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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第282話 夕刻の執務室(2)

「愛妾? へえ、最後は王子様とハッピーエンドじゃないんだ」


ハリエットはいっぱしに皮肉を言った。


「そうだ。もし閣下がそういう女を嫁にしたいと言い出したら、臣下のおまえは恐らくきっと不愉快で、心から祝福しようって気にはならないだろう。それは他の奴もだいたいそうだ。それの国家版だ」

「だからって、あいつばかり守られる流れになるのは許せない。どうしてあんな奴が、有象無象の男から、王子様にまで目をかけて貰えるのよ。

泣きたくなるわ。貴方といい、男の人は結局誰も彼女を悪く言いすらしない。まるでこの物語の主人公はあいつだとでも言わんばかりの展開には……。

ねえ、シエラの奴は薔薇君様を振ったのよ。あんなことをしておいて、困ったときばかり利用しようなんてさすがに調子よすぎると思わない!?」


ハリエットは不満そうに声を上げる。


「でも男ってのは、理屈抜きで、好きな子には弱いものなんだよ。こればっかりはしょうがない。おまえらだってイケメンには甘いはず。特にお姫様は、顔だけは可愛いしさ」


オニールが応えた。


「ふん、そんなの変な話。だって、薔薇君様のほうが断然美しいのに」


ハリエットはせせら笑った。


「確かにシエラも多少はそうかもしれない、でも、あんなのより薔薇君様のほうが、ずっと綺麗で可愛らしいわ。なのになんであの方が、シエラごときに夢中になるの? そもそもそこが意味が分からないわ」

「だって薔薇君様は見た目からして男じゃん。可愛いとか言う奴いるけど、本気で女と間違うほどじゃないし。一方、お姫様は口を聞かなければ天然癒し系だろ。彼女は男を立てるし、気持ちは分かるよ」

「ねえ、貴方のさっきからそれ、シエラのフォロー。そういうの要らないし、全然、面白くないから」

「まあよ、イラついて難癖つけたい気持ちは分かるけどさ。もうこの話はこれでおしまいにしろ。嫌いな奴のことをこれ以上考えるな。そんなやって文句ばっか言ってると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。こんなこと言うとヴァレリアには怒られそうだけど、女はやっぱ、争い事には向いてないんだからさ。

ガキんちょがキーキー言ってないでさ、ちょっとにこっと可愛く笑ってみ。お嬢ちゃんはそういうキャラで行けよ。あとで兄ちゃんがお菓子買ってやるから」

「ちょっと、レディを掴まえて幼女扱いしないでよ!」


ハリエットは怒気を強めた。


「幼女じゃないさ。僕がおまえを幼女なんて言ったか? まさか。そんなこと言わない。お嬢ちゃんはもう十分、十二歳で通用するって」


そしてオニールは笑った。


「失礼ねっ、これでもわたしは来月で十七歳よっ!」

「あはははっ。ナイスジョーク」

「ジョークじゃないったらっ!」






少ししてカイトが部屋に戻って来た。彼は執務机の前にやって来ると、閣下は外出していたと僕に報告をした。


「外出って、何処に行ったんだ……」

「クライド様の話では王都だそうです。今夜はちょっとした会合だとか。内容までは教えて貰えませんでしたが。クライド様も知らないかもしれません」

「……シエラがあることないこと殿下に言いつけたら、僕が怒られるのか?」

「ううむ」

「それじゃ分からないよ」


僕は余裕がなく、つい執務机を挟んで向かい合うカイトに文句を言った。


「怒られる可能性は非常に高いです」


カイトは答え直した。

だが、僕はそんな返事を求めていたわけじゃなかったので、更に不満を言った。


「全部僕のせいになるのか? ハリエットとヴァレリアが悪いのに……」

「シエラ様は恐らく貴方のせいにはされないでしょうが、王子様が貴方のせいにするかもしれません。シエラ様が幾らお嬢様たちだけが悪いと訴えたところで、女だけに責任を取らせるやり方を王子様が採用するかどうか。王子が個人的な私怨の代行で女を罰するなんて体面的な意味でよくない。伯爵様や貴方に苦情が向くでしょう」

「そんなことくらい言われなくても知ってるよ。僕は、もう前の僕とは違うんだから」


僕は言った。


「左様でしたな」


カイトは静かに同意した。

僕は弱り果て、がばっと頭を抱え込むと、胸の中の不安を吐露した。


「これからいったいどうすればいいんだ。ああ、シエラはどうして言うことを聞いてくれないんだろう。女は我侭だよ。タティも王都に行きたくないとか言い出すし。二人とも僕の言う通りにするべきなのに、僕が甘いと思って、すぐつけ上がるんだ。

