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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第259話 招いてない煩客(2)

「まあ、ヴァレリアの剣術の腕前については認めている僕なわけだけど、こういう諸々の素質と言うか、考え方からすると、やっぱりヴァレリアは騎士をやるんじゃなくて、かえって実家で遊んで暮らしてたほうがいい気もするなあ」


オニールは言った。


「結婚するんだしさ、方向転換するのにはいい機会かもよ。それは、僕は友だちだから、ヴァレリアが出て来るって言うならそれは歓迎だけどさ。

今はアレックス様とそんな議論をしに来たわけじゃないだろ? それを吹っかけてアレックス様がおまえに好感持って、使ってくれると思ってるとしたらそれはちょっと違うんだな。外の世界でそうやってぎゃあぎゃあ言っても、ヴァレリアん家の使用人みたいには、誰も話とか聞いてくれないと思うよ。不満なことがあるなら、家の中で威張り散らして、カイト君締め上げてるのがいちばん性にあってるんじゃないか」

「それじゃ駄目よ!」

「そう。そうなんだよな」


ヴァレリアが声を張り上げると同時に、オニールは素早く言い分を引っ込め、彼女の考えに同調した。


「わたくしはウェブスター家の頭領娘ですもの! いつまでも燻って、表舞台に登場しないでどうすると言うのよ! わたくしが戦わなくて、誰がウェブスター家を背負うのよ!

わたくしは家の中で妻帯者の所有物みたいにして、家の事だとか、編み物だとか、愚にもつかないようなつまらないことをやってよ、外の世界も知らないまま、年だけとって一生を終えるなんて生き方だけはしたくないのよ!

だってそれって、人生に何にもないじゃないのっ!

生まれて来て、大して物も分からないうちに結婚して大事な身体を男にくれてやってよ、世間知らずのままババアになって、ただ死ぬだけってこれほどみじめで砂を噛むような人生があるわけ!?

女は男の世話をする奴隷になるために生まれて来たわけじゃないの!

生まれて来たからには、何か大きなことをやりたいのよ、分かるでしょうっ!?」

「分かる!」


オニールは頷いた。


「ヴァレリアの言うことは正しいよ! 僕だったら自分の人生が全部他人次第とか、そんなん我慢できねーから結婚即日夫をぶっ殺して自由になるしかねーと思う!

下着にジャックナイフ仕込んどいて、戦闘開始と同時に暗殺完了みたいな特殊部隊さながらの切り抜け方が理想だな!」

「それちょっとふざけすぎ」


ヴァレリアは腕組みをしてオニールを睨んだ。


「でもだいたいはその通りよ! 女の人生をあてがわれそうになったら、普通の人間なら、それくらい考えて当然なのよ!

なのにおまえときたら、今日はやたらとわたくしの考えに反証するようなことばかり言って、おまえにはがっかりよオニール。何でも分かりあえる友だちだと思っていたのに、おまえはカイトに尽くせみたいな頭の悪い意見を言うなんて!」

「ええーっ、僕いまそんなこと言った!?」

「言ったわ!」

「なんで僕に突っかかるんだよー、だってそんなこと口に出すからおまえ使って貰えないんだぞ? 差別だって思ってても取り敢えず最初は黙っとけって、教えてやってるだけなのに……。

僕ちんだって本当はしょっちゅうジャスティンのくそったれとか言いたいけど、言ったら半殺しにされるから言わないんだ。ヴァレリアは女だから、手加減して貰えるっていう、そういうこと利用してる部分もあるんじゃねーか」

「何ですって!? 女を利用してる!?」


オニールの一言に、ヴァレリアが殺気立った。


「……オニール、おまえそれ、もしかして女であることを利用して、つまりわたくしがぶりっ子して、女を売り物にして、男に媚びてるってそういう意味よね?

