第265話 お姫様たちの怪気炎(2)
「とにかくヴァレリア、そんな感じで、タティは今日も一方的にズタズタにされてると思うわ。わたしには分かるの。あいつはすんごく嫌な奴だって」
「でしょうね」
するとヴァレリアは引き続き腕組みの姿勢でハリエットを支持した。
「真の悪人は、巧妙に善人の仮面を被るものよ」
ハリエットは重ねて同意した。
「その通りよ。貴方みたいに性格が悪くても、裏表のない女は感情をすぐ漏らしちゃうからまだ分かりやすいのよ。まあそれはそれで問題だけど。
でもあいつは恐ろしい女よ。裏で巧妙にやるから。いい子のふりをする奴は幾らでもいるけど、あいつのあそこまでの化けっぷり、あの完成度は大したものよ。すごく腹黒い。特に男を味方につける手管は天性のものだわ」
「女をむかつかせる才能もね」
「言えてる」
そして二人はそこに友情さえあるかのように頷きあった。
ヴァレリアは続けた。
「まったく何だってあんな女狐がここに暮らしていられるんだか、意味が分からないお話よね。別に何処か他所でやってくれる分にはどうだっていいんだけど、わたくしの縄張りで好き勝手やって貰ったんじゃ、こっちは聞きたくもないあの女の賛美を聞かされるはめになるし」
「ここは君の縄張りなのか? 僕の城なのに……」
「ねえハリエット、そもそもあの女はアレックス様の何なの? タティだってとても相応しいとは思わないけど、あの女は存在自体が憎たらしいのよね。もしかしてシエラ何とかは、アレックス様ともうそういう関係とかって持っているのかしら?」
「持ってないって信じたいわ、わたしは」
ハリエットが横目で僕を、やや疑いを含んだ眼差しで見た。
「でもアレックス様は優柔不断だから、基本タティにもシエラにも、どっちにもいい顔をしたがるの。アレックス様がもっとはっきりしてくれていたら、タティは傷つかずに済んでいるのにね。可哀想に、病気が治ったと思ったら今度は変な女がアレックス様の周りをちょろちょろして、所有権主張しているんじゃ、気の休まる暇もないと思う。
おまけにあいつったら、幾ら教えてあげても自分が嫌な女だって自覚がなくて、何かって言うと自分は正しい光のお姫様よ。
あいつって、とにかく自分だけがよかったらそれでいいの。自分の行動によってどれほど周りが傷つくかは考慮さえしない。あいつを見ていれば分かることだけど、とにかく自分が可愛いってろくでもない人間なのよ。自分と好きな男、これさえよければ他はズタズタになろうがどうでもいいの。
でもいちばん頭にくるのは、そういうゴミみたいな人間のくせに自分が善良だってみせかけようとすることに余念がないこと! わたしはこれが本当にむかつくのよ。自分の悪事は勿論のこと、自分が性悪の嘘つきであることすら認めないずるい姿勢がね。
それで全面的に自分が悪いくせに何故かタティに謝ってとか言えちゃうあの性格!
信じられる!? 謝ってってどういうこと!? 自分がアレックス様を横取りしようとしている悪者の分際でよ!?
