第243話 優柔不断な男の魅力で(3)
「お願いタティさん、そんなふうに我侭を言うのは今日でおしまいにして。貴方はちゃんと、ご自分の立場を弁えて。私、こんなこと、あまり言いたくなかったけれど……、アレックス様の花嫁になるのは私です。貴方ではないわ。
なのに貴方の態度はまるでアレックス様の婚約者か、花嫁さんみたい。少なくとも、お妾さんの取る態度ではないわ。貴方の態度は出すぎていると思います。とても非常識よ。どうか分別を持って、タティさん」
「でもわたし、好きでお妾さんになったわけじゃありません。アレックス様に言い寄ったりして、この立場になったわけじゃありません。そんなふうに、あんまりお妾さんと馬鹿にしないでください……」
「私、お妾さんを馬鹿になんてしていないわ。そうならざるを得なかった方たちを馬鹿になんてしません。貴方こそ私を侮辱しないでください。
タティさんがご自分が馬鹿にされていると感じるのは、誰よりも貴方ご自身がそういうお考えをお持ちだからではないかしら。
貴方だって本心では分かっているのよ……、ご自分が人として間違ったことをしているって。でも貴方はとてもずるくて、絶対に私に謝ることはしたくないから、自分は悪くないって、そういうふうに言い張るの。私には、全部お見通しよ」
「それにっ、アレックス様はわたしを好きだって言ってくれていますっ……!
でもシエラ様は……、貴方は伯爵様が連れて来た方です。それまでアレックス様とはお知り合いですらなかったでしょう。だから貴方はアレックス様がいなくたって、これからも生きて行くのは平気なはずです。
でもわたしは生まれたときからずっとアレックス様のお傍にいたんです。わたしのこれまでの人生は、アレックス様なしには語れないものです。一日だって、一秒だって。なのに貴方はそれを引き離すようなことを、おっしゃらないで……!」
「そんな、ひどいわ……。貴方に私の何が分かるの……」
「それに、それにわたし……、アレックス様から指輪を頂いたんです。婚約指輪だよって、今でも大切に持っています。だから……」
「だから、何がおっしゃりたいのですか……?」
シエラの表情がにわかに曇り、女の子同士が対峙する不穏な空気に、僕は息を飲んだ。
「そんなことを言って……、私を傷つけるのはもうやめてくださいっ」
シエラは両手を握りしめてタティに怒った。
「貴方は何故そんなことを言うの? 貴方は何故そんなに意地悪なの……?
お願いですから、もうこんなことを続けないで。こんな仕打ちはもうやめてっ。もうこれ以上、アレックス様につき纏わないでっ。
タティさん、私、本当に苦しんでいるのよ。貴方に苦しめられているのよ。朝起きると、今日も貴方がいると思うと私……。
タティさん、私、本当に迷惑しているんです。本当に本当によ。こんなことが続くのでは、貴方を憎みたくなるほどなの。お願いよ……。
お願い、もう彼と別れて。彼の気持ちをちゃんと聞き分けて。アレックス様は優しいから、本当はタティさんと別れたいのに、貴方と別れるって言えなくて、困っていらっしゃるのよ」
「そんな……」
「タティさん、お妾さんというものは、隠れて暮らしているものです。仕方なくその立場になられたのだとしても、慎みを知る女性なら、ご自分が妾であることを恥じて暮らすものです。妻である私に遠慮をするものです」
シエラは僕を見上げた。
「お願いアレックス様、タティさんに、私たちのことをはっきり言ってあげてください。私のことを愛してるって。
私は、フレデリック様の前で誓った通りの気持ちよ。貴方も私のこと……、本気で愛してくださっている?」
シエラは僕をみつめた。
「正直に、答えてください」
僕は困り果て、タティとシエラを代わる代わる見た。
どっちも切実な顔をして、僕の返答を待っている。
勿論、僕にはこの状態をどうにかできる社交能力などないことは知っての通りだ。こんな場面は見たことも立ち会ったこともなかったし、両方から袖を引っ張られて今にも目がまわりそうだ。
確かに僕としても、タティとシエラの仲がいいとは思っていなかった。二人がまともに会話しているところを見たことがなかったし、彼女たちが同じ部屋にいるときには、何とも言いようのない居心地の悪い空気で満たされる。
でもどっちも優しい性格だと思うから、そのうち慣れて、仲よくしてくれるんじゃないかなっていう、そこはかとない期待は持っていた。
だが、もしかして僕の気づかないところで、この一週間というものタティとシエラは仲がよくないどころか、こうやってずっと対決をしていたとでも言わんばかりの展開なのだが、いったい何がどうしてここまでこじれてしまっているのか。
僕には分からなかった。だって、女なんて喧嘩をするものじゃないのに、僕を独占したい気持ちは分かるけど、どうして二人とも仲よくできないのだろう……。
どっちかの言い分が極端に間違っているとか、意地悪だとか、それとも我を忘れて殴りあってくれるのならまだ止めに入って、どさくさで片方を引きずって撤退とかそういう切り抜け方を考えることもできるのだ。が、タティもシエラもそうじゃないし、それどころか二人とも、下手なことを言えばたぶん、絶対泣くようなタイプで、今も二人して目がうるうるきてるような有様だ。二人とも、これ以上ちょっとでも刺激を食らったら泣き出しかねないぎりぎりのラインなのだろう。
それじゃあ僕としては、女を泣かせるわけにもいかないし、泣かれたら困るから強気に出るわけにもいかないし、こういうのはもう、本当にどうしていいか分からない。
だから僕は悩み、取り敢えずの混乱の収拾を決意し、やがてやんわりと応えた。
「……シエラのことは愛してるよ。可愛いと思ってる」
「本当に私を愛してる?」
「うん、まあね。だからさ、もうこういう」
「タティさんよりも?」
「えっ!? まあ、うん……」
「嬉しい!」
シエラが笑顔で僕の腕に飛びついて頬を寄せる。
「私もアレックス様をいちばん愛してるっ」




