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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第266話 お姫様たちの怪気炎(3)

あのときは殿下が目の前においでだったこともあって、そこまで深く考えていなかったと、僕は心の中で少し言い訳をした。僕はタティが助かったんだからそれでいいかと思っていたのだが、ハリエットとしてはどうやらそれでは収まりがつかなかったらしい。

ハリエットにとってタティは友人であり、血の繋がった親戚でもあるから、これは自分の家族を攻撃されたのに近い憤りがあるのかもしれない。率直なミーティングの不足を感じていた。主人と魔術師の意見が乖離しているのはいいことじゃない。それで僕は言った。


「じゃあ、話しあおうよハリエット。そのことについて」


だがハリエットは賢しげな瞳を僕に向け、断固首を横に振った。


「今更話しあっても、シエラへの好感度が上がることはもうないわ。これまでに何度となくあの女の性格の悪さを見て来たんだから」

「そっかな、シエラたん、性格悪いかー? 頭は悪いだろうけどな。頭が悪いってか、丁度女どもの鼻につく匙加減の天然っぷりという意味で」

「だいたい話しあったところで、貴方がシエラを擁護することは目に見えているし、平行線だわ。もうどんな取り繕いも通用しない。普通の神経持ってる子なら、あんな酷いこと王子様に依頼しないもの。あんな汚い卑怯者!

貴方もせいぜい、シエラを庇うような言動だけは慎んで頂きたいわ。それタティがすごく傷つくから。好きな人がほんのちょっとでも他の女を庇っただけで、女の子は死にそうになるんですからね!」

「庇うって言うか、だって、君も事情は分かるはずだろう……」


僕は困って言った。


「いいえ、分からないわ!」

「まあまあ、お嬢ちゃんは落ちつけって」

「落ちついてなんていられるものですか! このことは、近いうちに必ず何とかして貰わなくちゃいけないことだったんだもの!

あいつのタティに対する無礼で挑戦的な態度、それだけだって許せないのに、挙句タティを助けないでとか……、恋敵が邪魔だからって、本当に殺そうとするとかあいつ正気を疑うわ!

なのに外づらだけはよくて、男受け抜群のいい子ぶって本性を誤魔化してるっていう話をしているのよ、もう貴方煩いって言っているじゃない!」

「でも本性も何も、そりゃあ侯爵令嬢にとって眼鏡みたいな立場の女の認識なんかはせいぜいそんなもんだろ? 友だちじゃねーんだから、邪魔なら追っ払うわな」

「貴方もう黙って!」


怒れるハリエットは、とうとうオニールを全身で威嚇した。


「いやーんっ、ハリエットちゃんがこわーいっ」


するとオニールが喜んで両手の拳を頬に当て、不気味に身体をくねくねしてみせる。


「もっと僕ちんを構って構って」


しかしハリエットはそれを無視した。


「ヴァレリア、とにかく、あいつは自分の幸せのためにタティを犠牲にすることに何の躊躇もなかったの。タティが傷つこうが死のうが、彼女は意に介さなかったのよ。もうわたしたちに対して威張っていられる侯爵家の娘なんかじゃないくせに!

アレックス様が本当はタティのものだってこと、認めたくないからって……、そんなことまでやる女よ。

こうやって無力な女の子たちは、権力を持つ自称か弱いお姫様によって、何食わぬ顔で、立場も、夢も、心さえ、いろんな意味で殺され続けているんだろうって思ったわ。これが実態なの」

「事情がよく分からないけど、情景は目に浮かぶようだわね」


ハリエットの言い分に、一方のヴァレリアは熱心に同調する様子だった。


「階級が上がれば上がるほど女の内面の質が落ちるって言う人がいるけどそれ当たってる。ちやほやされて育った女にろくなのはいないのは、歴史的な事実ですもの。わたくしたちみたいな気苦労や困難を知る素直で優しい女と違って、そのての女ってほんと、恩知らずで、無自覚に性格が悪くて、了見が狭くて傲慢で、深く他人を配慮できない、自分のことしか考えられない輩だから」


