセル家がウィスラーナ家から城や領地を取った形になった、それに対するご不満な気持ちも……。

それなら、シエラが不自由せずに一生を暮らせるだけの保証は僕がします。決して不自由させずに……、でも結婚は……」


だがロベルト侯はそれを鼻で笑った。


「駄目だね。そんな話は通らない。どうしても結婚して貰うよ。それも今すぐだ」

「別に結婚しなくてもシエラの生活が安泰なら、貴方に文句はないわけでしょう」

「そんなことで人間誠意を感じるか?」

「でもアディンセル家がウィスラーナ家から掠奪したわけじゃない。考えてみてください。貴方の心情は理解できなくもないですが、それは八つ当たりというもので、貴方は持参金を渡したと言うが実際に領地を取り上げたのは陛下だし、それは貴方の失態によるペナルティであって、アディンセル家は……」

「アレックス」


ロベルト侯は顔をわざとらしく顰め、僕の話を遮った。

鼻筋の通った端正な顔に、さも妹の悲劇を憂う表情がのぼる。


「僕はね、女心の話をしているんだよ」

「女心……?」

「シエラをたぶらかしておいて、今更結婚はできませんで話が済むと思うのかい? 将来を匂わすような言葉を散々ちらつかせてシエラをその気にさせておいて冗談でしたで済むとでも?

ましてや他の女を選ぶからシエラを捨てるって、それはあんまりだよ。そう思わないかい。君はどうもデリカシーがたりない男のようだが、そういう言い草はもはや、人格否定に等しい。

こんな話を目の前でされる自体、シエラの心がどれだけ痛めつけられるか想像もできないのか? だとすれば、おまえという男は思いやりのかけらもないんだね。冷たい男だよ。それともわざとやっているのなら、おまえはあまりにも性格が悪すぎる。

面倒を見るなんてエロ親父みたいなことをぬかして、適当なことを言ってどうせシエラを愛人にしようって魂胆なんだろう」

「いえ、そうではなく、姉妹のつもりで、家族のつもりで面倒を見るという意味です。何か誤解があるようですが、僕とシエラは貴方が考えているような変なことは何もない。捨てるとか捨てないとかの関係なんてありません。僕はシエラに指一本……、とにかく僕は最初からシエラにそういう気はなかったんです」

「見え透いた嘘を吐くな!

おまえが僕の目の前で去勢するんでなければ男のそんな綺麗な言い分など信じられるか。結局のところ、扶養の見返りに身体を提供しろとなるのはお決まりだからな。ましてこれだけの美しい娘だ。そうならないわけがない。

男の責任を取らず、肉体だけは美味しく頂こうとこういう魂胆なのは分かっているんだ」


ロベルト侯は両手で自らの服の襟を整える。


「だから、ややこしいことを言わず最初からおまえはシエラを妻にしろ。おまえにそんな同情で面倒を見られても、シエラはずっとみじめなままだ。

ましてや他に女がいるから結婚できないって? おまえはいったい何処までシエラを侮辱すれば気が済むんだ!? 僕が言っている言葉の意味が分からないか!?

僕はシエラの地位を保証しろと言っているんだよ!

どんなに落ちぶれようと、家が取り潰されようと、シエラは誇り高き名門ウィスラーナ侯爵家の人間だぞ! 困窮を理由にシエラを売るつもりはない。ルアナならともかく。

おまえが僕の立場ならどうなんだよ。おまえがシエラの親なら、兄ならどうなんだ。現実問題、愛人なんてどんな乱暴な性交をされるかも分からんと言うのに。妻にはとてもできない男の願望を満たすための変態行為をされるのがお決まりの性処理役だよ。おまえも男なら、当然そのくらいの扱いは想定できることだよね。それを、愛人なんて……、それなのにおまえは大事な妹を愛人に差し出せと、ふざけた要求を突きつけると言うのか!?」


また侯爵の声が大きくなってきたので、僕は困惑して言った。


「だから愛人にするつもりはないと言っているじゃないか……」

「それはよかった。それなら初めて意見が一致したじゃないか。僕もそうなんだよ。うちのシエラは誰よりも清らかな清純路線だ。卑猥な汚れ役はやらない」


ロベルト侯は言い切った。


「とにかくおまえにはシエラと結婚して貰う。おまえの婚約者とやらの後始末なら、僕に任せるがいいよ。どうせ金目当て、地位目当ての馬鹿女だ。お妾さんが婚約者? 世間を舐めるのもいい加減にしろ。

もしおまえがこの話を拒否するのであれば、ここはシエラの兄として、シエラに仇成すその女を、僕が地獄に送ってやらなければならなくなるよ。まあ、結婚前の女関係を綺麗さっぱり清算することは、花嫁に対しての最低限の礼儀であることくらいは分かってくれているとは思うけどね。

ましてや侯爵家は……、伯爵家より格上だということくらいは、おまえも当然認識してくれているんだろうね?

