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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第262話 招いてない煩客(5)

「だいたい今日だってここに来たのって、アレックス様に使ってくれって言いに来たのと、ファンクラブとかでおまえより目立っちゃったシエラたんにヤキ入れに来たのと、あとどうせカイト君の顔見に来たってこともあるんだろ? なのにまた喧嘩腰でやらかして、カイト君びびらせちゃって、馬鹿だよヴァレリアは。女なら可愛く甘えろって。

カイト君ってさ、ああ見えて、なんて言うかな、たぶん亭主関白じゃん。女に足蹴にされるのって絶対嫌いだと思うんだよね。アイツあれだよ、プライド高いよ。夫にするなんて絶対面倒臭い奴。まあよく言えば女に頼られたい奴だよ。僕の見立てではね。閣下が猫っ可愛がりしている甘ったれのアレックス様と相性いいのがその証拠。

だからさおまえはカイト君の性格をもっと見極めてさ、女を馬鹿にしてるとかいつまでも意地張ってないで、素直に甘えたらそれでいいんだって言ってんのに、何無理やりこじらせてんだ」

「はあっっ!? 甘えるって何よ! 今のってわたくしの聞き間違い!?

それってカイトごとき卑しい下男に、従属の意思を示せっていうことじゃないのっ!

冗談じゃないわ、何が亭主関白よ下男のくせに! ひとつも素敵だと思えるところのない反抗的なばかりの下男との結婚が、どれほどわたくしに精神的苦痛と損害と怒りを与えているか想像してご覧なさいって言うのよ!

ああ、何だか腕が痒いわ。きっと蕁麻疹ね。あいつと同じ部屋にいるだけで、拒絶反応で蕁麻疹が出るくらい嫌なことなのにおまえはいったい何言ってるのよ! カイトはまるで巨大なダニだわよ!

カイトなんて、あんなみっともない男、結婚してやるだけでも腹立たしくて死にそうなのに、わたくしに人間としての誇りまで捨てろって言うのかしら!?」

「うーん」


オニールは首を傾げた。

ヴァレリアはオニールに向けて人差し指を突きつける。


「いいことオニール、よく考えて。わたくしはあいつより上の人間よ。立場が上なの。人間としての格も上。それは結婚してからも一生変わらない。そしてあれは奴隷よ、わたくしとあいつは決して対等じゃないの。

あんな臭くて汚らわしい男を相手に、わたくしがそんなことできるわけないでしょうっ!?」

「それ、わざとカイト君に聞こえるように言ってる?」

「何が!」

「なあヴァレリア、おまえって根本的に間違ってるよ。僕が思うにたぶんおまえって、こんなに拒否して逃げるアタシをそれでも追いかけて掴まえてっていう頭なんだと思うんだけど、それが成立するのはもうちょっとなんてか、男側が本気でべた惚れ状態じゃないと。そうじゃねーのにそれやっちゃったら、男ってのは基本さ……、もう好かれる気まったくないだろ? そうじゃなかったら、つくづく、馬鹿……」

「いいえわたくしは馬鹿じゃないわ、その反対よっ!」

「ヴァレリアって、不思議なヤツだよなあ。なんであれだけ勇ましく女の権利声高に叫んどいて、そこだけ思考が乙女なんだよ? それが例の洗脳のせいなん? それにしたっておまえいろいろとややこしいってか、矛盾してねーか? どっちかにしろよ」

「煩い馬鹿!」

「あー、こりゃあれだな。なんかヴァレリアにでかいピンチでもあったりしないと、これもうおまえら纏まりそうにないな。悪い男がヴァレリアを連れ去るくらいのことでもないと」

「はん、馬鹿言わないで、わたくしこれでも騎士の称号を持っていてよ! カイトごときの助けなんか借りるまでもないわ。そんな悪者なんか、当然自分の手で倒してみせるわよ!」