オニールのじゃあ少なくともおまえらは明らかに後者だなという言葉は掻き消された。

ハリエットは言った。


「その通りよ。シエラはまさしく典型的にそうよ。あの女の自己陶酔と身勝手ぶりには心底イライラする。外づらばかりはご立派だけど、選ばれし光のお姫様の自分が、運命のアレックス王子と愛しあうっていう馬鹿げた妄想のためなら、周りの人間を傷つけまくって平気でいられるんだから!

人を虐めて傷つけても、平気な顔して暮らしていられるなんて、あいつは最低に下劣な女よ!

だから普通に考えて、あんな嫌な性格のあいつのポジションは絶対ヒロインの仇役でしょう!?

なのに頭に来るのは、あいつヒロインみたいな容姿をしてるから、誰もあいつの本性に気づかずに、あいつをヒロイン扱いするのっ!

そのせいで、いつだってあいつがお姫様なのよ。お姫様扱い、お姫様の役まわり……、みんなに注目して貰って、綺麗、可愛いって褒めて貰って、男の人に際限なくちやほやされて、悪いことをしてもお転婆さんがおイタしちゃったで済ませて貰える美味しい役目は全部あいつが一人占め!

他の頑張ってる女の子たちや、タティや……わたしじゃなくて! いつだってあいつだけ! シエラだけがいつもいつもいいとこ取りなのっ!」


ハリエットは両手を強く握りしめて訴えた。


「王子様にさえ依怙贔屓されて、いつも最後には報われてばかりで、今まで一度たりともそういうみじめな役まわりで終わったことがないから、あいつはあまりにも人の痛みに無頓着なのよ! しかも最悪なことに自分では自分が優しいと思ってる!」

「おまえもお姫様になりたいんだったら、なったらいいじゃん。僕がお姫様扱いしてやろうか?」

「その上に後出しの訳の分からない女が、いきなり現れてアレックス様と結婚して自分だけハッピーエンドになろうだなんて、そんな横暴が許されるわけがないわっ!」

「そんなマジで怒らなくたって、お嬢ちゃんが思うほど世間の男はシエラたんに夢中じゃないって。男だって馬鹿じゃないんだから、彼女、重いわ幼稚だわでまともにつきあえなさそうだから僕なんか寧ろ引くし」

「勘違いしないで、これは別に嫉妬をして言っているわけじゃないの、一般的な女の本心のことを言っているだけよ、でも、それでなくても、シエラみたいなああいういやらしい横入りの女って、わたしは絶対に許せないの! 人間として許せないの!

後から出て来たくせに人のお父様を横取りして……、お母様の人生を壊したあの女とまるで同じよ……、お母様の嘆きや無念なんて知らん顔で、愛人上がりの卑しい女が、今ではお父様の妻になって人生を謳歌してる!

でもわたしに言わせれば、あいつは今でもただの汚い愛人よ! お父様の前では行儀よくしているけど、あいつの本性はお母様の墓石に唾を吐きかけるようなメンタリティの女よ!」


ハリエットは頬を紅潮させ、自分の母親の話で感極まってしまったのだろう。しまいにはまるで子供のような痛々しい涙目でヴァレリアに問い質した。


「ねえヴァレリア、いったいどっちがヒロインだと思う? 結局ずるがしこく立ちまわって、生き残ったほうがヒロインなの? お父様を勝ち取ったと、大声で親戚や世間に喧伝できる継母のほうが結局は相応しくて正しいの!?