でもそれわたくし反吐が出るくらい大嫌いなことなんですけどっっっ!?」

「だからあ、そうじゃなくて。あー、もー、人の話を聞かないのは、ヴァレリアの悪いところだぞ」

「あら、いつだってぶれないのは、ヴァレリアのいいところじゃない」


と、いったいどういう風の吹きまわしか、そこで何故かハリエットがヴァレリアに加勢するようなことを言った。

彼女はのしのしと執務机前にいるヴァレリアの近くに歩み寄り、同じような対決姿勢でオニールに向き直る。


「ヴァレリアは、今ってひとつも間違ったことなんか言ってないと思うわ。女だって当然自分の人生を生きるべきなのよ。誰だって自分の力で自立したいと思っているし、男に頼らないと生きられない自分の立場はみじめだと感じてる。子供のうちはまだいいわ。だけど、いい大人になっても保護者が父親から夫に変わるだけみたいな人生って、果たして自分の人生を生きているって言えるのか疑問だわ。ぞっとしない? ある日我に返って叫びたくならないかしら? 大人になっても常に自分以外の誰かが、自分以上に自分の人生に対して影響力を持っているなんてこと。わたしやヴァレリアは変わっているのかもしれないけど……。

でも、何だか違う気がするの。それって何だか、何かが違う気がする。

なのに相変わらずこういう意見を押さえ込めと言うオニールさんや、この社会のほうが間違ってる。

でもそれでもヴァレリアはいつも問題意識を持って、それを提起し続けてる。まさに男に媚びたりしないのよ。その点はすごく偉いと思うわ。

だって、女の権利については、誰かが大声出して言い続けていないと。たとえそれが男どもの気に障って、生意気だって叩かれたって、それは大局的には正しいことなのよ。誰かがそれをやらないと、教育を受けることすらできなかった女たちは問題にすら気づけず、女の人生は永遠に汚泥を這いずる虫けらのまま。現状の劣悪な社会ではどんなに機知に富み、親切で誠実でも、無能なルーザー男にさえ腕力で屈服させられるのが女なの。老婆が死ぬ間際に神様に生まれ変わったら女だけは嫌ですと泣きながら懇願するような社会は、続いてはならないのよ。腕力のある人間がイコールすべての権益を牛耳るような文化程度の低い社会にあっては、女は必ずと言っていいほど社会的地位が低いっていうのが」

「おいおい、待て待て。ここはディベートの場でもなければ、猛女が治める原始アマゾネス王国でもねーぞおまえら」


オニールが、両腕を振ってハリエットの話を遮った。


「最初しおらしい少女の考察かと思って聞いてたら、お嬢ちゃんもそっち系か。なんでちょっと利口な女はすぐそういう方向に話を持ってくのよ。それに僕ちんはおまえらの憎むべき男尊女卑主義じゃねーって。そういうふうに何でも被害受けたみたいな方向に持ってくなって。

だいたい、もっとこうおおらかな、別の見方をしろよ。サンセリウスはなんて言うか、古き善き郷愁と、規律と礼節を重んじてる国柄なんだよ。つまりこれは、文化であり、美学なんだよ。分かる?」

「煩いオニールッ。ちょっと、いま意外にもハリエットが超いいこと言ってんじゃないの!」


ヴァレリアがオニールを押し退け、感心した顔でハリエットに向き直った。


「ああハリエット、ハリエット、ほんとに意外だわ。おまえがそんなナイスな考えを持っている女だったなんて」


すると、ハリエットは頬を染め、ヴァレリアに対して殊更にえへんと胸を張った。


「そんなの、当り前でしょう!? わたしだってずっとこのことには怒りを覚えていたの。女だというだけで下位に位置づけられて、見下されて当然っていうこの社会に対してよ。

ここは想像を絶する不平等社会よ。女は何をするにも必ず父親か夫っていう保証人が必要だって思い知らされるんだもの。それか主のアレックス様か。わたしなんて、誰かの所有物扱いにすぎないのよ。法律自体、女は誰かの所有物であることが前提だしね。姦通罪とか、そういうの読んでも。人格じゃなくて動産扱いなのよ。ここではいつも本当に屈辱的な思いをさせられてる。

一方で男に生まれさえすれば、馬鹿でもボンクラでも尊重されて、尊敬すらされて、自動的に高く評価されるんだから頭に来るわ。

男じゃない、貴族じゃない、若いっていう三重苦要件のうち、一つ当てはまっていたら半人前、二つ当てはまっていたらもう人間扱いされない社会なんだから」


僕は指を折って、自分が若いだけ当てはまるな、と思った。


「まったく許せないわ! 女を劣等扱いする社会は滅びるべき!」


思わぬところで仲間を得たと思ったのだろう。ヴァレリアが興奮し、両手を握り締めて叫んだ。

ハリエットも同調して叫ぶ。


「その通りよ! セリウス王は革新的で偉大だったのに馬鹿息子がすべてを台無しにしたの!

