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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第272話 光のお姫様vs爆裂お嬢様(2)

それから何事もなかったかのように再び僕に微笑みを向け、ヴァレリアを無視して彼女の横を通り過ぎようとしたその腕を、ヴァレリアが振り向きざまに乱暴に掴んだ。ヴァレリアの身のこなしは速い。普通の女のあの何処かゆっくりした動作ではないのは、彼女がしっかり真面目に武芸を身につけている証拠だろう。長い黒髪が美しく円を描いてから、またヴァレリアの背中に整然と落ちついた。


「ちょっと待ちなさいよ、何をあからさまに人を無視してるのよ。逃げる気!? 話はまだ終わっていなくてよ!」

「やめて」

「だからおまえが被害者ぶらないでよ、やめてと言いたいのはタティのはずでしょう!? 言うことを聞かないとバーベキューにするわよ!」

「離してください。私は何も悪いことはしていないわ」

「駄目よ。逃がさなくてよ。おまえは悪いことをしているわ。自分のやっていることを冷静になって考えてみなさいよ!」

「いいえ、私は悪くなんてありません。だって、アレックス様は私の恋人だからですっ」

「だからっ、それが根本的におかしいって言ってるんじゃないのよ!」


ヴァレリアが憤慨した。


「なんで言っても分からないわけ!? おまえ何なの? それ、意味が分からないんですけど!」

「お願い、分かって。アレックス様は私のものなの。お願いよ」

「だからこっちはアレックス様はおまえのものじゃないって言ってるのよ! おまえこそ分かりなさいよブス!」

「お願いよっ……、私はブスではないし、何と言われても、私はアレックス様を手放さないわ! 誰が何と言おうと彼はもう私のものなの!

貴方は全然関係ない人なのに、こんな意地悪はもうやめてください!」


シエラはそう言うと、全身の力をかけて掴まれた腕を引き、何とかヴァレリアの手を振りほどいた。

それからヴァレリアにではなくタティを振り向いて、とても迷惑をしているという顔でタティを非難した。


「タティさん、貴方を見損なったわ。なんて悪い闇の魔女なの……!

私に文句があるなら、ご自分でそうおっしゃればいいじゃない。何故、友だちを使うの? 何故、直接私に言わないの?

こんなことはもういい加減にしてくださいと、何度も貴方に言ってあるはずよ。どうして貴方は反省をしてくれないの? 何故、いつまでも分かってくれないの!?

アレックス様は私の恋人であって、貴方の恋人であったことは一度もないんですっ。

それが悔しいからって、こんな愚かなことはもうやめて。お妾さんは分相応に身を引いて!」

「うおっと、お妾さんと来たか。丁寧な割に、刺のある台詞だなー」


オニールが感心する。


「あれかなり頭来てるみたいだね」

「タティさん、もう皆さんの前ではっきりさせましょう。どんなに頑張っても、闇の魔女が光のお姫様より愛されることはないの。貴方がアレックス様のお嫁さんになれることはないのよ」


シエラはタティに向かって続けた。


「だから……、貴方はもう諦めて。諦めるとここで私に誓ってください。貴方に勝ち目はないんだもの。私は絶対にアレックス様のお嫁さんになるって決めているの。これだけは譲れないわ、だから貴方は諦めるしかないのよ。

ねえ、貴方がこのことを分かってさえくださったら、もう私たちがこんな険悪な関係を続けていることもないわ。貴方が他にいい人をみつけるために、私、お手伝いだってしてあげるつもりよ。

タティさん、貴方がいつまでも我侭を言っているせいで、私が毎日どれほどつらい思いをして過ごしているか気がついて。貴方は私の人生を潰しているのよ。私、とても苦しんでいるの!

