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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
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第250話 月と秘匿(1)

これから先の未来において、タティに対して誠実でありたいと思う僕は、その証にではないが、その晩思い切って昼間あったことを全部話した。僕のこうした動揺は、いつもタティを悲しませてしまうことに繋がるから、僕はタティに対する誠意を示すためにも、いっそのこと今後は秘密をタティと共有すべきだと考えたのだ。

シエラがあれこれ言ってなかなか自分の部屋に帰らないので、その間、僕は調べ物に熱中しているふりをして問題をやりすごした。面倒事から逃れるために部屋を出て行こうとすると、少なくともシエラがくっついて来るから結果的にタティだけ遠ざけることになるのでそれはできない。タティとシエラは放っておいても殴り合いになることはないし、最初はちょっと驚いたが、大抵は黙ってじりじりと距離を取りあうか、せいぜい小鳥がぎゃーぎゃー言ってる程度の喧嘩が起こるだけなので、僕は放っておくことにした。

勿論、女が不機嫌でいるときの空気の悪さったらないので、僕は書斎に閉じこもり、さり気なく耳栓を突っ込んで、生物事典を読み返した。タティやシエラのいいところは、僕が悪いという流れには決してならないことだ。すぐ僕に責任の矛先を向けて来るハリエットだとこうはいかない。……タティは怒るとたまになるけど。

ふとゴーシュのことを思い出し、暇つぶしに聖竜について調べたりしてみたが、竜族の中でも聖竜の生態は謎に包まれており、手持ちの資料では竜族の上位種族である程度のことしか分からなかった。生息地は天国なんて無責任なことを書いてある本もあった。伝説上の生物だとする本もある。ぬるい調査や想像を根拠にしたでたらめな内容でも、本は書けるのだ。

聖典によれば、サンセリウス建国当時、天空から舞い降りた女神イシュタルに引き連れられて来た聖竜が、以降国家の鎮守の役に就いたとある。名前はイレロス・ヴァシリオス。しかしイシュタルが天空に還って以降、その守護聖竜がどうなったかは記されていない。歴史上の数々の戦役にも、聖竜が姿を現したというようなこともなかったはずだ。

我が国家を攻める不逞の外国には、容赦なく牙を剥いて天の裁きを与えてこその守護聖竜ではないかと思うが、その辺のシステムはどうなっているんだろう。今度ゴーシュに会う機会があったら、聖竜イレロス・ヴァシリオスとの相関関係も含めて、彼の思想なり考えなりインタビューしてみたいと思う。


「そう言えばゴーシュは、王家の人間以外には様をつけないんだよね……。神の末裔たる直系王族以外には、人間ごときに忠誠を誓ってないプライドみたいなのを感じるな。潜在的に竜族のほうが上だみたいな意識があるのか。それとも神との契約事項なのかな」


そんな感じで調べ物をしているうちに夜更けになったので、僕の部屋の居間でまだ頑張っていたタティとシエラを夜が遅いからとなだめて一端は平等に解散させた後、しばらくして改めてタティの寝室に忍び込んだのだ。

以前の僕のちょっとした寄り道もあり、マリーシアという名前にタティは敏感で、聞き始めは何だか悲しそうな顔をして僕の話に耳を傾けていた。

でも表向き兄さんの乳姉妹とだけなっているアレクシスが、僕の母上であることを打ち明け、大まかながら彼女の人生の悲劇を話して聞かせると、アレクシスのために涙をこぼして泣いてくれた。他人の悲劇をまるで自分の身内か、さもなければ自分自身のことのように深く想えるタティのこういうところは、僕も見習うべきところだと思う。こういう他者に対する深い思いやりや優しさが、タティのとても好きなところだ。

それから僕とマリーシアの母親が共通していて、それがアレクシスであるということも、順を追って話した。アレクシスは僕を生んだ後にトバイアに没収され、そこで五年後に再びマリーシアを出産したということだ。こういうのは、まさしく女の美しい容姿が災いした最たる例だと言えるだろう。タティはその話の内容に驚きを隠せないようだったが、話が終わる頃には、だいたいのことを理解してくれた様子だった。


「ではマリーシアさん……、いえ、マリーシア様は、アレックス様の妹さん……だったんですね」


タティは言った。

そのとき僕とタティは、よく整理整頓がされたタティの部屋の寝台の上に腰かけ、向かい合って話していた。

ベッドサイドテーブルの、小さなランプの灯りが柔らかく室内を包んでいる。部屋の棚という棚に可愛らしい小物や、手芸用のビーズや集めた木の実なんかが瓶に入れられて飾られている。壁には手作りのリースが幾つも飾られている。

ベッドにいるだけでいい香りがするのは、ハーブを枕の下に入れているからだろう。タティはこういう細々した可愛いことが大好きなのだ。それなのに何故服装はいつも変なのを着るのか、これはタティの謎なセンスが窺われる部分でもある。


