第261話 招いてない煩客(4)
「バレバレだってば。カイト君が好きなんだからおとなしく結婚してガキ産んでろっての」
「そっ、そんな屈辱的なことになるくらいなら死んだほうがましよっ!!
冗談じゃないわ、あいつの子供なんて、あいつの子供なんて、汚らしい汚物同然だって言ってあるでしょうっ!!」
「そりゃ平民のガキなんか産んだらおまえ、平民にやられた女ってことだからまー、外歩くのも勇気いるなってくらい悲惨な状況になるのは同意するぜ。北部は差別がきついからなっ。平民なんかと結婚したら、結婚したはずなのに何故か世間じゃ下男に凌辱されたような印象になるのはまあしょうがないだろ。
でもま、いいじゃん、いいじゃん、だってそれって女の夢だろ? つまり結婚して、子供を産むってやつ。だっておまえらはその目的のために必死こいて男あさりしてるんだからよ」
「今の発言は、さすがに許し難いわ。警告もの」
そこでハリエットが、ヴァレリアの援護射撃をするべく前に出た。
「オニールさんの率直さはかなりの確率で露骨に不愉快。貴方って他人に対してちょっと無神経すぎじゃないの? ヴァレリアにも失礼だし、カイトさんだって本人がそこにいるのに、自分がそれを言われたらどう思うか考えて!」
「なんで貴族様が平民の顔色いちいち窺って発言しなきゃならんのよ」
「ヴァレリア、所詮自分には降りかからない火の粉だから、男の人に何を言ったって駄目よ。こんな問題は男の人には一生関係ないし、女は今のままにしておいたほうが男には都合がいいんだから。男性がそうやすやすとこの話に耳を傾けて、せっかくの既得権益を手放すような真似をするわけがないわ。完全に平等になんかしたら、男の中の何割かは、今まで簡単に手に入れていた権利と地位を手放すことになるし、明らかに女より無能なことが露見するはめになるんだから。
この社会では女がすべてにおいて男よりも劣っていることになっているけど、彼らは本当は知っているのよ。女の中にだって、よっぽど男より優秀な者が一定数いることを。
だから勉強の機会を奪って、知性を奪って、思考や視野を狭いままにさせておく。従属を教え、男は無条件で偉いんだって、優れているんだって、幼い頃から教え込む。真実に気づかれては何重もの意味で都合が悪いからよ。女ってことだけでわたしたちを見下して叩ける現在の風潮自体が、実は偉い人たちが説く道徳や倫理、思いやりや愛情、更には太陽神の教義にさえ反していることに気づかれては困るの。男が暴力者であり、掠奪者であり、正義に対する明白な違反者であり、圧倒的に間違っていることに気づかれるのがね。だからそれを押さえ込むためには何だってしているのよ。
聖イシュタルのことだって、決して星神とは言わないで、セリウスの妻とか、神の娘って言ってる。そうやって女神様のことさえ男の従属物として矮小化させ下位なんだって印象づけて、思考停止させているの。女にとって最悪のサイクルよ。
ほらアレックス様のぼけっとした他人事のような顔を見てよ。あんな性格的に優しい人ですら、この問題に関しては男はこうよ」
僕のことは巻き込まないで欲しいのに、ハリエットが僕を指差して言った。
「アレックス様は別に優しいわけじゃないけどね」
ヴァレリアがまるでどうしようもない奴を見るような目で僕を見て、毒づく。
「攻撃的な性格じゃないだけ。考え方は十分男尊女卑だわよ。ぼけっとしているように見えて、あれで自分は男だから子供を産まないとか子供の面倒は見ないとか偉そうに言ってたし。あんな頼りないくせに偉そうに。まあそれでも軽くないだけオニールよりかはましだけど。オニールなんて、チャラチャラして、いざとなったら妻子を放り投げて逃げそうだものね」
「そんなだから女に教育が要らないって言われるんだよ」
オニールが嘆いた。
「おまえらはそうやって男をやり込めて楽しいか? 女こそ思いやりがなさすぎだろ、クラウン王は先見性があったから、おまえらみたいな悪質な女が育たないようにしたんだよ。彼は女は躾けるべきだってことを分かってた。
セリウスが悪いんだよ。ぬるい理想論掲げて、半端に平等みたいなのを最初に敷いちゃったから、そこがおまえらみたいなギャングが育つ温床になってる」
「何がギャングよボンクラ二号のくせに」
「それにしても、オニールさんて最低だったのね。彼が何をどう言ってもこの社会が、女性の地位が低い社会であることは動かし難い事実なのに、これだけ話してもまだヴァレリアの揚げ足取るみたいな反論するばっかりで、話さえちゃんと聞かないなんて。オニールさんの女性蔑視はこの三人の中でダントツね」
それでオニールはやはり一人では分の悪さを感じたらしく、最初カイトを、次に僕を見た。ヴァレリアひとりでも手こずるのに、ハリエットまで参戦しているのでは、確かにこれを一人で言い負かすには厳しいものがあるかもしれない。何しろ二人ともが恐ろしい速さで口がまわるのだ。だからオニールが助けろと言っているのが分かるのだが、でも僕は、それには応じず自分の指先を見た。
ヴァレリアたちの言い分に対しては言いたいこともあるが、でも今はちょっと指にささくれがあって、これらの話よりはそっちのほうが重要だったのだ。