お願い、貴方に心があるなら、こんなことはもうやめてください。貴方の存在にはとても迷惑しています。そればかりじゃないわ、私、貴方にはとても怒っているのよ。私の言うこと、分かってくださるわね?」

「ごちゃごちゃ煩い女ね!」


そのシエラの言葉を、ヴァレリアが怒鳴って遮った。

それからヴァレリアは、ビシッとシエラを指差した。


「自分より立場の弱い者を虐めるのはやめなさい! こんな人望もクソもない、明らかな弱者をいびって何が楽しいわけ!?

もしこれ以上わたくしの大事な友だちを痛めつけるつもりなら、わたくしが承知しないわよ!

ねえ、文句があるならおまえこそわたくしに直接言いなさいよ。たった今ものすごい意地悪な顔してタティを威嚇したように、わたくしにもそうなさいよ! 何をタティに凄んでるのよ!」

「やめて、貴方は何も知らないのに口を挿まないでください。私がどんなに困っているかも知らないのに」

「煩いわね、自分が悪いくせに調子に乗ってタティを虐めてるんじゃないわよ!

そんなに男が欲しいなら、とっとと王子のお妾にでもなったらいいじゃないのよ!

自覚してると思うけど、おまえは天然でもなければ性格もよくない単なる根性悪の傲慢女!

おまえを評価しているのは女の内面を見る目がない馬鹿な男だけ!

それを、何をどう勘違いしたんだか知りませんけど、プリンセスシエラ・ファンクラブですって? 大して美人でもないくせして、その思い上がった態度が図々しいったら!

アレックス様をゲットして、アディンセル家の女主人になって、今後もずっとでかい顔しようなんて思っているんでしょうけど、そうは問屋が卸さないのよ! だってこのわたくしの美貌のほうが上ですもの!」


ヴァレリアは手を口許に添えてころころと高笑いをし、続けた。


「ねえご存知? わたくしって正直なものだから、おまえみたいな微妙な女が自分が美人だなんて思い込んで勘違いしているのを見ると、殺してやりたいくらいイライラするのよ。

いいことシエラ、アレックス様と結婚したら、このわたくしを跪かせられるなんて思っているんでしょうけど、こっちは他所者の馬鹿女に傅くなんてごめんなのよ。まさか歓迎されているなんて思わないことね、おまえはここじゃどの階級でも嫌われまくってる。

これまでアレックス様と何の係わりもなかったぽっと出の馬鹿女が、何故かアレックス様の女房気取り、ヒロイン気取りでつき纏っているだけでもむかつくって言うのに、その上に、他所者であるくせによ、ファンクラブなんて胡散臭いものができたからっ!」


ダンッ、とヴァレリアは床を踏み鳴らした。


「このわたくしに断りもなくファンクラブだなんて、まあまあ図々しい女だこと!

でも言っておくけどおまえが美人だなんて、こっちはこれっぽっちも思ってない。そう言っているのは後にも先にも見る目のない馬鹿男どもだけ。なのにおまえはそんな極々一部のブス専マニアの声を真に受けて、思い上がっている心底嫌な女っ!

どうせ今だって自分がわたくしより上だと思っているんでしょう!? おまえみたいな馬鹿女にありがちの思考ですもの! はっ、ファンクラブ!」


そしてヴァレリアは挑戦的な表情で、きつくシエラを睨みつけた。唇の端が怒りのためか強気に上がっている。その気性の強さと口の達者さ、そして迫力たるや男をも怯ませるものであることは言うまでもないから、僕はシエラが泣く前に助けに入らなければならないことを考え始めた。

が、シエラはこのヴァレリアの一連の喧嘩腰を聞いていなかったかのように、何故か呼吸を整えヴァレリアと正面から向き合った。

そして早くもエキサイトしかかっているヴァレリアにこれ以上何か言うのは危険なのに、何を思ったか、一転して聖女のような微笑みと態度をもって、とんでもないことをヴァレリアに言った。