お母様がいけなかったから、至らなかったから男爵様から罰を受けたんだって、ハリエットは決してお父様に逆らってはいけないよって、泣きながら言っていた母方のお祖父様のそういう解釈が正しいって言うの? 違うわよね、違うわよねっ……!?」

「しょうがないわね、少し落ちつきなさいよ」


ヴァレリアは長い黒髪を背中に流し、さすがにいつもの高慢ちきな表情には多少の同情を乗せて、半泣き顔で興奮するハリエットの細い肩を手で押さえた。


「つまり……、まあ、こういうことね。おまえはタティを死んだ自分の母親に、そしてシエラを意地悪な今の継母に重ねてるってわけなのね。それで他人事なのにそんなにいきり立ってシエラ憎しになってるってわけか」

「だったらどうだって言うの!? 別に隠すつもりなんてないわ。構図はほとんど一緒でしょう!?」

「そりゃあ、カティス家の後妻が輿入れするまでの話は有名だから。噂の域は出ないけど、いろいろと話があるのよね。

結婚十年で期限切られたなんて表向きの体裁話だって、男子が産めなかった女が悪いから殺されて当然なんてそんな無茶苦茶な話、誰が納得するかって感じだけど。そもそもそれ自体が言い訳なんじゃないかって、確かに今でもまことしやかに言われているわね」

「その通りよ。あの継母がわたしのお母様を殺したのよ。そしてシエラはうちの継母と同じなの。いちばん重なるところは卑劣な性格の女のくせしていつまでも善玉ヒロインぶってるところや、そのくせあの図々しくて自己中な醜い性格よ!

あいつらは犠牲者の涙なんか考えようともしない……!

他人の夢や人生を潰してもそんなのお構いなしで、まんまとお母様の居場所を乗っ取って、当然のようにお父様に甘えて幸せひけらかし放題!

だからうちの継母がそうしたように、シエラもそのうちタティを傷つけかねないの。だってあいつら同じだもの! わたしには分かるの! 自分の目的のためなら何でもする奴だって。これは女の直感だし、わたしには実体験があるからよ!

だからわたしは全力でタティを守るし、シエラが降参してアレックス様から離れて行くまであいつを赦すことはないわ。文句あるのっ!?」

「いいえ。でもそんなに熱くならないでよ」


ヴァレリアは息を吐いた。


「まっ、目の前で過去のトラウマと再び同じようなことが起こっているなら、今度こそ割って入りたくなるのが人情なのかしらね。それほど母親を失ったおまえの幼少期のトラウマは深いってことか。

それじゃどうやらここは、わたくしの出番らしいわね。確かに、おまえの話を聞く限り、シエラって女の根性はいちいち許し難いものがあるわ。ハリエットの継母然り、性悪女って奴はよく善良さや親しみなんかで巧妙に自分を粉飾するから、外野からはそいつの本質が分かりづらかったりするんだけど。

そういうときはその女の行動を見ればいいのよ。ぶりっ子な態度や綺麗事言ってる口先じゃなくて、そいつがやってることをね。そういうの取っぱらって行動だけを見ると、その女の本質が見えて来るから。

恋敵を始末してって権力者に依頼した時点で、シエラ何とかはかなり嫌な奴で確定ですもの。それどう考えても性格のいい女のやることじゃない。

それだけのことをやっているなら、もうすっぱりヒール役の汚名は被るべきなのに、意地でも清純ヒロイン気取りなのが同性としては余計に腹が立つわけよね。自分が可愛いとか特別だと思ってるブスって、いちばん質が悪いのよ。分かる。いいわ。おまえが行ってどうにもならないって言うなら、わたくしがこれから行ってシエラって奴をこの城から追い出してやるわ」

「ヴァレリア……、でも、どうやって?」


ハリエットが涙を手で拭いながら言う。


「あいつはヴァレリアが考えている以上に悪質でしたたかなのよ」

「いつも通りよ。ルール破りの女が、女のコミュニティでどういう目にあうかってことを思い知らせてやるだけ!

女の名誉を傷つける裏切り者の女は、男以上に女の敵ですもの!」


そしてハリエットとヴァレリアはパシンとお互いの手を叩きあった。ぞっとするほど恐ろしい先制狂犬コンビが、ここに結成されたのである。


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