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伯爵の恋人  作者: 吉野華
第12章 佳客
245/304

第245話 佳客(2)

それから兄さんと公爵様の会話は進み、それで僕が分かったことは、とにかくアークランド公が、とうとうトワイニング公に探し求めた彼の娘の居場所を打ち明けたので、彼は息せき切ってアディンセル家の居城に駆けつけたということのようだった。

しかし、それがほとんど突発的な訪問だったために、まさか年配の公爵本人を追い返すわけにもいかず、兄さんは本日の予定に急遽このトワイニング公爵との会見をねじ込まざるを得ず、時間が押して、それであまり歓迎していない感じになっているということなのかもしれない。

しかしそんなアディンセル伯爵側の都合などお構いなしに、トワイニング公は今にも涙を流しかねない表情で、アレクシスがこれまで長い間、トバイアにどんな仕打ちを受けていたかを知り、嗚咽を漏らして泣いたことを延々兄さんに打ち明けていた。

それによって、この方はとても温和でお優しい方なのかもしれないが、僕の目から見ても少し世俗から離れているような気質の方なのだろうということが、何となく見て取れた。

それは、先日ほとんど見ず知らずの僕に、泣きながらアレクシスのことをたずねたこともそうだし、今だって初対面ではないにしても、息子くらいの年齢の、地位も低い兄さんを相手に、そんな弱みになるようなことまですっかり話してしまうことからしてもそうだ。

これはたとえばそう、まさに聖職者――、神殿の奥で生きている高位の聖職者のような、聖なる父に心身を捧げ、人を信じるということに疑問を感じない……、悪く言えば、少々危ういタイプだ。

女であればそうした気質も純真無垢とか優しいとかいうことで済むかもしれないが、仮にも公爵家の当主がこれでは、生命や財産が幾らあってもたりない。この人の好さでは使用人にすら騙されかねないのではないかと、僕が心配になるくらいだった。

これは、リドリー・トワイニングという方は、余程周りに恵まれた方なのだろう。こういう彼の気質を分かって、上手く助けてフォローしてくれる有能な側近たちに。そこには勿論、彼が長い年月積み重ねて来た高い人徳があるのだろう。

トワイニング公の正直すぎる打ち明け話に、兄さんも面食らっている様子だった。


「そう、涙を流されましたか……」

「はい……、とても、とても……」

「僕も泣きましたよ父上。まさか母上の違う姉上がいるなんて、それだけでも信じられないことだったのに、まさかそんなことになっていただなんて……。ねえ父上」

「ええ、ええ、本当に」

「あまりにひどくて、耐えられず、昨晩はデザートの蜂蜜のプディングが食べられなかった。この世に神は存在しないっていうんでしょうか?」


そしてルイス公子は、この父親の気質を更に凝縮して受け継いでいらっしゃるようだった。

やがてリドリー、ルイス親子の涙まじりの話では、埒が明かないという顔を兄さんがしだした頃、公爵の側近らしい一人が、きびきびした話し口調で公が娘に会いたいと思っていることを要約した。

兄さんは救われたような顔をして了解した。


「そのように嘆かれる猊下の事情は重々お察しております。ただアレクシスは、件のことから男性を嫌悪しています。率直に申し上げて、猊下のことを父親と認識することもできないでしょうし、恐らく貴方を泣いて怖がりますが、面会にあたってそれをご承知頂けますか」

「泣いて怖がる……、ああ! 何という仕打ちでしょう。神よ……!」


遂には大きく十字架の印を切って、両手で顔を覆って泣き出すトワイニング公を、兄さんはしらけた目で見ていた。兄さんはあまり公爵様に同情していないようだった。

貴公がティファニー母子を見捨てれば、当然こうなることは予想できただろうという顔だと僕は思った。己の保身でティファニーをやり捨てにしたばかりか、娘ごと放り出したくせに、というわけだ。

しかし公が顔をあげるとすぐに抜群に愛想がいい、心からこの父親に同情しているような顔をするのはさすがだった。


「公爵様は動転をなさっているのです」


リドリー様の別の側近の一人が、見ていられないというように兄さんと僕に再び注釈した。


「今は悲しみが込み上げてきているだけのこと。お優しい方なのです。我が子の生きた道を辿って、苦しみのさなかにおられるのです」

「あの子が正気を失くしているというのは聞き及んでいるのです」


涙を拭いながら、側近のフォローなど物ともせずにトワイニング公は言った。


「すべては若かりし日の私の見通しの甘さが招いたこと。ティファニーは実家に帰れば食べるのに困らない階級だと思って……、女だてらに公費留学をするくらい期待のかけられた、頭のいいお嬢さんでした。彼女は両親の自慢の娘だったはずです。それが、まさか実家にすら縁切りされているなんて……。

ギルバート卿、何故、前伯はそこのところを助けてはくださらなかったのでしょうか?」

「お言葉ですが公爵。結婚もせずに男と姦通したというだけで、女がどれほど評判を落とすことになるかお分かりでしょうか。ましてや子供を抱えていれば、その事実は誤魔化しようがない。特にこの北部では女の貞操観念に対する意識は厳格であり、ひとたびそんなことが起これば本人だけではなく親戚の娘が全員淫乱女の容疑をかけられるのが常でしょう。以後三代はまともな結婚話も来なくなる。みせしめとして、やむを得ない措置です。

我が父は路頭に迷いかけていたティファニー救済に尽力した。寡男と娶せ、批判を黙殺し、各方面の被害を最小限に抑えた我が父の判断は適切であったと考えます。それによって彼女は新たな名誉を得た。妻という立場を」


兄さんの言葉に抑揚はなかったが、その目は多少厳しかった。もっとも僕としては、それを言うなら兄さんは、ご自分が食い散らかした女たちに対してはどう考えているのかという、根底的な疑問が、湧き上がって来るのだが……。


「では、ティファニーは結婚をしたのですね……、今は幸せでいるのでしょうか」


戸惑い気味に、トワイニング公は言った。


「恐らくはそのように思います」


兄さんはしれっと答えた。

トワイニング公はしばらく兄さんをみつめていたが、やがて後悔を吐き出すように再び顔を覆った。


「すべては私の間違った決断のせいです……!」


トワイニング公は再び泣き出し、ルイス公子と、彼の側近たちがおろおろとしてそれを慰めた。


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