「……私、カイトさんのことは何とも思っていないわ。だから貴方は嫉妬をしなくてもいいのよ」

「何ですってっ?」

「恐がらないで。……ヴァレリアさん、貴方はもう、そんなに恐がらなくていいのよ。私、そんなふうに貴方を怒らせるつもりはなかったの。貴方が私に怒りたい理由を知っているわ。本当はね、私、最初から貴方の気持ちが分かっているの。

貴方は、すごくカイトさんのことがお好きなのよね? だから貴方はカイトさんが私に取られないか、不安になっているのでしょう? だから、前からそんなふうに私に怒っていらっしゃるのでしょう?」

「と、突然何言ってるのよこの女」

「でも私、カイトさんのこと、いい方だと思うけど、これまで一度も彼のことそういうふうに思ったことはなかったわ。だから、私は彼を選んだりしないから……、私は貴方から彼を取り上げたりしないわ、だから貴方は安心してもいいのよ」


そしてシエラはヴァレリアににっこりと笑顔を向けた。

しかしヴァレリアは、それを受け入れなかった。

例のごとく怖い顔になって、何をするだろうかと僕がドキドキしていると、足を前に踏み出し、シエラの胸もとに三回ほど人差し指をくれて小突いた。


「この恥知らずの泥棒女。男好きの淫売。男なしではいられないこのいやらしいどビッチッ!」

「きゃあっ」


小突かれたシエラがまたか弱い悲鳴を上げる。


「ひどいわ、何故こんな仕打ちをなさるのっ……!?」

「煩いっ、何がきゃあよ、さっきからぐだぐだとこざかしい、こっちが黙って聞いていればふざけるんじゃないわよ、何なのよおまえっ! いったい何様っ!?

何が私は取らないから安心してとかっ……、そのアホみたいなウルトラスーパー上から目線はいったいどういう神経してたら思いつけるのよっ!!

それともそれってもしかして、自分はご立派な人間ですアピールのつもりだったのかしら。自分は人の気持ちの分かる出来た人間って!?

でもそれって結局は、自分にはカイトごときは相応しくないから、わたくしにくれてやる的な言い方じゃないのよっ!!」

「いいえ、そんなつもりは……、そういうふうに聞こえたのなら謝ります。でも私はただ、貴方と仲直りをしたくて……」

「ええ、そう聞こえたわ」


ヴァレリアはまた凄んだ。


「おまえって、顔も微妙なくせに性格まで最悪なのねっ!

今のって、おまえの思い上がった性格がにじみ出ている大した発言よ。単なる貧乏貴族に落ちぶれた分際で、いったい何様のつもりっ!?

おまえのプライドの高さと自己評価の高さには、このわたくしですらびっくりだわ……!

要はおまえ、カイトが平民だって思ってるわけでしょう? 勿論、わたくしだって思ってるわよっ? 当然! あんな男、人前に出すのも恥ずかしい!」

「いいえ、男爵家の方だと……違うのですか?」

「はっ、男爵家!」


ヴァレリアは声を張り上げた。


「じゃあつまり、それってわたくしの身分がおまえより下だと言いたいわけね? 侯爵家の出であるおまえは顔も、人としてもご立派で、わたくしがおまえより何もかも下だってそう言いたいわけね?」

「……。そうだとして、何故そんなふうに意地悪をおっしゃるの?

私は単に事実を言いました。悪い意味ではなくて……。

カイトさんはアレックス様に仕えている立場の方です。だから、私がそういう対象として見ることはないわ」

「だからそれって、つまりそういうことじゃないのっ!

何よこいつ、いちいち癇に障る女っ! ビッチがお高くとまっちゃって、スカしてるんじゃないわよっ!」


ヴァレリアは声を荒らげた。


「ほんと、こういう女って心底嫌いだわ! かまととぶって、それじゃあカイトと結婚するわたくしがまるで馬鹿みたいだし、この程度の男しか掴めないわたくしは、結局はおまえより程度の低い女だって言っていることと同義じゃないのよっ! 人を馬鹿にして、許せないわっ!!」


そして僕は、どうしていいか分からずまごまごした。


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