「びっくりだけどね。だから惹かれたのはたぶん、無意識のレベルで彼女が身内だって判ったからなんじゃないかと思う。リドリー様は縁だとおっしゃっていたけど、それは恋愛の縁じゃなくて、たぶん血が呼んだんだね」

「家族だって……?」

「そう。赤ん坊の頃に見たであろう母親の……アレクシスの姿は、ちょうど今のマリーシアくらいの年頃の少女のはずだし。言われてみると、いろいろ納得だったよ。

それから一応言っておくと、タティはこの話、誰にも言ったら駄目だよ。僕が本当は母上の子供じゃないとなると、いろいろと問題も出て来るんだ。僕の立場もそうだし、今度のマイヤーズ家の昇格の件とかね、だからこれは最重要機密」

「はい、分かりました。心します」

「うん」

「アレックス様、……マリーシア様に、会いたいですか?」


ふと、タティは不安そうに僕に聞いた。


「マリーシア様との縁談、お受けになるおつもりですか……?」

「まさか」


僕は即座にそれを否定した。


「そんなつもりは最初からないよ。あのときは公爵様の手前、マリーシアとは血が繋がってるって言えなかっただけ。成り行き上ね。だって、兄さんが真実を言わないでいるのに、まさか僕がアレクシスの子供だなんて言えないよ。兄さんには何かお考えがあってのことなのかもしれないのに」

「それは伯爵様はきっと……、真実を明かせば貴方までトワイニングの公爵様に取られてしまうと思っていらっしゃるのではないでしょうか。結婚によって築いた家族ではないから、ルイーズ様やアレクシス様は勿論、貴方も本当は伯爵様に属してはいないでしょう。伯爵様の家族を全部、突然現れたお祖父様に持って行かれてしまうのを恐れていらっしゃるんじゃないかしら」

「そうなの?」

「たぶん」

「じゃあ僕って本当はアレックス・トワイニングになるのか。確かに私生児は母方の姓を名乗るのが普通だよね。でもしっくり来ない感じ。でも家格や身分的には上がるね、公爵家なら。

ただ公爵家の娘が結婚もせずに子供を作ったことになるから、あんまり立場はよくないね。何なんだろう、妾じゃないけど不義の子か……。じゃあやっぱりかえって不利になるかな」

「こんなことって信じられない……、でも本当のことなのね……」


タティが僕を見た。


「タティも僕と結婚したら、タティ・トワイニングになるよ」

「そういうことを言っているんじゃありません。アレックス様、アディンセル家を捨てるおつもりなんてないんでしょう?」

「うん、ないよ。ちょっと言ってみただけだよ。たぶんこの問題はそのうち兄さんが上手いことやるから心配はしていないんだ。兄さんは、抜かりないからさ。それより僕の理想の話だけど」

「ええ」

「今日改めて思ったんだけど、僕としては、やっぱり兄さんはアレクシスと結婚して欲しいって思うんだ。お父さんとお母さんが結婚していないのは嫌だよ」


タティは頷いた。


「分かります。お父様とお母様が仲よくしているのは、子供として、幸せな気持ちになるものね」

「ただ……、あの合理主義者が、わざわざ今になってアレクシスを選ぶかなっていうのは疑問なんだ。兄さんって、愛と結婚は別だと考えそうって言うかさ。アレクシスのことは愛してると思うよ。そうでなきゃ、ルイーズが何言ったってこの城内に住まわせたりしないと思うし。でも結婚は微妙だな。

僕は当然結婚するべきだと思うからこのことは割と夕食の話題に出すんだけど、その度にはぐらかすからその気はないのかもしれない。その気があるなら、とっくに彼女の指に指輪を嵌めてるって気もするしね……。

兄さんがもし他所の女を選んだとしても、それは彼の選択だから仕方ないとは思うけど……」

「でも、その割に、何だかご機嫌がいいんですね」


タティは首を傾げて言った。


「えっ、そう?」

「ええ。何だか……。何かいいこと、ありました?」


僕は首を横に振った。


「いや、特にないよ」

「マリーシア様と会えるのが、嬉しいんだったりして……。マリーシア様との結婚話、本当は嬉しかったんでしょう」

「そんなことないって」

「本当かしら。だってアレックス様って、気持ちがお顔に出ちゃうんですもの。そのお話、きっとよっぽど嬉しかったに違いないわ」


タティはじとっとした目で僕を見た。


「アレックス様、彼女に夢中だったものね。一回会っただけでぼーっとしちゃうなんて、よっぽど美人だったんでしょう?

ウィシャート公爵様って、昔、すごく美青年だったんですってね」


タティは突然、脈絡のよく分からないことを言い出した。


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