第276話 慟哭と嘆きに巻かれて(2)
するとシエラも同じような切羽詰まった調子で言い返す。こうなると、もはや泥仕合の体を成していた。
「いいえっ、やめて、やめて、そんな無駄話はどうでもいいの、貴方の脅かしになんて私、動じないっ!
聞いて、アレックス様は私だけのものなの、アレックス様と私は出会ったのが少し遅かっただけで、彼は最初から私の運命の人なの! 分からないの……!? 私は横取りなんかじゃない。私は泥棒猫なんかじゃないわ、アレックス様の唯一の花嫁よ!
それなのに二人の間に割り込んで、彼を横取りしようとしている泥棒猫はタティさんよっ!」
「だからっ、泥棒猫は貴方でしょうっ!
他人の幸せを祝福できないなんて貴方どうかしているわ! 何処かで結婚式を見かける度に、花嫁に向かって石でも投げるつもりなの!?
これまでいつも自分がいちばん可愛くて愛されるってポジションだったから、それ以外の役まわりは我慢できないとみえるわね。世界中みんなに愛される、恋愛物語の愛されヒロインは自分って思っていたのに、アレックス様はそうは見てくれなかったからタティが憎くてたまらないのね!」
「やめて、私を悪く理解しないで、私はそんな女の子じゃないわ!」
「いいえ貴方は絶対にそんな女よ、とにかく謝りなさいよっ!」
「嫌よ、絶対にそんなことできないわっ。だって、もし私がタティさんに謝れば、その瞬間に私は恋を失うのよっ……?
そんなの私にひどいとは思わないの!? 私が可哀想だとは思わないの!?
貴方はそこまで私をみじめに屈服させて、心は痛まないのっ!?」
「タティを殺そうとしたくせに、自分のときだけ情に訴えかける気!? この偽善者!」
「偽善者は貴方よっ、こうやって今だって三人がかりで私を虐めているのに、どうして自分が正しいだなんて思えるの!
貴方は自分が正しいと思い込んだことを絶対に正しいと信じてしまう思い上がった偽善者で、自分が間違っているかどうかを疑おうともしないし、しかもそれを無理やり他人に押しつけようとするの!
何故自分だけが正しいと思えるの? 私にだって感情や、大切な想いがあることは考えないの!?
アレックス様が誰を選ぶかについて、貴方が口出しする資格なんてないのよ。
貴方に他人を説教できる資格なんて何ひとつないのよ!
それに貴方は私を馬鹿にするけど、私は貴方より年上なの!
子供のくせに、分かりもしないで愚かにもタティさんの味方をして、貴方はとても恥知らずな人だわっ。何が正しいかも分からないなんて、貴方は最低よっ。何故私が謝るの。何故私が男爵家の不良娘や、召使い上がりのお妾さんに謝るの!
私にとことん非礼をはたらいたのは彼女たちじゃない!
おまけに貴方はおチビさんのくせに、男の人の真似事みたいに恐く振る舞って、すごく品がないし、意地悪だわ! 貴方、意地悪だわっ!
何も悪いことをしていない私を攻撃する意地悪な貴方はその報いを受けるべきよ! 私、そのために今夜から神様に祈ってあげるわ!」
僕は、世の中に一夫多妻なんて成立しないと思った。
「へえ、暗黒神にでも祈る気なの? 逆ギレのくせに相手に災いあれって祈るのは、祈りじゃなくて呪いなんじゃないのかしら、バカシエラさん!」
「バカは貴方よ! 小さいくせにそうやっていつもいつも人をバカ呼ばわりしないで!」
「あら、バカにバカと言って何が悪いのよ! 汚い女のくせに善人ぶってるから嘘つきのバカって言われるのよ!
自分の思い通りにならなければ気が済まない自分の傲慢な性格に気づきなさい!
ヴァレリアのことをどうこうなんて言えるの!? ふられた腹いせにタティに八つ当たりしてるのは誰なのよ!
あんたが嫌な奴なのはばれてるんだから、姑息な行いは今すぐやめて、アレックス様を諦めなさいよ!
アレックス様はねえ、あんたみたいな最低で卑しい精神性の人間には過ぎた相手なんだからっ!」
「どうして貴方みたいな人にそこまで言われなくてはならないの!