特にシエラは僕の気持ちも知らないで勝手すぎる。僕が困ることをするなんておかしいよ。殿下に言いつけるなんてさすがに酷すぎる。僕にあんまり思いやりがないよ。すごく気を遣って接していたのに感謝もないどころかアディンセル家に迷惑をかけるなんて。

僕の父上や兄さんが、どんな思いで家系を守って来たと思ってるんだ。アディンセル家は父上の人生そのものなんだぞ。それを踏み躙るような真似をするなんてさすがに許し難いよ。

カイト、僕だってシエラの態度には閉口するところがあったし、彼女に言いたいことはあったけど、可哀想かと思って言わなかったことだってあるんだよ。シエラが僕を好きだって言うから、本当は素直にフレデリック様に抱かれてくれ、僕の役に立ちたいなら是非そうしてくれって言いたいところを言わないでおいてあげたんだ。それなのに、どうしてこんなやり方をするんだ。僕の気持ちを全然考えてくれないなんて」


僕は言いながら、そう言えばカイトがシエラを好きだったことを思い出して、それ以上自分の考えを言うのを自重した。

ちらっとカイトを窺うと、彼は執務机の前に立ったまま黙っている。


「おお、カイト君、戻ったか」


間もなくオニールが軽薄極まりない笑顔で背後からカイトに忍び寄り、その肩に慣れ慣れしく腕をまわした。


「どうした。黙り込んで。お坊ちゃま君の本音を聞かされて、混沌とした気分はどうだ?」

「煩いですよ」

「お坊ちゃま君におかれましては、「シエラたんはボクたんが好きなくせに、ボクたんに都合が悪いことをするのは非常に悪いことだ、プンプン」だってさ。誰かさんの好きな女を、厄介者だって言って憚らない。それどころか厄介者はさっさと王子様の便器にしたいんだってさ。はっはー、ザマー」


カイトはオニールの腕を振り払った。


「カイト君ったら、怒っちゃイヤーン。だって本当のことじゃん。それにこの流れはおまえの身分ではもうどうすることもできないんだから潔く諦めろ。

つか態度悪いぞコノヤロー。素行不良だって閣下に言いつけるぞ。お坊ちゃま君を行きつけの安い風俗店に連れてったって言ってやる。超怒られろ」

「俺に絡むんじゃないよ」

「おっ、何だよ。こいつマジで機嫌が悪いぞ」

「煩いですよ」

「煩いって、何だそれ……、下男が生意気な態度だな。そんなにシエラ様が好きならさ、こうなる前に、一回やらしてくれって頭でも下げとけばよかったじゃん。ヴァレリアが取り乱して泣くのを分かってて、その気もないのにああやって目の前でおまえを掠める真似ができる女なんだ。きっと頼めばやらせてくれたよ。彼女はそれがお好みだ。複数の男とアンアンやるのが」

「またそんな。その発言は、さすがにシエラ様に対して無礼でしょう。

考えてみてください。シエラ様はね、ご両親もお兄様も亡くして、ほとんど天涯孤独になってしまったんですよ。女が家族なしなんて、想像しただけでいったいどれほど不安なことか。それを、どうしてそんな残酷な言い方ができるんです。

もう少しみんなで彼女のことを思いやってあげてもいいじゃないですか。シエラ様がお姫様になりたいと言うなら、みんなでシエラ様をお姫様扱いして差し上げれば済んだ話なんですよ。それの何が問題だってんです。

なのにおたくといいお嬢様といい、悪意の推定でよってたかって……」

「何が悪意の推定だよ、ヴァレリアの言い分を信じもしないでさ。おまえこそ、よくもそんな一方的なことが言えるな。まーたお姫様を庇う気なのか? 馬鹿が、反省しろよ」

「なんだ……。オニールさんだって頭に来てるんじゃない。

それで、これからどうするんですかアレックス様?」


ハリエットが、机にいる僕の横の所定場所に戻った。だいたいルイーズが兄さんの横に立っているのと、同じような位置だ。

僕は両膝の上に手をおいて、哀しく呟く。


「これから熱を出そうと思う」


僕は、決意をもって言った。


「熱って?」


ハリエットが僕の顔を覗き込む。


「僕が具合が悪いと、兄さんは優しくなるから……。これは、とっておきの方法なんだ」

「情けない……。わたし、二十歳くらいって、もっと大人だと思っていたのに。貴方といいオニールさんといい、ここに来てその幻想は崩壊したわ」


と、ノックがした。


「おっと、誰だ? ここでまさかの――!?」


オニールが勢いよく振り返る。


「鬱陶しい男ですね。そんな引きは要らないでしょ。これはコメディじゃないんですよ」


カイトが言った。


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