シエラは断じて軽んじていい格下出身の娘ではないのだから、そこら辺のことは、いずれにしても徹底的に掃除して貰わなければならないんだよ」

「貴方、たったさっき世界平和とか人類愛を説いていたじゃないか。その言い草はさすがに矛盾が過ぎるだろう。だったら自分は高尚な理想主義者だなんて看板は下ろせよ」

「おまえこそ、人がおとなしくしていればガキのくせにこっちの足元を見るようなことばかり言って、これだから排外主義者は!

何が売国奴だ、人を売国奴呼ばわりしやがって! おまえのような何も知らないクソガキが、執政権を任されたこともないくせに偉そうに机上の空論だけで情勢に上から難癖たれる資格なんかあるか!

クソどもが分かったような正論たれやがって! おまえらみたいに後世に名前も残らないような連中が無責任にほざく、お綺麗な評論通りにこの世界が動くなら誰も苦労なんかしないんだよ!」


ロベルト侯は首を振り、嘆息を吐いた。


「……とにかく、そういうわけで、シエラをたぶらかした事実がある以上、絶対に責任は取って貰う」

「何がとにかくだよ! だからたぶらかしてないって言っているじゃないか。僕とシエラは無関係なんだ。何も知らないくせに勝手な解釈をするなよ」

「勝手な解釈? シエラの証言に基づく事実を言っているんだ」

「シエラの話なんか証言のうちに入らないだろ! 何言ってるか分からないことのほうが多いのに。

そもそも貴方は僕のことが気に入らないのに、妹は渡さないと言うならともかく、結婚しろなんて根本からおかしいんじゃないのか!

可愛がってる妹に近づいて来る男を追っ払おうとするのが、兄ってものなんじゃないですか? 僕の兄さんなんて弟の女すら自分が決めようとする有様だぞ。

僕が気に入らないならこんな馬鹿な話をしていないで、さっさと帰ればいいじゃないか……。

何ならシエラのことだって、一緒に連れて帰ればいいんだ。そうすればいい。貴方だって、大事にして貰える見込みのない相手にシエラは渡さないって、たったいま言ったじゃないか。それを侮辱と脅迫をしてまでって。そんな結婚させてシエラが喜ぶとでも……」

「私はそれでも構いません!」


と、そこで、思いがけずシエラ本人が僕の言葉を遮る形となった。見ると彼女は酷く憤慨した様子で、身を乗り出し、僕やロベルト侯に訴えかける。


「アレックス様の言い分は全然違うの。アレックス様は、今は少し混乱しているだけ。タティさんに騙されているのよ。彼女はいつもそうなの。お姫様じゃないくせに、いつもアレックス様や周りに可哀想って、そう思って貰えるように仕向けるの。

でも、アレックス様と私は最初から夫婦のような関係よ。彼は私を可愛いと、愛していると何度も言ってくれたわ。なのに……、こんなことになってしまったのは、タティさんが後から二人の間に割り込んだからなのっ!」


シエラは両手を胸の前で握り締め、叫んだ。


「だけどっ……、だけどそれでもアレックス様と私の関係は、生まれたときから決まっていることなの。私たちは前世から愛しあっている運命の恋人なんだもの。だから本当は後から割り込んだのはタティさんなの! 何故って、二人は誰にも引き裂けない運命の恋人同士だからなのよ。

本当は彼に先に出会ったのは私! 前世から結ばれている本物の運命の恋人は私なの!

アレックス様は最初から私の心の中にいたのよ。誰よりも先に、出会う前から……!

だけどタティさんなんて、アレックス様と今生で出会っただけの人よ。何度も生まれ変わる度に愛しあっているシエラほど、昔からアレックス様を知っているわけじゃないし、アレックス様と強く結ばれてなんていないの。

でもアレックス様は優しいから、タティさんのやり方に騙されていて……、だけど貴方はまだこの愛の運命を知らないだけなのっ」


また言うに事欠いてややこしいことを言い始めたので、僕はぎょっとした。夢見がちと言えばそうなのだろうが、シエラはしばしば意味の分からないことを言うので。しかしそれでも可愛い妹に泣きつかれれば、ロベルト侯がこういう妄想話を鵜呑みにしてしまうのも、心情として分からないではなかった。さっきから話の噛み合わない原因はこれかと思ったのだ。

だがシエラは真剣な様子で続けた。


「でも、それでも構わないの。アレックス様のお嫁さんになれるのなら、最初はそれでも構いません。結婚生活の始まりが混乱していても……、最後に選ばれるのが私なら、そんなこと構わないの!

私、タティさんにだけは絶対に負けたくありません。

あの人にだけは、絶対に! 絶対に……!

全部お兄様のおっしゃる通りよ。友だちに私を攻撃させて、私の目の前でアレックス様とキスまでしてっ……、あの人はふしだらで最低な人ですっ」


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