挙句タティを闇の魔女呼ばわり! どう見たって、本当の悪役魔女はシエラなのにね!」
「嫌だわ、それ、もしかして光のお姫様と闇の魔女って童話の?」
ヴァレリアが、口許に左手のてのひらを当てると大仰に驚いて見せた。
ハリエットがそれに乗って、強く頷く。
「ええ、ええ、そうよ。そんなことを言うからには、わたし、てっきり彼女って十歳くらいだと思っていたのよ。だから赤ちゃんとはどうお話したらいいかって考えていたら、でも実は十八歳なんですって。全然そう見えなかったからびっくりしちゃった」
「なるほど、そういうキャラなのね。それは激しくうざい女ね……、何なの」
「ええ、ヴァレリア、本当に。あいつには本気で困っているのよ。とにかく自分は世界一可愛いお姫様の一点張りで、普通の常識では手に負えないんだから。
ここにいる男どもも結局は他所の男と同じで、シエラに鼻の下を伸ばしてわたしの言うことなんか頭から信じやしないし、ああいう巧妙な嘘つき女の対処はもう、どうしていいか分からないわ。
直接言っても駄目、かと言って誰かに言えば、あいつはたちまち弱った被害者づらして、何故かこっちが加害者扱いされるしでどうしていいのか……、正攻法が通じないなんてあいつ絶対性格最悪なのに、すぐいい子ぶるのがほんと腹立つ!」
「わたくしは基本的に女の味方だけど」
ヴァレリアは言った。
「女同士の暗黙のルールを守らないヤツは、ちょっと生かしておけないわね。女同士は持ちつ持たれつ。一人では生きられない弱い存在だからこそ、お互い傷つけないように気を遣いあって、いたわりあって生きているのよ。なのに……、ときどきいるのよ。そういう女同士の暗黙の優しさにつけ込んで、自分だけが得をしようとする、そういう無法者がね」
「確かに。先日も、シエラは薔薇君様の侍女たちにも露骨に嫌われてたわ。一見すると侍女たちが性格悪いんだろうって思える場面だったし、大勢で一人を叩くっていうの、フェアじゃないからわたしは好きになれないけど、前後のシエラの言動を考えると同情の余地はなかったわ。タティに死ねって言ったも同然だったもの。
アレックス様たちは、今ではそのことがまるでなかったことみたいにシエラを許しているけど、わたしは違う。あんな傲慢な発言は一生忘れないわ! 侍女のみんなだって、きっとそれに怒ってくれていたのよ」
ハリエットはいよいよ怒りをにじませて続けた。
「あいつ、自分の恋の成就のために邪魔だからタティを助けないでって王子様に言ったんだから! タティがいなくなったほうが都合がいいから、タティを助けないでって!
あのときわたしは本当に悔しくて……、今にも飛び出して行って薔薇君様にそうじゃないって訴え出しそうだった。シエラの言い分は違うんだって。
だけどわたしの立場ではそれは許されないことだったから、何も言うこともできないし、とにかくとても悔しくて、どうしていいか分からない泣きたい気持ちを抱えているしかなかったわ。あんなのって、あんまり理不尽よ!
そしてそのとき思ったの。これは子供の頃、愛人女が家に乗り込んで来て、お父様にお母様よりも自分を選べって、迫ったときのような状況だって。その面の皮の厚い愛人は今では継母よ。シエラが薔薇君様に、まるで自分の窮状を訴えているかのような素振りで実は巧妙にタティを切り捨てて欲しいと懇願しているとき、わたしには、これから起こるおぞましい未来を垣間見せられたような気がしたわ。わたしの人生には、それは既に一度起こったことだったからよ。
あのときのシエラの奴の弱々しい態度の裏に隠された悪魔みたいな独善性を知ったとき、わたしは身の毛がよだつような何か途方もない悪い予感を感じたのよ。シエラは只の自己中の嘘つき女じゃない、もっと獣のように恐ろしい奴だって気がついたの」
「大袈裟だろって……」
「だからどうかタティは見捨てられませんようにって、お母様のようなことにはなりませんようにって、必死で神様に祈ったの!
幸い、シエラの勝手なお願いは却下された形になったからよかったけど、それはたまたま実現しなかっただけのことで、あいつは紛れもなくタティの死を望んだのよ。タティの消滅をね。
本当に……、まるでタティの背中を暗い死の淵に押し出すみたいな……、そんなふうにわたしには思えたの!
彼女は本当に、あまりにも残酷なことをしでかしかけたのよ!
なのに、あんなにひどいことがあったのに、アレックス様たちが何故あいつをああも簡単に許せているのかまったく理解できないわっ……!
だって、これがしょうがないで許されること? 誰がどう見たって、シエラの奴はあの時点で最低最悪の奴でしょう!?
あいつは前から最低だったけど、これは幾ら何でも度を越えているわ!
タティが邪魔だからって、嫌いだからって、普通そこまで残酷なことを思いつけるの!?」