「馬鹿、だから自力で脱出できるところを敢えて男に助けて貰うのがだなあ……、ときには弱者のふりすんだよ。賢くなれよ。そうやって喧嘩腰で挑戦されたら、挑戦に受けて立っちゃうのが男なんだからさー。カイト君だから反発してんじゃん。あいつ下男言われて尻尾振るようなマゾタイプじゃねーんだから、それじゃ良好な関係に発展しようがねーだろ。このままじゃ、新婚早々仮面夫婦まっしぐらだよ。おまえはやっちゃいけないことばっかやってるんだって」

「ええ、そうよね。女にも男と同じように感情と、誇りがあってよ」


僕は、ヴァレリアとオニールの内輪もめに興味がないので、執務机から少し離れた壁際にいるカイトに近づいた。

大変だねという意味で目配せすると、カイトは少し首を動かしてそれに応じた。


「それにしても毎度のことながら頭に来る奴。カイトをダニ呼ばわりだなんて。男に対する尊敬がなさすぎるよ。あれと結婚したら、いったい家ではどうなるんだ?」

「家じゃあの十倍は暴れますよ。男爵様も実の娘にだけは甘いですからね」

「僕なら何とかして結婚やめるよ」


僕はかなり本音を言った。


「ま、昔からのことなんで慣れてますよ」


カイトは息を吐いた。


「ねえ、婚約しちゃって本当に後悔してないのか? ヴァレリアに、何処か好きになれそうなところってあるのか?」

「好きになれそうなところ? うーん、財力?」


カイトの返答に、僕はつい、ちょっと笑ってしまった。女を褒めるんだから、お世辞でも容姿だとか何とか言うだろうと思ったので。


「友人の意見として言わせて貰うけど、探せば女なんて他に幾らでもいるだろう? 結婚っていうのはさ、やっぱり相手をよく見ないとね。妻を選び損なうと、男は地獄だって言うじゃないか。可愛くておとなしくて、家庭的でさ、ちゃんと君に尽くしてくれる女にしたほうがいいよ」

「つっても、選択権は俺にはない事ですし、もうここまで来たらジタバタしてもしょうがないでしょ。世間に婚約発表もしちゃっていますし今更ねえ。

それに辛辣な言い方をすれば、お嬢様との結婚は、俺にもいろいろとメリットがないわけじゃない。冷静に考えてみれば、そう悪い話ではないわけでね」

「財力?」


僕が言い、カイトは笑った。


「そうです。やっぱり貧乏と手を切れるのは大きいかな。それに、ウェブスター男爵家って肩書きがないと、アレックス様にこうやって仕えていることもできないんですよ」

「それはそうかもしれないけどさ。だって相手がさ。あんな凶暴な女、滅多にいないよ。男に平気で食ってかかるなんてさ。あれ以上の暴れ馬は、探したっていないと思うよ」

「ふむう」

「そう言えば、例の好きな女はどうなったの? 願掛けしてるとかって言って、教えてくれなかった話のこと。彼女とはあれから会えたりしたの?」


僕はカイトの顔を少々気遣いながら覗き込んだ。彼がその相手にこそ真剣であると知っているからだ。

そもそも心が別の女にあるのに、違う女と結婚というのは、今でもティファニーに未練があるように見えたリドリー様じゃないが、どう考えても後悔の人生コースだ。

しかしカイトは予想に反して、何事もなかったかのような顔で言った。


「ああ…、最近忙しくてすっかり忘れていましたよ」

「忘れてたって!?」

「ええ」

「まさか、そんなわけないだろう」

「それが考えないようにしていたら、いつの間にやらすっかりと」

「いや、それは違うよ。願掛けするような相手をそんな簡単に忘れるわけない。第三者の僕でさえ憶えているのに。僕が言うんだから確かだよ」

「どの辺が確かなので?」

「だいたい、なんで相手が誰か僕にまで内緒にするんだよ。僕らは友だちだろう? 実は僕のこと友だちって思ってないのか? 権力者に媚び売ってるの?」

「そんなわけじゃない、ちゃんと友だちって思っていますよ」

「じゃあなんで教えないんだよ。それとも、やっぱり本当はタティが好きとかじゃないだろうね? でもそれを言ったら僕との関係がおかしくなるから、だから僕に言えないっていうわけじゃないんだろうね!?