私にタティさんの幸せを祝福しろと言うなら、それより今すぐ私の幸せを祝福するようにタティさんに言えばいいことだわ。それで解決するじゃない。
貴方は今すぐ私の幸せを祝福すると誓って! そしてタティさんに彼を諦めるように説得して!」
「お断りよっ!」
「それでは私に言っていることと全然違うじゃないっ、どうして他人の幸せを素直に祝福することができないの!? 貴方こそ本当に性格が悪すぎるわっ!」
「あらそんなのお互い様よっ。誰かさんが自分をあまりにも都合よく理想的に誤解しているだけのことで。でも貴方はそんなに純粋でも可愛くもないわよ」
「もう侮辱はやめてっ! そうでないと、私、貴方を許さないわっ!」
シエラは叫んだ。
「何よ、許さないのはこっちの台詞よ!」
ハリエットがまた即、同じように怒って怒鳴り返す。
「許さないわ! 何も知らないのに、許さないわ!」
「あらそう、じゃあわたしはもっと許さないわよ!」
「年下のくせに馬鹿にしないで! もっと私に敬意を払って!」
「だったら少しは年上らしくしてみなさいよ! いつだって自分自分の嘘つき女!」
「煩いこのバカ女ッ!! もう十分よ黙ってッ!!」
と、これまで別人かのように萎れていたヴァレリアが、やっぱり落ち込んでいるのに飽きたのだろうか、いきなり立ち直った。そして突然またぎょっとするような大声と覇気で怒鳴り、その場を一瞬で制したのだった。
ヴァレリアは勇ましくも腕を振って、ハリエットとシエラの口論を遮り、自分が再びシエラと対峙する。まだ目許に涙の痕跡は残っていたが、やはりあのまま泣かされて引き下がるのではヴァレリアの気が済まないのだろう。今は怒りがすべてを支配し、ヴァレリアを突き動かしていた。
「そこのブスッ、おまえはグダグダグダグダと保身ばかりを煩いのよッ! 人間は行動がすべてだって言ってるでしょうッ!」
ヴァレリアは仁王立ちの姿勢で、ビシッとシエラに向けて指を差す。
「王子に赤っ恥掻かせて、タティを姑息にいびり倒してよ、そして今は最強美人であるこのわたくしをも脅迫したッ! このわたくしの美しさを妬むあまりにね、それがすべてよッ!
そういうぶりぶりな態度なら悪行を見抜かれないとでも思ってるわけ!? でも何を言ったっておまえが最悪なのが真実よ、こっちはおまえの御託なんか聞きたくもないッ!
この嘘つき粘着女! この自己愛性人格障害! おまえは誰よりも最悪な女で、しかも反吐が出るほど根性の腐った汚らわしい蛇女だわッ!!
このいやらしい売女が! 何が花嫁よ、何が運命の人よ、人でなしの最低な行動を取ってるおまえが言ったって、そんなの説得力なんか何処にもないわよっ!!
シエラ、いいこと、おまえの真実の姿を教えてあげるわ。おまえの本質は純愛を自称した淫らな性行為で他人の男を掠めるしか考えられない変態女よ!
おまえみたいなクズにロックオンされた男は哀れだわ! この寄生虫! 貧乏貴族の分際で、分不相応な男に寄生して養分吸い取っておまえの汚い仲間を増やそうとするクソ害虫がッ!
運命の恋だか何だか知りませんけどねえ、要するに単なる繁殖のための宿主と栄養確保のための生々しくて自己利的で偽善だらけのクソみたいな自慰行為じゃないのよ!
我々が代々仕える主君であるアディンセル家の血を、おまえみたいな穢れた女の血と欲望で汚染させはしないわよッ!
家督継承からものの十年で歴史ある家をぶっ潰したおまえの駄目兄貴の超絶無能の血と、おまえの不倫体質お下劣淫乱の血をどうしてもアディンセル家に入れるって言うなら、こっちは忠臣として、おまえを殺してでも阻止してやるからッ! この排泄物の中にいる寄生虫以下の馬鹿女がッ!!
おまえは猿みたいに男とやることしか頭にないわけ!? いやらしいっ! このスケベ女! ドスケベ女! 男をたらし込まないと生きられない淫売が、清純なふりしていっちょ前の口聞いているんじゃないわよど変態っ!! この好き物がッ!!」
「やめて! もう責めるのはやめて! 貴方はなんて下品で恥知らずなの!? おまけに乱暴で、信じられないくらい野蛮だわ!
おまけに貴方はちっとも美しくない。それなのに、必死で自分を美しい娘みたいに演出している馬鹿女はどっちなの!?
貴方は私へのコンプレックスが酷すぎておかしいわっ。美しくないのに絶世の美女だなんて、すごく面白いジョーク! ご自分が十人並みだからそんなことを言っているのよね。でも誰もそんなの信じないのに馬鹿みたい!
貴方がカイトさんに愛されないのは美しくないからよ。なのに貴方は馬鹿みたい!」
「この売女がッ……、何ですってッ!!」
「貴方なんて怖くないっ! 私、貴方になんて負けないわっ!」
「ズベ公がほざいたわねえッ!! 何をどう負けないつもりなのか、やって貰おうじゃないのよッ!!」
さすがに喧嘩慣れしているヴァレリアが、恐ろしい剣幕で怒号を上げる。
それでシエラは明らかにそれに気押されたのだが、両手を可愛く握り、声を震わせながらそれでもまだ強がった。
「これ以上私を怒らせないでっ! 貴方は私が妬ましいからって、訳の分からない言いがかりをつけないでっ!
貴方たちはそろいもそろって最低よ! どうして分からないの、どうしていつもみんなで私のことばかり虐めるのよっ!
タティさんのほうが意地悪でずるいって、私、言っているのにっ……、どうしていつも私だけ信じて貰えないの!? 本当のことを言っているのに、どうして私だけ味方になってくれる人がいないの!? どうしていつも私だけっ……。
私は何も悪くなんてありませんっ! 私は何も悪くなんてありませんっ! 私は何も悪くなんてありませんっ! 私は何も悪くなんてありませんっ!」




