第249話 佳客(6)
「そうです。ですからすべては最初から、私の言う通りであるということですよ。猊下、貴方は先入観を取り払ってすべての物事をもう一度とくとご覧になってみるべきです。いったいどの時点から事実が捻じ曲げられていたのか。そして誰が当代の聖女の資格を持っているのか。
聖王女ステラは、黎明王クラウンの妹姫です。ですからどうしても当代のフレデリック王子殿下よりステラの聖女たる者が年下であるという先入観を抱きがちです。しかし現実的に考えれば、幾つも世代を経れば、王子よりも神官姫がだいぶ年嵩という組み合わせ、これだって十分起こり得ることなのです。
いずれにしても公爵に捧げられたのが偽者であり、あの魔術師こそが隠されていた本物のアレクシス様であるという現実、これをまず最初に捉えることで、この問題に関する違和感や不可解さの何もかもが見事に解決する話なのです。
猊下、こうなっては、ともかく何としてでもあの魔術師をこちらに取り返さなくてはなりませんよ。彼女がプリンセス・アレクシスなのですから、何も遠慮をされる必要などない。彼女はトワイニング家に属する人間であり、また彼女を所有する権利は父親である猊下にあるのです。あの生意気な青二才に好き勝手をさせておくべきではありません。これは戦争なのです。貴方も父親ならば、我が子のためにここは本気を出してください。内務卿殿に協力を仰ぎましょう。我らが姫君を誘拐、隠匿、監禁した罪で告発できればいいのですが」
「待ってください、何故そう話が飛躍するのですか? 貴方と話していると混乱するばかりです。……とにかく、一度戻りましょう。そして聖杖をマリーシアに持たせてみましょう。そうすれば、きっとパルファン・コンプリスは聖光を帯びて輝き、貴方の疑いがすべて間違っていることがはっきりするはずです」
「ああ、リドリーお坊ちゃま! 小さなご主人様のリドリー様! 私は貴方様にお仕えしてはや数十年、猊下のその見事なまでのお分かりにならないご性格にいちいち物事を事細かに説明してきちんと把握させるためだけに、いったいどれほどの余計な時間を費やして来たのでしょうね? 恐らく長期休暇をまるまる十年分は取れるくらいの年月をこの馬鹿げた解説話に費やして来たことでしょうよ!
もはや、そんな無意味なことより、アレクシス様の格好があまりにおいたわしかったことのほうを気にかけるべきでは? 今後は聖女に相応しい清楚な服を着て、公爵の娘として相応しいように髪もきちんと伸ばすように言わなければいけません。化粧も薄くするように言って……、彼女が素直にこうしたことを、聞き入れる性格ならばいいのですがね。アレクシス様は既に思想信条の出来上がった大人の年齢ですから、果たしてこちらの意向に従ってくださるものかどうか」
「あの、マリーシアの……」
リドリー様に、僕は気がつくと声をかけていた。
リドリー様たちが会話を中断して、一斉にこちらを向く。
僕は驚いて咳払いをした。
「実はあのっ、昨年の夜会で彼女とはお会いしたことがあるんです。だからその消息が分かってよかった。すごく綺麗なお嬢さんだったので、気になって……、別に変な意味ではないんです。ただ会ったことがあるからで。
それであの、僕は今月下旬からフレデリック王子殿下にお仕えすることになっているんです。来週からはもう王都に。それで、今はどっちかって言うと結構時間が自由になるって言うか、僕はアディンセル家の人間で、アレクシスのことはあの……つまりすごく彼女ってアディンセル家の所縁の人って言うか、だから僕としてもその責任を……」
リドリー様は、僕が言わんとするところが、分からないというように首を傾げた。
「責任って?」
リドリー様は柔らかく微笑んで僕に聞いた。
僕は言い直した。
「つまり僕が言いたいのは」
「ええ」
「暇なので……、そうだ、聖イシュタルの聖遺物にすごく興味があるので今度是非見せて頂きたいんです。触ったり、しないので……、聖杖を見せて頂けたらと……。できれば使い手のほうも……」
「ああ」
リドリー様は理解したように人差し指を伸ばした。
「マリーシアに会いたいのですね。分かりますよ、彼女は本当に美しい娘ですから。
先刻伯爵にお話した通り、後日近いうちに、今度はこちらにマリーシアを連れて来るつもりです。そのときに是非、貴方のお時間を頂けたら嬉しく思うのです。
と言うのも、さすがにすぐとはいきませんが、あの子には結婚相手を探してやらなくてはとも思っているのですよ。これからマリーシアには星の神官姫としての特訓をしなければなりませんが、いずれルイスに姫が生まれれば、マリーシアは自由にしてやろうとね。
もう少し私が成長を見守って、それからいずれ相応しい花婿をみつけて、アレクシスの分まで、幸せな結婚をさせてやろうと考えています。
アディンセル家のご次男なら、あの子の相手として申し分がないです」
リドリー様は、突然言った。
「えっ?」
話の理解ができずに僕が慌てると、リドリー様はにこにこして話を続けた。
「申し分がないですよ。実はこのことを確かめたいために、伯爵には先刻貴方を呼んで貰ったのです。話の成り行き上、言いそびれてしまったのですが。
我が国の法律では、マリーシアをトワイニング公女と名乗らせることはできませんが、それでもあの子は血筋の上では筆頭公爵の娘……、ウィシャート公女ではありますし、私のアレクシスの娘なのです。やはり相手には、それ相応の然るべきお家の方を望みたい。貴方ならぴったりでしょう。だから実を言うと、私のほうもそれを考えていたところです。
勿論当てずっぽうでこんなことを言っているわけではなく、先日ハワード卿のところで貴方とお会いしたとき、私にはぴんと来たのですよ」
「ぴんと来たって……?」
「ああ、これは我々と浅からぬ縁のある青年だとね。魂の縁とでも申しましょうか。
トワイニング公爵家はそもそも神殿を預かる神官家ですから、私はその当主として、直感については自信があります。それで貴方とお話がしたいと思って、伯爵に呼んで貰ったのですよ」
「僕がですか……」
「ええ。貴方が、マリーシアによいお相手かもしれないということを確かめたいために。
マリーシアは内気な娘ですから、やはり、何事にも細やかな配慮のできる心根の優しい男が望ましい。幾ら縁があったとしても、冷淡だったり、横暴にしたり、妻女を怒鳴って言うことを聞かせるような男では、とても耐えられないでしょうから。
しかし貴方は概ね私の期待通りです。何より貴方、若い頃の私を見ているような気がするんですよ……」
「えっ」
「ルイスにもバンナードにも感じる共通点があるような……、不思議な感じがね」
すると横にいたルイス公子が同意した。
「あっ、父上もお感じになられました? 実は僕もなんです。何でしょうか、アレックスには親しみのようなものを感じるんですよね。クッキーやババロアみたいに」
「ええ、ええルイス。その通りですね」
リドリー様はルイス公子を見て、それからまた話を続けた。
「この土地はティファニーとアレクシスを育んでくれた大恩ある土地でもある、その土地の領主のご次男がまさかマリーシアを花嫁に迎えてくれるとなれば……、これは神の仕組んだ祝福の巡りあわせなのでしょう。
貴方ならばアレクシスに纏わるすべての事情を知ってくれておりますし、その上でそのように嫌悪もせずマリーシアを気にかけてくださるとすれば、ああ、これは本当に申し分がない……、是非、貴方を数に入れても構いませんか? マリーシアの花婿候補にです」
「僕がですか!?」
「ええ」
「つまり、マリーシアが僕の花嫁っ!?」
「そうなりますね」