もう一度革命が起こるべき! そして家督継承権はわたしたち女の子にも同等に付与されるべき! あと、財産権とかそういうのも」

「いいえハリエット、それじゃぬるいわ! すべての権益は女だけが独占すべきよ! これまでずっと男だけがそうして来たんだから、向こう何百年かは女が権力を握るべき!

それから後に、平等云々の話をすればいいのよ。男どもはあまりにも自分らが女からあらゆるものを奪い取って、女に対してどれほどの仕打ちをしてきたかを知らなすぎるわ。それがどれほど残酷なことだったか、身をもって味わってみないと痛みが分からないのよ。

被害者ぶってるとか、よくもそんな人を馬鹿にしたことが言えるものだわ。そんなのちゃんちゃらおかしいわよ。ぶってるんじゃない、だって厳然とした被害者なんだから! この世の中は女に対してあまりに不当すぎるんだから!」


ヴァレリアは引き続き熱く演説した。


「何せ女は何処に行っても信用されず、女であることを根拠に馬鹿にされ、見下され、笑われるわ。女であることに懺悔を求められるのよ。教育だって満足に受けさせて貰えないし、結婚相手も勝手に決められて、自分の意思と関係なく性奉仕を強制され子供を産まされ、何の権利も財産も持ってないから必死になって這い蹲って、自分をそんな酷い目にあわせる男性様にプライドを捨ててお縋りしないとご飯も食べられない。

夫との仲が険悪になれば、女は殴られたり、殺されることさえあるのよ!? 離婚ができないから、新しく別の女と結婚するためには、妻が死なないと駄目だからっ!

でも大抵そんなことをしても殺人罪でしょっぴかれることはないわ。男は自分の評判を守るために何とかして事故を装うし、最悪ばれても妻は男の所有物だから社会的には微罪で済むのよ。妻の実家に余程権力がなければ、妻を殴り殺したところで簡単に逃げおおせられる。わたくしたち女は持たざる者だから。生存権さえ男に握られているからっ!!」


ハリエットが僅かに瞳を潤ませて、大きく頷いた。


「ええ、そうね。本当にそうだわヴァレリア……」

「かと言ってそんな悪夢みたいな生活から逃げるにも、家を借りるにも女名義では借りられない、同一労働をしても賃金はせいぜいで男の半分、しかも仕事するにも何人もの身許保証人が必要という、女の身ではほぼ自活ができない仕組みになってる。物乞いか売春以外には生計を立てる手段がない状況に追い込まれる女のいかに多いことか!

それに、悲劇はそれだけじゃなくてよ。それまではまともに暮らしていられたとしたって、それは夫がいる間だけ。もし夫が先に死んだら年老いた女たちの多くは貧乏暮らしに転落よ。養ってくれる心優しい息子がいればいいけど、息子が冷たかったり、もし娘しかいなかったら最悪ね。家も財産も女には相続権がないから、老婆たちは夫の死と同時にすべてを失って路頭に迷うってわけ。すごいでしょう、お金どころか家すらなくなってしまうんだから。息子とか親戚に頭を下げて生活させて貰うにしたって、女は老人になってなお肩身の狭い思いをして生きなくちゃならない、本当にむごすぎる扱いだわ。この国の仕組みは男にはとことん手厚く、弱者の女にはとことん厳しいのよ。この国の男どもの女に対する悪意と暴力って、これほどのことよ。

ここは地獄かっていうほど行き場のない無茶すぎる酷い社会よ。女の人生の利益についてはほとんど何も考慮されていない。そういうみじめな状態に、女たちは何百年も何千年も貶められていたのよ。だから、男も同じだけその屈辱と生き地獄を味わうべきっ!