僕はこれで勘がいいからね……。タティは確かに可愛いから気持ちは分かるけど、それなら今すぐ諦めてくれ。あれは僕の女だから」

「いや、そんなわけじゃないですけども……」

「分かった、さてはその女に脈がないのが分かったんだろう。だからダメージ受けないうちに撤退することにしたんだ。忘れたとかって、それ予防線張ったんだよ。もてない奴って、そういう見苦しいところあるよね」

「確かに、そうですよなあ」


僕は反論を誘発するつもりで問い質したつもりだったが、意図を読まれたらしく、カイトはそれ以後この話を受け流した。


「食えないな……。で、君は亭主関白なのか?」


僕は息を吐いた。


「いえいえ、まさか。何を根拠に言ってんだか。あんなの、オニールの言うことなんざ、でたらめもいいとこ」

「僕も猫可愛がりされてないから」


僕は一応言った。


「えっ、どの辺が?」


カイトが驚いてみせた。

僕はむっとした。


「笑えない。僕は日々、横暴で傲慢な兄さんの顔色を見て暮らしてる。昔から、兄さんは僕を可愛がったことなんてない。気の向いたときに、僕で遊ぶだけ」

「確かにそうとも言えますか」


僕は頷いた。


「今日さ、急なんだけどタティとデートするんだ。裏の森でね。だからここ任せていい?」

「デートですか?」

「そう」

「なら俺はついて行かないと」

「なんでだよ。婚約者がああだからって、人の幸せぶち壊すなよ」

「そうじゃなくて、俺の最優先任務は貴方の身辺警護なんですよ。閣下は今のところ、貴方の護衛役を最優先事項として命じています。今のとこ俺の取り柄なんて、そこだけなんですから」

「今日はいいよ。すぐ近くだから。慣れた場所だし、カイトを連れて行かないときも結構あったんだよ」

「駄目ですよ。アディンセル伯爵家の家督継承権第一位っていうお立場は、そんなに軽いものじゃないんですよ。

それに今度からは、御身の重要度は格段に上がるんです。貴方、もし閣下に何かあったら、問答無用で国境領主をやるんですよ。これからはもう州領だけの問題じゃない、国家にとっても係って来るお立場なんです」

「ええ……」

「ですから俺とハリエット殿は最低でも、何処に行くにも連れて歩いてください。それが裏の森でも。大丈夫、エロいことするときは後ろ向いてます」

「声が聞こえるじゃないか……」

「そこはまあ」

「タティをおかずにするのは駄目だぞ」


僕は怒って言った。


「しませんって。だってハリエット殿だっているんですからね」

「ハリエットなんかどうせ何にも分かってないんだから。おまえ、ちらっと見て、憶えて帰る気だろう」

「アレックス様ね、俺は主の女をおかずにするほど無礼者じゃありませんよ。これでもその辺のモラルはあるつもり」

「いや、おかずを確保したと思って、必死で憶えて帰るよ。分かるんだ」

「そんなことを思いつくってことは、アレックス様は日頃そうなんですか?」

「ち、違うっ、僕はそんなことしないんだ」

「ちょっとそこっ、アレックス様っ、貴方何を勝手に話から抜けているのよっ! わたくしが朝からわざわざこうして出向いているというのに、貴方が聞かなかったら、こんな話をここでしている意味がないじゃないのよっ!」


ヴァレリアが僕の背中に怒鳴ったので、僕はカイトと話すのを中断して、再びヴァレリアたちのほうを向いた。


「何だよ、だって結論は出ているんだし……」

「結論っ!?」


ヴァレリアが両手を腰に当てて凄んだ。

それが相変わらずの迫力なので、僕は恐かったが、でも僕のほうが身分が上なので、僕はできるだけ怯まずに見返した。


「つまり君はカイトと結婚して、お嫁さんになって家で赤ん坊生んだりして暮らす」

「だからっ、あ、貴方ねっ、赤ん坊とか、毎回毎回、そんなおぞましくて絶望的なことをさらっと言うのはやめて頂戴っっっ!」

「でもなんかよくない? 虫みたいで、なんかいいよね。ロマンチックな感じ」


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