カイトも要請に応じず、オニールは援軍を得るのを諦めた。
「おいおい、何馬鹿言ってんだよお嬢ちゃん。僕ちんなんかびっくりするぐらい中道な考えの持ち主だよ?」
それでオニールの奴は、ヴァレリアたちに取り入るような姿勢を取り始めた。
「何せ家には先に生まれたってだけで偉そうにしているのが二人もいて、連中のご機嫌取りをしながら生きるのが、いかに理不尽で大変かを知っているからな。ひどいもんだよ。常に俺様が正しいって態度だからな。あいつら弟のことなんかそれこそパシリだと思ってんだ。
だから、虐げられる女の気持ちはよーく分かる男だよ。根っからの男尊女卑なお坊ちゃま君やカイト君に比べたら、僕なんて全然女寄りだぜ。
一方あいつらときたら、とんでもねー差別主義者だ。言動聞いてれば分かると思うけど、あいつらガチで女を格下だと思ってるから。おまえらの真の敵はあいつらだよ。おまえらは僕ちんじゃなくて、あの二人を叩くべきだよ。
いや、寧ろあいつらをやっちゃってくださいよヴァレリアさん! 女を馬鹿にするなんて、同じ人間だって言うのにとんでもない話だ。なんて傲慢さだ。
そうだよ、リンチだ! 界隈の縄張り抗争の常勝チャンピオンであるヴァレリアさんに逆らう生意気な奴は、いつも通りリンチにするしかないぜ!」
ヴァレリアは長い黒髪を背中に流し、微妙に偉そうに首を振った。
「いいえ、アレックス様なんかどうせ何でも伯爵様の真似するのが格好いいと思ってる只のアホだから、リンチしたってやめやしないでしょうし、伯爵様に言いつけられたら後が面倒だわ。
かと言ってカイトなんかの主義主張なんかは、最初から聞く気にはなれないわね。馬鹿馬鹿しい。平民の意見なんか、こっちはどうだっていいのよ。平民は家畜なんだから、どうせろくに物事を理解だってできてないんでしょうし。
あいつが頭がいいなんて話をときどき聞くけど、どうせアレックス様が要所要所でカンニングでもさせてるんでしょう。体のいい家来を失いたくないから。
ああ最悪! そんな下男が夫だなんてみっともない。あいつはわたくしに何の影響力もないわ!」
「ヴァレリアも口を慎みなさいよ……。本人の前じゃない……。
平民って言葉を、女って言葉に置き換えれば、彼が受けた待遇の理不尽さが少しは分かるはずよ……」
「いいえハリエット、それとこれとは全然別だから!
平民ごときに遠慮してどうするのよ、カイトはどっちが上かを思い知るべき。平民に生まれたあいつが悪いのよ。だからわたくしはちっとも悪くなくてよ!」
「なんかおまえらはあれだ、日頃もてないばっかりに、男ってものに何かよっぽど悪い印象を持っていて、それで何かと理由をつけて男を叩きたいわけなんだな?」
オニールが言った。
「でもそんなことをしたって、何の意味もないんだぜ。おまえらが思ってるような最低な男ばっかりじゃないんだから。
おまえらの周りに叩きたくなるようなしょうもない男しかいないとしたら、それはおまえらがしょうもない女だからなんだよ。だからしょうもない男の、しょうもない部分ばかりが目につくんだ。男女ってのは鏡だからな。いい女には、それなりの理想的な男がくっつくもんなんだ。よく言うだろ、男女は所詮同レベルの相手としか結ばれないって。文句言いたくなるような、くだらねークソみたいな男にしか縁がないのは、おまえらがそれにお似合いのくだらねーうんこ女だからなんだよ」
「その台詞、おまえにそのままそっくりお返ししてよっっ!
だいたい、日頃些細なことで女を叩いたり罰したりしているのは、圧倒的に男じゃないのよ!」
「じゃあ、男も女も性格いい奴も悪い奴もいるってことでいいじゃんもう……。
そもそも、なんでおまえらがいきなり意気投合してんだ。おまえらパーティー会場で挨拶代わりにメンチ切るくらい殺伐とした関係だったじゃん。実は似た者同士だったってことか!?」
「煩いわね! わたくしは基本的に女の味方なのよ。だから友だちだって大勢いるんだし。
ハリエットとは確かに気はあわないけど、この意見の一致は大きいわ。だから今は一時休戦」
「適当なんだから、もー」
オニールは二人の女に睨まれて、降参と言うように軽く両手を上げた。
「いいよいいよ、そうやって男を責めてればいいさ。面倒臭いからもうおまえらの勝ちでいいよ。どうもゴメンなさい」
ところがヴァレリアは不承認だとばかりに首を横に振った。
「駄目。謝り方に誠意がないわ。それ女を小馬鹿にした謝り方だわね。男の定番よ、口先だけで内心では舌出してるみたいな。分からないとでも思ってるわけ?」
「細かいぜ」
「なめてるのかしら? じゃあもうおまえをわたくし関係のパーティーには呼ばないから。おまえがいま口説こうとしてる娘には、おまえがスケベで傲慢で足が臭いって言っとくわ」
オニールは即座にひれ伏した。
「ヴァレリアさん、僕が悪かったです。ごめんなさい。すみませんでした」
「誠意がたりない」
「ヴァレリアさんってなんて優しくていい女なんだろー!」
「ええ、その通りね。それに寛容だしね」
「それならその寛容さをカイト君にも見せたらどうよ。苛めてばっかいないでさ」
「何がよ」