でなきゃ女がどうとか、駄目だとか馬鹿だとか、いろいろ偉そうなことを論じる資格なんか男にはないはずよ。だって女たちはすべからく、男のようには褒めて貰えない、盛り立てて貰えない、教育もたりない、大事にされない、待遇も悪いって状況で、ほとんどの場合腕力で抵抗することができないから主義主張も封じ込められて、必死で媚びながら生きる以外に選択肢がないことを強制されてきているんだから。

幼い頃から男は自分の人生に集中して夢を追い活躍することを、女は自分の人生は二の次で自分よりもまず男を助け、従属することを教え込まれるのよ。女というだけで格下扱い! 女というだけで叩かれる! 生意気だと頭を押さえつけられる! たとえ正論を語っても女の言う話だとか言って聞いて貰えない! 女の知能と精神は十代前半で止まるとか、女は二十五歳を過ぎたらババアだとか廃棄物だとか、侮蔑的な表現待遇には事欠かない! なんて不平等なのよっ!

だからこれまで女がずっとそうだったように、手足と自尊心をもがれた状態で女性様に傅いて生きるってことを取り敢えず、一万年くらいは男どもにも経験して貰わないと!」

「そうね、まったくその通りだわ! それで女が権力を独占するなんてそれ最高!」


ハリエットが笑顔になって、諸手を挙げてヴァレリアに賛成した。


「男はすぐ争いたがるし、野蛮で傲慢で嘘つきで怠け者で馬鹿ばかり。そんな連中が作った今の社会は、当然男だけに都合のいいことばっかり。

だったら、その逆の社会を女の手で作ったほうがずっといいかも!」

「いやぁ、女が権力握るのはよくないと思うぜ。たぶん」


と、そこで馬鹿のオニールが果敢に会話に割り込んだ。ハリエットとヴァレリアなんて、どっちも口が達者な上に気が強くて好戦的という条件がそろっている女を相手にするよりは、ここは黙っておいて、取り敢えず話を終わらせればいいのに……。


「はあっ!?」

「オニールさん、何?」


ハリエットとヴァレリアが案の定、挑戦的な物言いでオニールに食ってかかる。

ちなみに僕はハリエットとヴァレリアがタッグを組んでいるようなひどい場面に、敢えて自分の考えを言うのは恐いと思うので、自重している。僕の考えとしては、女は可愛くしていればいいので、だいたい今のままでいいと思う感じだが、言ったら袋叩きにされかねない空気だったのだ。

今は恐いので黙っておくが、女たちは男ばかり恵まれていると言って気がつきもしないけれども、この社会は何も男にとって楽園というわけじゃないことを、心の声を大にして言っておきたい。男は男で大変だってことを、女は理解するべきだと思う。何が大変かって、この社会はとにかく男に要求されるハードルが高すぎるのだ。肉体的に、精神的に、知的に、ものすごく高い水準設定がなされていて、そこに届かないとたちまち落第点をつけられてしまう恐怖が女たちに分かるだろうか?

その意味では女は楽だ。肉体的に弱いのは周知のことだし、精神的にもまあ弱くても大丈夫。頭も大してよくなくていい――、つまり勉強を頑張らなくても許されるという意味で、愚かであるほうが好まれるくらいだ。女が社会に要求されるのは、おおよそ容姿の美しさだけ……。

後のことは、サンセリウスは男が女の面倒を見たり助けることは義務であり、美徳になっているから、父親や夫に一生面倒をみて貰えばいいのだから。

しかし男、特に貴族階級の男はそれではまったく通らない。男が顔しか取り柄がなかったらどういうことになるかは誰もが想像する通りだ。

それに男社会には乱暴を好む野蛮人が普通にごろごろいるから、いつ何処から批判的暴言を吐かれるか分からず、常に精神的にもタフでないとならない。

体格はいいにこしたことがなく、少なくとも、若い年代では喧嘩が強いことが何故か重視され、人間関係の序列に決定的な影響力を持つため、平和を好む気の優しい男や、筋肉がついていない男はなめられ、まともに扱われない可能性が高い。

でも男が全員そんなつらい世界でやっていけるほど大雑把で無神経なわけじゃない。オニールの家庭のようにしょっちゅう兄弟で殴り合いが発生する、これは極端だと思うが、そういう男同士が強さの誇示をしあわないといられないような社会は、僕のような繊細な男にとって非常に生きづらいものだ。だから取り敢えず、男同士ももっといろいろつきあい方とかを丁寧に、相手を傷つけないように配慮するべきだと思う。かと言って女のように格下に扱われたいわけじゃないのだが、気が強くて自分に自信があり、かつ無神経なタイプの男は基本荒々しい乱暴さが大好きで「女々しいことを言う奴は即タマを取って女になれ」的な流れになるのが……。


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